BIG BUSINESS
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(本記事は、タイラー・コーエン氏の著書『BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか』=NTT出版、2020年8月4日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

金融業の功罪

2008年の金融危機とそれに続く大不況以降、金融業界は政治家や言論人から批判を浴び続けてきた。新聞の紙面では、「エリザベス・ウォーレン上院議員、大手金融機関への強硬姿勢を崩さず」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)のような見出しを見ることが多い。

本章では、もっと広い視野で金融業界の功罪を考えることを提案したい。お察しのとおり、私はアメリカの金融業界が批判されすぎていて、過小評価されていると感じている。この主張を裏づけるために、まず金融の歴史を振り返ってみよう。

西洋文明の興隆は、金融の興隆と足並みをそろえて進んだ。たとえば5000年前、中東に世界最古の高度な都市国家を築いたシュメール文明は、簿記と会計、融資、金融の仕組みを大きく発展させていた。これに限らず、偉大な文明の出発点は金融の発展だった場合が多い。それがヨーロッパと中東の発展を形づくった。古代ギリシャの都市国家も、融資と蓄財を可能にする高度な金融システムを擁していた。

ルネサンス期にギリシャ・ローマ文化の復興運動が起こり、資産家が芸術家を庇護したのも、高度な金融システムの賜物だった。ルネサンス期は、融資、資本の集積、手形など、金融システムが発展し、ヨーロッパ各地が強く結びついた時代だった。中世の素朴な貸金業が大規模で制度化された金融業に変貌し、それが経済成長の原動力になったのだ。この時期、会計手法も進歩し、帳簿作成技術をはじめ、近代国家の土台を成す要素の多くが整った。

その後、金融と政府の借り入れが活発になったことで、イギリスは融資大国として強大な力を蓄えるようになり、大陸ヨーロッパ諸国による侵略や攻撃から自国を守ることができた。その結果として、イギリスで産業革命が実現した。金融の発展は、文明の発展に、そして西洋社会の興隆に欠かせない要素だったのである。

金融の興隆は、概して経済に好ましい影響を及ぼし、ほとんどの市民にも好ましい結果をもたらした。金融の発展が経済成長をもたらしたのか、それとも逆に経済成長が金融の発展を促したのかは議論の余地があるが、おそらく両方の面があるのだろう。

経済成長を持続させるためには、金融を通じて新しい富が資本として分配されることが不可欠に思える。金融の力によって、社会の富が有効な投資に回る。この機能が果たされなければ、経済成長は軌道に乗らない。

アメリカも例外ではなかった。アメリカの建国、開拓地への入植、国際都市ニューヨークの台頭は、ことごとく金融の賜物だった。こうした発展を好ましいことと考えるなら、金融の役割も評価すべきだ。このような考え方は、歴史上おおむね支持されてきた。

もちろん、異論がなかったわけではない。過激なジェファーソン流民主主義者は、金融に対して漠然とした疑念をいだいていて、アメリカの工業化全般にも消極的だった。19世紀のアメリカでは、反金融業界の主張がよく聞かれた。その批判は、昨今の金融業界批判に通じるものがある。寄生虫のように国民を食い物にする金融業者は、汚職や不正にまみれていて、政界の庇護を受けて法的な特権を獲得し、市民の富を吸い上げていると批判されていた。

しかし、少なからず問題点もあったにせよ、アメリカの金融セクターは、道路や運河、港湾、のちには鉄道と電力網を全米に張り巡らせるうえで大きな役割を果たした。これらの社会・経済基盤は、アメリカを一つの国として一体化させ、世界で有数の豊かで自由な国に成長させた。それに対し、反金融派が描く理想の世界像は、たいてい農業中心で、エネルギーをあまり消費せず、社会の流動性が小さくて人々がそれほど地理的に移動しない世界だ。

アメリカの歴史でもう一つ見落とせないのは、19世紀半ばの南北戦争と金融の関係だ。北部のほうが充実した金融システムを築いていなければ、南北戦争で北軍が勝利し、奴隷解放が実現することはなかっただろう。

ベンチャーキャピタルはイノベーションの牽引役

アメリカのベンチャーキャピタルの仕組みは、世界の羨望の的になっている。あなたが新しいビジネスのアイデアをもっていても、株式上場により資金調達をおこなうのに必要な信用がまだない場合は、ベンチャーキャピタルから投資を受けるという道がある。「ベンチャーキャピタル」という言葉は微妙に異なるさまざまな意味で用いられているが、基本的には、新興企業の事業計画と人材の質について念入りに評価をくだし、潜在的な成長力が大きいとみなせた企業に初期段階で投資すること、と考えればいい。

