損害賠償の責任を負ったケースに自己破産をすると、賠償金の支払い義務は免責されるのだろうか。今回は、自己破産や損害賠償の基本的な内容をはじめ、自己破産によって損害賠償責任を回避できるかについて解説する。
目次
自己破産とは
自己破産とは、債務を弁済できない個人や法人がリスタートするための手続きである。
債務者の住所地を管轄する地方裁判所に「破産手続開始の申立て」を行う。手続開始が決定すれば、債務者の全財産は金銭に換えられ、債権者に分配される。結果として、債務を清算できるのだ。
なお、手続きによって債務が必ず免除されるわけではない。裁判所に「免責許可の申立て」を行い、その許可を受ける必要がある。
自己破産できる債務者の要件
自己破産できる債務者の要件は、下記のとおりである。
【個人】
債務者が支払不能にあるとき(破産法第15条)
【法人】
支払不能または債務超過にあるとき(同法第16条)
支払不能とは、債務者が支払いを停止したときなどをさし、債務超過とは、財産をもって債務を完済できない状態をいう。
自己破産の流れ
破産法第30条によると、自己破産は裁判所の「破産手続開始の決定」によって開始する。
債務者に返済できる財産がある場合は管財事件として扱われ、裁判所が選任した破産管財人による財産の調査・換金、債権者への配当が行われる。
免責を受けるには、「免責許可の申立て」を破産裁判所に申請しなければならない。同法第248条によると、申請期間は破産手続開始の申立日から破産手続開始の決定が確定した日以後1ヶ月を経過する日までだ。
同法第216条によると、破産者に返済できる財産がないときは、「同時廃止事件」として扱われる。破産管財人は選任されず、破産手続を終了させる決定が同時に行われ、免責手続きに進む。
ちなみに、「免責許可の申立て」は個人だけが申請できる。法人も破産によって債務の支払い義務はなくなるが、法人自体が消滅するため、制度上「免責許可の申立て」は行わない。
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自己破産したらどうなるか
破産手続開始が決定されると、その旨が公告され、債権者などに通知される。
管財事件では、破産管財人が財産の管理を行うため、財産を処分できなくなったり、転居できなくなったりする。ただし、転居については、単身赴任や転職などの明確な理由があれば、裁判所に許可されるケースがほとんどである。
そのほか、同時廃止事件のケースも含めて、一定の職業に就けなくなる。
免責が認められないケース
・免責不許可事由に該当する場合
財産を故意に隠したり、ギャンブルで浪費したりすると、免責許可が下りない。免責の許可が下りない具体的なケースについては、破産法第252条で定められている。
次の要件に1つでもあてはまれば、免責が認められない可能性がある。
・債権者を害する目的で、財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分、その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと
・破産手続きの開始を遅延させるために、著しく不利益な条件で債務を負担し、または信用取引により商品を買い入れて不利益な条件で処分したこと
・特定の債権者に対する債務について、その債権者に利益を与える目的または他の債権者を害する目的で、担保の供与または債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、またはその方法若しくは時期が債務者の義務に属さないものをしたこと
・浪費または賭博、その他の射幸行為によって著しく財産を減少させ、または過大な債務を負担したこと
・破産手続開始の申立てがあった日の1年前の日から破産手続開始の決定があった日までに、破産手続開始の原因となる事実を知りながら、その事実がないと信じさせるため、詐術を用いた信用取引により財産を取得したこと
・業務および財産の状況に関する帳簿、書類、その他の物件を隠滅・偽造・変造したこと
・虚偽の債権者名簿を提出したこと
・裁判所が行う調査において、説明を拒んだり虚偽の説明をしたりすること
・不正手段により、破産管財人や保全管理人、その代理人の職務を妨害したこと
・下記のイからハまでに挙げる各事由の場合において、それぞれイからハで定める日から7年以内に免責許可の申立てがあったこと
イ 免責許可の決定が確定したこと
→免責許可決定の確定日
ロ 民事再生法の給与所得者等再生における再生計画が遂行されたこと
→再生計画認可決定の確定日
ハ 民事再生法にもとづく免責の決定が確定したこと
→免責決定に係る再生計画認可決定の確定日
・説明義務、重要財産の開示義務、調査協力義務などに違反したこと
同法第252条第2項によると、破産手続開始の決定に至った経緯やその他一切の事情を考慮して免責許可が相当であると認めるときは、上記の要件にあてはまっても裁判所は免責許可をくだせる。
・非免責債権に該当する場合
裁判所で免責許可の決定が確定しても、非免責債権に該当するものは免責されない。(破産法第253条第1項) 非免責債権に該当するのは、次の7つである。
