長年かけて培っても、1日で崩れ去る信頼
私が営む会社が開講する「上司力研修」を受講する管理職に「マネジメント課題は何ですか?」「その原因や改善策をどう考えますか?」と問いかけた答えで、時々気になるものがあります。要約すると「部下はモチベーションが低く指示待ちで、チームとして連携もできていない。しかし、自分は数年で異動してしまう。だから現場の部下こそがもっとしっかりしてもらわないと困る」というものです。歴史と伝統があり、大きな組織ほどその傾向があります。
確かに、日々の仕事の遂行や創意工夫のためには、現場社員の力の発揮が欠かせません。しかし、そこで生じる様々な問題の根本を突き詰め解決するために、管理職の立場でどう関わるかを問うているのです。これを「自責」(管理職である自分の責任)ではなく、「他責」(部下や経営層や顧客など自分以外の責任)でとらえている限り、現場は変わりませんし、上司としての責任も果たせません。
過去の延長線上でつつがなく仕事をこなせば成り立った平穏の時代ではなく、様々な環境変化が押し寄せ改革が求められる現代だからなおさらです。組織人の常として人事異動はあっても、その中で出来得る最大限のリーダーシップの発揮が求められているのです。
管理職の皆さんが現場で遭遇する危機や困難には、経営の責任や組織の仕組みの問題に起因するものも多いでしょう。だから経営層や経営企画や人事の部署の取組みは大切です。しかし、それのみで、一つひとつの顧客サービスや社会への貢献が決まるわけではありません。組織のどの位置にあっても、自分の仕事を「自責」でとらえ、いかに顧客や社会のために働くか、一人ひとりが真剣に考え行動することが問われるのです。
こと歴史や伝統のある企業や、これまで着実な実績を上げてきた企業では、創業の志や先人の関係者の地道な努力の積み重ねで、顧客や社会の信頼を獲得してきたことでしょう。しかし、たとえ数十年かけて培った大きな社会的信頼であっても、一部の人たちの心無い行為によって1日にして崩れ去りかねない。一人ひとりが繋がりあって組織となり、事業が営まれます。
特に現場を束ね率いる上司の皆さんには、この教訓を胸に、上司力を鍛え発揮してほしいのです。
一人ひとりは微力だが、決して無力ではない
伝統的企業や大企業ほど、ともすれば「自分一人の行動では、何も変わらない」「経営者や経営本部から通達が諸々下りてくるが、自分事に思えない」と感じることがあるかもしれません。しかし、社員の大半がそう受け止め、諦めムードが蔓延すれば、組織全体が「他責」の塊になってしまいます。
経営トップや本社や支社だけが声高に改革を叫んでも、顧客との接点に立つ各現場の一人ひとりが「自責」にならなければ、本当の改革は進みません。
そこで、「一人ひとりは微力だが、決して無力ではない」という心構えが大切です。今回のコロナ禍への国の対応をとっても、全国一律の打ち手は細やかさに欠け、後手にも回りがちです。ピントが外れている血税の使い方も目立ちます。
だからといって、政治や行政の責任を追及するだけでは、困難はなかなか乗り越えられないことを多くの人が実感しているはずです。現場に近い自治体ごとに問題が発生している現状をしっかりと見据え対処し、一人ひとりの行動が伴わなければ解決はできないのです。
第35代米国大統領ジョン・F・ケネディはこんな言葉を残しています。
「祖国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが祖国のために何ができるかを問うべきである。」
国の最高責任者であるリーダーとしては責任転嫁ととらえられかねないメッセージではありますが、一方で一般大衆自身が自責を意識するためには有効なメッセージです。
すなわち、社会や組織は私たち一人ひとりが創り出し担うもの。だから、一人ひとりが主体的に関わることでしか変わらないということです。自分は変わらずに、「上がなんとかしてくれるだろう」という依存思考では、困難は打開できないと心することが大切なのです。
共に働く期間は限られても影響力は残る ~リーダーシップのバトンリレーを
私たちは組織で働くビジネスパーソンとして、共に働く期間は限られています。同じ会社であっても、組織変更や人事異動、就・転職や退職、昇進・昇格などで、集いや別れが常です。
これは部下の立場からすれば、苦手な上司に巡り合わせていても、一生涯上司部下の関係に縛られるわけではない。しばらく我慢すればまた新たな上司に替わるので、ここで腐ってしまうのは勿体ないということになります。
一方、たとえ1年や2年でも、「この上司の下で働いたことで、仕事観が一変するほど素晴らしい経験になった」「思う存分力を発揮でき、今につながるキャリアの転機になった」という出会いもあるものです。ごく一時でも、よき上司との濃密な仕事経験は、部下にとって、またチームにとって、強く大きな影響力を残していくのです。
したがって上司には、たとえ限られた着任期間であっても、大事な役割があるのです。数年後自分がいるかいないかに関わらず、組織がめざすビジョンを定め、必要な改革のために、また部下と職場の成長のために、為すべきことを考えましょう。
自分を含め組織を構成する人は変わり続けるからこそ、自分だけが前に出るのではなく、多様な部下一人ひとりに思い切って仕事を任せ、よりよい未来への種を蒔くことです。そうして部下を育てることが、次の10年、20年へとリーダーシップのバトンリレーをつないでいくことにもつながります。
よい仕事を生み出す職場風土も、お客様からの信頼も、そのなかで育まれていくものではないでしょうか。
※本稿は前川孝雄著『人を活かす経営の新常識』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)
及び『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)
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