企業の評価指標のひとつであるバリューチェーン(価値連鎖)の根本であるバリュー(価値)が大きく変わろうとしている。地球温暖化の進展に伴う化石燃料を主体とした産業構造の見直し、岸田首相が掲げる「2050年カーボンニュートラル」、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延に伴う働き方の変化や人口減少社会における慢性的な人手不足から進むDX(デジタルトランスフォーメーション)化等、まさに現代の企業環境はVUCA時代の真っただ中にある。
そうした事業環境下で、各産業や事業会社は事業環境の変化にどう対応しようとしているのか、新たなバリューチェーン構築の視点からその動向を探る。
目次
バリューチェーンとは?
まずはバリューチェーンとは何か見ていこう。
企業活動の各工程で生み出される価値に着目
バリューチェーンとは、企業活動を「価値(Value)の連鎖(Chain)」として捉えるフレームワークのことだ。米国の経済学者、マイケル・E・ポーターが1980年に発表した著書『競争の戦略』のなかで示した概念である。
企業の活動は、原材料の調達から製造、流通、販売まで多岐にわたるが、バリューチェーンは「各過程でどのように価値が生み出されているか」について分析するためのものだ。
バリューチェーンの考え方
バリューチェーンという概念において、企業の事業活動は「主活動」と「支援活動」に分けることができる。
・主活動とは
商品の製造やサービスの提供に関わる活動を指す。例えば、商品企画や原材料の調達、商品の出荷、販売、アフターサービスなどが主活動に相当する。
・支援活動とは
商品やサービスの提供に直接関わらない部分だ。例えば、技術開発や労務管理、経理などが支援活動に相当する。
バリューチェーンから企業を分析する
企業の事業活動をバリューチェーンというフレームワークに落とし込み、細分化した各活動で生み出されている価値や問題点を洗い出すのが、バリューチェーンを用いた分析である。具体的には、以下のような作業を行う。
- バリューチェーンの概念に従って、自社の事業活動を細分化する
- 各活動で発生するコストを把握する
- 各活動の強みと弱みを洗い出す
- 自社の強みをV(Value=価値)R(Rareness=希少性)I(Imitability=模倣可能性)O(Organization=組織)の観点から分析(VRIO分析)。
4つの要素のうち、満たすものが多いほど、その強みは自社の市場における優位性を高めてくれる。
このような分析を行うことで、「自社の限られた経営資源を事業活動のどこに投入すればよいか」が見えてくるだろう。経営資源の最適化を図るため、必要に応じてコストを削減したり、競合優位性を高めるための戦略を立てたりする。
バリューチェーンとサプライチェーンの違い
バリューチェーンとよく似た言葉に「サプライチェーン」がある。サプライチェーンとは、商品やサービスを顧客に届けるまでの流れを指す言葉だ。サプライチェーンの効率化・最適化を図ることを「サプライチェーン・マネジメント」という。主にモノや情報、お金の流れの効率化・最適化を目指す。
一方、バリューチェーンはサプライチェーンだけでなく、それを支える労務管理なども含めて細分化し、各活動が生み出す価値に主眼を置いている。
企業環境が変わればバリューチェーンも変わる
世界各国で「2050年カーボンニュートラル」を目指す動きが加速している。カーボンニュートラルとは「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる」という目標のことで、政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を削減し、植林や森林を管理することで、吸収量を強化・保全し、その差し引きで温室効果ガス排出の実質ゼロを目指すとしている。
この目標に賛同した国と地域は日本を含み124か国・1地域(2021年1月時点)で、地球の温暖化対策と環境保全はグローバル経済の喫緊の課題となっている。
一言でカーボンニュートラルというが、要は100年間以上続いてきた化石燃料を主体とした社会から脱炭素社会への移行を目指すというもので、まさに社会経済システムの転換点に各産業界は立たされている。
日本では、2021年2月に経済産業省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。そのなかの一文に「経済と環境の好循環をつくっていく産業政策=グリーン成長戦略」と明記されており、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制・研究開発税制の拡充、事業再構築・再編などに取り組む企業に対する繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例の創設を講じ、民間投資を喚起していく」とするなど、産業の業種を問わず、各企業は事業を通した地球規模の環境保全への貢献という命題に直面している。
この経済産業省が明記する「事業再構築・再編などに取り組む企業」に対する殊遇策は、これまでの化石燃料を主体とした事業活動で社会貢献を継続してきた企業体に対して、自社のバリューチェーンの見直しを迫るものであるといえる。
