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1947年(昭和22年)に日本を襲ったカスリーン台風は、大雨を降らせて利根川の上流域で大変な浸水被害を出した。群馬県は家屋の浸水や倒壊で大勢が亡くなり、田畑の浸水も6万2300ヘクタールに及んだという。「そうした浸水の被害をなくすためには水門が大切ということで、水門の製造と据え付けを行うようになったのが今に至っています」と、群馬県伊勢崎市に本社を置く株式会社桜井鉄工所代表取締役の宇佐美智之さんは振り返る。(TOP写真:桜井鉄工所が手掛けたスピンドル式水門『同社HPより』)
群馬県で唯一の水門製造会社
創業自体は1924年(大正13年)と古く、2024年で100周年という記念の年を迎える。「最初の頃は普通の鉄工所だったようですが、カスリーン台風以後は水門が専業となりました」。その当時は県内にも多くの同業者がいて市場を分け合っていたが、だんだんと減っていって少し前に3社となり、今は「うちだけになってしまいました」(宇佐美社長)と厳しい状況を明かす。
「最近まで営んでいたところは、それこそ江戸時代から治水・利水に関する仕事をしてきた老舗企業でしたが、M&Aで買収されて半年くらいでプラスチックの成形を行う工場になってしまいました」。製造業にまつわる事業継続の難しさを感じさせる事例だが、桜井鉄工所は今も水門の製造と施工をしっかりと行い、群馬県の田んぼや畑を水害から守っている。
同社ですら、水門を事業の中心に据えてから70年以上が経っており、会社として把握していないような場所から、桜井鉄工所の銘板がついた水門が見つかって、修理や付け替えを依頼されることがある。「倉庫に保管してある古い図面を探して、残っていればそれを元に対応しますが、なければサイズなどを測り直して新しく作ることになります」(宇佐美社長)
図面の電子化で点検や整備時のスピーディーな対応だけでなく、提案時にも活用
図面が電子化されていれば、パソコン上で場所も含めて確認し、すぐに対応できるようになる。「平成に入ってからの図面に関しては、ほぼ電子化されてサーバーに記録されていると思います」。これを点検や整備の際に利用するだけでなく、同じような案件の新規受注時に参照することで、スピーディーな対応を可能にしている。
昭和以前の図面は紙のため、電子化に取り組みたいが、時間的な余裕がないため見送っている。田んぼに水が入っていて、水門の付け替えができない夏場に時間を作り、古い図面の電子化を徐々に行っていきたいとのこと。
最も重要な原価管理も専用システムの導入で問題解決
社長に就任したのは2022年の5月だが、入社した2015年から事務関係のほとんどを一手に手掛けていて、システム面でも改良や刷新に取り組んできた。Excelを使って行っていた原価管理を建設業界向けの原価管理システムを導入することによって効率化した。「Excelでは案件を適当に入力してしまうことから、同じ案件でも異なった名称になっていることがあります。そうなると、検索しようとした時にうまくひっかかってくれません」。
原価管理システムを使うことで、そうした問題がなくなって業務がスムーズに回るようになった。古いデータはまだ多くExcelで残っていて取り込むことが難しく、「手書きのものも残っていてすぐには参照できません」。これらについても、図面と同様に少しずつデジタル化して一元化していけば、過去の案件についてすぐに原価を見られるようになる。「デジタル化された図面と連係させられれば最高なんですが……」(宇佐美社長)。目下の課題だ。
給与計算のクラウド化によってどこでも作業可能。時間の有効活用ができる
給与計算の作業についても、クラウド化して自宅などで空いた時間に行えるようにした。「会社でなければ絶対にできない作業というわけではありません。そのため、土日などに家に持ち帰ってやれるようにしたいと思っていました。クラウドなら家からでもアクセスできます」(宇佐美社長)。出退勤の記録自体はずっと手書きのままで変わっていないが、入力さえすればあとは自動で計算してくれる。作業内容に応じて時間を有効的に活用することで、仕事にメリハリをつけられるようになった。
電子帳簿保存法の改正に対応。複合機と連携した証憑保存サービスを利用
