矢野経済研究所
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11月3日、中国IT大手アリババ傘下の「アント・グループ」は上海、香港市場への上場を延期すると発表した。“調達額350億ドル、世界最大のIPO” と喧伝されていただけに上場予定日のわずか2日前というタイミングでの上場中止は、市場関係者や投資家を落胆させるに十分であった。
延期理由の詳細は不明であるが、その前日、中国金融当局は中国人民銀行、中国証券監督管理委員会(CSRC)を交えた合同会議にアリババ創業者のジャック・マー氏を含む経営幹部を召集、ビッグデータを活用した同社の金融サービス事業が新たな規制の対象になることを伝えたという。

アント・グループは10億人のユーザーを抱えるモバイル決済 “アリペイ” 事業で知られるが、今回、当局が注目したのは与信評価システム “芝麻信用” 事業である。これは金融機関に対して個人の信用情報を提供、借り手が支払う利息から一定の手数料を得るプラットフォーム型ビジネスで、同社のサービスを利用した貸付総額は既に2,500億ドルを越える。
当局は急速に拡大しつつあるオンライン小口融資について借入限度額を設定するなど規制強化に動いており、今回の措置は既存の金融行政の隙を突く新興企業への警告といった側面もあるだろう。

加えて、ジャック・マー氏の当局に対する批判的な言動が背景にあるとも伝えられる。10月4日、マー氏は上海で開催されたカンファレンスで王岐山国家副主席を前に「時代遅れの規制は脅威である」、「過去のルールが未来を規制してはならない」と金融取引の一切を管理下に置きたい金融行政の在り方を強く批判したという。
マー氏の発言が直接的な要因であったか、その真偽は不明である。ただ、当局にとって、規制の枠外へと自由に拡張してゆく “イノベーション” と新たな需要の創出は人々の価値観や生活様式の自律的な変化につながりかねないという意味において、金融取引以上に「やっかいな代物」であるのかもしれない。

10月29日、中国共産党の政策方針を協議する重要会議「5中全会」が閉幕した。会議では2035年にはGDPを現在の2倍にあたる200兆元へ、一人当たりGDPを先進国水準へ、といった目標を採択、その実現に向けて「イノベーション、協調、グリーン、開放、享受」という5つの発展理念が掲げられた。一方、主要目標の中には、社会主義核心価値観の普及、国家管理の効率化という言葉も並ぶ。果たしてこれらは両立できるのか。“管理されたイノベーション” “統制下の開放” といった矛盾の先にどんな未来があるのか。リスクは中国企業だけのものではない。

今週の“ひらめき”視点 11.1 – 11.5
代表取締役社長 水越 孝