各業界で進むバリューチェーンの見直し
突きつけられたこのバリューチェーンの見直しという大きな命題に対して各産業では、大手企業を中心に2050年に向けた脱炭素社会実現へのロードマップを示し実現に向けた施策を模索し始めている。具体的な例を挙げよう。
電力業界
脱炭素社会の実現に向けて最も大きな影響を受けるのが、化石燃料による温暖化現象の原因と揶揄される電力業界だろう。
各電力業界は、ゼロカーボンに向けた施策を策定した。関西電力は「ゼロカーボン2050」を2月に策定し、事業活動に伴う二酸化炭素(CO2)排出を2050年までに全体としてゼロにする目標を策定している。そのために①デマンドサイドのゼロカーボン化、②サプライサイドのゼロカーボン化、③水素社会への挑戦を3つの大きな柱に据えて取り組む方針で、自社内に「ゼロカーボン委員会」も発足させている。
関西電力は、脱炭素ソリューショングループを設け、法人顧客のロードマップ策定からエネルギーマネジメントサービスまで、ゼロカーボン化実現に向けてまさに自社のバリューチェーンを見直す活動を加速させている。
食品・飲料業界
食品や飲料業界でも「ゼロカーボン化」に向けた取り組みを強化している。サントリーホールディングスは、「2050年ネットゼロビジョン」を掲げるが、ビジョン達成へのカギとなるのがバリューチェーン全体でネットゼロを目指す「共創」の重要性である。カーボンゼロ工場の稼働に加え競合他社との共同配送、リサイクルの促進に加えサプライヤーとの共創等、社内外が一致団結し知恵を絞ることで新たなイノベーションを起こすことが重要としている。
不動産・デベロッパー業界
街づくりの中核をなす不動産・デベロッパー業界も「カーボンニュートラル」への対策を着々と進めている。三井不動産は2020年に「2050年のカーボンニュートラル」を目標に掲げたが、ここでもバリューチェーン全体での「共創」を掲げている。自社単独での目標達成には限界があり、建築段階からテナントへの貸し出し等の運用段階まで、一連の関係者との協業と共創で実現させる方針だ。
日立製作所はバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを
日立製作所は9月、「2050年度までに自社の生産活動、調達、製品/サービスの使用などバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを実現し、ネットゼロ社会に貢献する」という目標を掲げた。具体的には2050年度までにバリューチェーンで使用する二酸化炭素排出量を2010年度比で80%削減するとしており、製品の設計段階から環境負荷の低減を図るとしている。また、「サスティナブル調達ガイドライン」を新たに発行し、調達パートナーと協力して二酸化炭素削減に取り組んでいくという。
以上大手企業の2050年に向けた「ゼロカーボン化」への取り組みをみれば一目瞭然だが、地球温暖化対策という企業価値を示す物差しが変われば、これまで付加価値を生んできた原材料調達や輸送、使用段階も含むバリューチェーン全体も見直しや新たなイノベーション開発に迫られる。
さらに各工程の見直しに際しては、その効率化の観点からDX化の積極的な導入も促進され、企業活動全体でのバリューチェーンが、変化せざるを得ないのである。まずは自社の生み出す製品やサービス等の定量的評価を実施し、環境負荷に対する貢献を可視化することが重要だといえるだろう。
トヨタにみるイノベーションによる新たな付加価値創造
「ゼロカーボン化」への取り組みは、日本の基幹産業である自動車産業にも大きなバリューチェーンの見直しを迫っている。
トヨタは、カーボンニュートラルなモビリティー社会実現に向けて、究極のクリーンエネルギーと呼ばれる水素を活用した「水素エンジン」の技術開発に取り組んでいる。トヨタの内燃機関エンジンを基本としたハイブリッドシステムやプラグインハイブリッドシステムは、その二酸化炭素排出量の低減から自動車産業界で唯一無二の高付加価値システムとして、日本では珍しいデファクトスタンダードを確立した。しかし、「ゼロカーボン化」により根本的な価値が覆った。
そうしたエンジンシステムのパラダイムシフトが起こったなかで、トヨタは燃料電池車(FCV)を世界に先駆けて発表。「ゼロカーボン化」に向けて先陣を切った。水素を空気中の酸素と化学反応させて電気を発生させることでモーターを駆動させるシステムをつくり上げたのだ。
ガソリンを主体とした内燃機関システムから二酸化炭素を発生させない「水素」という付加価値にバリューの主軸を置いたトヨタはガソリンエンジンから燃料供給系と噴射系を変更し、水素を燃焼させることで動力を発生させる「水素エンジン」というイノベーションと「水素」をバリューの主軸に置いたバリューチェーンの構築に取り組んでいる。
トヨタは2020年12月、水素分野におけるグローバルな連携や水素サプライチェーンの形成を推進する新たな団体「水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)」に加盟した。
