矢野経済研究所
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6月2日、改正マイナンバー法が成立、2024年秋には現行の健康保険証が廃止され、マイナンバーカードに一体化される。年金受取口座も一定期間内に同意確認が得られなければ自動的にマイナンバーに紐づけられる。また、導入時には社会保障、税、災害対策の3分野に限定されたていた利用範囲も拡大される。法律で認められる事務および “それに準じる事務” については国会承認を経ることなく主務省令で情報連携が可能となる。実質的な義務化であり、行政裁量権の拡大である。

その4日後、政府は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を決定、マイナンバーの利用拡大に向けての工程表を公開する。しかし、である。他人の保険証が登録されていたり、本人ではない名義の銀行口座に紐づけられたり、証明書交付サービスでは別人の住民票が発行されるなど、トラブルが相次ぐ。とりわけ、驚かされたのは健康保険証との紐づけが本人の同意もなく、パスワードとの照合も必要とせず勝手に行われた事案があったということだ。これは単なるミスではあるまい。システムの問題か、運用ルールの不徹底であるのか、露見した種々のトラブルの原因や責任の所在に蓋をかぶせたまま、なぜそこまで急ぐのか。

そもそも、マイナンバー制度はマイナンバー “カード” 制度ではない。カード保有は任意であり、そこが制度設計の出発点であったはずだ。しかし、ある時点からあたかもカードの普及率そのものが政治目的化されたが如く、利用拡大に軸足が移る。ここへきて露呈したトラブルの多くは、システムの拙速な肥大化による運用面における混乱が本質であろう。義務化への方向転換を政治的に決定したのであれば、国民に問うべきは利便性ではなくその必要性である。そう、ポイントで普及率を上げるなどという姑息な施策に巨額の税金を投じる必要などない。

昨年10月、初代デジタル庁のトップを務めた政権幹部が「マイナンバーカードについて、いちいち国民の声など聞く必要はない」などと公の場で発言した。あたかも独裁国家かと見紛う強権的な言動であえて強いリーダーを演じてみせたのか、あるいは、それが政権の本音なのかは、真偽は不明だ。いずれにしても、現在の局面における真のリーダーシップとは、立ち止まり、責任を受け止め、カードの保有リスクに対する全責任を担う覚悟をもって、義務化の是非を国民に問うことである。突破力があるとされる現大臣にはまさに正攻法の道を選択いただきたい。

今週の“ひらめき”視点 6.4 – 6.8
代表取締役社長 水越 孝