『ASEAN M&A時代の幕開け』
(画像=Natee Meepian/stock.adobe.com)

本記事は、日本M&Aセンター海外事業部の著書 『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)より一部を抜粋・編集しています。

「会社を起こして30年、寝る間も惜しんで働き続けました。少しでも時間があれば顧客回り。こんな私に、社員たちはよくついてきてくれて。今では経営も安定しています。ところが昨、私が大病しましてね。そのとき、自分がいなくなったらこの会社はどうなるのかと、気づかされたんです。息子は大手企業に勤めているし、跡を継ぐ人がいない。弱りました」

これは、とある中堅企業経営者の話だ。日本の企業ではない。シンガポールの企業である。

私は、同じような話をタイやマレーシアでも聞いた。企業のM&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))アドバイザーという仕事柄、日本の中堅・中小企業の経営者と頻繁に会う。近年は東南アジアの中堅・中小企業とのM&A案件も多く、現地の経営者と会う機会も多い。

驚くのは、日本と東南アジア、双方の経営者の気質や悩みがそっくりなことだ。義理人情に厚く、理屈も大事だが「意気に感じる」ことを大切にする。自分の会社に誇りを持ち、わが子のように会社と従業員の行く末を案じる……。時々どちらが日本人か、わからなくなる。つまりこれは、日本企業のM&Aの相手として、東南アジアの企業も選択肢の一つになることを意味する。企業同士のメンタリティーが通じ合うことは、M&Aにおいて特に重要だからだ。

東南アジアの国々の総称として、「ASEAN」という言葉を本書では用いる。ASEAN(Association of Southeast Asian Nations、東南アジア諸国連合)は、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10カ国で構成された地域共同体のことだ。

近年、その爆発的な経済成長ぶりが世界から大注目されている。成長市場のど真ん中に身を置いているASEAN企業とのM&Aは、例えば互いの事業承継問題の解決だけでなく、日本企業にとってはASEAN市場への足掛かりになるという利点があり、ASEAN企業にとっては日本の洗練されたビジネスノウハウを取り入れられるという期待がある。特にASEANは日本びいきだ。「戦後、日本はアジアの嫌われ者になった」と思っている方もおられるだろうが、ASEANの人々にとって日本はいまだ憧れの国である。メイドインジャパンの質の高さは現地でも高級品として通用し、近年では訪日する人も増え、民間交流も盛んだ。「会社を託すなら、日本人の経営者に」という声もよく聞く。事業の継続、拡大を目指すM&Aの相手として、ASEAN企業ほど魅力的な対象はない。

「海外? いや、うちは無理だよ。大企業じゃあるまいし」

海外M&Aと聞いただけで、自らハードルを上げてしまう日本の経営者は多い。彼らは特別に困難な事業に挑戦するように思えて、体が前に動かなくなっている。私は、そんな経営者にこそ海外へ目を向けていただきたいのだ。

実は我々日本M&Aセンター自身、海外進出するつもりはまったくなかった。1991年の設立時から中堅・中小企業を中心に国内M&Aの支援を行ってきた当社に、「海外M&Aを手伝ってほしい」との要望が届くようになったのは、10年ほど前のことだ。以降、海外案件は年々増加。顧客ニーズに応えるため、対応を急いだというのが正直な事情である。 いざ海外へ出てみると、顧客となるASEAN企業経営者のメンタリティーは日本人とそっくり。となれば、日本人経営者との交渉で培ったノウハウが生かせる。現地スタッフは勤勉でフレンドリーだ。日本と変わらない仕事ができる環境もある。「海外だから」と身構える必要はなかったのである。

我々がASEANでの体制を整えはじめて約5年が経つ。それまで、日本の中堅・中小企業が求めるような小規模の海外M&Aを仲介できる会社は、日本にもASEANにもなかった。

現地にどんな企業があるのか、日本企業に売りたがっている会社がないか……現地企業を網羅するネットワークづくりは、自前でコツコツやるしかなかった。もし、ネットワークを持つ現地企業とのM&Aで進出できていれば、1年程度で体制は整っただろう。そう、M&Aの効果を我々自身が学んだ年月でもあった。

改めて、私が強調したいことは2つだ。

1つ目は、外国企業だからと構える必要はまったくない、ということ。とりわけ、ASEANの中堅・中小企業経営者は、同じ経営者仲間だと思って接していただきたい。

2つ目は、海外M&Aだからと肩肘を張る必要はない、ということ。国内で新たな仕事に挑戦する感覚で十分だ。テレワークの進んだ今だからこそ、距離は関係ない。

海外の情報は国内と比べると思うように入ってこないこともあるが、そこは我々専門家集団を頼ってほしい。当社駐在員は、現地企業のナマの情報をたっぷり集めている。お役に立てるはずだ。

ようやくノウハウの蓄積が進み、中堅・中小企業のための海外M&Aの秘訣と実情をまとめて出版できるまでになった。成長しているマーケットは、とてつもなく面白い。

ASEAN M&A時代の幕開け
日本M&Aセンター海外事業部 編著
1991年日本M&Aセンター創業。事業承継にいち早く着目し、中堅・中小企業向けにM&Aを通した支援を行う。 2013年、海外M&A支援業務に注力した海外支援室を設立。2016年シンガポール、2019年インドネシア、2020年ベトナムとマレーシアに進出し事業部として拡大。ASEAN主要国をカバーし、シンガポールでは最大級のM&Aチームに成長している。

編著者代表
大槻昌彦(おおつき まさひこ)
日本M&Aセンター常務取締役 兼 海外事業部事業部長
大手金融機関を経て2006年入社。主に譲受企業側のアドバイザーとして数多くのM&Aに携わり、自社の東証1部上場に主力メンバーとして大きく貢献。現在は海外事業部をはじめ、日本M&Aセンターグループ内のPEファンドやネットマッチング子会社等、M&A総合企業としてのグループ会社全体を統括する。

尾島 悠介(おじま ゆうすけ)
日本M&Aセンター 海外事業部 ASEAN推進課 マレーシア駐在員事務所 所長
大手商社を経て、2016年入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。2017年よりシンガポールに駐在し現地オフィスの立ち上げに参画。以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。2020年にマレーシアオフィス設立に携わる。現地経営者向けセミナーを多数開催。

この章の執筆者

大槻 昌彦
株式会社日本M&Aセンター 常務取締役 関連事業管掌

大槻 昌彦(おおつき・まさひこ)
横浜国立大学教育学部卒。住友銀行(現・三井住友銀行)へ入行。2006年、日本M&Aセンター入社後、主に譲受企業側のアドバイザーとしてM&Aに携わる。2010年、取締役 法人事業本部長、2019年に常務取締役 関連事業管掌に就任。
『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)シリーズ
  1. 劇的に成長しているASEANへ 今こそ、M&Aでさらなる可能性に挑戦を
  2. 海外M&Aはなによりも経営者が「やるぞ!」という意志を強く持つことが大切
  3. 既に高齢化社会に突入している国も。ASEANでも深刻な後継者難
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