日本一やさしい経営の教科書
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(本記事は、小井土 まさひこ氏の著書『日本一やさしい経営の教科書』=あさ出版、2020年12月18日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

社員教育は" ザル" でいい

人が入社して来たら、次に行うのが教育です。

創業間もない会社に来てくれた運のいい(?)愛すべき幹部のみなさんを、それらしく見えるように育てていくには、どうしたらいいか?

大切なのは、最初から「教育しよう」と思わないこと。

新人社長が幹部の教育なんてできるわけありません。そもそも人は自分でその気にならない限りは、成長しないものです。

かくいう私も、創業当初はリーダー研修と称して、マーケティングやマネジメントなどいろいろやっていました。

その結果、どうだったか。彼らの頭の中には何も残っていません(笑)。残っているとしたら、おそらく自分自身で勉強し直した幹部だけでしょう(ほとんどいませんが……)。

教育しなくていいということではありません。期待せずに、簡単なことだけを淡々と教え続けるのです。

では何を教えればいいのでしょうか。

世の中にはいろいろなセミナーや研修があります。これらは基本的に素晴らしいものだと思います。ただし、何を取り入れるかの判断は社長の大事な仕事。今いる幹部や社員さんのレベルにあった、学びの機会を提供することがポイントです。

ここの「かつ丼」が美味しいからと、社員さんたちにご馳走するとします。食べている途中で、社長が美味しい「天丼」を見つけたからと追加で注文、さらに「鰻丼」「海鮮丼」も追加……このように、自分がいいと思ったものはなんでも食べさせようとするのが、凡人社長の凡人たるゆえん。

しかし、最初のかつ丼も食べ終わらないのに、天丼、鰻丼、海鮮丼と次から次へと出てきたら社員さんはどう感じるでしょうか。

確かに1つひとつは美味しいかもしれません。とはいえ、そんなに一度に出てきても食べきれるものではありません。それどころか、自社の社員さんたちはまだ離乳食しか食べられない年齢かもしれないのです。

そこで、最初は社長がかみ砕いて、ゆっくり伝えて、少しずつ消化してもらう

そのうえで外の研修(もちろん研修内容は社長の理解できる範囲内)に参加してもらうことです。社長だけが学んだり、人に任せきりにしたりするのではなく、社長と幹部、そして社員さんが同じことを学び、価値観をそろえることが大切です。

現在行っている教育は、私が講師を務めるマネジメント研修と社内勉強会。教科書は経営計画書と社内用語集。この2冊を使って幹部にも社員さんにも繰り返し仕事に必要な考え方を伝え続けています。そのうえで適宜外部の研修に参加してもらっています。

社長が行う社員教育では、同じことを繰り返し伝えること。

こちらが思うほど、社員さんは覚えていません。研修で同じことを話しても、いつも初めて聞いたような顔をしてくれています。

もしかすると、「社長、また同じこと言ってる。初めて聞いた顔をしてあげよう」というやさしさから、演技をしている人もいるのかもしれませんが、そうだとしたらその演技はアカデミー賞ものです(笑)。

仮に覚えていないとしても、それでいいのです。

ザルに水を入れると、ほとんどが流れてしまってたまることはありません。けれど、よく見るとザルは濡れています。

社員教育はその程度、つまり濡れている程度でいいのです。

もし乾きそうになったら、また水を入れて濡らす。

必死に水をためようと思うと、たまらないことにイライラし、ストレスになってしまいます。だから忘れるのが当たり前だと思って、繰り返し教える。ザル教育です。それが、中小企業の正しい社員教育。

間違ってザルの穴が塞がって水がたまりだしたら超ラッキー。それくらいの感覚でちょうどいいのです。こもれびにはザルどころか、枠しかない社員もたくさん。それでもいつしか、ザルくらいにはなってくるものです。

社員教育をすると社長の時間ができる

こもれびでは、社内研修だけでも年間200時間以上実施しています。もちろん仕事中ですから、パートさんには時給も出します。その結果何が変わるか?

それは社長の時間ができることです。社員教育に時間を使って、時間ができるというのも、おかしな話ですが、本当にそうなっていきます。

社員教育を実施する前は、何でも自分でやらなければなりませんでした。特に時間をとられたのが、かかってくる電話への応対。

日々、あらゆる電話が社員さんから「どうしましょうか」と私のところに回ってきて、その量がすごかった。内容は、利用者さまの体調に関する伝達事項から、不動産会社の営業まで、つまり仕事に関係があるものからないものまで、さまざまです。

こもれびのスタッフさんは、まじめで律儀な人たちばかりです。電話を取り次ぐのが仕事だと思っていましたから、不動産の営業の電話がかかってきて、「社長さまをお願いします」と言われれば、「伝えなくては」という思いでトイレにいても、見つけ出して取り次いでくれました。

