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群馬県館林市と邑楽郡板倉町、明和町、千代田町の1市3町で構成される「館林衛生施設組合」の可燃ごみ焼却施設「たてばやしクリーンセンター」(館林市苗木町)にほど近い場所に本社を構える有限会社井野口自動車整備工場。その場所柄、ゴミの回収を行う塵芥(じんかい)車をはじめとする特殊車両の整備に強みを持つ企業だ。その利点を生かすべく、特殊車両の整備にとどまらず、車種の正しい使い方や保守管理方法といったアフターケア、さらには塵芥車のレンタカーサービスや新車・中古車販売までを手掛けている。(TOP写真:塵芥車の整備を手がける井野口自動車整備工場)
先代社長が東京での修業後に地縁でつながった人の応援を得て1970年に創業

「父が1970年に創業しました。特に車に興味や関心があったわけではなかったようで、近所の電気屋さんで真空管ラジオやテレビの組み立てを見たり手伝ったりしていたそうです。昔からこの辺りは地域のつながりが強く、親戚に近いような付き合いをしていた地域でしたので。父が中学2年の時に父の父、つまり私の祖父が事故で他界したそうです。中学を卒業してから電気関係の職業訓練校に入学しましたが、父の叔父が東京都文京区で自動車整備工場をやっており、最初の東京五輪の少し前の時期で『これからは日本も車の時代が来るから、自動車整備の仕事や技術・知識を身につけなさい』と、ほぼ連れ去られるように1962年に就職したそうです」。2代目となる井野口誠代表取締役が説明する。
父で初代社長の井野口光・現会長は、働きながら国家資格である2級自動車整備士の免許を取得し、地元である館林市に戻って開業にこぎつけた。1970年9月のことだった。「当時は資格を取っても、奉公返しといって資格取得後1年は勤め続けて恩を返してから、というようなものがあったらしいので、取得から1年が過ぎた8月31日に辞めて9月1日にもう起業したそうです。血縁は全くないのですが、近くに住んでおられた方が、祖父とすごく親しくて『俺たちに何かあれば、その家族の面倒はお互いに見よう』と約束していたようで、その方が今の会社の土地を用意してくれて、戻ってきたらすぐ開業できるように準備までしてくださったそうです」。このことが今に続く自動車整備工場のスタートだった。
近隣ゴミ焼却場で塵芥・パッカー車増でビジネスチャンスが生まれ メーカー問い合わせで特殊車両整備ノウハウを蓄積

現在では、塵芥車や、荷台(コンテナ)の積み下ろしが可能なアームなどの装置を備える「脱着ボデー車」などの特殊車両の整備が取り扱いの9割を占めるというが、2000年頃は貨物車やトラックのうち、まだ6~7割を軽・乗用のものが占めていたという。
「創業当初は、現在のクリーンセンターも小規模で、私が生まれた1977年頃からしばらくは、塵芥車やパッカー車などは今ほど多くなかった。その後、塵芥車などの保守点検に、うちの整備工場が近くて便利だと、整備の依頼が増えていった。やはり近さは強みです。とはいえ、最初から整備のノウハウを持っていたわけではありません。それでも父は職人気質で、依頼された仕事は自分で責任を持って直していました」(井野口社長)
井野口会長はもともと電気関係の故障については得意だったが、油圧関係などの故障や特殊車両の整備についてわからないことがあるとメーカーに直接電話をかけ、修理方法を聞いてから実際の修理に自ら着手した。
市内に本社を持つ複数の産廃業者が、保有する塵芥車などの整備を続々と井野口自動車整備工場に預けるようになっていった。2003年には特殊車両のメーカーである新明和工業株式会社の正式なサービス工場に指定され、現在では近隣の産廃業者のほぼすべての特殊車両の整備を任されている。
「自動車整備業は地域密着型なので、付き合いがある方の乗用車の整備などは今でも受けていますが、それ以外の、いわゆる一見さんの乗用車などの整備はもう受けていません。乗用車などの車検は、いわゆる民間車検場やユーザー車検ができるような制度に変わったこともあり、価格競争が起きました。顧客を獲得するためには価格で競うしかなく、異常なまでのデフレ状況になりがち。そうすると(車検の)数をこなさないと利益を上げられず、社員も経営も疲弊してくることにつながります」(井野口社長)
井野口自動車整備工場でも短時間車検や1日車検を実施し、数をこなそうとした時代があったが、その流れを断ち切るために、個人客から法人客相手の営業にシフトしたという。
大型車ディーラー不足の立地を活かし ネットワークを生かした独自事業とネットで利益&新規顧客確保へ