アメリカ経済は、このプロセスを機能させることに長けている。2015年のデータによれば、アメリカのベンチャーキャピタルの投資額は580〜770億ドルと見積もられている。この年に成立した取引は8100件近く。超大型取引(投資額1億ドル以上)は74件に上る。

ベンチャーキャピタルは、銀行が融資しないようなリスクの大きいアイデアに次々と投資してきた。聡明な起業家が新しいウェブサービスのアイデアを思いついたとしよう。このアイデアは2%の確率で大成功を収めるが、失敗に終わって会社がつぶれる確率が98%ある。銀行は、資金の回収を最優先に考え、この種のビジネスに関心を示さないため、成功した場合の恩恵に浴せない。また、新興企業が質の高い担保を提供できないことも、銀行に二の足を踏ませる要因になっている。

一方、ベンチャーキャピタルは、成功の確率が乏しいことを承知のうえで投資をおこない、成功した場合に恩恵を手にする。ベンチャーキャピタルは、何十社、時には何百社にも投資する。その大半が失敗しても、ごく一握りが成功するだけで十分な利益を得られると考えているのだ。

ベンチャーキャピタルが新興企業に提供するのは、資金だけではない。専門知識や経験を提供する体制も整えている。助言や指導、メンタリングや監督もおこなう。

シリコンバレーのベンチャーキャピタルが最も力を入れるのは、新興企業の人材の質を見極めること、そして、投資先企業が優れた人材を採用し、適切な取締役をそろえ、有用な人的ネットワークをはぐくむのを支援することだ。有能なベンチャーキャピタリストは人を見る目が肥えていて、人と人とを結びつけ、ほかの人たちの活動を後押しすることに長けている。投資を通じて創造的活動に人材を結集させ、大きな成果を生み出させているのだ。この点で、ベンチャーキャピタルは、人々の能力を最大限発揮させる役割を果たしていると言える。

金融ビジネスは、資金をやり取りするだけではない。その証拠に、金融ビジネスは特定の地域に集中する傾向がある。昔ながらの銀行融資や投資はニューヨークやロンドン、ベンチャーキャピタルによる投資はシリコンバレーやイスラエルのテルアビブ、映画製作の資金調達はハリウッドという具合に地理的集積が生まれるのは、金融が個人の信頼関係を土台にしている部分が大きいからだ。

投資家は、取引相手と直接会い、評価をくだし、監視し、助言を送りたい。そのためには、人的ネットワークに属する人たちがある程度地理的に近い場所にいる必要があるのだ。大規模な金融センターは、多様な人材が結びつきやすい場所に花開く。ニューヨーク、ロンドン、シリコンバレーは、金融以外の分野でも人材の集積地としての機能を果たしている。アートやエンターテインメント、料理などの分野で、そしてシリコンバレーの場合はプログラミングやマネジメント、未来予測などの分野でも、そうしたことが起きている。

ベンチャーキャピタルは、世界中できわめて希少な存在だ。ベンチャーキャピタルを支える人的ネットワークはきわめて繊細なもので、ほかの土地で再現することが難しい。強い信頼関係で結ばれていて、互いに支え合えるような人的ネットワークは、どこでも築けるものではないのだ。

一般に、ベンチャーキャピタルと言うと、シリコンバレーとテクノロジー業界のイメージが強い。実際、大手テクノロジー企業はほぼすべて、最初はベンチャーキャピタルの支援を受けて出発した。しかし、ベンチャーキャピタルはテクノロジー業界だけを対象にしているわけではない。いわゆる情報テクノロジー企業への投資を専門としているものは、全体の20%程度にすぎない。ほとんどが3種類以上の業種の企業に投資している。特定の業種を専門にしないゼネラリストを称するベンチャーキャピタルが39%に上る。

製薬業界も、ベンチャーキャピタルが大きな役割を果たしてきた分野だ。この傾向は、今後も続くだろう。ベンチャーキャピタルの約13%は、広い意味でのヘルスケア分野を専門にしている。この分野には、情報テクノロジーも関係してくる場合が多い。