JH2Aは、地球温暖化対策で中心的な役割を果たすと期待される水素に関し、日本が世界的なリード役を果たすべく、さまざまなステークホルダーと連携して水素社会推進に向けて取り組む団体である。参加会員はトヨタを筆頭に岩谷産業、ENEOS、川崎重工業、三井住友フィナンシャルグループ等88社(2020年12月現在)となっている。
トヨタは9月に安定した水素供給を可能にするための実証実験の一つとして、オーストラリアで作られた水素を調達して耐久レースに水素エンジン車で挑んだ。水素を活用した脱炭素社会を実現するためには、水素の安定供給は欠かせない。しかし国内生産だけでは見込まれる需要を賄えないところから、将来の海外を含むサプライチェーン構築のための実証実験に挑んだのである。
変わるグローバル・バリューチェーンの流れ
すでに川崎重工業や岩谷産業、Jパワー等が「HySTRA」と呼ばれるサプライチェーン構築に向けた連合を形成しており、オーストラリアから日本に水素を運ぶプロジェクトを進めている。こうしたグローバル・バリューチェーン(GVC)構築の流れは、新たなイノベーションの創出に伴い、素材調達から生産、輸出入というこれまでと異なるバリューチェーンとして形成されるのである。
社会の要請に応じたバリューチェーン創造の必要性
「ゼロカーボン化」への取り組みは、企業価値に直結する。その価値評価がダイレクトに表れるのが金融・証券市場だろう。事業を通して地球の環境保全に取り組む企業の価値評価は、ESGやSDGsという世界的な社会問題を解決するために、取り組む企業の事業がどれだけ貢献するかが投資の価値尺度になってきている。
企業の持続的な成長の価値が「カーボンゼロ化」に代表される地球の環境保全に移ることで、それまでの企業価値を生み出すバリューチェーンも新たな価値評価に沿って再構築を迫られる。
ESGやSDGs、脱炭素といった社会から変化対応を迫られる課題に取り組もうとしない場合、企業価値の毀損にもつながりかねない。企業は変化対応に向けて中長期的なビジョンを策定した上で、短期の利益を確保しつつ長期の企業価値確保の実現に向けて、企業活動を継続することを考えたい。
企業が持続的な企業価値を生み続けるためには、社会の要請にこたえるべく、それまでのバリューチェーンの中身を精査した上で、原材料の調達から生産、物流に至るまでの見直しが必要だろう。
バリューチェーンでよくある質問
Q.バリューチェーンって何?
A.バリューチェーンとは、企業の事業活動を「価値(Value)の連鎖(Chain)」とみなす考え方である。例えば製造業の場合なら材料の調達から製造、店舗への製品の配送、販売、アフターサービスといった一連の活動のなかで「各過程がどのような価値を生み出しているか」という点に着目する。
バリューチェーンでは、上記のような製品の製造や提供に直接関わる部分だけでなく、労務管理や経理など、それらをバックアップする部分も事業活動として捉える。前者を「主活動」、後者を「支援活動」と呼ぶ。事業活動を主活動と支援活動に分類、細分化する。
Q.バリューチェーン分析とは?
A.「バリューチェーン分析」とは、バリューチェーンのフレームワークに落とし込んだ企業の各活動について、生み出されている価値や問題点を洗い出すことである。具体的には、各活動のコストを出し、強みと弱みを洗い出す。強みについては強みの度合いを細かく分析し、自社の事業戦略に活かすことが必要だ。
Q.バリューチェーンとサプライチェーンの違いは?
A.サプライチェーンは、モノやサービスが顧客に届くまでの一連の流れを指す言葉。サプライチェーンを検討する際、モノや情報、お金の流れに着目することが多い。
一方バリューチェーンは、サプライチェーンに加え、労務管理や経理、商品開発なども含めた「価値の連鎖」の概念だ。各活動において、どのような価値が生み出されているかに着目している。
Q.なぜバリューチェーンの見直しが求められているのか?
A.世界中で2050年にカーボンニュートラルを目指す動きが加速している。日本でも経済産業省がカーボンニュートラル実現のための投資や研究開発を企業に促す施策を打ち出しているのが現状だ。このことは、化石燃料を主体とした事業活動を行ってきた企業に対し、バリューチェーンの見直しを迫ることになった。
現在、大手企業を中心に「事業を通じた環境保全への貢献」という観点で業界を問わずバリューチェーンの見直しが進んでいる。例えば、サントリーグループでは、バリューチェーン全体で温室効果ガス排出の実質ゼロが目標だ。カーボンゼロ工場の稼働や競合他社との共同配送、リサイクルの促進を進めるほか、サプライヤーとも協力してネットゼロに取り組むとしている。
三井不動産株式会社でも、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、建築から運用までの流れのなかで自社だけでなく関係企業と協力して取り組む方針だ。
「環境保全への貢献」が企業価値を示す基準として定着することで、原材料の調達から製造、配送、販売までに至るバリューチェーン全体の見直しが進み、その過程で新たなイノベーションも生まれるだろう。
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