ミシュラン三つ星店が絶賛~究極の「ブレンド米」
和食の名店が軒を連ねる京都・祇園。その一角にある懐石料理の「祇園 きだ」は3年前にミシュランの星を獲得した気鋭の店だ。小細工なしで、素材の特徴を押し出す料理が自慢。中でも評判なのが、季節の食材をふんだんに使ったご飯もの。
店主の木田康夫さんは当然、お米にはこだわっている。「自信を持ってお出しできる米。僕の中ではこれが一番ですね」と言う米は「翁霞」だ。
一方、京都を代表する超人気店「祇園 さゝ木」は、去年、ミシュラン三つ星を獲得した、いま最も予約が取れない懐石料理店だ。豪華、かつ繊細な料理は和食のイメージを覆すと評判。締めのご飯を大切にしているが、使っているのはやはり「翁霞」だ
「おいしいと思います。四季ごとにうまく調整してくれる」(店主・佐々木浩さん)
名だたる料亭に「翁霞」を卸しているのが京都の老舗、八代目儀兵衛だ。
その店内は昔ながらの町の米屋。しかし、倉庫の奥には炊飯器がズラリと並んでいる。ここでお米のブレンドを行っている。
米には銘柄によって、甘味や粘り気など、それぞれ特徴がある。それらをブレンドすることで、よりおいしい米に仕上がるという。
「単一の銘柄でももちろんおいしいんですけど、ふくよかな味にするためにはブレンドしたほうがより効果的」と言うのは、八代目義兵衛・社長の橋本隆志(47)だ。
「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」など単一の銘柄米が主流の中、橋本は全国の農家を回り、おいしい米を探し出して独自のブレンド米を作る。「翁霞」は橋本のブレンド技術の結晶だ。
そのベースとなるのは新潟県・佐渡産の「夢ごこち」。粘りと艶が特徴だ。そこへ2種類の別の米をブレンドする。
「産地・品種は企業秘密ですが、この2種類をエッセンスとして『夢ごこち』に入れることで、艶やかで非常に甘くておいしいブレンド米になります」(橋本)
「翁霞」は店頭のほかネットでも販売。5キロで4000円ほどと値は張るが、よく売れている。
橋本は、玄米からぬかを落として白米にする精米にもこだわっている。
「従来、精米工場では大きな精米機1台で作業が行なわれている。そうするとお米本来のおいしさが損なわれるので、小さな精米機を使っています」(橋本)
小型の精米機は大型より時間がかかるが、その分、摩擦熱が出にくいため米の温度が上がらず、甘味成分が残るという。この非効率なやり方も儀兵衛の米が美味しい秘密なのだ。
東京・銀座にも八代目儀兵衛の米を使っている店がある。「鮨よしたけ」は9年連続ミシュラン三つ星を獲得している超人気店。ご主人の吉武正博さんが握る寿司は「江戸前の芸術」と評されるほどだ。2年前から儀兵衛のブレンド米を使っている。
「今までの米の概念を変えてくれた。鮨屋は魚より今は米。シャリが命のところがあるんです」(吉武さん)
米はここの寿司に合うよう特別にブレンドしている。
「衝撃的なご飯」~感動ギフト&大手メーカーとのコラボ
多くの人はまだブレンド米の良さを知らない。そこで橋本は米屋の枠を超え、八坂神社の前に「米料亭 八代目儀兵衛 祇園本店」をオープンさせた。休日は2時間待ちが当たり前。ブレンド米のおいしさを発信する料理店で食べられるのが「翁霞」だ。
料理は定食のセット。「季節の焼き魚の二種盛り銀シャリ御膳」(1550円)はサケとサバもおいしそうだが、あくまで主役はご飯。「儀兵衛の銀シャリ鯛のだし茶漬け御膳」(1550円)は、くせのない白身のタイとアツアツの「お茶だし」でご飯を味わう。
「衝撃的でした」という声も聞かれる中で、女性客がどんどんお代わりをしている。「翁霞」はお代わりし放題。「女性で平均3~4杯。多い時で7杯食べる人もいます」と言う。
炊き方にも秘密がある。米はズラリと並んだ土鍋で、少量ずつ炊く。しかも土鍋はオリジナルで作ったもの。「Bamboo!!」は、橋本が有田の窯元と3年かけて作り上げた炊飯専用の土鍋釜だ。
その特徴の一つが鍋の縁にあった。通常のものより厚みをもたせることで、ご飯を炊くのに最適な火加減を可能にした。「強火にしていても 初めは弱火になる。『始めチョロチョロ中パッパ』が自動的にできる」と言う。外はしっかり、中はふっくら。「外硬内軟」という理想のご飯が出来上がる。
京都での人気を受けて、7年前には東京・銀座にも「銀座米料亭 八代目儀兵衛」をオープン。やはりランチは連日大盛況。そして夜は料亭に変身する。
