今こそ、上司の「本当の真価」が問われている――

(本記事は、前川孝雄氏の著書『本物の 「上司力」 ~「役割」に徹すればマネジメントはすべていく』= 大和出版、2020年10月14日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

「任せる」意味をどう捉えているか

私が営む会社が開講する研修やセミナーで「部下の違いを認める」「一人ひとりの持ち味を活かす」「信じて任せる」ということをお話しすると、中には「部下が自分勝手なことをするのを許していいのか」「そんなに甘やかしては良くないのではないか」と言う方もいます。しかし、「信じて任せる」というのは、部下にとっては決して甘い話ではありません。仕事を任された部下は、任された領域については責任を負うことが求められます。

「嫌われたくない」と逃げることで起こる事態

企業に職場のハラスメント防止を義務付ける「パワハラ防止法」が施行されています。近年のハラスメントに対する意識の高まりとともに、部下を指導するにあたって「これはハラスメントになるのでは?」と気にする上司が増えつつあります。企業もハラスメント対策として、マネジメント層に対し、部下との話し方を学ぶコーチング研修や怒りをコントロールする方法を学ぶアンガーマネジメント研修などの実施に一生懸命です。

しかし、上司が「ハラスメントになるのでは?」と気にしたり、企業が上司に対して怒りの抑え方を教えたりするのは、ハラスメント事案を減らすためには必要とはいえ、根本的解決にはならないのではないでしょうか。

さらには「事なかれ主義」を助長し、コミュニケーションの希薄を招く可能性もあります。地雷を踏みたくないという気持ちが強くなれば、部下に関わることを避けるようになり、部下の気持ちや成長に対して無関心になってしまうでしょう。

厚生労働省「パワーハラスメントに関する実態調査」(平成28年)によると、パワーハラスメントが発生している職場の第1位は「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」45・8%)なのです。

私は、愛の反対は無関心だと考えています。マザー・テレサの名言ですね。
部下に対して「面倒くさい、嫌われたくない」などと考える事なかれ主義の上司は、表面上は優しく見えますが、そこに愛はありません。

一方、部下に対する愛はあっても優しさがないと部下の意見を聞いたり持ち味を活かしたりという視点が欠け、自分の考えを押し付ける過干渉に陥りがちです。「俺の背中についてこい!」という旧来型の部下を管理したがる上司は、ハラスメントのリスクが高いといえます。

「ダメな部下は取り替えればいい」という冷酷な上司は、部下に関心がなく優しさもないタイプに分類できます。
近年は冷酷な上司は少なく、ハラスメント上司も減少傾向にありますが、その分だけ増えているのが「事なかれ上司」ではないかと思います。

昨今では事なかれ主義で深く関わらないことも「人間関係からの切り離し」で疎外感を与えることになればパワハラになりかねません。しかし私がみなさんに目指していただきたいのは、優しさと愛を持って部下と対峙する「本物の上司」です。

ここでいう「優しさ」とは、甘やかすこととは意味が異なります。「仕事を任せた以上、当事者はあなたであり、任された仕事の範囲でちゃんと責任も負いなさい」と部下に強く言える厳しさを持つことこそ、部下への正しい愛の形です。

ときに嫌われることがあっても一歩踏み込み、必要であれば厳しく叱ることをいとわないのが本物の上司であり、まさにこの本のタイトルでもある、「本物の『上司力』」だと私は考えています。

ベースは利他主義ではない

ここで、ある企業の営業部門の管理職Aさんのエピソードを紹介したいと思います。Aさんはもともと非常に優秀な営業マンで、高い業績を評価されてスピーディーに昇進し管理職になったという経歴の持ち主でした。

Aさんが課長として率いることになったのは、新規顧客開拓を担う営業チーム。新任課長になったAさんは、「チームで数字を上げていくには、これまで自分が実績をあげてきた手法を部下に覚えさせればよい」と考え、早速、部下たちへの厳しい指導を開始しました。

Aさんが現場で実践していたセオリーは非常にシンプルでした。彼は「行動量が結果をつくる」という信念を持っており、新規顧客獲得のために営業電話を1日に100件もかけたり、人脈をたどって人を紹介してもらったりして、とにかく多くの人へのアプローチを重ねていたのです。

そうやってアポイントメントが取れた相手をリストアップし、1日に数件は必ず訪問営業をするというのが彼のスタイルでした。もちろん、訪問営業の途中では飛び込み営業をすることもいといません。そうやって数字を積み重ねていけば、確率論で誰でも何パーセントかは必ず実績につながる、というのが彼の考え方だったのです。

Aさんは、自分が実践してきたセオリーを徹底的に部下に教え込もうとしました。もちろん良かれと思ってのことですが、このようなハードな方法は誰もが実践できるわけではありません。ついてくることができない部下もいるのは当然のことでしょう。「メンタル面がつらい」「会社に行くのが怖い」などという部下が続出し、退職を申し出る人も増えていったといいます。