館林市は群馬県の南東部に位置するが、館林市周辺には大型車のディーラーが多くないという。「多くのディーラーは、群馬県では東部は太田市止まりです。三菱ふそう、日野自動車、いすゞ自動車などは太田市にはありますが、館林市、板倉町、明和町にはなくて。そうなるとこれらのメーカーの大型車が故障してもディーラーに持っていくのには時間がかかってしまうことで、より近いところにある整備工場が顧客を取りやすくなります。館林市にはそういう整備工場がうちを含めて数軒しかないので、価格競争で疲弊してしまうようなスパイラルからは抜け出せました。車が大きいと部品代や工賃なども高くなるという面もありました」(井野口社長)
価格で競争せざるを得ないような苦境からの脱却は、2010年頃には実感できたという。とはいえ、太田市などにあるディーラーとの価格競争は多少なりともあり、そこに拘泥(こうでい)しないためにも新たな経営の軸が必要だと井野口社長は認識した。2018年頃のことだ。
きっかけとなったのは、トラック販売・整備のフランチャイズチェーン「トラック市」が全国的に展開するネットワークだ。「このネットワークで全国の同業他社の方と意見交流ができるようになったんです。それによって他の整備工場との違いが見えてきた。近隣の整備工場同士だと、ライバルになるため、腹を割った話はできない。でも県外とか違うエリアの業者なら顧客の奪い合いにはならないので、『うちではこんな工夫をしてるよ』という話を聞いたり、『うちの強みは他社と比べるとここなんだ』と気付けたりしたんです。埼玉県川口市にあるトラック市の本部のスタッフにもいろいろ相談すると親身になってくれました。塵芥車を修理することはうちでは当たり前のことだったのですが、それが強みであることに気付いていなかったんです。それまでに修理のノウハウを積み上げていたことや、清掃センターにこれだけ近いということにもね」(井野口社長)
そのことに気付けたからこそ、中古車を仕入れてチューンアップを施して販売したり、さらには新車を購入してレンタカーとして貸し出し、ある程度の使用後に再度整備をかけて中古車として売ったりするといった手法も取り始めることができた。
「今はディーラーが半年落ち程度の新古車をあまり扱わないようになっています。そこでうちで新車を導入して、6ヶ月ほどレンタカーとして使ってから、程度のいい新古車として近隣の産廃業者などに納入しています。今は特にインフレが進んでいる上、半導体不足の影響もあって、新車を買おうとすると注文から納入まで20~30ヶ月もかかると言われています。うちでは新車で買った時よりも、レンタカーでの使用後に新古車として売るほうが高い値段で売れる事態も起きています」(井野口社長)
造園業者に熱視線 セミナーを通じ、新規顧客の獲得を計画

新型コロナウイルス禍については「運送業などの車の整備も手掛けており、そちらは多少なりとも影響がありましたが、人がいる限りゴミは発生するので、塵芥車の整備などにおけるコロナ禍の影響は少なかったです。それでもコロナ融資を返せずに倒産した運送業者がいたこともあり、新たな顧客の獲得はこれからの課題で、注力すべき問題と考えています」(井野口社長)
安定的に塵芥車などの整備作業を受注できる産廃業者に加え、今、井野口社長が熱い視線を送っているのが造園業者だ。街路樹の剪定(せんてい)や土手の草刈りなどで発生する枝や草の回収に、ゴミの回収車が使われているためだ。「都会に行けば行くほど、公共工事での街路樹剪定などは、回収車を持っている造園業者に仕事が任される流れになっているようで、回収車を探している造園業者さんが増えています。ところが、毎日のように回収車を使うわけでもないので、新車の購入には二の足を踏む造園業者さんは多い。そこで中古の回収車が求められているんです」(井野口社長)
中古車を販売するだけではない。各地の造園業者の団体に出張し、使い方のアドバイスに加え、保守管理方法などを伝えるセミナー活動を計画しているという。これを新規顧客の獲得につなげたい考えだ。セミナーを行うために必要なのが、講演内容を簡潔に図式化したスライドやセミナー開催を伝えるためのチラシ。「リアルなセミナーも大事ですが、今は動画の時代なので、動画を使ったオンラインスクールも開講したいんです。回収車の種類や構造、保守管理の仕方などをまとめて、動画編集ソフトで動画を作るとか、それに購入時の電子契約書なども作ることを視野に入れています」(井野口社長)
今後の塵芥車や回収車の販売増・レンタル増を見据え、新たに導入したパソコンを使い、電子契約書の作成を急いでいる。それによって、これまで都度作成していた契約書などの事務作業に費やしていた時間や手間が浮くことは、オンラインスクール用の動画制作に割ける時間や労力を捻出できることにもつながる。
後は人材だ。特殊車両の整備にはノウハウが必要で、一朝一夕には育てられるものではない。「日本中どこでもそうでしょうけど求人をかけても人がなかなか来ないんです。今、フィリピンからの技能実習生を受け入れていますが、デジタル化などによって事務作業の効率を上げた上で、人手不足にも対処していきたいと考えています」(井野口社長)
事業の伸長に利するICT、デジタルにまつわる機器の導入を視野に入れながら、事業をさらなる発展に導いていく。
企業概要
会社名 | 有限会社井野口自動車整備工場 |
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住所 | 群馬県館林市近藤町779 |
HP | https://inoguchi-cmf.co.jp/ |
電話 | 0276-73-1270 |
創業 | 1970年9月 |
従業員数 | 13人 |
事業内容 | 塵芥車などの特殊車両整備業 |