【第12回】年功序列を見直して、年俸1000万円の新卒採用はうまくいかない
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年功型賃金制度見直しの動き

経団連会長とトヨタ自動車社長が相次いで、日本企業では終身型雇用制度の維持はもはや困難であると表明したのは2019年のことでした。翌2020年の春闘前には、メガバンクや大手生命保険会社などが一律の賃上げ廃止や部下なし管理職ポストを見直し、専門性や生産性の高い若手社員の給与引き上げなど、年功型賃金制度見直しを発表しました。続く2021年にも、総合重工業大手や化学メーカー最大手などで、年功賃金制度撤廃の動きが相次ぎました。  こうした潮流は、連合など労働組合も大筋容認しており、今後も多くの企業に波及しつつあります。

背景にあるのは、終身雇用を前提に給与の後払いシステムとなっている日本型のメンバーシップ型雇用から、転職や解雇を容認し給与の即時払いシステムとなっている欧米型のジョブ型雇用へのシフトです。

高額賃金による優秀人材確保の限界

しかし私は、伝統的な日本企業が欧米型雇用を模倣してもうまくいかないと考えています。バブル経済の崩壊以来、業績向上をめざす多くの日本企業が欧米流の成果主義やタレントマネジメントなどの導入を試みながらも、大きな成果を得られなかったことが平成の30年間の総括だったと言えるからです。企業経営者は日本型雇用が見直しを迫られている現状はしっかり認識しつつも、自社ならではの今後と社員の処遇・評価・育成のあり方を冷静に考える必要があります。

先日、大手IT企業の経営者から、次のような悩みを打ち明けられました。熾烈なグローバル競争に勝ち残るべく、ICTやAⅠなど最先端知識を持つ若手人材を、通常の給与体系とは別立ての年俸1000万円で募集しました。しかし、結果として即戦力人材は採れなかったのです。理由はシンプルで、海外の大手IT企業はその2~3倍の報酬で募集をかけていたからです。

さらに悩ましいのは、既存の社員から不満が噴出しモチベーションが低下するなど、職場の空気の悪化に悩んでいるというのです。歴史ある日本企業が、高額賃金による人材獲得競争に踏み込むことのリスクを象徴する事例です。

働きがいが持てる企業であること

では、優秀な人材の採用と活躍に向けて、何が有効なインセンティブなのでしょうか。私は、日本企業がこれまで培ってきた2つの長所を活かすことが大切だと考えています。

第一は、一人ひとりの社員が、自社の経営理念やビジョンに誇りをもち、日々の仕事を貴重な自分の人生の時間を費やすだけの価値あるものと考え、働きがいを実感できるようにすることです。現代は、貧困や格差拡大を前に、米国の主要経済団体ですら株主至上主義の見直しを表明し始めました。日本企業は、もともと「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間良し)の考え方に象徴されるステークホルダー重視の経営が特徴です。

また、近年SDGs やESG投資が注目されるなかで、社会貢献意識が高い若手世代は企業の社会的な姿勢に敏感です。未来を担う世代が将来にわたって働きがいを持ち続けられる企業と評価されることが、人を惹きつける条件になるのです。

成長とキャリア自律を支援する職場であること

第二は、日本企業の強みである企業内人材育成に磨きをかけ、仕事を通じて人が育つ現場をより強固にしていくことです。私は大学で教鞭を執って10年以上になりますが、優秀な若者たちほど、高い給料が得られるのは喜ばしいものの、それが将来にわたって保障されるとは考えていません。

たとえAIに長けた今の自分は1千万円の高給を得られても、その知識や技術が陳腐化してしまえば、現在の中高年人材と同様、たちどころにリストラされると気づいているのです。だからこそ、人生100年時代に長く働き続けるためには、常に成長し自分の市場価値を向上させることが大切だと感じています。そのため、仕事を通して成長し続けられる会社や仕事に就くことが、とても重要だと考えるのです。

人を育て活かすハイブリッド型雇用へ

私が推奨するのは、日本企業が持つ人材育成の強みを活かしながら、社員が自律型人材として自ら働きがいを創造しながら成長し活躍できる「ハイブリッド型雇用」(【図】参照)です。

【第12回】年功序列を見直して、年俸1000万円の新卒採用はうまくいかない

大企業に多い日本特有の新卒一括採用と、一人前になるまで社内で大切に育てる仕組みは、若年失業者が溢れている世界の中で誇るべき仕組みです。これを捨てる代償は計り知れないはずです。

一人前の仕事力を身につけさせるための年数は、業種や職種によって異なるでしょうが、この一定期間を経た社員は欧米型のジョブ型雇用の人事制度に移行する。そして、一人前のプロになってからは、各社員の能力、希望、生活条件等に応じた働き方を柔軟に選びながら、自ら生涯にわたって学びつつ成長・活躍できる仕組みを整えるのです。

この雇用モデルは、現在の中高年世代には厳しい変化ですが、自分の充実したキャリア後半のためには避けて通れないものです。すでに70歳現役時代が法制度的にも準備されつつあります。常に自分の強みや持ち味を磨き直し、自分のキャリアのオーナーとなって、人生100年時代を切り拓いていくことが不可欠です。役職や賃金は若手世代に移譲しつつ、働きがいあるライフワークへシフトしながら社会に貢献し続けるのです。

※本稿は前川孝雄著『人を活かす経営の新常識』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

職場のハラスメントを予防する「本物の上司力」
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)
及び『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)

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