大火からの再起 飛騨古川~「そうば」が紡ぐ町並みと文化~【岐阜エリア】
大火からの再起 飛騨古川~「そうば」が紡ぐ町並みと文化~【岐阜エリア】

新学期開始のドタバタでくたくた、どこか旅行へ行きたい夏歩(かほ)です。
旅行といえば非日常を楽しむ観光地巡りも素敵ですが、旅先の風景に懐かしさを覚え心を癒す瞬間も魅力的ですよね。

そのような方にオススメなのが飛騨高山からJRで15分のところにある飛騨古川!

木のぬくもりを感じる味わい深い町並みは城下町を彷彿とさせますが、実は明治時代に再建されたものです。

再建の理由は明治37年、岐阜県飛騨で発生した古川大火にあります。町のほとんどを焼き尽くしたといわれる火災の被害は、想像を絶するものでした。

しかし飛騨古川の人々は負けず、復興に向けて突き進みました。

そこで今回は町の復興の様子や大火の被害を受けてもなお現存している建造物等を紹介し、飛騨古川のたくましさをお届けします!

真夏の大火

明治37年の夏、炎天が続き街のあらゆるものが乾燥しきっていました。

そして8月25日正午頃、出火。

この日は風が強く、火災は2時間余りで一帯に広まり、木造建築がほとんどだった町の約9割が灰と化してしまったそうです。

このような甚大な被害を負った飛騨古川の人々の心を支え、町を復興へと導いたのは「そうば」という共通認識でした。

「そうば」が繋いだ町復興

当時から現在に通ずる「そうば」

歴史と自然の調和が見られる美しい景観の創出に一役買ったのが、古川に根付く「そうば」という考え方。

「そうば」とは、金融界におけるレートを意味する「相場」ではなく町の総意を表しています。

古川町ではコミュニティの中で生活するための約束事が、「そうば」という共通の認識で浸透しており、調和を乱す行為として「そうばくずし(そうばを崩すこと)」を避ける傾向があるそうです。

この「そうば」が建築行為にも作用し、“隣近所と大きく異なるものは建てない”や“伝統的な景観を乱すものは建てない”などの景観法以上に細かく定められた不文律を生み出したのだとか。

ちなみに復興当時の住宅は飛騨地方の町家の特色を備えてはいましたが、現在の古川に見られる雲形に彫られた軒下の装飾などの要素はありませんでした。

そのため、今日の古川町を代表する町並みは「そうば」を重んじた飛騨の匠の伝統と技術の結晶であるといえます。

消防団の発足と記念行事

この古川大火の後、二度とこのようなことが起こらないように町の消防団が発足しました。

消防署には火災予防の願いを込めて作られた「火災予防啓発のぼり旗」が設置されています。のぼり旗には「火の用心」の文字と共に、「古川大火 明治37年8月25日」と刻まれており、古川大火で得た教訓を次世代へと語り継いでいます。

さらに毎年8月には大火記念行事として消防署や消防団、住民全体で訓練を行っているそうです!

皆さんの命や思い出ある地元を守るために、今一度自身の火災予防を見直してみましょう。

古川の歴史をその目で

古川大火では町の大部分が消失してしまったなか、火災を越えて現存している建物や伝統文化もあります!

亀が守る円光寺

かつて古川町の中心地には「真宗寺」「本光寺」「円光寺」という大きなお寺がありました。

しかし古川大火に見舞われて2つの寺は焼け、円光寺だけが火の手から免れたのだとか。

それは「水呼びの亀」のおかげだという言い伝えがあります。

「水呼びの亀」
寺建設の際、本堂の妻(屋根により三角になった壁面)に何を彫刻すればよいか迷っていたところ、旅人が「亀を彫っておけば火災から逃れる」と一言残して去っていった。

円光寺では古川大火から寺を守った「水呼びの亀」の彫刻を今日も見ることができます。

飛騨古川の観光スポットである瀬戸川に隣接しており、白壁土蔵街とともに古川の象徴的な風景を堪能することができます!

円光寺
住所:岐阜県飛騨市古川町殿町11‐11
TEL:0577‐73‐2954
アクセス:JR高山本線飛騨古川駅から徒歩5分
駐車場:なし ※飛騨市役所駐車場または飛騨古川駅裏駐車場をご利用ください。

瀬戸川と白壁土蔵街
住所:岐阜県飛騨市古川町壱之町
TEL:0577‐73‐2111
アクセス:JR高山本線飛騨古川駅から徒歩5分
駐車場:なし ※飛騨市役所駐車場または飛騨古川駅裏駐車場をご利用ください。

不死身の三番叟台(さんばんそうたい)

飛騨古川には年に一度の一大イベントがあります。

それはユネスコ無形文化遺産に登録されている飛騨古川祭!!

毎年4月19日・20日に行われており、令和5年には3万人もの人々が訪れました。

飛騨古川祭は、神社での神事・古式ゆかしい「御神輿行列」を中心に“動”の「起し太鼓」と“静”の「屋台行列」の3つから構成されており、屋台行列では10台の屋台(祭で使用する山車)が町を練り歩くようすを一度に見ることができます。

この屋台のうち、三番叟台は古川大火により大部分が焼失し、大きな被害を受けました。

しかし大火以降も、立派な彫刻が施された台車に台名旗を立てた屋台が棒持三番叟台として三番叟台の代役を成し、賑やかな行列を作り続けています。

毎年それぞれの屋台が歴史を背負って活躍する姿は見どころです。

飛騨古川祭
開催地:飛騨市古川市街地
開催期間:毎年4月19日・20日
TEL:0577-74-1192 (飛騨市観光協会)
アクセス:JR高山本線飛騨古川駅からすぐ
駐車場:飛騨市役所駐車場(大型バス) / 古川小学校・古川中学校(普通車)
URL:古川祭 | イベント | 飛騨市公式観光サイト「飛騨の旅」

終わりに

いかがでしたか。

今回は大火を乗り越える町の人々の強さ、大火をきっかけに生まれた新しい建築様式や今に生きる屋台文化の魅力をお届けしました!

「そうば」が創り出した特徴的な風景と年に一度の古川祭を通して、歴史ある飛騨古川の良さに身を委ねてみませんか。

参考

・現在まで語り継がれる『災害』について
https://www.fdma.go.jp/publication/database/item/database009_01_01.pdf
・飛騨古川における景観ガイドプラン策定に関する研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/28/0/28_241/_pdf
・飛騨の歴史再発見! 古川の災害について
https://hidasaihakken.hida-ch.com/e108705.html
・町はみんなの財産。相場崩しを嫌う「飛騨古川」。
https://www.nahoko-taniguchi-photography.com/hidahurukawa/
・元古川町消防団団長の鈴木正一様より「火災予防啓発のぼり旗」を寄贈いただきました
https://www.city.hida.gifu.jp/site/koho/2025-03-18-2.html
・訪れたいまち 第13回 岐阜県飛騨古川町
https://www.mlit.go.jp/common/000189193.pdf
・円光寺
https://www.hida-kankou.jp/spot/304
・瀬戸川と白壁土蔵街
https://www.hida-kankou.jp/spot/278
・古川祭
https://okosidaiko.com/matsuri/
・飛騨古川祭完全ガイド
https://www.hida-kankou.jp/features/183
・三番叟台について
https://furukawa-fes.com/yatai/sanbasoutai/
・令和5年 飛騨市観光客入込者数等について
https://www.city.hida.gifu.jp/uploaded/attachment/24533.pdf