館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)

目次

  1. 苦節10年で名湯を復活 温泉ファンもお墨付きの湯の良さ
  2. クラウドファンディングでコロナ禍を乗り切る
  3. 課題の予約、注文業務にシステム改善で挑む 厨房もデジタル化
  4. システム刷新が生んだ時間的余裕を顧客満足度アップへ
  5. 5年後を見据えたシステム一新で〝湯の良さ〟をつなぐ
中小企業応援サイト 編集部
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群馬県南西部に位置する藤岡市にある猪ノ田温泉は古くから薬師の湯と呼ばれ、明治初期には湯治場として賑わっていた。「絹の湯 久惠屋旅館」はこの地で2023年12月に創業40年を迎える。「静かな山あいに佇む小さな隠れ宿」を売りに、源泉登録している「絹の湯」が示す通り、柔らかく滑らかな湯の良さに定評があり、宿泊客の9割は県外から訪れる。一方、旅館を運営する上で予約業務や飲食注文、さらに厨房との連携に課題があり、2023年5月にシステムを一新。業務改善を通じてきめ細かな宿泊客対応の向上につなげようとしている。(TOP写真:山あいに佇む隠れ宿の雰囲気が漂う猪ノ田温泉 絹の湯 久惠屋旅館の入り口)

苦節10年で名湯を復活 温泉ファンもお墨付きの湯の良さ

館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)
「温泉宿・ホテル総選挙 2021」の「うる肌部門」で関東エリア1位を獲得した表彰状
館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)
広縁付き和室10畳の客室

「絹の湯 久惠屋旅館」は1983年12月、現在の館主、深澤永守氏の父親が現在地で創業した。創業に至るまでには長い道のりがあった。藤岡市内で牛乳卸業を営む傍ら猪ノ田温泉の源泉「猪ノ田鉱泉」にほれ込み、その熱意にほだされた源泉の権利保有者から権利を譲り受けた。ただ、資金などの課題もあり、開業にこぎつけるまでにそれから10年ほどの歳月を要した。

源泉登録した「絹の湯」の特徴はPH9.1の強アルカリ性冷鉱泉で、その名の通り絹のような肌触りにある。それは全国の温泉ファンも認めるところで、全国の温泉地の活性化を狙いにWeb投票で実施された「温泉宿・ホテル総選挙 2021」(主催=旅して日本プロジェクト、後援=内閣府、環境省、総務省、経済産業省、観光庁)で、「絹の湯 久惠屋旅館」は「うる肌部門」で関東エリア1位、全国6位を獲得している。

建屋はほぼ創業当時の姿のまま、今どきの旅館、ホテルのように新しい施設・設備は備えていない。客室は11部屋と食事処の大広間、それに男女それぞれの内風呂がある。この古めかしさこそ旅館の良さとも言える。板前の館主とその妻で2022年3月に女将の職に就いた久美子氏と二人が協力して、四季折々の新しいメニューの開発に取り組むなど〝手作り感〟が色濃く漂い、それが旅館の風情ともマッチするおもてなしの旅館だ。

ちなみに周辺はゴルフ場が多く、日帰りの立ち寄り湯を提供しているほか、オンラインショップで絹の湯をボトリングした浴用の源泉を販売している。

クラウドファンディングでコロナ禍を乗り切る

館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)
「コロナの時にはたくさんの人に助けられました」と話す女将の深澤久美子氏

その良さは奇しくもコロナ禍で再確認された。コロナ禍のさなか営業は金土日曜の週末3日間に絞り込む厳しい事業環境の中で、何とかこの事態を乗り切らなければならないとクラウドファンディングを2020年5月に実施した。その際訴えたのは「未来の宿泊」で、支援者には3年間の期限付きで宿泊と館内利用券での還元を用意した。結果は目標額の250万円を達成し、最終的に250万円超、10万円の宿泊にも3口の応募があった。

その時、久美子女将は「絹の湯 久惠屋旅館の良さをすごくよくわかっているお客様が、実はたくさんいらっしゃったということがわかった」という。むろん「クラウドファンディングがこの旅館を知っていただけるきっかけにもなり、反響の大きさには涙が出るほどうれしかった」と振り返る。

絹の湯 久惠屋旅館はコロナ禍でも従業員を減らすこともなく、やめる人もいなかった。現在の従業員数はパート、アルバイトを含めて10人。2022、2023年は全国旅行支援(全国割)のキャンペーンなどもあって売上が持ち直したことから求人も実施し、コロナ禍前から逆に3人増えている。

課題の予約、注文業務にシステム改善で挑む 厨房もデジタル化

館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)
2023年5月に新たに導入し、フロントに設置されたホテル管理システム

一方、宿泊予約をはじめとして旅館を運営する上で欠かせないPMSと呼ばれるホテル管理システムは、導入してからだいぶ経過していたため使い勝手が悪く、改善すべき課題がかなりあった。改善点は大きく分けて予約管理業務と飲食オーダー業務の二つあり、2023年5月にホテル管理システムを一新し、課題解決を目指した。