テクノロジー全般に言えることだが、製薬やバイオテクノロジー関連のイノベーションを目指す取り組みは、失敗に終わる確率が非常に高い。そのため、銀行のような従来型の金融機関はどうしても融資に腰が引ける。しかし、成功した場合に得られる利益は計り知れない。社会全体に及ぶ恩恵もきわめて大きい。

銀行から融資を受けにくい企業は、株式への出資を募る場合もある。ところが、バイオテクノロジー関連のプロジェクトは、規模が小さく、未成熟で、内容を説明しにくいため、株式上場が難しい。その結果、この分野のイノベーションは、ベンチャーキャピタルによって支えられている場合が多い。もし癌治療に成功する人が増えたり、多くの人が120歳まで生きるようになったりすれば、私たちが感謝すべき対象はベンチャーキャピタルなのかもしれない。

ベンチャーキャピタルは、太陽光発電、電気自動車部品、新しいバッテリー技術などへの関心も強めている。これらの分野でも、新しいアイデアはたいてい資金面のリスクが大きい。もしアメリカ経済がいつか再生可能エネルギーに転換することがあれば、それはベンチャーキャピタルの功績という面が大きい。

米国ベンチャーキャピタル協会によれば、ベンチャーキャピタルに支援された企業は、アメリカのGDPの21%、民間部門の雇用の11%を占めている。こうした業界団体が発表するデータにどのくらい客観性があるかはともかく、ベンチャーキャピタルが投資額を大きく上回る好影響を社会に及ぼしているという点では、ほとんどの専門家の見方が一致している。

初期にベンチャーキャピタルから支援を受けた企業のなかには、マイクロソフト、アップル、グーグル、シスコシステムズ、イーベイ、アマゾン、アムジェン、アドビシステムズ、スターバックス、シマンテック、ウーバーなどが含まれる。ある推計によれば、アメリカで毎年創業される約50万社の新興企業のうち、ベンチャーキャピタルの投資を受けている企業は約1000社にすぎない。しかし、株式上場する企業の60%以上がベンチャーキャピタルの支援を受けている。ベンチャーキャピタルの支援を受けた新興企業は、アメリカの上場企業の株式時価総額の約20%、研究開発支出の約44%を占めているとの推計もある。

成功の確率は低いかもしれないが、ベンチャーキャピタルは未来の勝者を見いだして資金を提供することに成功してきたと言える。しかも、ベンチャーキャピタルはたとえ破綻しても、政府による救済や資金援助を求めることはほとんどない。

ベンチャーキャピタルや関連の投資により経済のあり方が大きく変わった土地は、シリコンバレーだけではない。ボストン、ブルックリン(もしニューヨーク市の一部でなかったら、この地区はアメリカで第4位の大都市だ)、テキサス州オースティンにも同じことが言える。

どうしてオースティンに質の高いレストランが多く、散策するのが楽しいオシャレなショッピング街があり、高学歴層の割合が急上昇しているのかと思っている人も多いかもしれない。この変化を生み出した大きな要因がベンチャーキャピタルなのだ。

ブルックリンでも、ベンチャーキャピタルの後押しにより再開発が進み、犯罪が減った。ボストンには、ベンチャーキャピタルの支援を受けた企業、とくにバイオテクノロジー企業の存在感が大きい地区が多い。また、ボストンにベンチャーキャピタルが多いおかげで、地元のマサチューセッツ工科大学(MIT)、そして(MITほどではないにせよ)ハーバード大学が人材の集積地として君臨できている。

ほかの主要経済国では、最近までベンチャーキャピタルの活動があまり活発ではなかった。ここにきてようやく、ベルリン、ソウル、シンガポールなどでベンチャーキャピタルが誕生しはじめたところだ。

それに対し、アメリカでは1980年代から、ベンチャーキャピタルが活発に活動してきた。1946年から存在していたベンチャーキャピタルもある。半導体関連の企業は、1950年代後半には早くも、今日で言うところのベンチャーキャピタルの恩恵を受けていた(フェアチャイルド・セミコンダクター社の創業時のエピソードはあまりに有名だ)。このように早くからベンチャーキャピタル市場が生まれていたことは、ほかの国ではなくアメリカにシリコンバレーが出現した大きな理由の一つだ。

テクノロジー企業向けのベンチャーキャピタル市場が世界で2番目に大きい国はイスラエルだ。人口わずか870万人程度のイスラエルが世界2位という事実は、それ以外の国でベンチャーキャピタル市場の整備がいかに遅れているかを浮き彫りにしている。人々の信頼関係を築き、ビジネス上の人的ネットワークをはぐくむことは、それくらい難しいのだ。また、イスラエルのベンチャーキャピタル市場がアメリカから多くのアイデアやヒント、そして人材を得ていることも見逃せない。

