翻訳・構成/山田ちとら
世界情勢が刻一刻と様変わりし、先が見通せないほどまでに変化に富んだ「VUCAの時代」。未曾有のパンデミックの影響下で、経営者はなおさらのこと難しい判断を求められている。
このような状況において、私たちはどこに意識を向け、なにを基準に判断するべきなのだろうか? 日本M&Aセンターコーポレートブランディング部部長・小笠原嘉紀とTransform LLC共同経営者・稲墻聡一郎両氏が、セルフマネジメントの第一人者であるジェレミー・ハンター教授に具体的なソリューションを伺った。未来につながる経営の羅針盤となれば幸いである。
北海道大学大学院卒業後、(株)伊藤園に入社。商品づくりやマーケティング部署を経験し、最年少ブランドマネージャーとして健康ミネラルむぎ茶などのヒット商品に携わる。日本M&Aセンター入社後、家業の経験から事業承継認知拡大にマーケター目線で取り組む。
中小企業向けメディア「ZUUM-A」の立ち上げやM&A総合プラットフォーム「BATONZ」のネーミングやブランディングを経験
大手IT企業、ベンチャー企業役員を経て、2011年に起業。
その後すぐに人生のリセットと留学を思い立ち準備を進め、2015〜2017年まで、ロサンゼルス近郊にあるDrucker School of Management大学院(通称:ドラッカー・スクール)に留学後、2017年7月に帰国。
同大学院の准教授であり、「セルフ・マネジメント(Self Management)」理論研究の第一人者でもあるジェレミー・ハンター博士、および同大学院卒業生の藤田 勝利と一緒に、Self Managementをベースにしたマネジメントプログラムを提供する会社、Transformを2018年1月に設立。
「マネジメント」と聞くと、企業における経営管理を思い浮かべる方は多いでしょう。では、企業の経営管理において、マネジメントされるべき対象とはなんでしょうか?
部下、従業員、組織、もしくは時間や資産を対象としたマネジメント論は数多くあります。会社を経営する上で、既に実践されているものもあるかもしれません。
わたしが教えているドラッカー・スクールという経営大学院では、マネジメントを「人」を起点にした創造的経営手法と捉えています。具体的には、ドラッカーは「まず自分をマネジメントできなければ、他者をマネジメントすることはできない」と説きました。すなわち、マネジメントとは自分の内面を理解することから始まるのです。
すべてのリーダーにこそ必要なセルフマネジメント
自分の内面を理解する──すなわち「マインドフル」な状態になってこそ、部下やチーム、ひいては組織や社会に影響力を発揮できるようになり、より良い結果に近づけていくことができます。これが「セルフマネジメント」です。マインドフルネスと聞くとなにかスピリチュアルな世界のことと思われる方もいるかもしれませんが、実際は具体的かつ実用的な視点に基づいています。
セルフマネジメントは、まず結果から始まります。結果は、これまでの行動が有効であったかどうかを教えてくれる貴重な情報源です。もしあなたが今目の前にある結果に満足していないのであれば、もっと良い結果を出すためにはどんなオプションや選択肢があるのかを、その結果が教えてくれているのです。しかし、その情報を汲み取るためには新しい視点が必要です。その新しい視点を得るために、まずは自分自身の思いこみや意図、感情的な反応など、自分の内面にあるものを観察してみる必要があります。
あなたは、あなたの会社に何を望んでいますか?また、どのような組織をつくっていきたいですか?セルフマネジメントは、このような問いを自分自身に投げかけることから始まり、結果をその望みに近づけていく学びのサイクルなのです。
「マインドレスネス」という現実
結果が望んでいたことと一致しないことはよくあります。たとえば、わたしのクライアントに大きな自動車部品メーカーの部長さんがいました。彼は自分の部下たちを大切に思っていましたし、チームが楽しく仕事をできることを望んでいたのですが、実際のところは部下たちに恐れられていました。なぜなら、彼がいつも怒鳴ってばかりいたからです。
彼は、自分が怒鳴っていることが部下たちを萎縮させ、チーム全体の士気を低下させていると知って驚き、悲しみました。そして、このことをきっかけに、チームとの接し方を変え、感情的になりすぎないように意識できるようになったそうです。
人間は基本的に「マインドレス」な状態でいることのほうが多い、というのがその原因です。マインドレスネスは一種の自動操縦のようなもので、習慣化した動作や思考を無意識のまま実行してしまっている状態です。怒鳴るつもりはなかったのについ大きな声を出してしまっていた、というように、意図せずとも何かしらのアクションを起こしている場合が圧倒的に多いのです。
さらに、このようなマインドレスな状態にいるために古くから続けられてきた商慣習や習わしにとらわれ過ぎてしまい、「正しいやり方」以外の選択肢が見えてこないことも多いのではないでしょうか。歴史のある企業ほど、マインドレスな状態は命取りにもなりかねません。
伝統=変わらないもの、ではない
この傾向は伝統工芸の世界においてより顕著かもしれません。
職人がいて、問屋がいて、小売がいる。何百年も続いてきた業界の仕組みがたとえ現代社会でうまく機能していなかったとしても、「新しい仕事をしたらまわりに迷惑がかかるんじゃないか?」、「違うやり方だと業界の仕組みそのものを壊してしまうんじゃないか?」と懸念するあまりに、イノベーションを起こしにくくなっているとも考えられます。
