alt

目次

  1. 地域の人たちに「明星さん」の呼び名で親しまれている、豊年福祉会が運営する特別養護老人ホーム明星
  2. 2000年から介護業務支援システムを導入 デジタル化は現場のアナログの仕事に携わる担当者の意見をくみ取った上で導入している
  3. タブレット端末で介護対象者のバイタルデータや介護記録を入力 厚生労働省が運営するLIFEにも登録している
  4. 転倒リスクの高い入居者の転倒を未然に防ぐため見守り支援システムの運用を開始 導入前に綿密な準備を行った
  5. 広角赤外線センサーと生体センサーを通じて室内の状況をリアルタイムで確認 画像はシルエットへの切り替えでプライバシーも配慮可能に
  6. 16床にセンサーを設置 すべての居室にLAN配線を敷設するとともにWi-Fiの通信ネットワークも強化した。
  7. 運用開始から2ヶ月で居室に赴く回数が44%減少し、職員の負担軽減を数値で検証 リアルタイムで確認でき職員が効率的に行動可能に
  8. 思い込みや勘ではなく、データや事実に基づいた介護サービスを提供する
  9. 豊年福祉会は明星の運営以外にも、地域に幅広い福祉サービスを提供している
  10. 食に徹底してこだわり、入居者、利用者、職員に旬の食材を使った食事を提供し、HACCPにも対応 社会貢献活動にも力を入れる
  11. 基幹業務のデジタル化推進 クラウド化により管理負担を減らし、作業効率を大幅に向上 生成AIにも取り組む
  12. 明星では今後も見守り支援システムの機能を拡張 新しい介護の可能性を追い求める
中小企業応援サイト 編集部
全国の経営者の方々に向けて、経営のお役立ち情報を発信するメディアサイト。ICT導入事例やコラム、お役立ち資料など「明日から実践できる経営に役立つヒント」をお届けします。新着情報は中小企業応援サイトてお知らせいたします。

介護の現場でデジタル技術を活用する動きが広がっている。大阪府の北東部、交野市の社会福祉法人豊年福祉会が運営する特別養護老人ホーム明星は、2024年末、府が進める介護テクノロジー導入支援事業を利用して、画像認識技術を活用した入居者の見守り支援システムを導入。KPI(成果指標)を設定して効果の検証に取り組み、見つかった課題の改善を図ることで、職員の負担軽減や入居者の安全性向上につなげている。見守り支援システムの導入と併せて通信ネットワーク環境も強化し、介護DXの更なる推進を図ろうとしている。(TOP写真:システムを通じて入居者一人ひとりの居室での様子を見守る)

地域の人たちに「明星さん」の呼び名で親しまれている、豊年福祉会が運営する特別養護老人ホーム明星

明星の最上階に設けられている地域の交流ホール「星徳館」
明星の最上階に設けられている地域の交流ホール「星徳館」

大阪府と奈良県の境に位置する自然と歴史資産に恵まれた交野市で、1993年に開設された特別養護老人ホーム明星は、同市星田の住宅街に立地している。隣接地には豊年福祉会が運営する軽費老人ホームが並ぶ。その施設名は、地元にある標高65メートルの小山の南西側が「明星院」と呼ばれていたことにちなんでいる。「地域の皆様には『明星さん』の呼び名で親しんでいただいております。施設を利用される方々や職員が、明るく輝く星のようでありたいとの思いを大事にしながら、社会の要請に応えた福祉サービスを提供してきました。地域の皆様に開かれた施設としてこれからも歩んでいきたいと考えています」。明星の德山里子施設長は、入居する高齢者や介護に取り組む職員に温かい視線を向けながら穏やかな口調で話した。

星徳館から眺めることができる交野市の景色
星徳館から眺めることができる交野市の景色

特別養護老人ホーム明星は、地下1階地上4階建て。1階から3階に60床を設け、地下1階でデイサービス事業も営んでいる。最上階で地域の方が利用できる「地域交流ホール・星德館」を運営し、特別養護老人ホームと軽費老人ホームの入居者の憩いの場や地域交流の場として活用している。東側に設けた大開口のガラス窓やベランダからは、風光明媚な生駒山系の景色を眺めることができる。

2000年から介護業務支援システムを導入 デジタル化は現場のアナログの仕事に携わる担当者の意見をくみ取った上で導入している

介護業務支援システムを活用する様子
介護業務支援システムを活用する様子

明星は、介護保険制度の創設と併せて2000年から介護業務支援システムを導入し、介護保険の請求業務を効率化するなどデジタル技術の活用に前向きに取り組んでいる。ICTやデジタル機器を導入する際は、運営者側が明確な方針を打ち出すと同時に現場の声をしっかりとくみ取ることを大事にしている。