料理は「米ざんまいコース祇園」(1万円)一本。鮨専用のコメを使った季節のお鮨。「瞬米」は米からご飯に変わる瞬間を味わう珍しいメニューだ。メインには魚や肉をはじめ、「翁霞」を味わうためのお供がふんだんに並ぶ。食前酒からデザートまで、米のあらゆる形を食べ尽くす、まさに米のフルコースだ。
橋本は日常のお米をギフトにもした。そのための店が「八代目儀兵衛 京都ギフトサロン」。
「良縁米シリーズ『永久』」(5400円)は結納や結婚のお祝い用。出産祝いの「はじまりの白シリーズ『MUKU』」(9900円)は良質な今治タオルを添えて。
そして極め付きは12色の風呂敷に包まれた詰め合わせ「十二単シリーズ『満開』」(5400円)。和食や中華、おむすび用など、それぞれの料理に合う米が12種類入っている。料理に合わせて米も変えてみたら、という提案だ。「米をギフトに」という斬新なアイデアが話題を呼び、月に3万件の大ヒット。ギフト関連の賞を総ナメにした。
そんな八代目儀兵衛を大手企業も放っておかない。
「八代目儀兵衛さんの土鍋で炊いたご飯の噂を聞いて食べに行きました。食べた時に衝撃を受け、これだと思いました。それを家庭で……」(日立グローバルライフソリューションズ国内商品企画部・仁藤興次さん)
オリジナルの土鍋釜「Bamboo!!」を炊飯器で再現するため、橋本に監修を依頼。八代目儀兵衛の名を掲げ、「外硬内軟」というキーワードを打ち出した。完成した炊飯器は、前のシリーズより販売台数が30%もアップするヒット商品になった。
橋本は、その他にも伊藤園などさまざまな企業と手を組み、米の魅力を発信している。 「お米を食べた時においしいと思わなければ、ますます米離れになります。おいしいお米を食べ続けてもらいたいという気持ちから、おいしいお米を提供し続けるお米屋でありたいという思いでやっています」(橋本)
ブレンド米で大逆転~赤字経営&兄弟の確執
八代目儀兵衛の創業は江戸の天明年間の1787年。八代目となる橋本は1972年生まれ。3年後に弟・晃治が生まれた。晃治は八代目儀兵衛の飲食店の総料理長を務めている。
大学を出た橋本は1997年、25歳で実家の米屋に入る。だが当時、施行された新食糧法で米の販売が自由化。スーパーやドラッグストアなどの大型店が米を安く売るようになると、町の小さな米屋は立ち行かなくなり、多くが廃業に追い込まれていく。橋本の家も赤字続きだった。
「1円でも安く納品するのがお米屋の宿命みたいなところがあります。大手によって、値段でさえ相手にされない。お米屋さんは生き残る道がない」(橋本)
その頃、晃治も大学を卒業。本人は家業に入るつもりだった。
「おじいちゃんは兄弟で米屋を継いでくれと言っていた。僕もそのつもりだったが、『料理の道に行ってくれ』と言われて、『家族から外されたんだな、いいよ別に』と」(晃治)
実は「晃治を斜陽の米屋に入れるのはしのびない」と、橋本と父が相談、別の道へ行けと告げたのだ。そうとは知らぬまま晃治は家を出て、料理人の修行へと旅立っていった。
一方、橋本自身は店の生き残り策を模索し続けた。
「小さな小売業者ができることを考えた時、お米の味を売りにしないと生き残れないだろう、と」(橋本)
そこで目を向けたのがブレンド米だった。店だけのオリジナルの味を作ることができれば、大手とも戦っていける。橋本はさまざまな組み合わせを試し、それまでにない甘みと粘り気があるブレンド米を探り出していく。
試行錯誤の末、ようやく納得いくものが完成。そこで30万円をはたいて新聞広告まで出した。10キロ5680円と、当時としては強気の値段だった。ところが、「売れたのが3つ。道が閉ざされた感じでした」(橋本)。
橋本は藁にもすがる思いである人物を訪ねる。名店「祇園 さゝ木」の佐々木浩さんだ。
「北海道と秋田と長野の米をブレンドしたどこにも負けないお米です」と訴える橋本に、「なんだ、ブレンド米か」と言いながら口にした佐々木さんは「明日から持ってきてくれ」と言った。
「食べた時になるほどなと。ひた向きな勉強熱心さに魅力を感じました」(佐々木さん)
これを機に、八代目儀兵衛のブレンド米は京都の有名料理店で使われるようになる。ミシュラン2つ星、「祇園にしかわ」の店主、西川正芳さんもそのおいしさにほれた一人だ。
「バランスが取れてすごく甘いんです。他のお米を仕入れる気にならない」(西川さん)
橋本はブレンド米をさらに広めるため、飲食業への参入を決意する。そのためには米を知り尽くした料理人が必要だ。白羽の矢を立てたのが、疎遠になっていた晃治だった。
