減価償却の影響と留意点(譲受け企業視点)
譲受け企業視点で、影響と留意点について見ていきます。
投資回収の判断基準への影響
譲受け企業(買い手)の投資回収の判断基準には、様々なものがありますが、代表的な財務指標として「EBITDA」があり、多くの企業で投資回収の判断基準として採用されています。
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減価償却との関係では、EBITDAがキャッシュ・ベースでの収益力に着目した財務指標であることから、営業利益に減価償却費を加えることで計算されます。
EBITDAを投資回収の判断基準として採用する場合、EVがEBITDAの〇〇倍を超える場合には、投下資本の回収が長期間に及ぶことから「M&Aは実行しない」といった判断を下すことが考えられます。
また特別償却により減価償却費の金額が大きく、営業利益は大きくないが、キャッシュ・ベースでの利益は出ており「割安な案件だからM&Aを実行しよう」といった判断を下すことも考えられます。
そのため減価償却費の多寡による影響を受けず、投資回収の判断を行うこととなります。
なお減価償却費については、同じ償却資産であっても、企業が採用する耐用年数の長短、償却方法の違い(定額法と定率法)などによって、その金額に差異が生じます。これらの計算要素については、企業ごとの恣意的な見積もりや判断が介入する可能性があることから、EBITDAでは、主観的な判断や見積もりを排除した企業間比較が可能になるといえます。
税務リスクがある場合の留意点
日本企業の多くは、税法に準拠した減価償却を行っていることから、譲渡手企業における減価償却に関する税務リスクは低いと考えられます。
しかし税法で損金算入が認められる限度額を超えて減価償却費を計上し、申告調整を失念していた場合や、資本的支出に該当するものを修繕費として処理していた場合には課税当局から指摘され、追徴税等が生じる可能性があり、リスクはゼロであるとはいえません。
前述のとおり、 資本支出と修繕費の論点については大手企業であっても課税当局から指摘をうけることがある悩ましい論点です。このような税務リスクについて、譲受け企業ではしっかりと検討する必要があり、許容範囲外である場合には、ブレイクの判断を行う必要があります。また当該税務リスクの程度が、許容範囲内である場合には、下記のような対応が考えられます。
- 契約書において株式の譲渡価額を減額する。
- 契約書の補償条項の対象とし、M&A後に税務リスクが顕在化した場合には、譲渡企業が譲受け企業に対して損害賠償の責任を負う。
以上が減価償却の税務リスクの概要となります。M&Aにおけるリスク事項については、リスクの内容だけでなく、リスク事項が発覚した場合の対応についてもしっかりと押さえておきましょう。なお 税務リスクなどのM&Aにおけるリスクの把握、評価についてはDD(デューデリジェンス)が有用です。
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またリスク事項が発覚した場合に、契約書上どのように反映させるか、M&Aの法務についてもっと詳しく知りたい方は関連記事をご覧下さい。
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適格要件を満たす会社分割における留意点
中堅・中小企業のM&Aでは株式譲渡スキームが一般的ですが、場合によっては、合併や会社分割のような組織再編によるM&Aも考えられます。
組織再編における買い手側での減価償却の概要は、前述のとおりですが、適格要件を満たす会社分割を実行する場合に注意が必要です。
会社分割では、分割会社から分割承継法人に資産が移転しますが、移転対象となる資産に償却資産が含まれる場合、効力発生日前までの減価償却費については、所定の届出を行わなければ、分割法人において損金算入が認められません。
用語の解説 |
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[分割法人] 分割によりその有する資産又は負債の移転を行った法人をいう。 [分割承継法人] 分割により分割法人から資産又は負債の移転を受けた法人をいう。 |
M&A実務でもよく利用するスキームとして、適格要件を満たす分割型の新設分割と株式譲渡を組み合わせた手法があります(図表13)。
譲渡企業から譲渡対象ではない事業を切り出して、会社を新設し(分割承継法人)、切り出し後の譲渡対象企業(分割法人)について、その支配権を株式譲渡によって譲受け企業に移転させるスキームです。M&A後、譲渡企業は譲渡対象外企業を経営し、譲受け企業は譲渡対象企業を経営することになります。
このスキームにおいて、 新設分割により譲渡対象外企業に償却資産が移転する場合、「事業年度の開始日から効力発生日前までの当該償却資産」の減価償却費を、譲渡対象企業に帰属させるためには、2か月以内に譲渡対象企業が届出を行う必要があります。
これは所定の届出を行えば、当該減価償却費分の節税メリットを享受した企業を、譲受け企業が取得することができるということです。組織再編においては適格要件を満たすかどうかを検討することも重要ですが、このような細かい論点を把握しておくことも重要です。
M&Aのスキームによっては、様々な手続きが必要となることもあります。前述の特別償却においても触れたことではありますが、M&A実行前にはどのような手続きが必要になるのかしっかりと調べるようにしましょう。