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老年期とは一般的に65歳以上といわれるが、平均寿命の延伸により老年期は長くなっている。ただし、当然のことながら60代と80代とでは健康状態も脳の認知機能も異なり、老いが徐々に進むにつれて認知症になることも起こりうる。そして、認知症が進んで当人の意思確認が難しくなり、入院や介護福祉サービスの契約、財産管理などを自分で行うことができなくなった…そんな事案が昨今課題になっている。
こうした事態に対して、認知症のほか精神障がい、知的障がいのある当事者に代わって財産管理や福祉サービスの契約などを支援するのが成年後見制度だ。この制度は2000年4月から介護保険法と同時に施行され、利用者は年々増えているという。人口の多い団塊の世代が後期高齢者となった2025年を迎え、今後は単身高齢者が増加していく時期に突入する。その時、成年後見制度の受け皿となる機関はどのような体制を整える必要があるのだろうか。群馬県太田市で成年後見相談に応じる一般社団法人の事例を紹介する。(TOP写真:成年後見制度や認知症支援関連の資料)
認知症専門医からの提案を受けて相談室を開設。お金のやりくりや介護、相続について、元気なうちに将来に備えてもらいたい

群馬県太田市に拠点を置く一般社団法人アンクルは2015年に設立。地域における高齢者の介護福祉サービス、財産管理、相続などの相談に無料で応じる「街の相談室アンクル」を運営する。また、2021年からは成年後見制度の相談・支援事業も手がけている。
「診察で軽度の認知症を診断された方は、まだお仕事をしていて体もお元気なので、すぐには介護保険の公的サービスにつながらないケースがほとんどです。けれど、1〜2年の間に症状が進行してしまい、ご自分で財産管理や入院・介護契約などができなくなってしまうことが結構多いのです」。そう話すのは、社会福祉士で同法人の代表理事を務める河村俊一氏。こうした人たちが相談をするチャンスを失っている状況を危惧した認知症専門医の発案を機に、医師・弁護士・社会福祉士の3職種の代表理事によって同法人が設立されたという。専門学校で高齢者福祉を学び、卒業後は社会福祉法人で16年間高齢者の介護に従事していた河村代表は、地域包括支援センターで地域の人たちの様々な相談に乗ってきたことから、前述の医師同様、早期からの相談の必要性を痛感したという。
アンクルを一般社団法人という形にしたのは、相談窓口が病院や介護保険事業所に付属すると利益誘導と相談者に受け取られることを案じたからだ。そこで、中立の立場をとれる一般社団法人として相談を手がけ、相談内容に応じて地域包括支援センターやケアマネジャーといった専門職や行政、司法書士など関係機関につなぐコーディネーター的な役割を担っている。これらの相談は無料で応じているが、法人の運営基盤は寄付や成年後見事業の後見人報酬、市からの委託事業(認知症支援、地域支援アドバイザー、高齢者虐待相談)によって維持されている。
支援が必要なのは高齢者のみではない。単身者の増加や8050問題なども成年後見制度の利用増の背景にある

2025年で設立から10年が経過し、累積相談数は5,000件あまり。年間で300〜500件もの相談を引き受けており、相談は地域のケアマネジャーを介して持ち込まれることが多い。とりわけ、成年後見制度の相談・支援事業については、年間で平均10件程度の依頼を請け負っており、同制度を利用する人は急速に増えているという。
特に多いのが単身になった高齢者やその家族からの相談だ。コロナ禍で親と会う機会が減り、その間に認知症が進んだ親の異変に気がついた子どもたちからの相談が多かったという。さらに、家に引きこもる50代の子を80代の親が年金で支えている「8050問題」の当事者である親が、お金の管理ができない子どもの先行きを案じての相談、親と遠距離で暮らす子どもからの相談、また、子どもがなく配偶者に先立たれた単身者からの相談、単身高齢者の姪や甥からの相談もあり、高齢者といってもその家族構成や置かれた状況はさまざまだ。また、知的・精神障がいを持ち親が亡くなった後を見越して成年後見制度を利用するケースもあり、制度の利用は高齢者だけにとどまらない。
裁判所に提出する書類は5年分の保管が必須。増え続ける紙書類を安全かつ効率的に保管するため、引っ越しを機に書類の電子化に移行
成年後見制度においては、まず相談者の居住する市町の裁判所に申し立てを行う。申し立てには医師による診断書や本人にかかわる情報を記した本人情報シートを作成し、調査、審判を経て成年後見人の審判がなされる。さらにその後も毎年定期的に提出する書類として(1)後見事務報告書、(2)財産目録、(3)通帳の写しなど収支のわかるもの(4)有価証券等の資料のコピーが必要だ。記入フォーマットは裁判所のホームページからダウンロードを行い、必要事項を入力、毎年4月末には1年分の財産目録を紙の書類にて提出する。こうした個人情報の安全な管理のため、同法人では2022年にネットワークのセキュリティ対策を講じている。
利用者の個人情報を管理する上で、当初いくつかの課題があった。書類の量は人によって異なり、財産目録などが膨大な量に及ぶ人もいる。さらに当人が死去後も5年間の保管が求められるため、成年後見の依頼者が増えるにつれ、同法人では保管する書類の量が大幅に増えていった。「書類が増えればスペースも必要になりますが、スペースを増やし続けるのは物理的にも経費的にも限界があります。そこで、2024年4月に実施した事務所の引っ越しを契機に、紙での保管が必要な一部を除き、全書類を電子データとして保管することにしました」(河村代表)
電子化によってネットワーク経由でデータの共有ができるようになり、スペース的な課題解決のほかにもメリットがあった。同法人ではかつてデータを保管していたパソコンの破損により、データが滅失したことがあったが、その恐れがなくなった。また外出の多い河村代表は裁判所への利用者情報の報告作業を出先からできるようになり、事務所に移動する時間的コストが大幅に削減できたという。また、2018〜2019年にかけてはスタッフが増え、スタッフ間でのデータ共有の必要性も感じていたこともあり、その課題も一挙に解決した。
AIを活用した認知症の高齢者支援など、ICTによって新たな支援のリソースが生まれる可能性に期待したい

