『ASEAN M&A時代の幕開け』
(画像=Natee Meepian/stock.adobe.com)

本記事は、日本M&Aセンター海外事業部の著書 『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)より一部を抜粋・編集しています。

まずは、シンガポールについて見てみよう。

シンガポールの空の玄関口、チャンギ国際空港へ降り立つと、まずはその巨大さに驚かされる。4つのターミナルがあり、現在第5ターミナルを建設中である。しかも空港内は超モダン。ホテル、飲食店、小売店、高さ40メートルの人工滝、2000本を植樹した植物園……、大型のアトラクション施設まである。たとえ乗り継ぎに何時間と待ち時間があっても、飽きることはないだろう。設備や機能、サービスなどを競う空港のコンテストでは、チャンギ国際空港は常に世界ランキングのトップクラスに位置する。

人口わずか570万人(そのうち約4割は長期滞在や永住権を持った外国人)、国土は東京23区程の大きさで、車で端から端まで移動しても40分程度しかかからない国が、年間旅客取扱能力8500万人ともいわれる近代空港を擁する理由は、一つしかない。地下資源ゼロ、農産物も他国頼みのシンガポールが生きていくため、世界中からヒト、モノ、カネ、情報、テクノロジーなど国の発展に必要なものをすべて引き寄せ、高い付加価値を生む国にするためだ。国際空港はそのハブ(中継基地)として機能する。

実際、シンガポールに拠点を置く海外企業は7000社に達するといわれ、日系企業だけで1000社超。在留邦人数は約3万6000人だ。街には欧米などからの企業駐在員、出張ビジネスパーソンが多く、コスモポリタン国家の雰囲気を醸し出す。建国わずか55年の若い国は、現在では1人当たりGDPが6万ドルを上回り、日本の水準をはるかにしのぐまでに成長。世界有数の富裕国としての地位を確立した。

際立つビジネス環境の優位性2019年、世界銀行グループ「Doing Business 2020」のビジネス環境ランキングにおいて、シンガポールは世界2位に輝いた。2019年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査によると、シンガポールの投資環境上のメリットは、次の5点に集約される。

①安定した政治・社会情勢
②駐在員の生活環境が優れている
③言語・コミュニケーション上の障害の少なさ
④整備された法制度・明確な運用
⑤インフラ(電力・運輸・通信など)の充実

確かにシンガポールは日本人駐在員にとって、「赴任するならばこの都市がいい」とアジアで最も人気がある。

英語が公用語だから、言葉の面での苦労は他国に比べて少ない。中華系住民の多い国なので中国語の新聞も目立つが、ほとんどの人が自在に英語を使える。 30年ほど前から本格的に始めたという徹底的な英語教育の成果が出ている。さらに、治安面では、よほど怪しいところに行かない限り安全だ。近代都市であり、東京、大阪などの日本の都市と変わらない生活が送れる。ただし、物価水準は高く、日本人がアジアで暮らす際に感じる割安感はない。家賃(住居費)の高さは有名だ。ともあれ、①~③、⑤のメリットは納得である。

世界的に見ても優遇されている税制企業が進出するにあたっては④の法制度も大事な要素だ。シンガポールは特に税制面での優位性が大きい。法人税は17%。アジアでは香港の16・5%に次いで低い国の一つだ。

他にも各種優遇税制があるので、これが適用されれば実効税率は10%くらいになるという。

外国企業は、シンガポールにアジア圏での統括会社(持ち株会社)を設置するところが多い。インドネシア、タイ、マレーシアなど複数国で事業を行っている企業の場合、各国事業を子会社の形にして、司令塔の役割を果たす統括会社をシンガポールに置く。

理由の1つは、日本からコントロールしたのでは現地の感覚が直接わからないこともあり、現場に近いところで迅速かつ的確な意思決定を行うためだ。アジア各国の法務、労務管理、知的財産管理など、一元化できるものはシンガポールの統括会社で行い、業務の効率化を図っている。

もう1つの理由は、税務上のメリットゆえだ。例えば、アジア各地の事業から生み出される利益の配当は、シンガポールの統括会社にいったん吸い上げる。税制的に有利だからだ。子会社が順調で再投資が必要な際は、シンガポールからの投資にすれば、やはり税制的に有利。しかも、シンガポールの統括会社にプールした資金を配当として日本の親会社に送ると、税務上の恩典が得られる。日本での法人税を計算する際に、一定の要件を満たす統括会社ならば配当金の95%を益金(収益)に算入しなくてよいため、それに対応する法人税の支払いが少なくて済む。

日本は今、輸出主導型ではなく投資主導型の経済にシフトしている。配当還元をベースとするビジネスモデルは、これからの時代にぴったりだ。シンガポール政府は、外国企業が統括会社を設置することによって、シンガポールがアジアの中継センターになることを狙っている。

徐々に社会問題化している高齢化と中小企業の事業承継近年のシンガポールを特徴づけるものとして、人口の高齢化がここ数年急速に進みだしたことがある。 65歳以上の老齢人口の構成比は2020年で13・3%、2025年には18・1%、2030年には22・5%になると予測されている。出生率も低く、ASEANのなかでは最も早く老齢化が始まった。移民国家だけに人口減問題は移民受け入れを増やすことで対応できるが、中小企業オーナーの事業承継についてはそうはいかない。

シンガポールは日本より引退年齢が早く、50代半ばになると後継者問題を考える。オーナー企業の事業承継プランについて過去に行ったアンケート結果を見ると、後継者がいないと答えた人は42%を占め、この割合は確実に増えている。日本で起こったことと同じことが今、シンガポールで起きようとしている。日本と違う点は、若い国であるため創業者がそのまま現在も社長を務めているケースが多く、創業した親族などへの配慮は必要ないことだ。そのため、事業売却にあたっての決断が早い。

ASEAN M&A時代の幕開け
日本M&Aセンター海外事業部 編著
1991年日本M&Aセンター創業。事業承継にいち早く着目し、中堅・中小企業向けにM&Aを通した支援を行う。 2013年、海外M&A支援業務に注力した海外支援室を設立。2016年シンガポール、2019年インドネシア、2020年ベトナムとマレーシアに進出し事業部として拡大。ASEAN主要国をカバーし、シンガポールでは最大級のM&Aチームに成長している。

編著者代表
大槻昌彦(おおつき まさひこ)
日本M&Aセンター常務取締役 兼 海外事業部事業部長
大手金融機関を経て2006年入社。主に譲受企業側のアドバイザーとして数多くのM&Aに携わり、自社の東証1部上場に主力メンバーとして大きく貢献。現在は海外事業部をはじめ、日本M&Aセンターグループ内のPEファンドやネットマッチング子会社等、M&A総合企業としてのグループ会社全体を統括する。

尾島 悠介(おじま ゆうすけ)
日本M&Aセンター 海外事業部 ASEAN推進課 マレーシア駐在員事務所 所長
大手商社を経て、2016年入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。2017年よりシンガポールに駐在し現地オフィスの立ち上げに参画。以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。2020年にマレーシアオフィス設立に携わる。現地経営者向けセミナーを多数開催。

この章の執筆者

榊原 啓士
株式会社日本M&Aセンター
海外事業部 ASEAN推進課 シンガポール支店 所長
西井 正博(にしい・まさひろ)
2008年日本M&Aセンターに入社。入社以来、一貫して中堅・中小企業のM&Aを担当。2016年シンガポール国立大学のMBA課程修了後、シンガポールオフィスの設立に携わり、以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。これまで30件以上の国内M&A支援実績を持つ。
『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)シリーズ
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