トルコ、インフレで資産価値が半分に 「狂気の沙汰」に国民も悲鳴
(画像=TomaszCzajkowski/stock.adobe.com)

2022年1月30日現在、通貨であるリラ安に歯止めが利かないトルコで、物価が上昇の一途を辿っている。2021年12月末、年初来の下落率は、過去20年間で最大の44%を記録した。インフレ率は中央銀行の目標の5%を大幅に上回り、過去19年間で最高水準の36.08%に達した。欧米諸国が次々と利上げ実施に傾く中、なぜトルコはあえて逆行する方向を選んだのか。

「4ヵ月間で金利5%引き下げ」が暴走の引き金に

事の発端は、経済活性化を狙った急利下げである。エルドアン大統領の掲げる「新たな経済モデル」の一環で、金利を下げることにより国内の景気を刺激し、輸入産業や観光産業の発展につなげることが目的だ。確かに、政策の原理そのものは間違っていない。利下げは景気回復手段として、欧米や日本でも長期にわたり継続されている。

しかし、トルコの動きは早急過ぎた。同国の中央銀行が大統領の意向に沿って、2021年9月から12月にわたり連続利下げに踏み切ったのだ。4ヵ月間で政策金利が19%から14%に引き下げられるという型破りな政策は、「ある程度のインフレを容認する」という大統領の想定範囲を超えて暴走し始めた。

「急利下げ」の副作用 統計局がインフレ率操作?

「急利下げ」の副作用は国内の経済を混乱させ、国民の生活を直撃している。

トルコ国立統計研究所(TUIK)の発表によると、12月の消費者物価指数(CPI)は前年同月から36%以上、上昇した。しかし、この数字の信ぴょう性については懐疑的な見方もある。野党や大半の国民は「インフレ懸念を緩和するために人為的に抑制されたもの」とし、「実際の物価上昇率はさらに高い」と主張している。

イスタンブールのバラット地区で農産物店を営む男性は「最も頻繁に売買されている商品が値上がりしている」とメディアの取材で語った。たとえば、じゃがいもや玉ねぎなどの食料品の価格は、50%以上も高騰しているという。そこへ原油高が追い打ちをかけ、ガスやガソリンも値上がりした。主食のパンを安く販売している公営の販売所には、長蛇の列ができている。

1月に実施された世論調査では、回答者の90%以上が「年間インフレ率は50%以上」、60%以上が「100%以上」と回答した。また、2020年以降のインフレ率を追究する学術プロジェクト、インフレ研究グループ(ENAGroup)が独自に作成・公開している消費者物価指数(E-CPI)では、12月の年間インフレ率は82.81%と公式発表の2倍以上だった。

実質利回りマイナス 貯蓄保護措置や最低賃金引き上げで対応

異例の急利下げの影響で、実質利回りはすでに大幅なマイナスとなっている。つまり、リラ建てで預金するとお金が減るということだ。

エルドアン大統領は市場のボラティリティやインフレに伴う不透明感はあくまで短期的なものであるとの姿勢を維持していた。その一方で、国民や投資家の不満が支持率の低下に反映していることを懸念して、12月には、国内投資家の貯蓄をリラ安から保護する措置や最低賃金の50%引き上げ案を立て続けに発表した。

これにより、一時的に市場に安心感が広がりリラが上昇したものの、下落にブレーキをかけることはできなかった。事態を重く見た中央銀行は1月に利下げサイクルを一旦停止し、政策金利を14%に据え置いた。当面は通貨政策を優先し、政策フレームワークの包括的な見直しに着手する方針を示した。

超低金利政策維持の日本を見ると……

インフレ上昇と利下げを組み合わせるという「正気の沙汰ではない」政策にエルドアン大統領が固執する背景には、「金利は悪」「高金利は経済を低迷させる」という揺るぎない「信念」がある。かつては高度な経済成長を実現していたトルコだが、政策金利が2桁に上昇した2018年以降は経済成長が著しく鈍化した。低金利に引き戻すことで、経済成長の再燃を促進できるという「信念」だ。

しかしこれについては、疑問を唱える声も少なくない。たとえば、超低金利が続く日本の景気が回復したかというと、過去30年にわたり賃金は低迷し、「物価を上げたくても上げられない国」になってしまった。トルコの場合はインフレの状態で利下げするのであるから、今後同国にどのような運命が待ちうけているのか、非常に興味深いケースといえる。

英独立系コンサル企業キャピタル・エコノミクスの新興国市場シニアエコノミスト、ジェイソン・タビー氏は、トルコのインフレ率は今後数ヵ月でさらに加速し、年内に40~45%で推移する可能性が高いと指摘した。また、「今利上げに切り替えないのであれば、今後数ヵ月以内に利上げする可能性は低い」とも述べた。

リラが再暴落しない限りインフレ率が年末に向けて低下する見込みであるため、「現時点においては、さらなる利下げを実行する可能性が高い」との見解を示した。

近隣国はリラ安大歓迎

1つだけ、大統領の思惑通りに進んだことがある。リラ安に嬉々とする大量の観光客が、ブルガリアやギリシャなどの近隣国から押し寄せているのだ。インフレの恩恵を享受して爆買いする観光客と、インフレで家計が圧迫され日々の生活に窮する国民……、エルドアン大統領の「信念」が正しかったことが証明される日は、訪れるのだろうか。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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