高齢者を中心とする相談窓口として幅広い支援に携わってきた河村代表は、さまざまな専門家や機関と相談者をつなぐコーディネーターとしての経験と視点から、高齢者の支援につながるICTの活用にも意欲的だ。「アプリを使って認知症の方の行動把握ができないかと考えたことがあります。それに、AIを活用して、その人の生活へのこだわりが記録できたら支援にいかせますよね」(河村代表)
たしかに、現在AIが可能とする画像認識や音声認識、推測や予測などの機能を使って認知症高齢者一人ひとりの行動履歴や会話、音声などの情報を集めて分析すれば、例えば出かけたまま戻ってこない認知症当事者の行動予測やこだわり、嗜好なども見える化できる。それは、当人だけでなく家族や介護従事者の助けにもなるだろう。現状でのICTの介護分野の活用は、業務効率化や見守りなどの機能が中心だが、AIと介護の新たな可能性を感じさせる河村代表の話に期待が膨らんだ。
一人ひとり同じ「老後」はない。どんな老後を過ごしたいかをイメージし、早めに備えておくことでのびのびと過ごせる

介護従事者の人手不足や少子高齢化が進む今、介護保険制度を将来的に維持できるのだろうかと不安に思う人も多いだろう。今後は何が予想されるのだろうか。「約10年後には今の団塊の世代の子どもたちが高齢者になります。彼らは氷河期世代、いわゆるロストジェネレーション世代にあたりますが、総じて年収が低く、貧困に陥りやすいので厳しい老後になると予想されます。つまり、今のロールモデル(手本)が通用しない時代に突入するということなのです」と厳しい現実を指摘する河村代表。だからこそ、自分で物事が決められる元気なうちに、老後の準備をしてほしいと河村代表は願っている。
「現在、平均寿命は男性81.09歳、女性が87.14歳です。それを目安に残りの時間から逆算して資産形成をするといいでしょう。大切なのは、どのぐらいの生活を目標にするかをイメージすることです。人によって必要な老後資金は異なりますから」
多くの高齢者と向き合ってきた河村代表は「さまざまな年の取り方の人がいて、一律に同じ老後はない」と断言する。「人生は今の延長線上に続くものであって、実際にはいつからが『老後』だとは言えないと思うんです。年を取っても若い頃と変わらない気持ちの方もいらっしゃいますし。それに、年を取ると『恥ずかしい』という気持ちから解放されて、楽しんでいる方も多いです。そんなふうにのびのびと老後を過ごすためにも、先のことを元気なうちに考えておけば気持ちが楽になると思いますよ」と結んだ。
今後はICTを使いこなす高齢者世代も増え、福祉サービスのありかたも加速度的に変わるだろう。老いと向き合いつつ、ポジティブに人生を楽しむための、新たなICTソリューションの登場にも期待したい。
企業概要
法人名 | 一般社団法人アンクル |
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住所 | 群馬県太田市小舞木町551番地1 |
HP | https://ids-ancre.org |
電話 | 0276-52-9788 |
設立 | 2015年1月 |
従業員数 | 2人 |
事業内容 | 地域における認知症支援・相談、認知症支援における相談と専門職支援、成年後見制度相談支援・法人後見事業、関係機関・団体の紹介、サービス利用相談 |