
2025年1月、株式会社シーエーシー(以下、CAC)は、長崎県内に新会社を設立した。「株式会社ながさきマリンファーム」。養殖業の会社だ。地元の漁協にも加入する手続きを進めている。本気の「漁業進出」である。
2022年から行ってきた養殖業向け金融サービス「FairLenz」の技術実証の延長で、これまでに確立した魚体鑑定などのシステムを使って、CAC自ら稚魚から成魚までの育成と販売を行い、事業としての実証に踏み出すものである。
新会社設立にあたり、CAC長崎拠点責任者の菊池真人と、技術実証のパートナーであり今後も連携していく株式会社昌陽水産(長崎県長崎市牧島町)社長の長野陽司氏のお二人にインタビューを行い、スマート養殖業の可能性について熱く語ってもらった。

1988年入社。製薬系システムの開発・運用・コンサル・営業に長年従事し、Inspirisys Solutions LimitedにVice President(Pharmaceutical担当)として出向。Inspirisys JAPAN支社長を退任後、2020年6月より長崎市に赴任。長崎オフィス事業推進役として、水産県・地域課題を多く持つ長崎県にて、地方創生の一助となるべく、CACの各種サービスや技術を伝播、支援活動を通して、長崎拠点の事業拡張を担当。
CACと、新会社ながさきマリンファームを繋ぎ、支援を行う。
長崎市牧島町で祖父の代から続く養殖業を営む3代目社長。18歳から養殖業に携わる。橘湾に浮かぶ30基の生簀で、餌に長崎伝統の柑橘類「ゆうこう」を混ぜたブランド魚「戸石ゆうこうシマアジ」などを育てる。
CACと昌陽水産の出会い
― スマート養殖「FairLenz」の技術実証を昌陽水産で行うことになった経緯を教えてください。
菊池:これまで、CACは大企業向けのシステム開発・運用の仕事が多かったのですが、DX化は第一次産業でこそ必要ではないかと考えました。
2021年、地元の十八親和銀行から、より水産業に直接的なスポットが当たる金融サービスの開発を検討してほしいとCACに相談がありました。そして2年半前、長崎大学が主幹するプロジェクト「ながさきBLUEエコノミー」に参画し、当社の新規事業として内湾の養殖業における金融基盤整備に取り掛かることになったのです。技術実証を始めるにあたり昌陽水産さんを紹介いただきました。
実証は「ながさきBLUEエコノミー」の協力の中で進めています。漁場に近い長崎総合科学大学もメンバーなのですが、水中に沈めるカメラは高価なので、インターネットで汎用のカメラを買ってそれを支える棒やアームを作ってもらったり、水中で無線が通じないので工夫をしてもらったり。
何より昌陽水産さんが、我々が「やりたい」と言うことを寛容にやらせてくれたことが大きいです。水中カメラを生簀に入れて10分動かさないとか、給餌機の横にカメラを付けてバシャバシャを撮る、とか(笑)。

長野氏:(協力の申し出があった時は)ウェルカム!でした。2年半前なのでちょうどリモートワークをみんながやっていて「自分たちもやってみたい、布団の中で仕事をしたい!」というのがスタートです(笑)。まだ布団の中…では無理ですが、水中カメラで撮影した現場のリアルタイム映像を見ることなど、今までできなかったことが「できる」ことが分かって、実際にメリットも出てきています。
スマートフォンで何でも操作できる、手間が減る。養殖にそういう時代が来るとは思っていなかったし、可能性はまだまだ広がると思っています。

