(本記事は、大西 良典氏の著書『コロナ危機を生き残る飲食店の秘密~チェーン店デザイン日本一の設計士が教える「ダサカッコイイ」の法則』=扶桑社、2020年9月19日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
スタバはなぜ競合に強いのか?
ひとことで「居心地がいい」といっても、その感覚は人それぞれです。「スターバックス」を例に、居心地のよさについて考えてみましょう。
スタバには「サードプレイス=第3の場所」を提供するというコンセプトがあります。
ファーストプレイスは自宅、セカンドプレイスは職場、そしてサードプレイスが心地いい空間と時間を提供するスタバのカフェというわけです。
しかし、スタバが日本に上陸してから20年近くたち、今や競合も増えています。
店員さんが席までコーヒーを運んできてくれる喫茶店やカフェと比べても、スタバはファストフード店のようにカウンターで注文してドリンクやフードをセルフサービスで運ばなければなりません。
そのわりには、価格がファストフード店よりも高額です。特に近年は、「ブルーボトル」をはじめとする本格的なスペシャルティコーヒーなどを提供する競合店も増えています。
それでもスタバが安定した人気を誇っている理由は何でしょう?
私は、スタバのゆったりした一人掛けの上質なラウンジソファや、リビングを思わせる空間デザインの力が大きいと思っています。
スタバの椅子は名のあるデザイナーズチェアを使っているわけではありませんが、人間工学的に座り心地を研究して作られたオリジナルチェアです。
テレビCMによるイメージ戦略を一切行わず、店舗デザインにコストをかけることで、リアルな心地よさを追求しているのです。
そのため、スタバ愛好者は自宅とも職場ともちがうサードプレイスのスタバで紡いだ心地いいひとときによって癒やされ、会話も弾みます。
そのときの心地いい記憶を再現したくてまた来店するのです。
心理学では、思い出のある場所やものに記憶を重ね合わせることを「投影」といいますが、スタバのリピーターは、心地いい記憶をスタバに投影しているのです。
「なんとなく入りたくなる店」にはいろいろな理由がありますが、ユーザーの心地よさをデザインから追求することでリピーターを育てることができるのです。
もちろん、同じスタバでも駅ビルなどの狭いスペースにある場合は、テイクアウト利用者が多く滞在時間も短めなので、ソファより木の椅子や窓際のカウンター席が中心の場合もあります。
逆にいうと、椅子の心地よさを加減することで、お客さまの滞在時間を調整し、回転率を上げることが可能なのです。
たとえば、サラリーマンや学生が多い駅前にある牛丼屋は、回転率を上げる必要があるので、サッと座ってサッと離席しやすい丸いカウンター椅子がよく使われます。
そうしたタイプの店に長居に適した座り心地のいいソファがどかっと置かれていても、入れ代わり立ち代わり入ってくるお客さまの動線の邪魔になってしまいます。
もちろん店舗の立地によって椅子も使い分けられており、ファミリー層が多いエリアの「なか卯」や「すき家」には、キッズチェアも用意されています。
同じチェーン店でも、お客さまのニーズに合わせた柔軟な対応が不可欠なのです。
お客さまの「会話」によって空間デザインは変わる
その店で、お客さまがどんな会話をするのか―店をデザインするときに必ず考える必要があります。
たとえば――、
ゆっくり座って友人とのおしゃべりをのんびり満喫したいのか?
おひとりさまが無言でサクッと食事を済ませたいのか?
仕事のグチをぶちまけてストレスをスカッと解消したいのか?
おしゃれな雰囲気の中でロマンティックに愛を告白したいのか?
家族や気の置けない仲間とのプライベートパーティーをエンジョイしたいのか?
クライアントと誰にも聞かれたくないような密談をしたいのか?
――などなど、ドラマのシーンのように想像してみると、どんな空間が似つかわしいのかが必然的に見えてきます。
友人とのおしゃべりをのんびり満喫したいなら、先述のスタバのような心地いいソファ系の椅子やリビングのような空間が求められるでしょう。
無言でひとりメシを食べる空間なら、カウンター席だけでOKです。
仕事のグチを言い合うなら、店全体が活気あるガヤガヤした雰囲気を演出したほうが、周囲の声に負けじとワイワイ盛り上がれます。
愛を告白するなら、たとえばキラキラした夜景を一望できるような席を設け、周囲に声が漏れないようにレイアウトもゆったりさせなければなりません。
プライベートパーティーを楽しむなら、自宅の客間にゲストを招くようなアットホームな個室空間が欲しいところです。
また、取引先と誰にも聞かれたくないような密談をするなら、隠れ家のような空間があるといいかもしれません。
もし「あまり長々とおしゃべりをして長居してほしくないな」とか、「自分の店であまりグチをわーわー垂れ流してほしくないな」とか、「もっとカップルに利用してもらいたいな」という場合は、それに合わせて店のデザインを変えればいいのです。
椅子やテーブルの配置を移動してレイアウトデザインを一新したり、家具や照明を入れ替えたりするなど、空間デザインを変えることで、自分の店に来てほしい客層をセグメント化できます。
その「合理化」はお客さまのため?
