
2025年1月、株式会社シーエーシー(以下、CAC)は、長崎市内に「株式会社ながさきマリンファーム」を設立した。CACのスマート養殖プロジェクト「FairLenz」 ―画像認識AIを活用した養殖業のDX化、および、そのデータをもとにした養殖魚の資産価値算定(魚体鑑定)とABL(Asset Based Lending:動産担保融資)への活用― に技術的な目途がついたため、次の段階として、新会社でこの技術と経営モデルの事業実証を行う。
CACは2022年から地元金融機関や大学と協力し、水産業の金融基盤整備について検討してきた。2年半の技術実証では、地元の養殖業者・株式会社昌陽水産(長崎県長崎市牧島町)の協力を得て魚体鑑定や魚の数量把握のためのデータを集めてきた。新会社でも、昌陽水産の協力は不可欠で、引き続き連携して養殖場の運営に当たる。
2年半で、両者の間には強い信頼関係が生まれた。エンジニアたちが養殖の現場の声を聞いて感じたこととは。そして養殖業者はIT会社にどのように心を開いたのか。スマート養殖プロジェクトの最前線で向き合ってきた若者たちに、本音を語ってもらった。

2021年入社、東京本社勤務。金融機関向けのシステム開発に従事し、2023年から並行してスマート養殖プロジェクトに携わる。
モバイルアプリの開発全般を担当。2024年4月から長崎拠点勤務。
2022年入社。長崎採用、長崎勤務。2023年から金融システムの開発プロジェクトと並行してスマート養殖プロジェクトに携わる。主にモバイルアプリの画面実装とテストを担当。
1991年長崎市生まれ。2012年入社。生簀の現場責任者として養殖魚の管理を行う。2022年の技術実証スタート時から、漁業者の立場でスマート養殖プロジェクトに関わる。
スマート養殖プロジェクトでの役割
― まず、プロジェクトにおけるそれぞれの役割について教えてください
佐藤:スマート養殖プロジェクト「FairLenz」で使うアプリケーションの開発をしています。プロダクトオーナーの井場さんから「こういう機能が欲しい」と要望があるので、要件の整理から設計、構築、テストまで一通りを担当しています。
当初は、生簀が何基あるのか、魚をどういう風に育てているのか全然知らないまま想像で仕事をしていましたが、一度出張で長崎に行って生簀を拝見してからは、井場さんの要望や指示が解像度高く理解できるようになりました。

北村:私は、モバイルアプリの画面の実装やテストがメインです。2023年の入社時から金融系の開発プロジェクトと二足の草鞋でやってきました。
長崎で勤務しているので、以前は生簀にも行っていたんですけど、最近はあまり行かないようにしています。私が行くと、雨になっちゃうんで(笑)。筋金入りの「雨女」なんですけど、生簀での作業中に突然、雹が降り出したこともありました。雹まで降らせてしまうのか、と自分でもびっくりしました(笑)。
新会社の話を聞いた時は驚きました。でもこういう場に立ち会えることは、なかなかないので、貴重な経験だと思います。

山口氏(昌陽水産):最初にCACさんが来た時は、どういうことをするのかなと思いました。アプリの開発もすると聞いたので、自分たちもこういう感じのものを作ってほしいと、どんどん意見を出しています。たとえば出荷先だったり、餌をやったかどうかを記録する項目を入れてほしいだったり、そういう希望を伝えています。

お互いの最初の印象は
― まったく違う業種との出会い。最初の印象はどうでしたか
山口氏(昌陽水産):北村さんが生簀に来た時は「キレイな方だな」と(笑)。
北村:いや、恥ずかしいです(笑)。
私は、養殖業は「朝が早い」というイメージ。それだけでした(笑)。まったく想像ができていなかったので、実際に生簀に行かせてもらって新たな学びがありました。それこそ餌も自動で出てくるなんて知らなかったですし。行ってみないとわからないことがたくさんありました。
佐藤:私も、養殖にはアナログなイメージを持っていました。北村さんも言われるように、餌の与え方も驚きました。漁業者の方が生簀の端に立って手でバーっと投げ入れるようなイメージでしたが、昌陽水産さんでは自動給餌機を採り入れていて。餌も固形で海を汚さないものを使われていて、とてもスマートな印象を受けました。
プロジェクトを進める中で驚いたこと・気付いたこと
― IT化を歓迎していた昌陽水産さんですが、最も驚いたエピソードは
山口氏(昌陽水産):まずカメラを使って魚のサイズが正確に出るのはすごいと思いました。今までは網を締めて魚をすくって1匹1匹サイズを測っていたのですが、カメラであれば魚に触れないので、魚にストレスをかけずに測ることができる。自分たちの手間も省けるし、いいなと思います。