予約管理業務についてはこれまでは予約情報の入力作業に手間がかかり、入力漏れもあった。そこで、新しいシステムでは使いやすく、きめ細かな対応ができる点を重視した。さらに、客室情報を把握するサイトコントローラーとホテル管理システムとの連動も図った。これにより、大部分を占めるインターネットによる予約情報は自動的に入力されるようになり、予約管理業務にあたる久美子女将は「システム一新により、かなり時間的な余裕が生まれるようになった」と歓迎する。

夕食時、大広間での飲食オーダーについては、これまでビールや日本酒などの追加注文はスタッフが紙に手書きで受けてきた。そのため、注文の取りこぼしや数量の間違いがあったほか、厨房との連携が悪く提供が遅れるケースがあった。さらに、注文は最終的に集計しホテル管理システムに入力しなければならず、手間がかかる上に入力金額のミスも発生していた。

この課題解決に向けてオーダーリンクシステムを導入した。オーダースタッフがタブレット端末で注文を入力すれば厨房のキッチンプリンターに情報が入るため、大広間と厨房を往復する回数は減り、提供の遅れも少なくなった。また、注文データは自動的にホテル管理システムに送られるため、新たに入力する手間は省け、会計明細の間違いもなくなった。

また、厨房の現場もホテル管理システムの一新と併せて、システム化を進めた。これまではフロントに入った予約情報を紙ベースで厨房に伝え、それをもとに当日の料理情報をホワイトボードに手書きしてきた。新たな仕組みではホテル管理システムに予約が入った段階でリアルタイムに予約情報を厨房内に設けた大型モニターに反映できるようになり、宿泊当日に提供するメニューが宿泊客ごとに表示される。これにより、フロントと厨房の連携がスムーズとなり、ペーパーレス化にもつながっている。

館主、女将の二人が協力して、山あいの「うる肌の湯」の魅力を引き出す。システム一新で次の5年を見据える 絹の湯 久惠屋旅館(群馬県)
厨房に置かれた大型モニター

システム刷新が生んだ時間的余裕を顧客満足度アップへ

一連のシステム移行に伴う金額はトータルで見ればなかなか手が出せない事業だったものの、国からのIT導入補助金を2022年度内に申請・承認されたことに助けられ、システム一新にこぎつけた。

アナログからデジタルへ業務手順が変わったことに対し、スタッフに戸惑いがあったのは当然だ。この点については、スタッフ個々の年齢面も配慮して、システム移行してまだ間もない現状では対応可能なスタッフがシステムを動かすという方法で取り組んでいる。ただ、現実としてシステム一新によって業務面の時間を削減し、時間に余裕ができており、それだけでも大きなメリットを生んでいるとみている。

同じ宿泊客が相手とはいえ、旅館業はホテル業と異なり、客と直接接する機会も多く、よりきめ細かな対応が求められる。客それぞれに夕食、朝食のメニューが違い、連れの子どもの年齢によっても異なってくるなど、対応は相当きめ細かくなくてはいけない。その分、デジタル化の推進で業務の手間が省けて時間に余裕ができれば、より客に寄り添ったきめ細かな対応もできるようになる。その意味で、今回の一連のシステム一新は「ものすごいメリットとなっている」(久美子女将)というわけだ。

システムを一新したことでほぼ望んでいた形が整ったため、現状で更なるICTへの取り組みについては具体的には考えていないという。しかし、国の補助金申請にあたって、セキュリティ強化やSNSなどを通じた情報発信の充実が審査の上で重視されることもわかり、2023年になってホームページをリニューアルするなどしている。こうした領域での取り組みが今後の課題となりそうだ。

コロナ禍前と比較すると絹の湯 久惠屋旅館の客層は様変わりし、30代の若い世代、しかも業界でいうシングルユース、ダブルユースという少人数が増えているという。かつては高齢者が6~7割を占めていたものの、今では50代以下が6~7割と逆転している。それは、クラウドファンディングや「温泉宿・ホテル総選挙」で得た高評価が影響していると思われる。また若者世代には昭和の雰囲気が人気になっているが、その事も影響しているかもしれない。

5年後を見据えたシステム一新で〝湯の良さ〟をつなぐ

しかし、現状に甘んじてはいけないとの思いは強い。建屋はどんどん古くなっていく中で今後、絹の湯 久惠屋旅館の良さをどう生かしていくかについて、久美子女将は「『ここに来ないとない』といった久惠屋旅館ならではの名物を作っていくことにチャレンジしていかなければ」と考えている。

一連のシステム一新はある意味、絹の湯 久惠屋旅館の5年先を見据えたチャレンジでもある。2023年12月に迎える創業40周年に向けても「自社ホームページからの予約で40%オフ」の大盤振る舞いのプランを企画するなど、絹の湯の良さを守り、顧客に寄り添う姿をアピールするチャレンジは今後も続いていく。

企業概要

施設名猪ノ田温泉 絹の湯 久惠屋旅館
住所群馬県藤岡市下日野1254-1
HPhttps://www.hisaeya.com/
電話0274-28-0505
設立1983年12月
従業員数10人
事業内容温泉旅館