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藤田 耕司(ふじた・こうじ)
公認会計士、税理士、心理カウンセラー、一般社団法人日本経営心理士協会代表理事、FSGマネジメント代表取締役、FSG税理士事務所代表。
1978年生まれ。2002年早稲田大学商学部卒業。04年公認会計士試験に合格、同年有限責任監査法人トーマツ入所。12年に独立し、藤田公認会計士・税理士事務所(現FSG税理士事務所)開設。13年FSGマネジメント株式会社設立・代表取締役就任、15年一般社団法人日本経営心理士協会設立・代表理事就任。年商100億円を超える企業の社長など、多くの社長のメンターを務める。経営・ビジネスの現場における成功体験・失敗経験と心理学を融合した経営心理学を新たな企業経営のあり方としてコンサルティングしている。

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マズローの欲求段階説を進化させた理論

情緒的な側面を持つ人間的信頼は「快か、不快か」という判断基準と深く関係します。

そして、快、不快という反応は人間が抱く欲求と関連します。人は欲求が満たされた時に快の感覚を覚え、欲求が満たされなかった時に不快の感覚を覚えます。欲求の種類は多岐にわたりますが、人間が抱く根本的な欲求に関して、アメリカの心理学者アブラハム・マズローは「欲求段階説」として次の欲求を挙げています。

  • 生理的欲求:生命維持のための食事・睡眠・排泄等の本能的・根源的な欲求。
  • 安全欲求:安全を確保し、生命を脅かされないようにしたいという欲求。
  • 社会的欲求:情緒的な人間関係を求める、集団や組織に所属することを求めるなどして孤独を回避したいという欲求。
  • 承認欲求:他者あるいは集団から自分は優れた存在、価値のある存在だと認められたいという欲求、そして自らも自分自身のことをそう認めたいという欲求。
  • 自己実現欲求:自分の持つ能力や可能性を最大限に発揮し、創造的でありたいという欲求。

この欲求段階説は、生理的欲求が最も低次の欲求で、生理的欲求が満たされると安全欲求、安全欲求が満たされると社会的欲求という具合に、低次の欲求が満たされるとより高次の欲求を抱くようになると説明しています。

ただ、私の感覚としては、経営・ビジネスの現場で組織の活性化や人間関係の改善を進めていくうえで、「今、この人は社会的欲求が満たされている状態なのかな。だとすると、次は承認欲求を満たすことが必要なのかな」といったように分析していくのは現実的ではありません。相手がどこまでの欲求が満たされているかを正確に把握することはほぼ不可能です。

こういった知識はあくまで現場で活用でき、現場に変化をもたらすうえで実用的かどうかを重視すべきだというのが私の考え方です。

そういった考えから私が現場で活用しているのが、アメリカの心理学者クレイトン・アルダファーがマズローの欲求段階説を発展、修正し、提唱した「ERG理論」です。

ERGとは、次の3つの欲求を表す言葉の頭文字をとったものです。

  • Existence(生存欲求):生きることに対する物質的・生理的欲求で、食べ物や住環境などの欲求や賃金、雇用条件、安全な職場環境などに対する欲求。
  • Relatedness(関係欲求):家族や友人、上司、同僚、部下、その他重要な人と良好な人間関係を持ちたい、認められたいという欲求。
  • Growth(成長欲求):自分が興味を抱く分野で能力を伸ばし成長したい、苦手分野を克服したいという欲求や、創造的・生産的でありたいとする欲求。

アルダファーは現代のような安定した状況では、マズローの欲求段階説のように下位の欲求が満たされると上位の欲求が生じるという形で段階的に欲求が生じるのではなく、状況に応じて、3つの欲求が並列的に生じることがあるとしています。

このアルダファーのERG理論は、マズローの欲求段階説よりもシンプルであり、現場の感覚に近いことから、私としても活用しやすいモデルであり、実際に組織の活性化や人間関係の改善において大いに効果を発揮しています。

このうち、関係欲求、成長欲求については、先程のディスカッションの発表結果に見られる項目の①②と対応しています。

① :自分のことを認めてくれる、自分のことを理解してくれるなど、自分を肯定的に評価してくれて深く関わってくれる人→関係欲求を満たしてくれる人
② :自分に気付きを与えてくれる、自分のことを思って叱ってくれるなど、自分を成長させてくれる人→成長欲求を満たしてくれる人

このERG理論を経営・ビジネスにおける人間関係に当てはめると、満足のいく雇用条件で給料を払ってくれ(生存欲求)、良好な関係のもとで自分のことを理解し認めてくれて(関係欲求)、自分を成長させてくれる(成長欲求)相手に人間的信頼を感じると言えるのではないかと思います。

実際に多くの会社を見ていると、従業員満足度が高い会社の経営者は何らかの形で従業員のこの3つの欲求を満たしている傾向にあります。

一方で、離職率の高い会社の経営者はこの3つの欲求のうちのいずれか、あるいは複数の欲求を満たすことができていません。給料が低すぎたり、従業員のことを怒ってばかりで褒めようともせず良好な人間関係を築けていなかったり、成長の機会を与えずにルーチンの仕事をただやらせるだけだったり。こういった関わり方では、従業員から人間的信頼を得ることは難しく、その結果、離職率が高くなるのも無理はないのかもしれません。

生存欲求、関係欲求、成長欲求の3つを十分な水準で満たすのは決して簡単なことではありません。しかし、その3つを何とか満たそうと意識し、努力しようとする姿を見せることなく、人間的な信頼を得ようとしても、それは難しいと言わざるを得ません。

これは従業員との関係だけではなく、すべての人間関係においても当てはまることです。