ですが、業務に関連することならまだしも、創業当初に不動産なんて買う余裕もないので、検討する必要もないのです。

そこで、社員さんから尋ねられたあとで、私は次のように聞き返していました。

「これは何の成果になりますか?」

すると、だいたい「何の成果にもなりません」と返事が返ってきます。成果につながらないことは、優先順位が最下位です。この質問で、今やらなくていいことだとわかる。

そのようにして問い続けたことで、その電話が、お客さまのためになるのか、会社の成果につながるのか、誰に聞けばいいのか、の判断ができるようになりました。

つまり「自分で考える力」が社員さんに身についてきたのです。

現在では、各事業所で幹部が判断したり、幹部が指示して社員さんが対応できるようになり、創業当初に比べるとかなり進歩しました。

私への電話が激減して(数年前は1日10件以上あったものが、現在ではほぼゼロ)、自分の時間が増えてきました。

電話だけではありません。研修によって、少しずつですが社員さんたちが自分で考えて行動するようになります。

そうすると、社長の時間ができて、本来やるべき仕事に時間を使えるようになるのです。

社長のやるべき仕事、それは未来創造(想像)業務、具体的には「経営計画」の作成です。

5年後にはどうなっていたいかを、数字で決めるのです。当然、今のままでは達成できません。

すると、日々未来に向けてのアンテナが伸びてきます。人は見ようとするものが頭に残るものです。朝、何も考えずに家を出て、会社についたときに、通勤途中の赤信号の数を聞かれても答えられませんが、出かける前に「会社につくまでの赤信号の数、数えてきて」と言われていたらどうでしょうか?

どちらのケースも赤信号では止まっているはずです。しかし、後者のように最初に意識していないと、記憶に残らないものです。

原理はこれと同じです。アンテナが立っていないと多くのヒントに気づかず、通り過ぎてしまいます。

そんなことをしなくても、今のままでいいと思う経営者もいるかもしれません。

しかし、そう思うのは社長だけ。社員さんは未来に向けて成長や定期昇給を望んでいます。

会社を成長させて、増え続ける人件費と経費をまかなうための粗利益は、社長が限界と思って作る粗利益計画より大きい、というのもまた事実です。

誰でもできて会社が強くなる教育「環境整備」

社員教育で、誰でも簡単に取り組め、会社を強くするのに効果てき面なのが、「環境整備」です。

環境整備は、一見掃除のようですが、まったく別物。身のまわりにあるものを使った社会人のトレーニングです。いらない物を捨てて、いる物を決められた場所に決められた数を置くこと。「仕事をやりやすくするために、社内の『環境』を『整』え、そして必要なものがすぐに取り出せるようにして、仕事に『備』える(準備する)」活動であり、大きな教育効果があるのです。

具体的な手順を見てみましょう。

・整理
いるかいらないかを判断し、いらないもの(使っていないもの)は捨てる。

・整頓
物の置き場を決め、名前、数量を決めて、使いやすい場所を探し続ける。

・清潔
今日はここだけという場所を決めて、徹底的に磨き込む。

・環境整備点検
環境整備点検チェックシートを使い、毎月社長が先頭に立って各事業所をチェックする。その際各事業所から1名ずつ幹部と社員2名が同行。

・表彰
毎年、経営計画発表会で環境整備点検の点数の高かった事業所を表彰。

環境整備で行っていることはこれだけです。

最初は、たまたま立ち寄った本屋さんで見つけた小山社長の本を見ながら、床を磨いたり、窓ガラスを拭いたり、文具の置く場所を決めたり。そしてその点検を月に1回実施していました。環境整備が評価に結びついているので、みんな高い点をとろうと、真剣に取り組んでくれました。

点検は「○」か「×」で簡単ですから、すぐに形だけは浸透して、1年ほどで仕組み化できました。

では、何でこんなことをやる必要があるのか?

多くの社員さんが感じる疑問だと思います。「いいから黙ってやりなさい」と言えればいいのですが、世の中そう甘くはありません。

そんなとき、これは身のまわりにあるものを使った、社会人としてのトレーニングと説明しています。

プロ野球選手は、試合のときだけ、投げたり、打ったりしているのでしょうか?

オフの間もキャンプで、走りこんだり、日頃からトレーニングして筋力や持久力、瞬発力を鍛えていますね。

同じように、みなさんもプロの社会人として、日頃から環境整備というトレーニングをして、気づく力や実行力、改善力などを鍛えるのです。その効果は長年環境整備を続けてきた会社を見学に行くと一目瞭然です。

社会や業界は変化し続けます。それに対して、人はあまり変化を好みません。社長だって、今のままで会社が成長していくなら、その方がずっと楽です。

しかし、世の中が変わり続ける以上、周囲の変化に合わせて、会社も変わり続けるしかありません。

環境整備は、社会人の筋トレ、すべての基本です。あるいは、人としての基本とも言えるかもしれません。

日本一やさしい経営の教科書
小井土 まさひこ
株式会社こもれび代表取締役。株式会社K・サポート代表。群馬県甘楽郡出身。同志社大学卒業後、外資系製薬会社に13年間勤務。医療法人の立ち上げにかかわり、2009年、株式会社こもれびを創業。弓道四段、EGIJ認定アソシエイト(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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