(1)租税等の請求権
税金、国民健康保険料などが該当する
(2)破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
後述する「損害賠償とは」参照。
(3)破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権
後述する「損害賠償とは」参照。
(4)民法に基づく次の義務に係る請求権
・夫婦間の協力及び扶助の義務
・婚姻費用の分担の義務
・子の監護に関する義務
・扶養の義務
・上記の義務に類するもののうち契約に基づくもの
夫婦や親族の生活費、夫婦の婚姻費用、離婚後の子の養育費などが該当する。
(5)雇用関係に基づいて生じた使用人の請求権及び使用人の預り金の返還請求権
従業員の給与などが該当する。
(6)破産者が知りながら債権者名簿に記載しなかった請求権
意図的に名簿に記載しなかった、債権者に対する借金の支払義務の請求権などが該当する。
(7)罰金等の請求権
罰金、科料、過料などが該当する。
損害賠償とは
損害賠償とは、何らかの行為で相手に損害を与えたときに行う賠償をさし、債務不履行によるものと不法行為によるものに分かれる。
債務不履行による損害賠償とは
民法第415条によると、債務者の債務不履行によって損害が生じた場合、債権者はその賠償を請求できる。つまり、債権者と債務者の間で生じる損害賠償である。
損害賠償を請求できるケースには、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」のほか、「債務の履行が不能であるとき」も含まれる。
不法行為による損害賠償とは
民法第709条によると、故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償しなければならない。
つまり、何らかの行為によって、他人の財産や身体、生命に損害を負わせてしまった場合だ。
同法第710条によると、財産以外に対する損害であっても損害賠償責任を負うため、精神的な苦痛に対する慰謝料なども併せて請求されることがある。
なお、損害賠償責任は刑事責任とは別であり、故意だけでなく過失による行為にも生じることから、過失処罰規定がなく刑事罰を負わないケースでも追及されることがある。
時効についても、場合によっては刑事事件の公訴時効より長くなる。
損害賠償責任を負うケース
民法は、さまざまな立場の人物が、損害賠償責任を負うことを定めている。
ケース1.監督者が負う損害賠償責任
民法第714条によると、責任無能力者(年少者など)が第三者に損害を加えたとき、責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が、損害賠償の責任を負う。
ただし、監督義務を怠らなかったときや、その義務を怠らなくても生じていた損害については、責任を負わない。
ケース2.使用者が負う損害賠償責任
民法第715条によると、被用者(従業員など)がその事業の執行について第三者に損害を加えたとき、使用者(雇用主など)が損害賠償の責任を負う。
ただし、使用者が被用者の選任や事業の監督について相当の注意をしているとき、あるいは注意に関係なく損害が生じると判断されるときは、責任を負わない。
ケース3.注文者が負う損害賠償責任
民法第716条によると、注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。
ただし、注文や指図について注文者に過失があったときは損害賠償責任を負う。
ケース4.土地の工作物等から生じる損害賠償責任
民法第717条によると、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があることで他人に損害を加えたときは、その工作物の占有者は被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。
ただし、占有者が損害の発生を防止するために必要な注意を払ったときは、所有者が損害を賠償する。
つまり、一次的な責任が占有者に、二次的な責任が所有者にあるということだ。最終責任者である所有者は、過失の有無を問わず、損害賠償責任を負うことに注意しなければならない。
ケース5.飼い主等の損害賠償責任
民法第718条によると、動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償しなければならない。
ただし、動物の種類や性質に応じた注意を払いながら動物を管理していたときは、責任を負わない。
ケース6.数名による行為の損害賠償責任
民法第719条によると、数人が共同して行った不法行為によって他人に損害を与えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する。
たとえば、加害者がAとBの2人であれば、各自が被害者への損害賠償責任を負う。
被害者には、AとBのどちらからでも全額の賠償を受ける権利がある。仮にAが被害者に全額を賠償すれば、AはBに求償できる。
自己破産すると損害賠償は免責される?
