75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)

目次

  1. 養老院を母体とする社会福祉法人だからこそ地域の要請に応じて増改築を重ね、多くの利用者を受け入れてきた春日園
  2. 入職した当時は事務作業の多くが手作業。増床による事業規模の拡大につれ職員も増え、勤怠管理の正確性と効率化が課題となった
  3. 2000年4月に施行された介護保険制度を境に申請や報告業務が増大、介護ソフトを筆頭にICTの活用が必須となった
  4. 2022年にタブレットを導入 ケアマネジャーや訪問介護の職員は出先で記録の閲覧 作業時間が1/10に軽減された
  5. 手薄になる夜間の見守りを強化、職員の精神的な負担軽減と看取り対応のために見守りセンサーによるモニタリングを実施
  6. 限られた人員で効率的に業務に対処していくためにも、今後もICTの運用は欠かせないソリューションとなっている
  7. ソリューションの選定にあたっては、体力のある会社を選び、外部に継続的に相談できる窓口を持つことが重要
中小企業応援サイト 編集部
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今回紹介する群馬県の社会福祉法人春日園は、曹洞宗の寺院 雙林寺(そうりんじ)が戦後復興期に地域に増加した生活困窮者を寺院内に受け入れ、養老院を設立したことがルーツだ。設立から70年間、同園は社会状況と福祉制度の変化に応えながらも、利用者の日々の生活をはじめ、人生の最終章にまで温かく寄り添うケアを実践し続けている。それを支えるのは職員の働きやすい環境づくりだ。充実したICT活用は利用者と介護スタッフに安心感をもたらし、ケアの現場に今や欠かせないものとなっている。(TOP写真:ベッドマットの下に設置されている見守りセンサー。心拍や血圧などをリアルタイムで知らせ、利用者の急変にも即時に対応できる)

養老院を母体とする社会福祉法人だからこそ地域の要請に応じて増改築を重ね、多くの利用者を受け入れてきた春日園

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
祖父に始まり父から引き継いだ社会福祉法人春日園の理事長を務める石附正賢氏。雙林寺の住職でもある

群馬県中央部、榛名山と隣り合う子持山の中腹にある寺院 雙林寺は1450年に創建。15~16世紀には全国から2千人にもおよぶ修行僧を受け入れてきた曹洞宗の古刹(こさつ)である。現在同寺の住職を務める石附正賢氏は、社会福祉法人春日園の理事長でもある。同法人では現在養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、デイサービスのほか、訪問介護や居宅介護事業所、地域包括支援センターのサービスを提供している。

同園の高齢者福祉施設としての歴史は古く、1954年に生活に困窮する高齢者の生活の場を寺院内に提供した「養老院」がその始まりだ。そして、1956年には寺院の隣接地に施設を新設し、宗教法人から社会福祉法人に法人格を移行して運営を開始した。その後もさらなる高齢者福祉の充実を目指して、数回にわたり増床や改築工事を実施。現在は特別養護老人ホームの定員は70名、短期利用の定員は10名となり、養護老人ホームとともに多くの高齢者の生活の場を提供している。

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
春日園の茶畑で茶摘みに参加する利用者たち。収穫した茶葉は製茶工場で焙煎(ばいせん)して「春日茶」になる。自然豊かな環境を生かし、さまざまな日課が提供されていることも同園の魅力だ

「ケアの理念は『感謝・和合・奉仕の精神』です。母体が養老院ですので、利用者には家族のように接することをスタッフ一同が心がけています」と語る石附理事長。利用者にとって日々接する職員は家族のような存在だけに、心の通ったふれあいをモットーとしている。また、敷地内にある菜園では野菜を育てたり、どんど焼きなどの年中行事も行われ、隣接する雙林寺の境内では四季折々の花々も楽しめる。涅槃(ねはん)会などでは住職による説法があり、地元住民との交流も行われるなど、同園が地域に開かれた施設であることが伝わってくる。

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
施設に隣接する雙林寺の山門。山門も含む同寺の7棟の建造物は2024年3月に群馬県の重要文化財に指定されている。春日園の利用者はこの雙林寺と一体となった環境を享受できる
75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
雙林寺の涅槃会では住職による説法が行われ、春日園の利用者も参加することができる

入職した当時は事務作業の多くが手作業。増床による事業規模の拡大につれ職員も増え、勤怠管理の正確性と効率化が課題となった

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
職員は個別のIDカードを読み込み機にタッチして出退勤の認証をし、集計は自動的に行われる。この仕組みは約20年前に導入された

石附理事長が春日園に入職したのは今から25年前の1999年。祖父から同園を引き継いだ父が理事長を務めていた頃で、当時職員数は30〜40人ほどだった。石附理事長は入職すると事務関係の業務や相談員を担当したが、当時は事務作業の多くが手作業だったという。例えば勤怠管理においては当初、職員が出勤簿に時刻を手書きして印鑑を押印しており、その記録をエクセルに手作業で入力し、集計していた。出勤簿はタイムカードに移行したものの、依然として記録は手入力だった。

増床が進み事業規模が大きくなるにつれ職員数も増えたことから、石附理事長は入力ミスを懸念した。そこで、20年ほど前に導入したのがIDカードによる出退勤認証を行うシステムだった。このシステムはIDカードをタッチして自動的に計算まで行うことができるため、不安感が解消できた。「給与のことで職員に不安感を与えたくなかったので、この方法を導入しました」と当時の心境を語る石附理事長だが、IDカードによる勤怠管理システムがここ数年で急速に普及したことをかんがみると、同園ではかなり早い時期に導入していることに先見の明を感じる。