電子帳簿保存法の改正にも対応した。「複合機との連係ができる証憑保存サービスの利用を始めました。証憑類をスキャンしてファイル名と企業名と日付を入力すれば、それらがファイルネームにしっかりと入った形で、まとめて保存されます」(宇佐美社長)。あとで検索できるようにしておかないといけないため、ファイルネームをしっかりとつけておく必要があるが、慣れないとこれがなかなか大変だ。証憑保存サービスならそうした面も対応しており、改変がないこともしっかりと証明してくれる。
公共工事を行っている関係もあり、ネットワークのセキュリティを強化した
電子データのセキュリティ強化にも乗り出した。「公共工事を多く手掛けている関係で、会社のパソコンには流出してはいけないデータが多く入っています。ただ、慣れない人がパソコンを扱うと、外から入ってきたスパムメールを開けてしまってウイルスに汚染されるようなことが起こりかねません」。そこで同社ではUTM(統合脅威管理)を導入して集中的にネットワーク管理を行い、危険なスパムを弾くようにし、フィルタリングによって危険なサイトにアクセスできないようにした。
これだけ取り組んでも、まだまだ足りていない部分があるという。たとえば、工事現場の画像の管理。施工したら写真を撮って役所に提出する必要があるが、現在は普通のデジタルカメラで撮影したものをCD-ROMなどに収録したり、プリントした上で書類として提出している。「いずれ、スマートフォンで撮影したら自動的に小黒板も写し込まれるような仕組みを入れたい。そうした新しい仕組みに対応できるような体制や、人材を確保しておく必要があります」(宇佐美社長)
ホームページに事例やスタッフインタビューを掲載し仕事をアピール
ご多分にもれず人手不足は深刻で、新しい人材がなかなか入って来てくれない。同社では事務などをシステム化することによって現場の負担を減らし、業務に集中できるような体制を整えつつあるが、さらにホームページを通して会社の仕事を紹介し、興味を持ってもらおうとしている。ホームページでは仕事として敷設した様々なタイプの水門を紹介し、他にはないような仕事ができることをアピールしている。
スタッフインタビューのページでは、設計・見積、施工、事務担当の3人がメッセージを書いているが、事務職まで水門が設置してある現場に足を運んでいる。社員全員が水門の重要性を認識し、自分たちの成果がしっかり役に立っていることを実感しているようだ。
若い人材が入ってくれば、新しいICTへの取り組みも推進されるとみる。工事の現場にタブレットやスマートフォンを持って行き、電子化された図面を見るようになれば、ペーパーレス化が推進される。水門をリモート監視するようなシステムを取り付けられるようにすれば、大雨が降った時に心配だからとわざわざ水門を見に行って、事故に巻き込まれる人が出るような事態も防げるようになる。
ICTの有効利用で新しい事業や市場を開拓
「自分が社長になった時、この会社は自分の代で大きくなるか、それとも潰れるかだと思いました。ただ、潰れてしまっては群馬県で水門の面倒を見るところがなくなってしまいます。大きな企業が手掛ける画一的なものばかりになって、小さな事業者の細かなニーズに応えられなくなります」。だからこそ事業を継続する必要があり、可能ならさらに大きくしたいと考えている。「借金を背負ってまで大きくしようとは思いませんが、いろいろと手掛けていくことで大きくなる可能性はあると考えています」(宇佐美社長)
ICTを活用して業務を効率化しつつ、デジタル化したデータを分析することで、次の製品やサービスのヒントにもなる。また効率化した時間を活用して新しいソリューションを生み出せないかを模索していける。特に、近年の気候変動を考えると、現場を丹念に回り、ヒアリングすれば桜井鉄工所ならではの仕事が数多く存在していそうだ。今がまさに分水嶺。若い社長のICT活用と新たな需要の創造が同社の未来を大きく変える。
企業概要
会社名 | 株式会社桜井鉄工所 |
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住所 | 群馬県伊勢崎市波志江町4566番地 |
電話 | 0270-25-3253 |
HP | https://sakurai-tekkojo.jp/ |
設立 | 1946年9月(創業1924年) |
従業員数 | 15人 |
事業内容 | 各種水門、管理橋、スクリーン、除塵機、貯水池斜樋溜池栓 |