家を出てから晃治は大分・湯布院の名旅館「亀の井別荘」や京都の料亭「草喰なかひがし」で修業。兄とはあえて連絡を取っていなかった。「兄を信用していいのか」と迷っていた晃治の心を開いたのは、兄の一言だった。
「日本で誰にも負けない米炊き師になってくれと言われました。お互いが協力しあって、日本をびっくりさせてやろうかとがっちり固まったんです」(晃治)
こうして2009年、晃治が料理長を務める「米料亭 八代目儀兵衛 祇園本店」が開店。晃治は白いご飯を生かす「おかず」を工夫していく。
例えば、ブリの照り焼きはギリギリまで甘さを抑えた。「ブリに味が染みすぎるとご飯の甘さが負けてしまう」からだ。主役はあくまで「ご飯」。そこで晃司は、ブリに小麦粉をまぶして油で焼き、表面をコーティングしてからタレをかけた。こうすればタレが身の中までしみ込まない。ご飯の甘みがより際立つのだ。
ご飯を主役にした店は大成功。橋本が会社を継いで以来、売り上げは10倍に伸びた。 「兄が全国のお米を目利きして、一番おいしくなるようにブレンドして、僕が責任を持って、おいしいご飯にする。それが自分たち兄弟の使命だと思います」(晃治)
知られざる米を発掘~お米番付で人生激変
長野・飯山市に橋本の姿があった。橋本は折を見ては、米を納めてくれる農家を訪ねている。集まっていたのは、「夢ごこち」という米の生産者たち。去年は度重なる豪雨で、米の出来があまり良くなかった。
「ちょっと皮が厚くて、精米の時、皮がむきにくい。表面に硬さが残って、炊き上がりのふわっとした状態にならない」(橋本)
農家にとっては耳の痛い話だが「常においしいお米を作るってことだけを考えてやっている。出向いてきてもらえることがありがたい」と言う。橋本の指摘を受けて農家は米作りを改善。しかも相場より高く買ってくれるので、生活が安定する。
橋本は価値ある農家を発掘するため、6年前から「お米番付」という米の品評会を始めた。米の専門家や料理人を審査員に、全国から出品された150もの米がおいしさを競う。
特徴は審査方法にある。多くの品評会では、米の成分を数値化する食味計を使い、ふるいにかけている。しかしここでは、「艶」や「香り」、「甘さ」など、1次審査から全て人が採点。その結果、米どころ新潟以外の、あまり知られていない産地の米も数多く入賞している。
これが、それまで日の目をみなかった農家の励みになっている。去年最優秀賞を獲得した滋賀・竜王町の若井康徳さんは、これまで他の品評会では賞とは無縁だったという。 「産地銘柄にとらわれず、生産者さんが作った米ということで評価してもらえるので、ありがたいです」(若井さん)
京都・八幡市の辻典彦さんも、「お米番付」で人生が変わった一人だ。よそではやっていない独自の農法で米を作り、見事入賞した。
それは稲を全く植えない列を作るというもの。植える列に隙間を作ることで、陽の光が根元まで当たって、稲がしっかり育ち、しかもおいしい米になるという。しかし当初、辻さんのやり方はまったく理解されなかった。
「他の人たちから『そんなことやっても無駄ですよ』と言われながらもやった」
しかし2016年、「お米番付」で入賞すると状況は一変する。
「ただの変人扱いから、受賞をさせていただいた結果、いろいろな方から『教えてください』と。周りの方々で同じような農法を始める人が増えました」(辻さん)
「僕らからすると、単にお米を精米して販売するだけが目的ではなくて、日本の米農業界が良くなることをお手伝いできればという思いです」(橋本)
~村上龍の編集後記~
幼いころ、ご飯は「日常」だった。主食だったが、そのことを意識することがなかった。パンなどが「日常」に加わった今も、特別に米を意識することはない。パンを食べれば食べるほど、米の消費は減り、生産者の収入が減り、衰退していくのだが、そのことを意識することもほとんどない。
もし米が日本から消えてしまったら、わたしは何を思うだろうか。小学校の遠足の「おにぎり」かもしれない。風景も変わり非日常的なおいしさだった。橋本さんは、日常を超えたおいしいご飯から、わたしたちの意識に米を甦らせようとしている。
<出演者略歴>
橋本隆志(はしもと・たかし)1972年、京都府生まれ。1995年、同志社大学商学部卒業後、大手通販会社ニッセン入社。1998年、はしもと入社。2006年、八代目儀兵衛設立、社長就任。
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