しかし、やり方を変えたら本当に業界の仕組みそのものが壊れてしまうでしょうか?播州刃物の例を見るかぎり、必ずしもそうではないことがわかります。もともとは師匠が弟子をとり、一人前になるまで10数年かけて育成していたシステムは、師匠の高齢化により困難になりました。そこで、職人を志す若者が播州刃物を作りながら師匠にコーチングしてもらうシステムに切り替えたところ、学びの効率が上がったそうです。
このようにして、時代を経て伝統そのものも変化し続けてきたことを忘れてはなりません。幕末、明治維新、そして二度の世界大戦をくぐり抜け、電気化・デジタル化を経てきたからこそ、今の伝統のかたちがあります。むしろ、変化が常であるからこそ、マインドレスな状態で過去の慣習にとらわれているとイノベーションを起こしにくく、変化に適応しづらくなってしまうのです。
目に見えない要因こそが大事
イノベーションが足りないと、どのような弊害があるのでしょうか。たとえば会社を経営していく上で「人手が足りない・集まらない」、「後継者がいない」などの問題に直面したときに、あなたならどのように対処するでしょうか。経営コンサルタントや、財務のプロを雇って最善の解決策を模索するのも手ですし、新しい重機やコンピューターシステムなどに設備投資する場合もあるでしょう。
しかし、それらは対処療法に過ぎません。これはわたしの持論ですが、わたしたちはもっと「インビジブル・ファクター(見えない要因)」にこそ注目するべきなのです。
見えない要因とは、自分の思いこみや恐怖心など、自分のマインドの中にあるものです。特に、会社のリーダーであるあなた自身の思いこみを変えることによって、抜本的な解決策が見えてくることがあります。変化は自分次第、ということですね。
成功例として挙げたいのが京都の開化堂です。開化堂は日本で一番古い歴史をもつ手作り茶筒の老舗として知られていますが、「伝統を守りながら茶筒を後世に伝えるには?」という問いに向き合うなかで、「茶筒」というかたちに囚われ過ぎていたことに気づいたそうです。そして、その思いこみを手放すことにより、茶筒の精密な機能と優れた気密性は保ちつつも直径や高さを調整することで、珈琲缶・パスタ缶・菓子缶など、美しさと現代の生活様式を兼ねそろえた魅力的な新商品を開発し、国内外で販路を広げてきました。
まずは自分が何にとらわれているのかを意識しないことには始まりません。「Xは不可能だ、なぜならYだから」という思いこみにとらわれてはいないでしょうか。「Y」という理由に、根拠はあるのでしょうか。
自分のマインドに投資する4つの方法
思いこみは誰にでもあります。そして、自分で自分の思いこみに気づき、変えていくのは容易なことではありません。
そこで、ここからは自分の視点に変化をもたらす4つのアイディアをご紹介しましょう。
まずは自分の会社とはまったく関係のない外部の人に来てもらって、「なぜこれはこういうやり方なのか?」など、基本的な問いかけをしてもらうことです。
旅をする、出会いを広げる
外部の人に来てもらうのを待っているより、むしろ自分が外に飛び出してみるのもいいかもしれません。別の土地へ旅行をすると、自分とは違うやり方が見えてきます。ひとつだけの「正しいやり方」などないと気づけるはずです。
地元にいるだけでは新しい出会いにもなかなか恵まれないかもしれません。物理的に旅行に出かけなくても、例えば「JOINS」のように地方企業と都会の大手企業のビジネスパーソンを繫ぐサービスもあります。
若い助言者が与えてくれたチャンス
三つ目は、若い人に「リバース・メンター」になってもらうことです。メンター(助言者)というと自分よりも年配の方を想起するかもしれませんが、その逆です。20代、もしくは10代の若者は常にフレッシュな観点から物事を捉えているので、新しい視点を得るために、また自分自身では見えなかった思いこみを可視化するのに有効です。
こんな例があります。ロサンゼルスで高級陶磁器専門店を営む知り合いは、かつてのバブル期には大企業のお得意さんを抱えて好調だったのですが、大企業が撤退してからというものビジネスが傾いてしまい、落胆していました。そんな折に、ある若いお客さんが「インスタグラムを使ってみたら?」と提案してくれたそうです。彼はインスタグラムを知らなかったので、怖くて手を出せませんでした。そこでその若いお客さんがせっせと店の在庫品をインスタグラムに投稿したところ、世界中から注文が殺到するようになったそうです。
変化を恐れるな
この話には四つめのアイディアも含まれています。それは変化を恐れるな、ということです。
私たちが生きているかぎり、変化は常です。変化に適応することこそが生きていることの証なのです。後世に存続し、繁栄していく会社にとって、なにを手放し、なにを保持するかのバランスが大切になってきます。
(後編へ続く)
クレアモント大学院大学のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者。東京を拠点とするTransform LLC.の共同創設者・パートナー。「自分をマネジメントできなければ人をマネジメントすることなどできない」というドラッカーの思想をベースに、リーダーたちが人間性を保ちながら自分自身を発展させるプログラム「エグゼクティブ・マインド」「プラクティス・オブ・セルフマネジメント」を開発し、自ら指導にあたっている。「人生が変わる授業」ともいわれるこのプログラムは、多くの日本の企業幹部も受講している。バージニア大学大学院でも講座を持つ。教育機関以外においても、政府機関、企業、NPOなどでリーダーシップ教育を行っている。シカゴ大学博士課程修了。ハーバード大学ケネディースクール修士。日本人の相撲取りの曽祖父を持つ。