(本記事は、矢田 祐二氏の著書『年商10億円ビジネスを実現する、最速成長サイクルのつくり方』セルバ出版の中から一部を抜粋・編集しています)
社長がコントロールするべきものは、考え方と時間
大企業にはなくて、中小企業にあるものとは
食品メーカーM社長は、期末も近づいてきていることもあり、さっそく事業設計書づくりに手を付けました。やはり、今までのものとは全く異なるつくりのため、大変な時間がかかりました。期末までの3か月間では、時間が足りないと感じるほどです。
作成途中に、M社長は感想を述べられました。「いままで自分がいかに考えていなかったかが、わかりました」。この感想は、事業設計書づくりに励む社長からよくお聞きするものです。事業設計書では、事業戦略からターゲット顧客や客単価、集客方法などを具体的に書くことになります。
また、各方針についても、会社の中にあるすべての業務について決めることになります。ホームページにはどのような機能を持たせるのか。「大手企業からの問合わせを増やしたい。ホームページを見てもらうために〇〇サイトに有料で広告を出す」。当社の在庫はどうあるべきか。「売れ筋上位〇割の商品は、〇か月分を在庫で持つ。売れ方の季節変動が大きいため、いくら安くても基準以上のロット買いはしないこと」。
その対象について、すでに考えがまとまっていれば、短時間で書き上げることができます。全く考えたことがないものについては、相当な時間がかかることになります。それについての本を数冊読んだり、セミナーに参加したりが必要になります。また、関係部門に現状や意見をヒアリングすることも行います。
すぐには完成できない方針がある場合には、次のように進言をさせていただきます。「来期の目標の1つに、『在庫に関する方針書の作成』と入れておいて、その時期になったらしっかり取り組んでください」。
事業設計書は、完成度の高さよりも運用のほうが重要となります。完全でなくとも、そのときに意思決定できるものだけを成文化し、社員に配布説明をします。そして、社員とともにそれを実行に移し、その過程で事業設計書を育てていきます。
社員は、事業の特色や方針と、自分の仕事との繋がりを理解することができます。そして、この先も、どのように貢献したらよいのかがイメージできるのです。社員にとって、これは単純に嬉しくワクワクすることです。その分野について、自分で勉強することもできます。そして、自分の会社の未来に、安心することができます。
いまは、まだ大手企業のような条件で、彼らに報いてあげることはできません。しかし、社長が何を考えているのか、会社がどう変わっていくのか、を教えることはできます。そして、そこに参画してもらうことができます。逆にこれは大手企業ではあり得ないことです、中小企業だからこそと言えます。
社員の信頼を大きく損ねる社長の行動
彼らを、いち人間として、いちパートナーとして扱うことになります。そして、1つひとつ決めた方針や立てた目標を、一緒に実現していきます。その過程で、会社は一致団結した組織になっていきます。そして、その年月が、会社に対する信頼として積みあがっていきます。その信頼が更に組織を強くします。
これらの体系がなければ、社員はこれから会社がどう変わっていくのかが想像できません。そのため彼らは体を動かしながらも、本来仕事のために使う頭で、「転職しようか」と考えています。いつもそんな考えが頭をよぎります。自分の心が迷っているため、つらいのです。
夢物語のような大きなビジョンや数字も困ります。少なくともそこには、実現ができると思える戦略や方針が必要になります。毎期大きなものを掲げ達成しない。そして、新しい期には、また大きな目標を掲げられます。前期のあれは何だったのか、誰も口に出しません。これがもっとも社員の信頼を失うことになります。
社員は、「自社がよくなっている」という実感が欲しいのです。自分の仕事が少し効率化された。同僚と過ごす休憩場所がきれいになった。少し給与が上がった。このよくなっている実感が欲しいのです。崇高な理念でもなければ、大きな数字でもありません。
つらいのは、「毎期変わっていない」と感じることです。この作業は、不効率でつらいまま。休憩場所は、汚く暗い。給与は、今年も変わらなかった。同じような問題が何度も繰り返し起きます。その状態に疲れるのです。
会社には、成長サイクルが必要です。立てた方針や目標を、1つひとつ実現していきます。そして、そこで得た教訓やノウハウを、確実に事業設計書や仕組みに残していきます。
成長のサイクルを実直に回すことが、社員の安心につながります。その安心があって初めて、社員の創造力と自主的な行動が発揮されるのです。この成長サイクルを回せない限り、どんな取り組みも一過性のものとなります。
成長サイクルを毎期繰り返していきます。社員によって仕組みがよくなり、その仕組みにより更に効率はよくなります。その過程が、社員の能力も人間性も高めることになります。成長サイクルこそが、仕組みも社員をも育てる唯1つの『仕組み』と言えます。逆にこのサイクルを持たない会社は、極めて弱いと言えます。何も積み上がらず、社員を活躍も成長もさせられません。
事業設計書は、『時間』を担うものです。そこには、『これから先の構想』と、『過去の経験から得た知恵』が載っています。事業設計書により、組織は『時間』を取り入れることができます。
書かれた事業の特色を更に強めるために、継続的に各部門が取り組んでいけます。「取扱商品」や「在庫」や「育成」の方針が一貫性を与えてくれます。「ホームページの更新」や「設備の入替え」や「評価面談」などの定例業務に、担当部門を確実に向かわせます。決めたルールは記載され、定着が早くなります。
