経営者が身につけたい「人を活かす経営の新常識」
(画像=Yingyaipumi/stock.adobe.com)

社会課題の解決が企業に求められる時代

 資本主義社会では、多くの人が株式会社に代表される企業で働き、企業が収益を上げ、そこから給料を得て生活することが基本です。しかし、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏は問いかけます。「お金を稼ぐ理屈は間違っている。なぜなら結果が間違っているから。3つのゼロ《貧困ゼロ、失業率ゼロ、二酸化炭素排出ゼロ》を実現しよう。」

 確かに、今、社会は世界規模で大きなパラダイム転換の渦中にあります。「競争優位の戦略」で名を馳せたハーバードビジネススクールのM.ポーター教授でさえ、近年は共通価値、共有価値の創造を意味するCSV(Creating Shared Value)を提唱しています。
 ESG投資やSDGsへの取り組みなど、企業の社会的責務が強く問われています。企業は社会の課題を解決することなくしては、持続的成長は望めない時代に入ったのです。

ソーシャルビジネスへの目覚めと葛藤

 私が注目する企業の1つ、株式会社ユーグレナの代表取締役・出雲充氏は、18歳でバングラデシュにインターン留学し、ユヌス氏のもとで働いたことで人生観が大きく変わったといいます。社会課題を解決するビジネスに就きたいという思いを強くし、東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)で金融業を経験した後に、東大でミドリムシの培養研究に打ち込み、栄養価が高く廉価で製造・販売可能な食品を開発しました。そこに大手商社の支援を得て、株式上場まで果たしています。

 ところが同社の株価は低迷し続けています。株主総会では、同社の使命は世界の貧困な子どもたちを救うことであり、収益を株主配当より設備投資や研究開発に優先配分したいと訴えるものの、株主からの強い支持は得られていません。資本主義の仕組みの中で株式上場したことで、試練を抱えざる得なくなったようにも見えます。そこで、出雲氏は別途ジャパン・アクション・タンク (JAT)を設立し、ソーシャルビジネスの日本における活動普及にも取り組み始めました。

社会課題に立ち向かう起業家と若い力に共感

 この例からもわかるように、噴出する社会課題の解決に対して資本主義は不完全であり、機能しきれていません。しかし出雲氏のように、果敢に立ち上がる起業家は続々と出てきています。ユヌス氏に啓発され立ち上ったグラミン日本では、母子世帯貧困率が50%超えと世界的にも突出する日本のシングルマザーへの融資事業を始めています(図参照)。

経営者が身につけたい「人を活かす経営の新常識」

 ITベンチャーの経営者だった駒崎弘樹氏が立ち上げたNPO法人フローレンスは、病児保育をはじめ、待機児童、障害児保育、赤ちゃんの虐待死などの社会問題の解決に取り組み、社会的な影響力も持ち始めています。

 一時、イギリスで暮らしていた渡辺由美子氏が、外国人家庭や貧しい家庭の子どもたちも分け隔てなく、地域と学校と父母が連携し協力して育てる社会のしくみに感動し、帰国して立ち上げたNPO法人キッズドアは、日本で7人に1人もいるといわれる貧困状態にある子どもたちの学習支援で大きな成果をあげています。
 また若者たちの中でも、社会課題解決に向け、声をあげ活動を始めるリーダーも出てきています。スウェーデンの10代の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんがその象徴ですね。

社会善を創る仕事へ

 こうした潮流の中で、資本主義の仕組みにどっぶりつかりながら働く私たちは、手をこまぬいていてよいのでしょうか。クラウドファンディングなど寄付で応援するというのも、一つの行動でしょう。しかし、本来の日々の仕事においても変革は起こせるはずです。

 ITの発達によって、一人の個人が「おかしい」と感じた発信が国境を越えて拡散し、多くの共感を得て社会的なうねりとなり、企業や政府や国際社会を動かす時代です。社会善を実践する企業や組織でなければ生き残れなくなる可能性が強くなってきているのです。企業や社会を構成する私たち一人ひとりも、自分だけが儲かればいい、自社だけが勝てばいいという古い価値観から脱して、社会のため、人のためになる仕事を生み出していく行動を起こさなければいけません。

 資本主義は完全ではありません。しかしそれに替わる新しい社会の仕組みはまだ発明されていないのです。地球規模の様々な深刻な課題が目前に迫り、企業活動に大きな変革が求められる今こそ、企業現場の一人ひとりが、新たな時代を切り拓く社会善を生み出す仕事の創造に取り組むことが、強く期待されるのです。

※本稿は前川孝雄著『人を活かす経営の新常識』(株式会社FeelWorks刊)より一部抜粋・編集したものです。

職場のハラスメントを予防する「本物の上司力」
前川 孝雄
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/情報経営イノベーション専門職大学客員教授

人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団㈱FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、ウーマンエンパワー賛同企業 審査員等も兼職。連載や講演活動も多数。著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の「上司力」』(大和出版)等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)
及び『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)

※画像をクリックするとAmazonに飛びます
無料会員登録はこちら