焦ったAさんは、そこで初めて部下たちと面談し、「いつか結果は出る。今はしんどいかもしれないけど、頑張ってやっていこう」と説得を試みました。しかしそれでもメンタルを壊してしまう部下は増え続けました。このような状況では、チームとして実績が上がるはずもありません。

プレイヤーとして高い成績を誇ってきたAさんでしたが、課長になりチームを仕切るようになって、ビジネスパーソンとして初めて壁にぶつかったわけです。
悩んだAさんは、「あの人は部下を育てるのがうまい」と評判の先輩管理職のBさんに相談に行きました。すると、BさんはAさんにこう尋ねたそうです。

「目の前にいる部下が、もしも自分の息子や娘だったら、『今はしんどいかもしれないけど、頑張ってやっていこう!』って説得する?」

Aさんはハッとしてこう答えました。
「自分の子供に対してなら、『そんな心身を壊すほどしんどい仕事はやめたほうがいい』と言うと思います……」

BさんはAさんに、「部下を自分の子供だと思って、対応を考え直したらどうか」と伝えたそうです。そこでAさんは初めて、自分の仕事のやり方を見直すことにしたのです。

Aさんは、面談のときに部下が「きつい」「しんどい」などといった言葉を漏らしたとき、「そうか、きついか。でも、チームの一員としての目標を持って仕事をすることは必要だよ。電話かけや飛び込み営業がきついなら、あなたは、どうしたらいいと思う?」と、部下に質問をするようになりました。

このように面談のスタイルを変えると、部下の様子は徐々に変わっていきました。自分の「しんどさ」を上司から受け入れられたことが、部下の気持ちを和らげたのでしょう。上司の質問に対して、少しずつ自分のアイデアを口にするようになったのです。

上司であるAさんからすれば、それらのアイデアは自分のスタイルとは異なったものであり、当初は半信半疑だったようです。しかしAさんは「あなたがそう考えるなら、その方法でやってみよう」と部下のアイデアを受け入れることにしました。

すぐに結果は出ませんでしたが、半年ほど経つと徐々にチームの営業成績は上向きになり、メンタルの不調を訴える部下や退職する部下も減っていったのだそうです。

何より、今や昔気質の気合いと根性の体育会営業が通じる時代ではありません。部下の意見を取り入れる中で、リモートワークが進む中、つながりにくい電話かけを続けるよりも、WEBリサーチをしてホームページにメッセージを送ったり、セミナーを開催し反響型に変えたり、電話かけ営業部分を成功報酬型でアウトソースしたほうが生産性が上がることもわかってきたと言います。
部下も育ち、上司自身も時代の変化に対応でき、一挙両得というわけです。

このケースからわかるのは、部下に対して子供に持つのと同じような愛情を持てば、おのずと損得勘定 だけの世界とは異なる考えが持てるようになるということです。

上司のみなさんには、自分が部下にかけている言葉や自分の行動について「部下自身のためを思ってのものかどうか」「部下に働きがいを感じさせ、部下の成長につながっているか」を、 「愛他主義」の観点からつねに見つめ続けてほしいと思います 。

任せるのは「作業」ではなく「仕事」

部下のモチベーションを高めるためにもう一つ重要なのが、「作業」ではなく「仕事」を任せることです。

私が営む会社で上司のみなさんに向けた研修を実施する際、「チームの運営でどんなことに悩んでいますか?」と尋ねると、多くの方が部下に対する不満を口にします。
「部下が指示待ちばかりしていて、自分から動かない」
「部下は上司である私が指示したことしかやろうとしない」
「自分の頭で考えてほしいのに、判断が必要なことをすべて上司である自分に聞いてくる」

みなさんの中にも「そうそう、そうなんだよな」と頷いている方がたくさんいるのではないかと思います。
このような悩みを持つ上司の方々に詳しく仕事ぶりを尋ねてわかるのは、多くの上司が部下に「仕事」を任せず「作業」ばかりをやらせているということです。

上司が「あれをやっておけ」「これをやれ」というように指示するだけだと、部下は言われたとおりにするしかありません。これは、チームの目的やチームにおける自分の役割を理解していない状態だと、上司が指示する作業の目的を考えることができず、工夫のしようがないからです。

結局、部下は上司の言うがままに「作業」を終えて上司に報告するしかできません。そこで上司に不服そうな顔をされてしまうと、もともと高くなかったモチベーションがさらに下がっ てしまう。気を利かせて指示以上のことをして一度でも「余計なことをするな」「そんなことを指示したのではない」などと叱責されようものなら、「もう指示以外のことはやらない」と心を閉ざしてしまう……。上司と部下の間で、このような負のサイクルが生じるのは日常茶飯事です。

