日本の製造業でバリューチェーン見直しが急務な理由とは?
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企業の評価指標の一つであるバリューチェーン(価値連鎖)の根本であるバリュー(価値)が大きく変わろうとしている。地球温暖化の進展に伴う化石燃料を主体とした産業構造の見直し、岸田首相が掲げる「2050年カーボンニュートラル」、新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延に伴う働き方の変化や人口減少社会における慢性的な人手不足から進むDX(デジタルトランスフォーメーション)化等、まさに現代の企業環境はVUCA時代の真っただ中にある。

そうした事業環境下で、各産業や事業会社は事業環境の変化にどう対応しようとしているのか、新たなバリューチェーン構築の視点からその動向を探る。

目次

  1. 企業環境が変わればバリューチェーンも変わる
  2. 各業界で進むバリューチェーンの見直し
    1. 電力業界
    2. 食品・飲料業界
    3. 不動産・デベロッパー業界
  3. 日立製作所はバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを
  4. トヨタにみるイノベーションによる新たな付加価値創造
  5. 変わるグローバル・バリューチェーンの流れ
  6. 社会の要請に応じたバリューチェーン創造の必要性

企業環境が変わればバリューチェーンも変わる

世界各国で「2050年カーボンニュートラル」を目指す動きが加速している。カーボンニュートラルとは「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる」という目標のことで、政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を削減し、植林や森林を管理することで、吸収量を強化・保全し、その差し引きで温室効果ガス排出の実質ゼロを目指すとしている。

この目標に賛同した国と地域は日本を含み124か国・1地域(2021年1月時点)で、地球の温暖化対策と環境保全はグローバル経済の喫緊の課題となっている。

一言でカーボンニュートラルというが、要は100年間以上続いてきた化石燃料を主体とした社会から脱炭素社会への移行を目指すというもので、まさに社会経済システムの転換点に各産業界は立たされている。

日本では、2021年2月に経済産業省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。その中の一文に「経済と環境の好循環をつくっていく産業政策=グリーン成長戦略」と明記されており、「カーボンニュートラルに向けた投資促進税制・研究開発税制の拡充、事業再構築・再編などに取り組む企業に対する繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例の創設を講じ、民間投資を喚起していく」とするなど、産業の業種を問わず、各企業は事業を通した地球規模の環境保全への貢献という命題に直面している。

この経済産業省が明記する「事業再構築・再編などに取り組む企業」に対する殊遇策は、これまでの化石燃料を主体とした事業活動で社会貢献を継続してきた企業体に対して、自社のバリューチェーンの見直しを迫るものであるといえる。

各業界で進むバリューチェーンの見直し

突きつけられたこのバリューチェーンの見直しという大きな命題に対して各産業では、大手企業を中心に2050年に向けた脱炭素社会実現へのロードマップを示し実現に向けた施策を模索し始めている。具体的な例を挙げよう。

電力業界

脱炭素社会の実現に向けて最も大きな影響を受けるのが、化石燃料による温暖化現象の原因と揶揄される電力業界だろう。

各電力業界は、ゼロカーボンに向けた施策を策定した。関西電力は「ゼロカーボン2050」を2月に策定し、事業活動に伴う二酸化炭素(CO2)排出を2050年までに全体としてゼロにする目標を策定している。そのために①デマンドサイドのゼロカーボン化、②サプライサイドのゼロカーボン化、③水素社会への挑戦を3つの大きな柱に据えて取り組む方針で、自社内に「ゼロカーボン委員会」も発足させている。

関西電力は、脱炭素ソリューショングループを設け、法人顧客のロードマップ策定からエネルギーマネジメントサービスまで、ゼロカーボン化実現に向けてまさに自社のバリューチェーンを見直す活動を加速させている。

食品・飲料業界

食品や飲料業界でも「ゼロカーボン化」に向けた取り組みを強化している。サントリーホールディングスは、「2050年ネットゼロビジョン」を掲げるが、ビジョン達成へのカギとなるのがバリューチェーン全体でネットゼロを目指す「共創」の重要性である。カーボンゼロ工場の稼働に加え競合他社との共同配送、リサイクルの促進に加えサプライヤーとの共創等、社内外が一致団結し知恵を絞ることで新たなイノベーションを起こすことが重要としている。

不動産・デベロッパー業界

街づくりの中核をなす不動産・デベロッパー業界も「カーボンニュートラル」への対策を着々と進めている。三井不動産は2020年に「2050年のカーボンニュートラル」を目標に掲げたが、ここでもバリューチェーン全体での「共創」を掲げている。自社単独での目標達成には限界があり、建築段階からテナントへの貸し出し等の運用段階まで、一連の関係者との協業と共創で実現させる方針だ。

日立製作所はバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを

日立製作所は9月、「2050年度までに自社の生産活動、調達、製品/サービスの使用などバリューチェーン全体でカーボンニュートラルを実現し、ネットゼロ社会に貢献する」という目標を掲げた。具体的には2050年度までにバリューチェーンで使用する二酸化炭素排出量を2010年度比で80%削減するとしており、製品の設計段階から環境負荷の低減を図るとしている。また、「サスティナブル調達ガイドライン」を新たに発行し、調達パートナーと協力して二酸化炭素削減に取り組んでいくという。

