BIG BUSINESS
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(本記事は、タイラー・コーエン氏の著書『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』=NTT出版、2020年8月4日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

大企業が政府を操っているという誤解

ここまで読んできたあなたは、こう思っているかもしれない。前章までの議論はわかったが、企業と政府の癒着についてはどう考えればいいのか。ワシントンの政治は、大企業に牛耳られているのではないか。

確かに、政府が企業に特権を与えているケースは少なくない。ほとんどの場合、それは悪い政策だ。しかも、そのような状況は長く続いていて、今後も変わりそうにない。この点は、ルイジ・ジンガレスが2012年の著書『人びとのための資本主義―――市場と自由を取り戻す』(邦訳・NTT出版)で雄弁に述べているとおりだ。

私もほぼあらゆる形態の「縁故資本主義」に反対の立場だが、この問題に関して基本的な状況が正しく認識されているかは疑わしいと思っている。企業が政治に対して影響力をもっていることを否定するつもりはない。しかし、大企業がワシントンを操っているというのは根拠のない俗説だ。

詳しく調べてみると、アメリカの政治的決定の大半は大企業の意向に沿っていない。個別分野の立法に企業の影響力が働くケースがしばしばあることは事実だが、政府予算に関わる主要な決定のほとんどは有権者の意向に従っている。その証拠に、連邦政府予算のかなりの割合を福祉予算が占めている。

アメリカ企業が法律上のリスクを最小限に抑えるために割く時間とエネルギーは増える一方だ。企業は政府の複雑な規制を把握し、連邦政府や州政府、地方自治体の不利な決定により大きな経済的損失を被ることを避けるために苦心している。

20世紀の思想家・小説家であるアイン・ランドの著作のように、大企業を「迫害された少数派」と位置づける主張は真実にほど遠いが、反企業感情が拡大するなかで、企業の政治的影響力の大きさは誇張されている。実際には、政治がカネによって動かされているわけでも、すべてが企業の思いどおりになっているわけでもない。

共和党は大企業に支配されていると、昔からよく言われてきた。しかし、2016年9月後半の時点で、フォーチュン誌100社のCEOは一人も、共和党の大統領候補としてアメリカ大統領選に臨むことが決まったドナルド・トランプに献金していなかった。それに対し、2 0 1 2年の大統領選で共和党の大統領候補だったミット・ロムニーは、9月の時点でフォーチュン誌1 0 0社の約3分の1の企業のCEOから献金を受けていた。では、なぜトランプは共和党の候補者指名を獲得できたのか。理由ははっきりしている。十分な数の有権者が支持したからだ。

ワシントン・ポスト紙の経済学コラムニストだったスティーヴン・パールスタイン(現在は私と同じジョージ・メイソン大学の教授も務める)は、いつも大企業を厳しく批判している人物だが、2016年秋に書いたコラムではこう指摘している。「今年のアメリカ大統領選の皮肉な点は、政府に対する企業の影響力がかつてなく低下しているときに、企業に対するポピュリスト的な反感が最高潮に達しているように見えることだ」

ゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOだったジェフリー・イメルトも、2016年の株主向け書簡で「企業と政府の関係がこれほど厳しかった時期を私は知らない」と記している。オバマ政権時のホワイトハウスで大統領首席補佐官を務めたウィリアム・デイリーも、「率直に言うと、大企業の弊害はもはやあまり大きくないと思う」と述べている。

これはさすがに言いすぎだと、私は思う。パールスタインのような論者もおそらく気づいているように、大企業と政治の関係は、近づいたり離れたりを繰り返してきた。実際、こうした指摘のあとで大統領に就任したトランプは、大企業、とくに巨大多国籍企業に有利な税制改正をおこない、経済界はそれを熱烈に支持した。

私がこの文章を書いている時点で、アメリカ政府の政策がある面で企業の利害に強く沿ったものになっていることは否定できない。そのような時期も当然ある。あなたが本書を読むとき、企業の影響力が強まっているなら、以下の議論は一般的な傾向について論じたものだと考えてほしい。