― まず「カメラを入れます」という話が来た時には
山口氏(昌陽水産):道具をつけて生簀にカメラを入れたら、海の中が鮮明に見えるんです。魚たちがまとまって、集団でカメラの前をぐるぐる回って。これまでそういう映像を見たことがなかったので、驚きでした。
さらに、AIで生簀の中に何尾いるとか、どのくらいのサイズの魚がいるということもわかり、餌の量も調整することができるようになりました。だから無駄もなくなるのかなと。目分量ではなく、データに基づいて魚を育てることができるというのが衝撃でした。
― 開発したシステムが現場で実際に利用されていることについて
佐藤:配属された当初は、プロダクトオーナーの井場さんの掲げるビジョンが「本当にそうなのかな」と思うこともあったのですが、昌陽水産さんや金融機関などの方々のご協力をいただきながら技術実証が進んで、実際にカメラを入れて測って体重がわかって…というところまで来たので、視界が開けたような感じです。プロジェクトのビジョンと皆様からいただくご期待が腑に落ちて、とてもやりがいを感じています。
北村:私も最初は、養殖業者の方に受け入れてもらえるのかなとか、使いやすいのかなとか、不安な気持ちもあったのですが、実際に使っていただいていろんな意見をいただいて、「便利になっている」という声も聞けたので、それは嬉しく思います。今後もっと良いものを作っていきたいという励みになりました。
お互いの「ここがすごい!」を教えてください
― まずCACのお二人に、山口さんのすごいところをお聞かせください
佐藤:山口さんとは基本的に海の上で、養殖の仕事中にお会いすることが多いので、本当に黙々と…「背中で語る男」というか、そんなイメージがあります(笑)。
北村:生簀の細い道(板)を颯爽と歩かれているのが、かっこいいなと思います。私は、そんなにスタスタは歩けない。山口さんは、波がある時でも全然余裕で行かれているので、すごいなと。
山口氏(昌陽水産):慣れれば多分、北村さんも行けると思いますよ(笑)。

― では山口さんが思う、CACのお二人のここがすごい!を教えてください
山口氏(昌陽水産):自分たちがアプリの動作がわからないと言ったらすぐに教えてくれることはもちろんなのですが、一番は、要望したこと、こうして欲しいと提案したことに対してすぐに対応してくれることですね。出荷先の項目を増やして欲しい、とか。
まず、普通に養殖の仕事をしていたらIT会社の人たちと出会うこともなかったし、ノートにペンで記録するこれまで通りの仕事の仕方が続いていたと思うんです。皆さんと会えたことで、仕事に使える便利なアプリも作ってもらって、仕事の省力化ができて、しかもデータとして残って餌や尾数の管理にもつながるなんて、全てがプラスで、全部すごいと思います。


現場の声の重要性
― 「こういう機能が欲しい」などの現場の声を、開発側はどう感じていますか
佐藤:非常にありがたいと思っています。私たちは、養殖の現場のオペレーションを詳しく知っているわけではないので、利用者の視点から機能のご要望や使いやすさのフィードバックをいただける事は、開発者としてとても助かります。
北村:ご意見をいただけるのは本当にありがたいです。作る側が考える「良いシステム」と、使う立場が考える「欲しいシステム」は全然違うと思うので。
佐藤:そうです。開発者サイドではもちろん、ご要望の背景を伺って「これが使いやすいんじゃないか」と思い提供するのですが、実際に利用いただく中で見えてくる改善点がある、と。先輩からそうした話を聞いていたのですが、今回のプロジェクトでは現場の声を常にお聞きしながら開発を進めており、現場と継続的にコミュニケーションをとって開発者・利用者間のギャップを埋めていくが大切だということを実体験できているのは大きいと思います。

スマート養殖に関わっていることについて
― CACは大手の金融業や製造業のシステム開発・運用で実績がありますが、漁業に関するサービスの開発は初めて。そこに携わっていることについてはどう思いますか?
佐藤:すごく貴重な経験だと思っています。自社の新規事業として地域に貢献できて、面白くて新しい取り組みに実証段階から携わらせていただいていて、すごくいい経験になっています。この後も頑張っていきたいです。
北村:もう一つの金融系の開発プロジェクトは、出来上がっているものを修正していくシステム保守がメインでしたが、今回は全く新しいプロジェクトで、アプリも一から作るところが面白いです。また現地にも行かせてもらい、使っている人の生の声を聞くこともでき、他ではできないような経験をさせてもらっています。
ー 山口さんはこの2年半で変わりましたか?
山口氏(昌陽水産): ITを取り入れることによって仕事の内容が変わりました。
CACさんと関わる前は、紙の帳簿、日誌ですね。「その日、何をした」「どこのマス目に通った」とか、死尾数の管理もノートに記録していました。それが今は、モバイルアプリで漁場でも記録できるようになりました。職員みんなで共有できるし、とても楽で便利になりました。
最初はアプリの使い方がわからなくてCACさんに質問していましたが、徐々に慣れてきたと思います。これからもCACさんと新しいことにどんどんチャレンジしていきたいですね。