ベンチャーキャピタルは、「よい金融」と呼ばれることがある。裏を返せば、金融全般は「悪い金融」もしくは「無駄の多い金融」だというわけだ。しかし、ベンチャーキャピタルは、経済のほかの要素と無関係に活動しているわけではない。

ベンチャーキャピタルは、銀行による保証と信用状、効率的なアセットマネジメント、新規株式公開(IPO)の仕組み、流動証券の市場などのシステムに組み込まれている。アメリカの金融システム全般が機能しているからこそ、ベンチャーキャピタルが大きな成功を収められるのだ。

金融全般、なかでもベンチャーキャピタルの一つの存在理由は、一般に何が経済的に成功するかを事前に予測できるとは限らないという点にある。ベンチャーキャピタルが登場した頃は、あまりに突飛なビジネスで、投資資金を失うだけだと思われていた。ベンチャーキャピタルがシリコンバレーのテクノロジー業界とバイオテクノロジー産業でイノベーションを牽引すると予測したのは、一握りのベンチャーキャピタリストだけだった。

そうした先見の明のあるベンチャーキャピタリストたちは、莫大な儲けを再び新興企業への投資に回した。この人たちは、獲得した富をすべて安全な国債で運用したり、銀行に預けたりするようなタイプではない。ベンチャーキャピタルの世界では、成功者が莫大な富を手にし、次にどの企業が投資を受けるかを決めるのだ。

IPOの文化もベンチャーキャピタルとの結びつきが強い。もちろん、IPOをおこなう企業のすべてがベンチャーキャピタルの支援を受けているわけではないし、すべての新興企業がIPOを目指すわけでもない。最近は株式を上場させないことのメリットが高まっているように見える。実際、IPOの件数は減り続けている。それでも、創業者が現金を手にしたいときは、IPOが一つの選択肢になる。IPOを実施せずにいる企業でも、創業者が「もし現金が必要になればIPOを実施すればいい」と思えることの意味は大きい。

アメリカの資本市場では、IPOとベンチャーキャピタルにより、起業家・投資家のピーター・ティールが言うところの「ゼロからイチを生み出す」ことが後押しされていると言っていいだろう。

一方、成功できなかった企業は退場に追い込まれる。近年は、古いテクノロジーに資金が集まりにくくなり、老人ホーム、バイオテクノロジー、外食、高級観光旅行などの成長分野に資金が流れている。ベンチャーキャピタルは、アメリカの資本主義システムのなかで銀行融資や債券市場とともに、資金が流れる企業を選別する役割を果たしているのだ。

些細なことに思えるかもしれないが、多くの国の金融システムはこの機能をうまく果たせていない。日本や多くの西ヨーロッパ諸国は、何年もの間、あるいは何十年もの間、「ゾンビ銀行」や「ゾンビ企業」を生き延びさせてきた。そのせいで、新しいビジネスに資金が十分に流れていない。

これらの国がこのような政策を採用してきたのは、経済の混乱を抑えるためだ。しかし、それと引き換えに、長い目で見た経済の活力が失われている。債務を返済できない可能性がある老舗企業や老舗銀行が世に長くとどまると、昔の方針が変更されず、古い意思決定者が居座り続ける可能性が高まる。その結果、市場での創造的破壊と企業の新陳代謝が減速してしまう。テクノロジー企業もこの運命からは逃れられない。

産業の新旧交代という点では、アメリカはほかの国に比べて変化にうまく対応してきたと言える。それは、ダイナミズムのある企業資金調達システムの産物でもあるのだ。

BIG BUSINESS(ビッグビジネス) 巨大企業はなぜ嫌われるのか
タイラー・コーエン(Tyler CowenPh.D.)
米国ジョージ・メイソン大学経済学教授・同大学マルカタスセンター所長。1962年生まれ。ハーバード大学経済学博士号取得。「世界に最も影響を与える経済学者の一人」(英エコノミスト誌)。人気経済学ブログ「Marginal Revolution」、オンライン経済学教育サイト「MRUniversity」を運営するなど、最も発信力のある経済学者として知られる。著書に全米ベストセラー『大停滞』、『大格差』『大分断』(以上NTT出版)、『フレーミング』(日経BP社)など。

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