(本記事は、前川孝雄氏の著書『本物の 「上司力」 ~「役割」に徹すればマネジメントはすべていく』= 大和出版、2020年10月14日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「働きやすさ」より大事なこと
本書では上司が「役割」に徹し、「管理する」から「伴走者・支援者になる」ためのステップを紹介していきます。しかし具体的なステップに入る前に、読者のみなさんにいくつか考えておいていただきたいことがあります。
最初に考えていただきたいのは、「働きがいあふれる」チームをつくることの重要性です。
私が営む会社が、さまざまな企業や団体で研修やセミナーを行うとき、よく受講者の方々に「みなさんは働きがいを感じていますか?」と尋ねます。そこでポジティブな反応が返ってくることは、残念ながら少ないのが現状です。
図2をご覧ください。2016年の「世界仕事満足度調査」(インディード)のデータによれば、仕事の満足度に関して「幸せ」と答えた人と「幸せではない」と答えた人が多い国をそれぞれランキングすると、「幸せ」と答えている人が多い国としてコロンビア、メキシコ、ロシア、アイルランド、ブラジルが上位に入っている一方、「幸せではない」と答えている人が多い国のトップは、なんと日本なのです。
日本では仕事に対する満足感が少なく、幸せではないと感じている人が多いのはどうしてでしょうか?
私は、働く人たちが多様化する中で、日本企業の多くが「働きやすさ」にばかり注目し、「働きがい」を重視してこなかったことが最も大きな理由だと考えています。働き方改革の法整備に対応せざるを得なかったことも大きいからでしょう。
また多くの人が、私生活の充実を優先し、仕事は苦役と捉えているからかもしれません。
図3は、臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが職務に対する満足や不満足を引き起こす要因について提唱する「二要因理論」を応用して図示したものです。
人間は、働く環境や労働条件、職場の人間関係、給料などのいわゆる「環境要因」が改善されると、不満が減っていきます。具体例をあげると、リモートワーク環境を整えたり、福利厚生を充実させたり、同一労働同一賃金で賃上げを徹底したりすることがこれにあたります。
しかし気をつけなければならないのは、このような「働きやすさ」を高める取り組みは、不満を減らすことはできても、その延長線上に必ずしも「満足」があるわけではないということです。
人間は新たな権利を得ると最初はうれしく感じますが、それが続いて既得権益となれば、いつの間にか「当たり前のもの」と感じるようになっていきます。
たとえば、都心で満員電車に乗って通勤してきた人たちにとって、リモートワークにより通勤地獄から解放されることは当初「うれしいこと」「ありがたいこと」だったでしょう。しかしリモートワークが長く続けば、通勤しないことは「当たり前」になります。会社がリモートワークをやめて通常通り通勤するように求めれば、反発が生じて以前よりもモチベーションが下がる可能性もあります。
給料の引き上げも社員にとってはうれしいことに間違いありませんが、一度上がれば満足するわけではありません。いずれは「もっと上げてほしい」という欲求が生まれるでしょう。
働きやすさへの配慮は、人材育成上の問題を生じさせることもあります。
たとえば若手社員を育てる場合、経験が浅いわけですから、仕事を任せれば時間がかかってしまうのはごく当たり前のことです。上司としては、じっくり取り組んで学びを得てほしいと思うものでしょう。
しかし、いざ若手が「頑張って一人でやり遂げたいので、残業してもいいですか?」と尋ねてきたとき、「残業や休日出勤の削減」を課せられている上司はどうこたえるでしょうか?「残業してまでやるのもしんどいだろうから、私がやっておくよ」といって仕事を部下から引き取ってしまっていないでしょうか。
子育て中の部下がいるケースでも、問題が生じやすいといえます。
私が営む会社は、企業・団体で女性活躍を推進するコンサルティングも長年にわたって行っていますが、そこで感じるのは、「子育てと仕事の両立は大変だから、負荷を下げてあげましょう」というやり方が必ずしも社員を幸せにしていないということです。
もちろん、多様な人たちが働くようになってきた中、社員の希望に応じて時短勤務を選択できることなど、子育てと仕事を両立するための制度は必要です。上司として、子育て中の部下に配慮することも大切です。しかし、ずっと第一線で働いてきた部下に「子育て中で大変だろうから」という理由で入社間もない若手社員と同じような負荷の軽い仕事をさせることは、社員に「自分は期待されていないのだ」と感じさせ、モチベーションを下げることも多いのです。
私は、「働き方改革」などの号令のもと、「働きやすさ」を目的に置くことは社員のモチベーションを削ぐおそれがあると危惧しています。国が働き方改革関連法案を通じて働きやすい環境づくりを企業に強要していることにも違和感があります。
働く人の満足感を高めるために重要なのは、ハーズバーグがいう「動機づけ要因」です。仕事内容そのものや、責任を与えられて仕事を任されることや、自分の持ち味を認められ承認されることや、仕事で結果を出して達成感を得ることによって、人は満足感を得ます。それによって「働きがい」を感じることこそ、重視されるべきことではないでしょうか。
働く女性向けWEBサイトでキャリア関連のテーマの連載を執筆していたときのことです。世の中にワーク・ライフ・バランスという言葉が浸透したことで、読者である30代女性からは「長時間労働はいや」「転勤もいや」「プライベートを大事にしたい」という声が多く届いていました。
また、青山学院大学では10年以上正規課程でキャリアデザインの教鞭をとっていますが、女子学生はワーク・ライフ・バランスを気にして「ホワイト企業がいい」「産休・育休をしっかり取れて子育てと仕事を両立できる会社がいい」という意見を多く持っています。
しかし私が「それは、自分のキャリアにとって何よりも大事なことだと思いますか?」と尋ねると、将来をまじめに考えている人ほどハッとするのです。
「働きやすさ」だけで人が満足することはありません。近年、日本国内で大きな自然災害が頻発する中、私はワーク・ライフ・バランスを重視する女性たちが週末の貴重な時間を使ってボランティアをするケースも数多く見てきました。交通費などのコストはもちろん自腹です。これは見方を変えれば、日常的な仕事では得られない「働きがい」を週末にお金を払って買っているということではないでしょうか。
また、近年は学生が就職を希望する会社の傾向に変化が現れています。かつては銀行や商社など安定した大企業を志向する学生ばかりでしたが、今は社会問題の解決に挑むことを標榜するソーシャル・ベンチャーで働きたいという学生も少なくないのです。彼ら彼女らがソーシャル・ベンチャーに求めているのは、間違いなく「働きやすさ」ではなく「働きがい」でしょう。
これは実は、世界的な潮流です。国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標では、8番目に「働きがいも経済成長も」と掲げられています。
残念ながら、「働きがい重視」という観点では、日本は周回遅れの状態だと言わざるを得ません。多くの会社は「働きやすさ」を目的に置いており、その結果、職場はぬるま湯で働きがいのない場所になってしまっています。
上司は「働きやすさ」のための配慮でフラフラになり、部下はモチベーションが上がらないという悪循環に陥ってしまっているのが、今の日本企業の姿だと言ってもいいでしょう。
前川孝雄(まえかわ・たかお)
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