「介護業界に限らず新しい技術の導入時に、従来の仕事の進め方に熟練した人ほど抵抗感や不安感を抱くのは当然と考えなければなりません。現場の担当者のニーズや機能を確かめずにデジタル機器やICTを導入してしまうと、結局、使われることのない無用の長物になりかねません。そのような事態を避けるために現場の意見を聞いた上で、デジタル一辺倒ではなくアナログな仕事の進め方も残すなどバランスを取るようにしています」と德山施設長は話した。

タブレット端末で介護対象者のバイタルデータや介護記録を入力 厚生労働省が運営するLIFEにも登録している

タブレット端末で入居者のバイタルデータを確認する様子
タブレット端末で入居者のバイタルデータを確認する様子

2022年にはタブレット端末から介護対象者の体温や脈拍などのバイタルデータや介護記録を入力、保存できる専用システムを導入。エビデンスに基づいた介護を重視する考えから厚生労働省が運営するLIFE(科学的介護情報システム)にも登録した。2024年3月には非接触式の体温計や血圧計で測定したデータをそのままタブレット端末に転送できるアプリケーションを導入した。

転倒リスクの高い入居者の転倒を未然に防ぐため見守り支援システムの運用を開始 導入前に綿密な準備を行った

2024年12月には大阪府の介護テクノロジー導入支援事業補助金を活用して、介護施設に対応した見守り支援システムの運用を開始した。明星は導入にあたり、費用対効果を最大化するために綿密な事前準備を行った。見守り支援システムを活用している施設の見学やデジタル機器の展示会への参加を通じて情報を収集。同時に、現場の介護スタッフが負担や不安を感じている業務内容について詳しく聞き取り調査を行い、現場の課題を可視化することに努めた。

「聞き取り調査の結果、介護に従事している職員は、転倒するリスクが高い入居者の対応に大きな負担を感じていることが明らかになりました。見守り支援システムを導入して転倒を未然に防ぐ仕組みを整えることで、負担は確実に軽減できると考えました。また、リアルタイムで見守ることで一人ひとりに寄り添った適宜必要な排泄ケアが可能になり、排泄の介助が遅れたことで必要になる着替えやシーツの交換回数を減らすことも期待できました」と德山施設長は振り返った。給与アップなどの待遇改善とともに、職員にとって働きやすい環境を整えることで人材の獲得や定着率の向上も見込んでいる。

広角赤外線センサーと生体センサーを通じて室内の状況をリアルタイムで確認 画像はシルエットへの切り替えでプライバシーも配慮可能に

居室の天井に設置している広角赤外線センサー(左)と生体センサー(右)
居室の天井に設置している広角赤外線センサー(左)と生体センサー(右)

見守り支援システムは、居室の天井に設置する広角赤外線センサーと生体センサーに連動している。スマートフォンやパソコンを通じて画像で室内の状況を確認できる機能のほか、事故につながる危険な動作の検知や職員への緊急通知を行う機能を備えている。リアルタイムの画像は、入居者のプライバシーに配慮してシルエットに切り替えることができる。そのため、システムの導入に対する入居者の家族からの承認もスムーズに進んだという。

緊急通知を受けてスマートフォンから居室の様子を確認する様子
緊急通知を受けてスマートフォンから居室の様子を確認する様子

16床にセンサーを設置 すべての居室にLAN配線を敷設するとともにWi-Fiの通信ネットワークも強化した。

見守り支援システムの導入にあたり、明星はすべての居室にLAN配線を敷設するとともにWi-Fiの通信ネットワークも強化した。センサーを設置した箇所は16床にのぼる。導入による改善効果を検証するため、夜間における1ヶ月間の着替えの回数、シーツ交換の回数、居室に赴いた回数といった各項目でKPIを設定して記録を取った。

運用開始から2ヶ月で居室に赴く回数が44%減少し、職員の負担軽減を数値で検証 リアルタイムで確認でき職員が効率的に行動可能に

その結果、システムの運用を開始してから2ヶ月間で、排泄が原因による着替えは41%、シーツ交換の回数は34%、居室に赴いた回数は44%それぞれ減少したことがわかった。職員からはシステムのおかげで夜間勤務での身体的な負担、精神的な負担が減ったという声が数多く寄せられた。「システムのおかげで、夜間や日中の居室での入居者の皆さんの様子をリアルタイムで把握できるようになったので、先読みをしたケアを提供できるようになりました。居室に赴かなければ状況が把握できないということがなくなったので職員が効率的に行動できるようになった結果、日々の業務の負担軽減につながっています」。社会福祉士、介護支援専門員、介護福祉士の資格を持つ中村和巳副施設長は、明るい表情で見守り支援システムの効果を語った。