FairLenz とは
FairLenzの技術実証は2022年、生簀の中にカメラを入れることから始まった。CACの得意とする画像認識AIの技術を用いて生簀の中の魚の体長や重さを計算。養殖現場の作業負荷を軽減するとともに、適正な量の給餌を可能にしようというものである。
さらに計算したデータをもとに養殖魚の資産価値算定を行い(魚体鑑定)、これをABL(Asset Based Lending:動産担保融資)に活かす研究を行ってきた。土地を持たない漁業者にとって、生きた魚を「動産価値」と認めてもらうことで、金融機関からの融資が受けやすくなると期待される。
技術実証の延長で、新会社を設立
― 技術実証の延長で今回、長崎市内に養殖業の新会社を設立しました
菊池: はい。「ながさきマリンファーム」と言います。2025年1月6日に設立し、漁場近くの長崎市矢上に事務所も構えました。社長に北牧、取締役に井場が入り、採用も進めています。
また、CACに養殖業のノウハウはありませんので、今後も全面的に昌陽水産さんと連携します。我々が生簀を4基購入し、昌陽水産さんに生簀の運営と魚の世話をしていただきます。
これまでは我々が技術実証したいと思っても、養殖業者さんはそこでビジネスをやっているのであまり無理を言えませんでした。我々は仕組みを確立して横展開したいので、もっと技術実証をやりたい。例えばカメラを違う場所に設置したり、給餌機の中にカメラを入れて餌の減り具合を見たり。それならば、我々が自らリスクを取ってやった方がいいだろうということで、新会社を作ることになりました。
養殖業者の間での評判は
― 他の養殖業者の間でこの取り組みを紹介した時の反応はどうですか
長野氏:まず「それで本当にわかるの? AIが測定したものは正しいの?」とよく聞かれます。一方で、魚を傷つけることなく、ストレスをかけずに、カメラを入れるだけでサイズが分かるというのは養殖業者にとってはとてもありがたいことなので、「入れてみたい」という声も同じくらいあります。ただ、みんなまだ半信半疑ですね(笑)。
だからこそ、この技術や仕組みが確立されたら流行ると思います。もっと養殖業は伸びると思います。
長崎の水産業を取り巻く現状
長崎県の海岸線の長さは北海道に次ぐ第2位。2022年の海面漁業・養殖業産出額は、全国1兆4,347億円の7.7%にあたる1,109億円で、こちらも全国第2位である。しかし漁業従事者の高齢化や後継者不足、魚価の低迷や消費の減少など課題は多く、特に温暖化や海洋環境の変化が漁業に及ぼす影響は大きい。
長崎県では2023年、2024年と、橘湾を中心に2年連続で大規模な赤潮が発生。トラフグやシマアジ、マダイなどの養殖魚にも被害があり、被害額はそれぞれ推計で13憶円、15億円と、過去最大規模を更新している。
参照資料:長崎県水産業の概要(令和6年4月)
長崎・橘湾の赤潮被害 養殖魚110万匹13億円 推定で県内最大規模(長崎新聞)
養殖魚53万匹が斃死 被害金額15億円 長崎の赤潮 農水省に支援要望(長崎新聞)

養殖業をやっていて、大変なことは
― 養殖業の一番難しいところ、大変なところはどういうところですか
長野氏:海の環境の変化で全てが狂ってしまうので、環境に応じた魚作りをしていかないといけないというのが最も苦労する点です。最近では大規模な赤潮も続いていて、対応に苦慮しています。
海の温度が変わってくると、育てる魚種も変えざるを得ません。シマアジは南方系の魚なので、今の長崎では合うと思います。逆に以前育てていたトラフグは、現状では福島沖や東北の方に漁場が移っています。水温が下がらないと身も締まらないし白子の張りもないからです。
だからこそ「データ」があれば。今までは、「勘」と「経験」で魚の育ち方を見ていましたが、データがあってある程度魚を見る目があれば、誰にでも養殖ができるようになるのではないかと思います。スマート養殖に期待したいですね。
菊池:我々も、この2年で赤潮の酷さを経験しました。海の中にカメラを入れているので魚の様子があまりにもリアルに見え過ぎて、これは何とかしなきゃいけないと。赤潮の予測や対策も含めて、新会社の新しい生簀で技術実証していきたいと考えています。
今でも色々なセンサーなどで対策は取られていますが、やはりまだ追いついていない。潮の流れや他の環境の変化もあるので、そうしたデータを総合的に見て、危ないかもしれないと分かれば、予防的に魚を早く逃がしてしまうとか海の下の方に沈めてしまうとか。そういうチャレンジも並行して考えています。