いまのアメリカでは、大企業の意向どおりに政治が動いているとは言い難い。産業界のリーダーたちの多くは、財政規律、自由貿易と強力な貿易協定、予測可能性のある政治、多国間主義の外交、移民受け入れの拡大、そして政府内でのある程度のポリティカル・コレクトネスを求めている。しかし、トランプ政権下では、いずれも尊重されていると言うにはほど遠い。

これらの点でも大企業の意向が政治に反映されやすい時期とされにくい時期があるのだろう。それでも、現時点でこのような主張が政府に受け入れられていないことは、大企業が政治を動かしていない証拠と言える。

アメリカ政府がインフラ整備への関心を再び強めていることは、企業の関心事が重視されている一例ではある。しかし、トランプ政権の下でそうした計画がどの程度実行に移されるかは定かでない。それは、企業のロビー活動の力よりも、トランプ大統領自身の関心の度合いに左右されそうだ。また、仮に大規模なインフラ整備計画の実施が決まったとしても、いま議論されている計画が結実するのは何十年も先になる。

企業寄りと言われることが多いトランプだが、実際にはときどき思い出したように企業寄りの姿勢を打ち出しているにすぎない。彼の主張や姿勢、手法は、概して反企業的性格が強い。企業のリーダーたちは政治の予測可能性を望むが、トランプはその正反対の政治をおこなっている。

トランプは2016年の大統領選で勝利した直後から、生産拠点の国外移転などを理由に、キヤリア(エアコン)、フォード(自動車)、ボーイング(航空・宇宙)といった企業をツイッターで攻撃した。エアフォース・ワン(大統領専用機)の価格が高すぎるとボーイングに噛みついたり、アマゾンと同社創業者のジェフ・ベゾスをツイッターで再三批判したりもしてきた。

それだけではない。さまざまな国に対して立て続けに貿易戦争を仕掛け、自国が結んでいる貿易協定を激しく批判している。医療保険制度改革の細部を無視したり、重要な同盟国との関係を揺るがすような発言を繰り返したりもしている。そして、メディアを―――メディア企業も大企業だ―――「人々の敵」と決めつけている。

企業は、概して移民の受け入れに積極的な立場を取っている。商品やサービスを購入する消費者が増えるし、労働力の供給も増えるからだ。しかし、トランプは、(合法の移住者も含めて)移民に厳しい姿勢で臨むことを政権初期の最大の特徴としてきた。

トランプが政治とビジネスの間に適切な境界線を引こうとする気配も一向にない。極度の縁故資本主義を実践し、大統領の地位を利用してみずからのビジネス(ホテルとリゾート施設)を宣伝し、売り上げを増やそうとしてきた。それでトランプの懐は潤うかもしれないが、大半のビジネス関係者は、大統領が公私混同し、もしかすると憲法の「報酬条項」(公職にある者が外国政府から金銭などを受け取ることを禁止した規定)に違反していた可能性があることに、神経を尖らせている。

トランプに関しては続々と新しいニュースが生まれている。あなたが本書を読む頃には、さらにさまざまなことが起きているだろう。私がこの文章を書き終えた翌週に何か起きたとしても不思議でない。そのように次々と新しい出来事が起きる状況は、政治の予測可能性と安定性を望むビジネス界全般の願いに反している(それを願うことはいたって正当なことなのだが)。

トランプがいくつかの重要な側面でみずからと親密な企業を優遇しているのは事実であり、彼が、ビジネスの仕組みを理解していないのではないかという疑いをいだく人も少なくない。大統領になるまでのすべての人生をビジネスの世界に費やしてきたはずなのだが。

政治は金持ちのためにある?

