(本記事は、川上 徹也氏の著書『面倒なお願いでも、気持ちよく相手に届く伝え方は? 人を動かす伝え方50の法則』=アスコム、2022年11月11日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
すぐに行動に移してほしいとき
盛り上がったタイミングで伝える
やらなきゃと思っていても、なかなか行動に移せないということはないでしょうか?
「やろうと思ったこと」を先送りするうちに、忘れてしまうこともあります。そうなってしまったら最後。もう、なかなか思い出すことはできません。しかもこれが他人である場合は、いったいどうすれば行動に移してもらえるでしょうか?
それには、気持ちが盛り上がっているときに、行動の「きっかけ」を作っておくのが効果的です。
このことを今から50年以上前に実証したのが、心理学者のハワード・レベンタール博士らでした。
博士らは、イェール大学のキャンパスで、被験者の大学生たちに破傷風(はしょうふう)のリスクに関する講演を聞かせました。その中で専門家が、今すぐ学内にある医療センターに行って、予防接種を受けるべきだと語りました。それを聞いたほとんどの学生は、予防接種を受けに行くと言いました。
しかし、実際にそのあと予防接種を受けに行った学生は、たった3%にすぎませんでした。
そこで今度は、別の学生たちに同じ講演を聞かせたあと、医療センターの場所に印をつけた地図を渡しました。さらに、翌週のスケジュールを確認させ、いつ予防接種を受けに行くかを決めるよう求めました。
すると、9倍以上、28%の学生が予防接種に行ったのです。「スケジュールや場所を確認する」ということが、行動のきっかけになったと考えられます。
このように、先に決めたことがのちの行動に大きな影響を与えることを、心理学では「先行刺激(プライミング)効果」といいます。
東京都立川市では、この効果を使って、「乳がん検診の受診率」を大幅に上げることに成功しました。
「乳がんのリスクを理解しているが、検診に行っていない人」に向けて、検診予約のメモなどを書き込む「受診計画カード」を送付したところ、受診率が7・3%から25・5%へ、3倍以上に増えたのです。
こんなふうに、気持ちが盛り上がったタイミングで、次の行動につながるきっかけを与えれば、忘れる前に行動してくれる可能性がぐっと高まるでしょう。
まとめ
すぐに動いてほしいなら、動きやすくする「きっかけ」をつくってあげよう!
覚えておいてほしいことを伝えるとき
あえて「忘れて」と言う
「忘れてほしくない」ことは、「忘れないで」と言いたくなります。
しかし、逆の伝え方をしたほうが効果があることを、ダエメン大学の心理学者リチャード・カンバロらが行った記憶に関する実験が証明しました。
カンバロらは大学生に60語の単語を記憶させ、半数の学生には「絶対忘れてはいけない」とプレッシャーを与えました。一方、残りの半数の学生には「忘れてくれていい」と気楽な態度で臨むよう声がけをしました。
さて、どちらのグループの学生がいい成績だったでしょうか?
結果は意外なことに、「忘れていい」と声をかけられた学生たちのほうが、4%以上成績がよかったことがわかりました。つまり、本当に覚えておいてほしいことは、「忘れてもいいよ」と言ったほうが記憶にとどめてもらえる可能性があるのです。
もう1つ別の研究もご紹介しましょう。
ブラウン大学のエドワーズ博士らは、架空の「強盗殺人の裁判記録」を作成し、それを大学生に読ませ「もしあなたが裁判官ならどんな判決を下すか?」と問いかける実験を行いました。
その文章は犯行の残虐性にも触れていて、感情的にならざるを得ない内容でした。博士らはこれを、約半数の学生には何も伝えずそのまま読ませ、残りの学生には「文章の感情的な部分は無視してください」と伝えました。
するとやはりこちらも不思議な結果が出ました。無視するよう念を押された後者のグループのほうが、何も言われなかったグループより大幅に厳しい判決を下したのです。つまり、「感情的な部分は無視してください」と言われたことで、むしろ「感情的な部分に引きずられた」わけです。
これらの2つの研究からわかるのは、人は「忘れてください」「無視してもらっていいです」「これはどうでもいい余談です」などの言葉を枕詞にしたほうが、記憶に残ったり、その言葉に影響されやすいということです。これは「忘却逆説効果」といわれるものです。人間の心理って不思議ですね。
そういえば学生時代、授業の内容よりも、先生が話す余談のほうが記憶に残っていたりしませんか?
人間ってそういうところ、ありますよね。
本当に覚えておいてほしいことは、話したあとに「この話は忘れて」と念を押してみるのはいかがでしょうか。
まとめ
「忘れていいよ」と言われるほど、人は忘れられなくなる
大学時代、霊長類学や社会心理学の研究に没頭。世界中の論文との出会いを求めて図書館に通いつめ、狭いアパートの部屋を学術論文のコピーでいっぱいにして暮らす。
「人の心を動かす」仕事に興味を持って、広告代理店に入社。大阪支社で暗黒の営業局時代を経て、29歳で転局しCMプランナーに。しかしそこでも芽が出ず、会社を辞め何のあてもなく上京。フリーランスという名のフリーターをしながら通った広告学校の講師から、コピーライターとしての才能を見いだされ、TCC新人賞を受賞。その後、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞などを多数受賞する。
現在は、ブランドの魅力を物語にして伝える「ストーリーブランディング」という手法を確立し、企業や団体のマーケティング・アドバイザーとして活動。ジャンルの垣根を超えて、様々なものの魅力を伝え続けている。
『物を売るバカ』『1行バカ売れ』 (角川新書)、『ザ・殺し文句』(新潮新書)など著書多数。海外へも広く翻訳されている。
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