食券の券売機やスタッフを呼ぶテーブル席のベルスターなどを導入している店がよくあります。これらはとても便利なシステムですが、本当にお客さまのためになっているのかどうかをよく考えてみる必要があります。
厨房と直結した券売機があれば、お客さまがメニューを選んでスタッフに伝える手間なく食券を購入した瞬間にオーダーできます。
食券を手渡しにする場合もメニューが明記されているのでオーダーミスを防げますし、食券購入と同時に精算されるのでレジで支払いをする手間も省けます。
松屋フーズが運営する新業態「松のや」は、入り口で食券を買って席で待機していると、テーブルに設置されたモニターに食券の番号が表示され、料理ができたことを知らせてくれます。
お客さまはその知らせを受け、キャッシュ&キャリーで自らカウンターに料理を取りにいきます。こうしたシステムは、お客さまにとっても店のスタッフにとっても合理的といえるでしょう。
ただ、私が以前手がけた福島県の「なか卯」に食券の券売機を導入したところ、年配者が多い地域だから食券の買い方に戸惑うと指摘されました。
若いビジネスパーソンや学生さんが多いエリアなら券売機に戸惑う心配はありませんが、年配者が多い地域ではそうしたことも考慮する必要があります。
回転ずしのタッチパネル式の注文方式も、若い人や子どもはゲーム感覚ですぐに使いこなせますが、デジタルデバイスに不慣れな年配者にはストレスになります。
アフターコロナ時代は、お客さまが注文してから料理が届くまで誰とも接触しないで済むシステムが増えると思いますが、年配者でも使いやすいシステムにする必要があります。
デジタル化したり、システマチックにすることで、スタッフの作業効率がよくなれば、「すき家」のようにスタッフがたった1人で接客から調理、会計までワンオペでできます。
私も「なか卯」に「すき家」のようなワンオペシステムを導入する際のデザイン設計にかかわりました。ワンオペシステムは賃金と労働生産性を最低限に抑えられるという点で、コロナ禍のような局面では有益なシステムといえます。
客席に設置されたベルスターも、スタッフにいちいち声を出して呼ぶ手間が省けるので、お客さまのストレスを軽減する便利なシステムといえます。
スタッフもベルスターがあればムダに動き回る必要がなくなるので、接客の効率がよくなります。ただ、スタッフが「ベルが鳴らない限り待機していよう」というスタンスになると、ホールへの細かな目配りが行き届かなくなることがあります。
便利なシステムとはいえ、お客さまへのサービス向上という点では、使い方を一考する必要があるのです。
一方、「丸亀製麺」のような讃岐うどん系の店は、お客さんがお盆を持って歩きながら、どんぶりに入ったシンプルな素うどんにトッピングしたい具材を好きにのせてカスタマイズするスタイルです。
ビッフェに似ていますが、盛り付け作業からトレイを自席に運ぶ作業までお客さまに委ねることになり、ホールスタッフも最低限しかいません。
それでも、お客さまは自分の目で実際に具材を選びながら自分好みのうどんを作ることができるので、サービスが悪いとは感じません。
これからの時代は、パントリースタッフがお客さまに商品を運ばなくても済むようなシステムやそれに応じた空間デザインを考えていく必要があります。
いずれにしても、店のシステムを合理化する際は、お客さまにとってもスタッフにとっても、有益になる配慮が必要です。
■デザインを担当した有名外食チェーン店
なか卯/すき家/𠮷野家/かつや/すた丼/ココス/ビッグボーイ/デンバープレミアム /牛カツ京都勝牛/千房/モスバーガー/フレッシュネスバーガー/サーティワンアイス クリーム/英國屋/まこと屋/味千ラーメン/ローソン/すかいらーくグループ/サトフ ードサービスグループ/ゼンショクグループほか多数
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