みなさんはここで、「仕事」と「作業」を区別して考えられるようになりましょう。

私が言う「仕事」とは、目的に納得しており、工夫する余地があり、その人に任されたもののことをいいます。上司は部下に対して「仕事」を渡し、目的に対してどのように工夫するかを部下自身に任せるということを意識的に実践しなければなりません。

具体的な例を考えてみましょう。たとえば、リーダー10人が集まる会議が開催されるとします。上司であるあなたは、会議用の資料を部下に渡して「会議があるからこの資料を人数分コピーしておいて」と若手部下に頼むかもしれません。

これは単なる「作業」の指示です。おそらく指示された部下は、資料を10人分コピーし、あなたに「コピーを用意しました」と言って渡すだけで作業を終えるのみでしょう。もしここで、上司が部下に「D会議室でリーダー会議が開かれるから、参加するリーダー10人のために資料を準備してほしい」と頼んだら、どうでしょうか?

会議が開かれる場所を教えてもらえば、「事前に会議室の机の上に資料を並べておこうか」と考えるかもしれません。リーダー会議だと聞けば「年配者が多く参加するんだな」と考え、文字が読みやすいよう拡大コピーをしようと思うかもしれません。ただ「10部コピーをとって」と言われるのと、「D会議室で開くリーダー会議がある、リーダー10人のために資料を準備してほしい」と頼まれるのと では、工夫の余地が違うわけです。

実際の仕事の場面を想像すればすぐに気づくことですが、部下に上司から指示する場合、「D会議室で開くリーダー会議がある、リーダー10人のために資料を準備してほしい」と言うよりも、ただ「10部コピーをとって」と言うほうが上司の仕事としては簡単でしょう。

作業を指示するだけなら、上司は「部下にどのように仕事を頼めばよいか」を考える必要がないからです。言い換えれば、部下に「仕事を任せる」ということは、仕事の目的と工夫の余地を上司がしっかり把握していなくてはできないことなのです。

上司が部下に「仕事を任せる」というのは、想像以上に大変です。おそらく、「作業を指示する」ほうが目先の業務はスムーズに進むでしょう。

それでも私が、部下に「作業」ではなく「仕事」を任せるべきだとおすすめするのは、仕事を任せることを続けていくことによって上司がだんだん楽になってくるからです。

作業をさせているだけでは、部下は工夫したり自主的に動いたりするきっかけがなく、なかなか成長しません。このため、常に上司に「お伺い」を立て続けることになります。そして上司は、ひっきりなしに部下に指示を出し続けなくてはならない状態に追い込まれ、「部下が指示待ちばかりで……」と嘆くことになるわけです。

目先は大変でも、目的を伝えて工夫の余地を持った状態で仕事を任せることを続けていく必要があることがおわかりいただけるでしょうか? この過程を経てこそ、「指示待ち」ではなく、自律的に動く部下を育てることにつながるのです。

部下に「仕事を任せる」習慣を身につけることは、上司が自分をトレーニングすることにもなります。「部下に任せる仕事の目的は何か」「なぜこの部下に仕事を任せるのか」をきちんと考えなければ、「仕事を任せる」ことはできません。それを日々継続することが、部下に適切に仕事を任せる力を伸ばし、チームを成長させる筋力になっていくのです。

リモートワークでは部下の様子を身近で見ることができない状況で仕事をすることになりますから、一つひとつの仕事について必ず目的を添えて伝え、「あなたなりに工夫してください」と言って任せていく。
そうしないと、上司はつねにメールやチャットなどのコミニケーションツールを使って「作業の指示」をやり続けなくてはならなくなります。

多くの上司はプレイングマネジャーですから、このような状況に陥れば自分自身の業務が回らなくなるでしょう。ただ部下とすれば、遠隔で上司から「作業の指示」ばかりが飛んでくる状況では、それこそロボットのように動かされているだけだと感じ、仕事がつらくなってしまう可能性が高いといえます。リモートワークの中ではとりわけ、「仕事を任せる」ことが必須なのです。

本物の「上司力」 「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく
㈱FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
前川孝雄(まえかわ・たかお)
人材育成の専門家集団(株)FeelWorksグループ創業者であり、部下を育て組織を活かす「上司力」提唱者。兵庫県明石市生まれ。大阪府立大学、早稲田大学ビジネススクール卒業。リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」などの編集長を経て 2008 年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志に起業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、独自開発した「上司力研修」「上司力鍛錬ゼミ」「 50 代からの働き方 研修」、eラーニング「上司と部下が一緒に学ぶ、パワハラ予防講座」などで 400 社以上を支援している。 2011 年から青山学院大学兼任講師。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『上司の 9 割は部下の成長に無関心』( PHP 研究所)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『もう、転職はさせない!一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『 50 歳からの逆転キャリア戦略』 (PHP 研究所 、『コロナ氷河期』(扶桑社)など30冊以上。

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