プリンストン大学のマーティン・ギレンズとノースウエスタン大学のベンジャミン・ページの研究をきっかけに、金持ちのエリートたちがアメリカの政策を動かしていて、一般有権者の意向はほとんど反映されていないという主張が目立つようになった。しかし、そうした主張はおおむね裏づけを欠いている。

ギレンズとページは1779件の政策テーマに関するデータベースを参照して、実際に採用された政策が典型的もしくは平均的な有権者の意見よりエリートの意見に近いことを指摘した。一見するともっともらしい指摘に思えるが、多くの研究者がこの研究結果を否定している。そうした批判には説得力が感じられる。

まず、データベースに記載されていた政策の89・6%では、富裕層と中流層の意見が一致している。したがって、仮に富裕層が政策を動かしているとしても、中流層の意見とかけ離れた政策が推進されているわけではない。また、富裕層と中流層の意見が食い違っている政策でも、意見の違いは概して小さい。その差は、平均して10・9ポイントにとどまる。たとえば、ある政策に対する支持が中流層では43%なのに対し、富裕層では53・9%という具合で、深い亀裂が走っているとは言えない。

さらに、富裕層と中流層の意見対立がきわめて大きいテーマで富裕層の望みどおりの結果になるケースは、53%にすぎない。47%のケースでは中流層の意見が通っているのだ。やや富裕層の意見が通りやすいことは事実だが、中流層の意向が踏みにじられているというのは言いすぎだ。富裕層の主張どおりになる場合も、「保守的」な政策が採用されるケースは、「リベラル」な政策が採用されるケースより若干多い程度にすぎない。

以上の点をまとめると、少なくとも議会での立法に関して言えば、中流層はほぼ望みどおりの結果を手にしていることになる(言うまでもなく、中流層が望む政策とあなたが正しいと考える政策が一致するとは限らない)。

データからはっきり見て取れるのは、貧困層の意向がほとんど通っていない現実だ。貧困層の利害が中流層や富裕層の利害に反している場合は、とりわけその傾向が強い。貧困層しか支持していない法案が成立する確率は18・6%にすぎない。

この点は、アメリカの民主主義にとって大問題と言えるだろう。しかし、政治が富裕層の意のままにされているわけではない。問題は、中流層と富裕層が貧困層のニーズを十分に気にかけていないことなのだ。

政府が何をするか(あるいは何をしないか)は、現状維持バイアスの影響も強く受ける。なんらかの法律の制定が提案されている場合、法改正が実現する確率はせいぜい0・5%程度、つまり200件に1件の割合でしかない。企業の抵抗が原因の場合も確かにある。しかし、0・5%という極端に小さい数字を見れば、現状維持の力が作用した結果という説明のほうがしっくりくる。

現状維持に傾く理由はさまざまだ。たとえば、政治的・イデオロギー的な要素が膠着状態を生む場合もある。理由はともかく、変化が起きにくい状況では、企業が政治の現状を覆すことも難しい。企業が自分たちの望みどおりにルールをやすやすと書き換え続けているわけではないのだ。

現実はもっと変化に乏しい。ワシントンで実質的な変化を起こすことは、誰にとっても簡単でない。原因は、三権分立による抑制と均衡の仕組みだったり、システム全体の複雑性だったり、有権者の無関心だったりするが、少なくとも企業の陰謀が原因ではない。もし本当に企業が思うままに政治を動かしているなら、政治はこのように停滞しないはずだ。

また、企業が政治に影響を及ぼすことがつねに悪い結果を生むとは限らない。大企業がロビー活動により自分たちの意向を通そうとする政策テーマとしては、前述したように、税、貿易、移民、著作権などが挙げられる。

私が思うに、企業のロビー活動は、著作権に関しては有害だが、貿易と移民に関しては有益だ。税に関しては、功と罪の両方があるように思える。ロビイストは、簡素な税制と低い税率を求める傾向がある。貿易については、他国との貿易協定の締結と自由貿易を主張する。そのような主張は好ましい結果をもたらす。とくに、途上国の輸出産業に及ぶ恩恵が大きい。

補助金や公共事業を受注するためのロビー活動は、大企業よりも小規模な企業でよく見られる。公共事業自体は必要なものである場合が多いとしても、この分野でのロビー活動が活発なことは、税金の無駄遣いと利権の追求がまかり通っている証拠と言えるのかもしれない。

BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか
タイラー・コーエン(Tyler CowenPh.D.)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。1962年生まれ。ハーバード大学経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン経済学教育サイト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。著書に全米ベストセラー『大停滞』、『大格差』『大分断』(以上NTT出版)、『フレーミング』(日経BP社)など。

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