損害賠償の責任を負った個人が自己破産してしまった場合、賠償金の支払いは免責されるのだろうか。
故意または重過失による損害賠償は免責されない
残念ながら、破産法第253条第1項によると、次に掲げる損害賠償請求権については非免責債権に該当し、損害賠償の支払いは免れられない。
・破産者が悪意で加えた不法行為にもとづく損害賠償請求権
・破産者が故意または重大な過失により加えた人の生命または身体を害する不法行為にもとづく損害賠償請求権
「悪意で加えた不法行為」とは、相手の財産などを侵害するつもりで実行した行為のことだ。こうした積極的な加害行為から生じた損害賠償責任は、自己破産をしても免責されない。
「故意または重大な過失」による不法行為については、人の生命や身体に対する損害賠償のみ非免責債権となる。
つまり、人の生命や身体に損害を与える結果になるという認識があった上での行為や、普通に注意していれば防げた行為から生じた損害賠償責任は、自己破産をしても免責されない。
重大な過失とは、少し意識すれば容易にその結果を予見でき、回避できたような不注意をさす。
損害賠償には時効がある
自己破産で損害賠償を免れないケースがある一方、損害賠償は時効になることがある。
パターン1.債務不履行による時効
民法第166条・167条によると、時効は次のいずれか早い時期となる。
・債権者が権利を行使できることを知ったときから5年間
・権利を行使できるときから10年間
・人の生命または身体に対する損害賠償は20年間
パターン2.不法行為による時効
民法第724条・724条の2によると、時効は次のいずれか早い時期となる。
・被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知ったときから3年間
・不法行為の時から20年間
・人の生命または身体に対する損害賠償は5年間
万が一のケースのために
自己破産や損害賠償の概要をはじめ、自己破産によって損害賠償責任を回避可能かについて解説した。損害賠償などの免責されない債務があれば、時効を迎えない限り弁済を行う。
なお破産法第252条第5条によると、裁判所の免責不許可の決定に不服があれば、即時抗告の申立てを行うことで、高等裁判所の審理を受けられる。万が一のケースに備えて知っておくとよいだろう。
自己破産に関するQ&A
Q1自己破産をすると借金などはどうなる?
裁判所による免責許可の決定があれば、借金は返さなくてもよい。免責許可の決定は、破産手続開始の申立てをすることによって申立てをしたとみなされるため、個別の手続きは必要ない。
ただし、債務者に換金できる財産があれば、破産手続きにおいてそれらを債権者に分配する。その際に、財産を隠したり価値を減少させたりするような行為があれば、免責が許可されないため注意しなければならない。また、免責許可決定が確定しても免責されない「非免責債権」もある。
Q2自己破産をしても免責されないものはある?
自己破産によって債務が免責されるのは、裁判所の免責許可決定が確定した場合である。その際に、免責不許可事由に該当する事実があれば免責許可を得られないため、自己破産をしても債務は免責されない。
これに加えて、免責許可が得られても免責されない「非免責債権」がある。「非免責債権」に該当するものは、税金、一定の損害賠償金、扶養義務などに基づく生活費・婚姻費用・養育費、従業員に支払う給与、罰金などである。
Q3非免責債権がなければ自己破産で必ず免責される?
自己破産で免責されるには裁判所の免責許可が必要であり、免責許可が得られなければ、非免責債権ではない債務のみであっても免責されない。免責許可は、免責不許可事由に該当しない場合に決定される。
免責不許可事由に該当するものには、以下のようなものがある。
・財産の隠匿や損壊、債権者に不利益となる財産の処分
・浪費やギャンブルによる散財や新たな借金、
・帳簿や書類などの隠滅・偽造・変造、虚偽の債権者名簿の提出
・裁判所が行う調査に対する説明拒否や虚偽説明
・破産管財人等に対する職務妨害
・過去7年以内にも自己破産による免責許可決定が確定されている
Q4自己破産によって刑事罰を受けることはある?
自己破産について定めた「破産法」には刑事罰の規定がいくつかあり、それに反すれば刑事罰を受けることがある。
破産法の刑事罰のうち最も重いのは「詐欺破産罪」であり、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(あるいは両方)とされる。「詐欺破産罪」とは、財産を隠匿・損壊させたり債権者にとって不利益な財産の処分や借金を行ったりして、破産手続きの開始決定を受けた場合に適用される罰則だ。破産者本人だけでなくその行為の相手方になった者も同罪に問われる可能性がある。
他にも、特定の債権者への担保の供与等の罪、説明及び検査の拒絶等の罪、重要財産開示拒絶等の罪、業務及び財産の状況に関する物件の隠滅等の罪、審尋における説明拒絶等の罪、破産管財人等に対する職務妨害の罪などがある。
Q5自己破産するにはお金がかかる?
自己破産をするには、裁判所に対する破産手続開始の申立てのために、収入印紙代1,500円、郵便切手代として約6,000円(債権者の人数で変わる)、予納金として「管財事件」の場合は40万円以上、「同時廃止事件」の場合は約1万2,000円が必要となる。また、有料発行の添付書類が必要になる場合や弁護士に手続きを依頼する場合は、その分の料金も追加で必要になる。
なお、「管財事件」とは、破産管財人が選任されて財産の調査や換価、分配などを行う自己破産である。「同時廃止事件」とは、換価する財産がない場合に破産手続開始と同時に行われる自己破産である。
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M&Aも視野に入れることで経営戦略の幅も大きく広がります。まずはお気軽にお問い合わせください。
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・M&A相談だけでなく、資金調達や組織改善など、広く経営の相談だけでも可能!
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文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)