新会社の立ち上げで、どう変わっていく?
― 2025年1月、いよいよ新会社が立ち上がりました。CACの二人は、CAC FairLenzプロジェクトのメンバーとして引き続き新会社にも関わります。これまでと何が変わっていきますか?
佐藤:元々、FairLenzプロジェクトは、AIを活用して養殖魚の体長や重さ、尾数を管理して資産価値を推計し、金融機関からお金を借りやすくすることを目的にスタートしました。今までは養殖DXの方をメインでやってきましたが、新会社ではいよいよ金融基盤整備、フィンテックの方に踏み出す、ということになるかと思います。
自分自身としては、これまで以上に「何でもあり」で臨んでいこうと思っています。
今回携わっているスマート養殖のプロジェクトでは、実際にユーザーである山口さんや他の従業員さんの声も聞ける。モバイルアプリの開発にしても、フロントエンド・バックエンド・インフラを全般的に任せていただいています。本当に「何でもあり」で、日々学びがあります。エンジニアとしてとてもいい経験をさせてもらっているので、これが新会社との関わりの中でも続いていくのだろうなと思います。
― 何でもありということは、大変ではないですか?
佐藤:大変です(笑)。日々、プロダクトオーナーの井場さんを始めとして、チームで議論し、刺激的な毎日を送っています(笑)。ですが、辛さはないですね。
北村:私も辛さはまったく無いです。入社するまでITは未経験だったのですが、このプロジェクトに入って井場さん、佐藤さんや周りの方から学ぶことがとても多いです。新会社との関わりの中でも、自分自身が成長できると思います。

仕事を辞めたくなったことは?
― これまで辛かったことや、向いていないのではと思ったことはありますか?
山口氏(昌陽水産):辞めようと思ったこと、あります。自分は、加工とか魚を捌くのが苦手で、水産業には向いていないんじゃないかなと。色々考えて、社長にもそういう話をしました。
― それでも踏みとどまれたのは、何かきっかけがあったのですか?
山口氏(昌陽水産):社長といろいろ話して、もう1回頑張ってみようかなと。苦手分野は誰にでもあるし最初からできる人なんていないから、頑張れと言われました。
社長、怖かったですし(笑)。
北村:私は、したいことは頭に浮かんでいるのに実現できない時に、もどかしさを感じます。なかなか解決できない時には「向いてないのかな」と。佐藤さんや周りの人に教えてもらいながら次に活かしてはいるんですけど…。
佐藤:一人でできてますよ(笑)。
北村:いやいやいや(笑)。
佐藤:私は、あんまり無くて(笑)。新会社についても、みんなで雑談で話していたことが本当に実現するなんて!という驚きだったり。全部楽しませてもらっています。「難しい」はありますが、「辛い」はあまり無かったです。
今後への期待、将来の夢
― 皆さんが最前線で関わっているスマート養殖プロジェクト「FairLenz」や養殖業全般について、将来どうなって欲しいと思いますか?
佐藤:FairLenzの事業実証を成功させて、養殖業・金融業の方々の課題解決に貢献でき、さらには長崎だけではなく他の地域にも展開できるようにしたいです。そのために、まずは製品版のリリースに向けたテストを完遂すること、サービス・アプリをより使いやすくすることに注力していきたいと思います。
北村:私も同じで、アプリのリリースをして使っていただいて、そこで成功事例が出て、長崎以外にも広がっていけばと思っています。
山口氏(昌陽水産):ITの力を借りて、今1年半で出荷している魚を1年で出荷できるようにできればと思っています。
― それは可能なのですか?
山口氏(昌陽水産):頑張って可能にしたいと思っています!

終わりに
今回のインタビューは、2024年10月に長崎に誕生した、長崎スタジアムシティの会議室で行いました。CACは長崎県内の事業拠点を統合して、長崎スタジアムシティのオフィス棟「STADIUM CITY NORTH(スタジアムシティノース)」に拡張移転します。
長崎スタジアムシティはジャパネットグループが運営する大型複合施設で、オフィス棟の他、スポーツ施設やホテル、商業施設を備えています。地域の新たなランドマークで未来を語る若者たちの表情は、希望に満ち溢れていました。

プレスリリース
CAC、スマート養殖事業を行う子会社を長崎に設立(2025年1月29日)
(提供:CAC Innovation Hub)