新会社の今後のスケジュール
― 今後の計画は
菊池: 3月に生簀を海に入れ、5月に稚魚2万尾を入れます。そして10月、育ってきた稚魚を移すためにさらに生簀と網を新設する計画です。
― 魚が育って出荷できるまで2年くらい?
菊池:約1年半ですね。稚魚から育てて出荷するまでの流れを1度通してみないと次の方法には行けないので、成果が出るまでには時間がかかると思います。
― 長崎に拠点を構えた時には、まさかこんな日が来るとは…
菊池:全く思っていませんでした(笑)。CACというシステム会社に入社してから35年、ずっとプログラマとしてプログラムを作ったり、システムエンジニアとしてお客さんとシステムのデザインの話をしたりしてきました。まさか長崎に来て、カメラを海に入れて、鱗まみれになりながら魚にワクチンを打つ撮影をするとは思っていませんでした。60歳になってびっくりです。CACも変わったな、と思って。
― 長崎に拠点ができたからこそ広がっていく世界、ということでしょうか
菊池:まさにそうだと思います。長崎県は地方の課題が全部集まっている県だと思います。新会社の生簀で我々のAIを使った技術の確立と提供ができるようになり、養殖にまつわる地方の課題の一つが解決できたら、本当にすごいことだと思います。だからやっぱり、ワクワクしますね。
― 長野さんは、CACが「漁業に進出する」と聞いた時はどう思いましたか
長野氏:最初聞いた時には、まず「何をするんだろう」と思いました(笑)。ですが関わっている皆さんの一生懸命な姿はこれまでずっと見てきましたので、CACさんが自前で魚を飼うと聞いて、これは絶対成功して次のステップに行けるだろうなと予感しています。
行政の人たちも、CACさんが新会社を作ることに対して「これで長崎の水産業がもっと盛り上がる」と期待しています。これからも力を合わせて、一緒に長崎の魚をもっと有名にしていければと思います。

ITを取り入れた養殖業の未来について
― ITを取り入れた養殖というのは、これからの時代の標準になっていけるでしょうか
長野:標準になればいいと思います。年配の漁業者たちはついていけるかどうか不安はありますが、これがスタンダードになっていけば、魚の安定供給に繋がってくるだろうという確信はあります。
需要と供給のバランスのために、多く育て過ぎなくても良くなるかもしれません。今は、死ぬのが前提で尾数を入れているのですが、AIでしっかり魚を管理できたら、適正な数だけ尾数を入れればいいわけです。そうしたことの実現も期待しています。
― 死ぬのが前提なのですか?
長野:死ぬのが前提で飼っています。以前、トラフグは約5万匹飼っていましたが、なぜ5万匹買うかというと3万匹出荷したいからです。歩留まり率を70%から80%で計算していました。
シマアジになってからも90%で計算しています。仮に100%生存したまま成長したとしても、鱗が剥げたり皮が爛れたり、出荷できない魚は必ず出てきます。
― 尾数管理が正確にできれば、生態系にも地球環境にも優しい
長野:まさにそうです。
餌も、以前は生餌と魚粉を混ぜたものを使っていたので海が濁っていました。今は固形のドッグフードのような餌を使っていて、それだと濁りもしないし海にも優しい。そういうことを、ちょっとずつ変えていこうとしています。この先、仮に自分の娘が養殖をすることになった時のためにも、漁場を綺麗にしておかないといけないと気をつけています。
これもCACさんと一緒にやってきたことが大きいです。未来が開けたというか、ひとつ皮が剥けたというか、いろんな意味で「先を見なければ」という思いが生まれました。
菊池:私も、美味しい魚をいつも食卓に載せたいと思っています。だんだん魚を食べる人が減ってきているというデータもありますが、美味しい魚をもっと食べてほしい。魚の安定供給という観点でも、生態系や地球環境といったサステナビリティの観点でも、我々の技術が上手く貢献できたらと思います。

終わりに
長野さんは、養殖業を続けてきて「消費者から美味しいという声が聞けることが一番嬉しい」と話してくれました。海の環境の変化や担い手不足など養殖業を取り巻く課題は山積みですが、CACの技術が養殖業の未来と日本の食卓を守ってくれる、そういう未来を期待したいと思います。
プレスリリース
CAC、スマート養殖事業を行う子会社を長崎に設立(2025年1月29日)
(提供:CAC Innovation Hub)