社長は、事業設計書を用いて、会社内の『時間』をコントロールすることができるのです。事業設計書により、組織を一貫して動かし、持続的に仕組みを発展させることができます。
方針発表会に外部の方をお招きしないほうがよい理由
仕組みとは「その瞬間に最適化されたもの」、組織とは「その仕組みをある方向に変化させるもの」、そして、事業設計書が「組織の成長サイクルを支える仕組み」になります。
M社長は、事業設計書を使って全社員に説明することを考えていました。「そのための会を、開いたほうがいいでしょうか」。私は「ぜひ」とお答えして、すぐに2つの条件を付け加えさせていただきました。
1つが、「外部の方をお招きしないこと」。そして、もう1つは、「管理者と主要な社員向けに、別の会を設けること」をお願いしました。
このような発表会に、外部の方をお招きするメリットは、もちろんあります。会に緊張感を持たせることができます。また、銀行や専門家の方に、今後の協力を依頼する場とすることができます。
しかし、デメリットも少なからずあります。それは、本来の会社の雰囲気ではなくなることです。発表者は固くなり、言葉数も熱量も減ることになります。そして、社員は、疑問があっても質問をしなくなります。
また、「外部に漏れてはいけない」、「銀行に本当のことは知られたくない」と、実際の状況や数字の説明をしないという本末転倒なことも起こります。
ただでさえ1回目は、大変です。依頼すなわち事業設計書の内容を落とし込むことに注力されることをおすすめしています。
もう1つの、「管理者と主要な社員向けの会」が、本当の会になります。現場スタッフまでを集めた会は、どうしても「決起大会的」な会になります。趣旨は、「皆さんわかりましたよね」という全員周知の認識づくりと、「今期もがんばろう」という意欲向上になります。
そのため、管理者や主要な社員へしっかりと『依頼(巻き込む)』する場が必要になります。方針を理解してもらい、スピードと精度のある実行に繋げることだけが趣旨の会です。意識の高いメンバー限定だからこそ、率直な質問と忌憚のない意見を出し合うことができます。
ここでは、実行のイメージを持てるまで、とことん行うことが必要です。また、事業設計書には書ききらない社長の狙いや経緯も話すことができます。
この場を設けることで、参加したメンバーに、一体感を持たせることができます。実行段階では、このメンバーが自主的に協力し合い、力強く進めてくれることになります。将来の幹部もこの中から育つことになります。
社長にとっては、後者の会のほうが断然重要になります。実際にほとんどの大手企業では、幹部だけにしか開催していません。全社的に開催しているところは、一部の新興企業ぐらいです。
全社員向けに行う会も、士気向上と帰属意識を高めることに有効なことには変わりがありません。特に、知的労働型業務に従事するスタッフに有効です。また、その会の写真は、広報や採用のためのイメージアップの素材としても使えます。
多くの中小企業が全社員向けの会は開き、「依頼」のための主要メンバーの会を行わないという、勿体ないことをやっています。来期に向けた発表会についても、会社としての明確な方針を持った上で、開催をしていくことが必要となります。
社員の成長の芽を潰す、M社長の「即答する」という習慣
期首から半年を過ぎた頃、M社長から社内の状況について、ご報告をいただきました。「以前とは違い、深いレベルで社員とコミュニケーションが取れていることを感じます」。方針や仕組みについて、管理者や社員と活発な意見交換ができるようになりました。
M社長は、いままでの社員との会話は、自分が一方的に話してばかりだったと反省をしました。起きた問題の解決策を決める場合、M社長が独り言のように原因の分析から立案をし、それをその場で決定してきました。その横で社員は、頷きや賛同の相槌を入れているだけでした。
彼らの聞く姿勢は、社長からの指示を理解しようとするレベルのものです。自分で解決の糸口を見つけるという意識はありません。ここでも考える機会を奪っていたのです。
それから、М社長は、社員とのコミュニケーションの取り方を変えるようにしました。社員が何かを訊いてきても、緊急時以外は、すぐには答えないようにします。そのときには、「君の考えを聞かせてほしい」と返します。
習慣とは恐ろしいものです。この社長の返しに、ほとんどの社員が、ぽかんと口を開けたままフリーズをするのです。それでも辛抱づよく、この「質問返し」を続けていると、社員にも「自分の考えを述べなければ」という意識が芽生えだしたのです。
その社員の意見を聴けば、その業務の趣旨や方針をしっかり理解しているかどうかがわかります。また、優秀さを測ることもできます。
同じ意見であれば、「さすが!」と言って、彼らの手柄とすることができます。また、その意見の中には、社長でも思い浮かばないものが沢山出てくるようになりました。現場で働く者、それを専門とする者しか、出せないアイデアが得られるのです。
社長が即答することで、彼らの考える力どころか、彼らの手柄とやる気まで奪っていました。そして、組織の分業の力を貶めていたのです。新商品のアイデアや製造の効率化など、儲けの機会を潰していたと反省したのです。М社長に、「社長という役割には、しゃべらないという強い自制が常に必要です」とお教えいただきました。
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