以上大手企業の2050年に向けた「ゼロカーボン化」への取り組みをみれば一目瞭然だが、地球温暖化対策という企業価値を示す物差しが変われば、これまで付加価値を生んできた原材料調達や輸送、使用段階も含むバリューチェーン全体も見直しや新たなイノベーション開発に迫られる。

さらに各工程の見直しに際しては、その効率化の観点からDX化の積極的な導入も促進され、企業活動全体でのバリューチェーンが、変化せざるを得ないのである。まずは自社の生み出す製品やサービス等の定量的評価を実施し、環境負荷に対する貢献を可視化することが重要だといえるだろう。

トヨタにみるイノベーションによる新たな付加価値創造

「ゼロカーボン化」への取り組みは、日本の基幹産業である自動車産業にも大きなバリューチェーンの見直しを迫っている。

トヨタは、カーボンニュートラルなモビリティー社会実現に向けて、究極のクリーンエネルギーと呼ばれる水素を活用した「水素エンジン」の技術開発に取り組んでいる。トヨタの内燃機関エンジンを基本としたハイブリッドシステムやプラグインハイブリッドシステムは、その二酸化炭素排出量の低減から自動車産業界で唯一無二の高付加価値システムとして、日本では珍しいデファクトスタンダードを確立した。しかし、「ゼロカーボン化」により根本的な価値が覆った。

そうしたエンジンシステムのパラダイムシフトが起こった中で、トヨタは燃料電池車(FCV)を世界に先駆けて発表。「ゼロカーボン化」に向けて先陣を切った。水素を空気中の酸素と化学反応させて電気を発生させることでモーターを駆動させるシステムをつくり上げたのだ。

ガソリンを主体とした内燃機関システムから二酸化炭素を発生させない「水素」という付加価値にバリューの主軸を置いたトヨタはガソリンエンジンから燃料供給系と噴射系を変更し、水素を燃焼させることで動力を発生させる「水素エンジン」というイノベーションと「水素」をバリューの主軸に置いたバリューチェーンの構築に取り組んでいる。

トヨタは2020年12月、水素分野におけるグローバルな連携や水素サプライチェーンの形成を推進する新たな団体「水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)」に加盟した。

JH2Aは、地球温暖化対策で中心的な役割を果たすと期待される水素に関し、日本が世界的なリード役を果たすべく、さまざまなステークホルダーと連携して水素社会推進に向けて取り組む団体である。参加会員はトヨタを筆頭に岩谷産業、ENEOS、川崎重工業、三井住友フィナンシャルグループ等88社(2020年12月現在)となっている。

トヨタは9月に安定した水素供給を可能にするための実証実験の一つとして、オーストラリアで作られた水素を調達して耐久レースに水素エンジン車で挑んだ。水素を活用した脱炭素社会を実現するためには、水素の安定供給は欠かせない。しかし国内生産だけでは見込まれる需要を賄えないところから、将来の海外を含むサプライチェーン構築のための実証実験に挑んだのである。

変わるグローバル・バリューチェーンの流れ

すでに川崎重工業や岩谷産業、Jパワー等が「HySTRA」と呼ばれるサプライチェーン構築に向けた連合を形成しており、オーストラリアから日本に水素を運ぶプロジェクトを進めている。こうしたグローバル・バリューチェーン(GVC)構築の流れは、新たなイノベーションの創出に伴い、素材調達から生産、輸出入というこれまでと異なるバリューチェーンとして形成されるのである。

社会の要請に応じたバリューチェーン創造の必要性

「ゼロカーボン化」への取り組みは、企業価値に直結する。その価値評価がダイレクトに表れるのが金融・証券市場だろう。事業を通して地球の環境保全に取り組む企業の価値評価は、ESGやSDGsという世界的な社会問題を解決するために、取り組む企業の事業がどれだけ貢献するかが投資の価値尺度になってきている。

企業の持続的な成長の価値が「カーボンゼロ化」に代表される地球の環境保全に移ることで、それまでの企業価値を生み出すバリューチェーンも新たな価値評価に沿って再構築を迫られる。

ESGやSDGs、脱炭素といった社会から変化対応を迫られる課題に取り組もうとしない場合、企業価値の毀損にもつながりかねない。企業は変化対応に向けて中長期的なビジョンを策定した上で、短期の利益を確保しつつ長期の企業価値確保の実現に向けて、企業活動を継続することを考えたい。

企業が持続的な企業価値を生み続けるためには、社会の要請にこたえるべく、それまでのバリューチェーンの中身を精査した上で、原材料の調達から生産、物流に至るまでの見直しが必要だろう。

金城寛人
株式会社エルニコ執行役員・中小企業診断士。1985年生まれ。沖縄県出身。青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科卒業後、前職の外資系メーカーに入社。事業開発部に従事し、アジア圏の新規事業プロジェクトに参画し、同社にてMVP(Super Hero’s)を受賞。現在は、経営コンサルティング事業を推進し、新規事業、組織の仕組みづくり、販路開拓、施策活用、経営相談窓口など毎月約70社以上の中小企業の経営支援を行う。
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