思い込みや勘ではなく、データや事実に基づいた介護サービスを提供する

明星が受け取った大阪府介護生産性向上モデル事業所の認定証
明星が受け取った大阪府介護生産性向上モデル事業所の認定証

センサーが検知した画像や心拍数などの情報は、介護業務支援システムに取り込んで業務の改善に役立てることができる。「万が一、転倒などの事故が起こったとしても、発生時の状況を画像で確認し、原因を特定することで再発の防止につなげることができます。思い込みや経験値からくる想像ではなく、データや事実に基づいて一人ひとりに寄り添った介護サービスを提供する上で、システムは大きな効果を発揮してくれています」と德山施設長は話した。明星は、一連の取り組みを基に2025年3月に大阪府介護生産性向上支援センターが主催する「伴走支援プログラム」に参加し、大阪府介護生産性向上モデル事業所として認定を受けた。

豊年福祉会は明星の運営以外にも、地域に幅広い福祉サービスを提供している

明星の施設内に掲示されている社会福祉法人豊年福祉会の運営理念
明星の施設内に掲示されている社会福祉法人豊年福祉会の運営理念

1980年に設立された豊年福祉会は、明星以外にも、特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、ヘルパーステーション、ケアプランセンターなどで構成する天の川明星に加え、障がい者への福祉サービスを提供するハートフルステーションいわふね、デイサービスセンターきさべといった施設を交野市内で運営している。理念として「すべての人と共に健康で生きがいのある安心した暮らしを」を掲げている。

食に徹底してこだわり、入居者、利用者、職員に旬の食材を使った食事を提供し、HACCPにも対応 社会貢献活動にも力を入れる

豊年福祉会は、法人内に栄養給食部門を設け、約10人の管理栄養士や栄養士が在籍。特別養護老人ホームの入居者やデイサービスの利用者、職員に旬の食材を使った食事を提供している。1日に調理する食事は500人分を数える。1993年に品質マネジメントシステムに関する国際規格、ISO9001を取得し、衛生管理の国際的な手法、HACCPに基づいて調理工程を管理している。「健康、喜び、楽しみを提供したいとの思いを込めて、法人全体で食には徹底してこだわっています。お米は三重県の専属農家から仕入れたコシヒカリを使っています。野菜については、産地など可能な限りの吟味を行った上で品質を最重要視して仕入れています」と德山施設長。

豊年福祉会は地域福祉にも力を入れている。大阪府社会福祉協議会と連携して生活総合相談活動を行っているほか、十分使えるにもかかわらず不要になった電化製品、家具、衣類を引き取って生活困窮者に無償で提供する取り組みも行っている。社会福祉の仕事の大切さを次世代に伝えるために、子どもを交えて介護技術の講習会を開催したり、地元中学校の職場見学も受け入れている。

基幹業務のデジタル化推進 クラウド化により管理負担を減らし、作業効率を大幅に向上 生成AIにも取り組む

豊年福祉会本部も基幹業務でデジタル技術の活用を進めている。2019年に勤怠管理システムを導入し、法人全体で約300人の職員の出勤時間と退勤時間の記録を紙ベースからデジタル化した。毎月の給与明細もデジタルで発行している。2024年にはオンプレミスで使っていた勤怠管理システム、給与計算システム、介護保険請求システムをクラウド化した。

システムをクラウド化したことで、情報を共有しやすくなっただけでなく、複数人で同時にシステムを使うことができるようになったので、業務効率が大幅に向上したという。また、システムの保守管理をクラウドの運用会社に委ねることができるようになったので、システム担当者の負担を軽減することもできた。今後は法人全体で事務作業や文書作成作業を効率化するために生成AIの活用を進めていく方針だ。

明星では今後も見守り支援システムの機能を拡張 新しい介護の可能性を追い求める

特別養護老人ホーム明星の外観
特別養護老人ホーム明星の外観

様々なデジタル技術を職員の待遇改善や入居者の安全性向上につなげている特別養護老人ホーム明星。今後も見守り支援システムとナースコールの連動を図るなど、システムの機能を拡張した上で更に活用していきたいという。「見守り支援システムの導入と活用を通じて、介護職、看護職、管理職が一丸となって新たな取り組みに挑戦することで組織が成長できることを実感しました。これから先のデジタル技術の進化に伴う新しい介護の可能性を想像するとわくわくします」と德山施設長は明るい表情で話した。

人口減少に伴って働き手の確保がますます困難になることが予測される中で、業務を効率化するためにデジタル技術の活用は避けられない。明星は、これからも時代を先取りする姿勢で、エビデンスを基に現場と意見を交わしながら、デジタル技術のより良い使用方法を追求し続ける。

企業概要

法人名社会福祉法人豊年福祉会
本社大阪府交野市星田8-6-7
HPhttps://www.h-myojo.or.jp
電話072-891-2029
設立1980年10月
従業員数310人
事業内容  軽費老人ホーム、特別養護老人ホーム、診療所、ショートステイ、ケアプランセンター、デイサービスセンター、ヘルパーステーション、グループホーム、地域福祉サポートセンターの運営、障がい者の生活介護、給食事業