(本記事は、前川孝雄氏の著書『本物の 「上司力」 ~「役割」に徹すればマネジメントはすべていく』= 大和出版、2020年10月14日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「部下の仕事ぶりがわからない」という悲鳴
本物の「上司力」とは一体、どのような力なのか――。
まずは「上司力」を理解するための前提となる「日本企業を取り巻く状況」からお話ししていくことにしましょう。
2020年、世界を新型コロナウイルス感染症が襲いました。
私が営む会社は、日本を代表する大手企業を中心にさまざまな業界のクライアントの人材育成・組織開発を支援していますが、中にはコロナ禍により一時的に事業活動がほぼストップした企業もありました。
本書執筆時点では、新型コロナウイルス感染拡大が終息する目処は立っていません。日本企業が、世界大恐慌以来の厳しい局面に立たされていることは間違いないのではないかと思います。IT、医療系など危機対応による需要が拡大している業種もある一方、日本経済を担う中核企業はその多くがダメージを受けています。
現場に目を向ければ、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、多くの企業でリモートワークの導入が半ば強制的に進みました。
もちろんリモートワークでは不可能な仕事も数多くありますが、それができないまでも、同じ職場に出社してフルタイムで朝から晩まで顔を突き合わせて働くことはできるだけ避けるという流れは続くでしょう。今、企業側には新しい働き方を考えることが求められているのです。
これまでの日常の中では、上司と部下が同じ時間に会社にいることや営業同行などで行動を共にすることが当たり前でした。隣で仕事をしていれば、上司が部下の様子を知ることはさほど難しくなかったといえます。
しかし、コロナ禍により状況は一変しました。リモートワークでは、上司は部下が何をやっているのか、その様子を直接うかがうことができません。
「リモートワークが始まる前と比べて、部下の仕事ぶりがわかりづらい」
「部下をどうマネジメントしていいのかわからない」
上司たちからは、そんな声が挙がり始めています。
Unipos社が2020年4月に実施した「テレワーク長期化に伴う組織課題」に関するアンケート(全国のテレワークを実施している上場企業に勤務する管理職333名、20〜59歳男女553名が回答)によれば、「テレワーク前より、部下の仕事ぶりがわかりづらい」と回答した管理職は56・1%で、一般社員も48・4%が「上司や同僚の様子がわかりづらい」と回答しています(図1)。
部下を「監視」するシステムの意味
このような状況のもと、企業はどのような動きを見せているのでしょうか?
昨今はHRテクノロジー(人事業務に関する先進技術)が進化しており、リモートワークであっても部下の様子をチェックすることが可能になっています。
たとえば近年はシンクライアントと言われる端末を使い、会社のサーバーにアクセスして仕事をするスタイルが広がっていますが、このようなシステムを導入していればアクセスログから部下がいつどのような作業をしたのか確認できます。さらに、導入しているシステム次第では、部下が使っている端末のカメラからつねに仕事ぶりを観察することもできるのです。
また、カメラに映る社員の表情をAIで分析してやる気があるかどうかを判別したり、社員間のコミュニケーションをデータベース化して誰と誰のコミュニケーションが活発なのか、よりコミュニケーションを促すべき人は誰かといったことを分析したりするようなテクノロジーも次々に登場しています。
このような技術は、働き方改革が叫ばれてリモートワークの必要性も訴えられる中、コロナ禍より前から開発が活発化していました。そして半ば強制的にリモートワークへの移行が進むようになった今、社員の仕事ぶりをいかに管理すべきか頭を悩ませる企業がこういったシステムを導入する潮流が生まれているのです。
私は、HRテクノロジーの発展に期待していますし、有効なものはどんどん採用してよいと考えています。しかし昨今の「部下を管理する」という観点で開発されたHRテクノロジーは、その意味をよく考える必要があるとも感じています。
部下の立場になって考えれば、会社が支給する端末で仕事をしている間、常にカメラで監視されていて作業画面を上司や会社がチェックできる状態というのは、あまり気持ちのよいものではないでしょう。リモートワークで自分の家で仕事をするとなればなおのこと、プライベートな空間にいるにもかかわらず会社から監視され続けることは、苦痛に感じるのではないでしょうか。
「社員の労務管理は会社の責任であり、長時間労働や深夜残業をさせないために監視は必要」という意見もあります。労務管理の観点から、深夜は会社支給の端末が使用できないように設定されている会社もあるでしょう。しかし在宅で仕事をする社員の中には、子育てや介護などとの両立中といった事情により、時間内にその日の業務を終えられない人もいるわけです。「結局、私用のスマホで無理やり仕事をせざるを得ず、働きにくさを感じた」といったケースも耳にします。
2020年7月16日付日本経済新聞夕刊「私のリーダー論」枠で、ほぼ日を経営する糸井重里さんのインタビューが掲載されていました。糸井さんはリモートワーク下における働き方について社員のみなさんにこう語ったそうです。
「もし1日8時間働いているかをチェックするような会社になってしまったら、リモートワークする意味がない。隙があることも含めてワークだ、と僕は思っているから、君たちは仕事しているフリをしなくていいよ。そんなことをするくらいだったら、しっかり体を休めて、血色よくなってください」
まったく同感です。リモートワーク中の社員を管理でがんじがらめにし、効率性を失わせてしまうのは、本末転倒ではないでしょうか。
前川孝雄(まえかわ・たかお)
※画像をクリックするとAmazonに飛びます
- 今こそ、上司の「本当の真価」が問われている――
- リモートワークで部下の仕事ぶりがわからない上司の悲鳴
- まじめで優秀な「現代日本の管理職」が感じる「マネジメントのジレンマ」
- 働き方改革の結果、社員のモチベーションが低下する悲惨な現実
- 事なかれ上司が「部下から嫌われたくない」と逃げることで起きる事態
- リーダーは「思い」「思いやり」「わかりやすさ」の三つを意識して会話せよ