2000年4月に施行された介護保険制度を境に申請や報告業務が増大、介護ソフトを筆頭にICTの活用が必須となった

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
勤怠管理や文書類など管理業務のデータはNASに保存しており、施設内のどのパソコンからでも安全にデータの共有が可能だ。介護ソフトは介護保険制度の開始時から利用。データはクラウド上に保管している

石附氏が理事長職に就いた2000年に施行された介護保険制度は介護業界の大きな転換点であり、ICTの導入を介護業界に浸透させる契機となった。利用者には介護度に応じてさまざまなサービスが提供され、サービス提供者は項目に応じた加算を得るための申請書類や計画書など数多くの書類作成が必要となる。その作業量は煩雑かつ膨大だ。その作業をスムーズに行うため、多くの事業者と同様、同園でも制度の開始と同時にこの業務に対応した介護ソフトを導入した。

多くのデータを扱うようになると、そのデータの保管方法やスタッフとの共有が課題となるのは必然だ。そこで同園では勤怠関係のデータを2014年前後からクラウドストレージに保管するようになった。しかし、全てのデータをクラウド上に保管すると経費が高くつくという難点があった。そこで理事長が選んだのがプライベートクラウドを構築できるNASだった。NASはファイルの保存や共有が安全に行えることや、ファイルサーバーのようにシステム構築に経費もかからないこともメリットだ。NAS導入後、介護ソフトはクラウド、そのほかのデータはNASへの保存と使い分けることで、作業性の向上と経費削減にもつながった。

また、ICTを利用した機器の活用が進むと、場所を選ばずに作業ができる環境が求められる。そこで同園は2021年にWi-Fiを完備し、通信環境の整備も実施した。

2022年にタブレットを導入 ケアマネジャーや訪問介護の職員は出先で記録の閲覧 作業時間が1/10に軽減された

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
主に訪問介護やケアマネジャーの活用が先行するタブレット端末。今後は施設に常駐するスタッフも使いこなせるよう操作方法の研修などを検討している

さらに、現場における職員の労力軽減を図る必要に迫られたのが2018年に公布された働き方改革関連法だ。このことはとりわけ介護業界や建設業界にICTの導入を促し、現場に大きな変革をもたらしている。

介護業界においては利用者の生活記録やバイタル記録、計画書の作成などが、利用者の数だけ生じる。それを、訪問先で完結できれば労力が軽減され、効率的だ。そこで同園では2022年にタブレット端末を17台導入した。ケアマネジャーや訪問介護の職員はタブレットを用いて出先で記録の閲覧や入力作業が完結でき、「これまでより作業時間が1/10に軽減された」と好評だったという。一方、園内に常駐する職員はタブレットをさほど活用していないという。「記録は慣れているパソコンで行う職員が多いですね。ただし、利用者の状態を撮影できることにはメリットを感じているようです。このタブレットをもっと使いこなしていけたらいいですね」と経過を見守る石附理事長。タブレットへの入力を煩雑に感じる職員のために、定型文をフォーマット化するなど、できる限り作業負荷をかけずに使いやすくする工夫を検討している。

手薄になる夜間の見守りを強化、職員の精神的な負担軽減と看取り対応のために見守りセンサーによるモニタリングを実施

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
職員数の少ない夜間時に欠かせないのが見守りセンサーだ。ベッドシートの下にあるセンサーから利用者のバイタルデータがリアルタイムで測定され、ステーションにあるパソコンの画面に表示される

特別養護老人ホームや養護老人ホームでは入居期間が長く、介護度の高い高齢の利用者も多い。そこで重要となってくるのが夜間の見守り体制だ。同園では夜間配置人員数が特養で4人、養護老人ホームが1人だが、この見守りセンサーは労力の軽減とスタッフの精神的負荷の軽減にも貢献しているという。

見守りセンサーの導入には、利用者の安全確保と看取りへの対応という二つの側面がある。利用者の安全確保とは転倒を未然に防ぎ、骨折等しないようにすることだ。夜間にトイレに起きる高齢者は多い。しかし、歩き始めてからスタッフが駆けつけても手遅れになるケースもある。そこで、以前使っていた離床センサーからもう一歩前進し、リアルタイムで心拍や血圧などが測定できる見守りセンサーを2022年に11台導入、さらに翌年に64台追加導入し、すべての利用者の状態を把握できる体制が整った。この導入以来、転倒に至ったケースはないという。

一方、心拍や呼吸などのデータや離床の有無、睡眠の状態は各階のステーションにあるパソコンの画面に表示され、離床時にはアイコンの色が変わるなど瞬時に把握できるため、スタッフはモニタリングをして異常を感じたら利用者のもとへ駆けつけられる。見守りセンサーがない場合は職員が見回りを実施するのが一般的だが、施設が広ければ職員の大きな労力になる。また、バイタルの異常が察知できれば看取りへの対応も確実に行うことができる。それは、職員の精神的負担を和らげるために必要なことだと石附理事長は強調する。

「ご高齢ですから朝ベッドに行ったら冷たくなっていた、ということもあります。すると、職員にとっては『最後を看取れなかった』と心に負荷がかかるのです。それを避けるためにも見守りセンサーは必要です」(石附理事長)

今後は見守りカメラも導入して、センサー作動時時に室内のカメラが作動する仕組みにできれば、スタッフもすぐに状況を見ることができて安心だと石附理事長は感じている。「さらに、居室だけでなく手薄になりがちなホールなどにもカメラを設置し、館内中で見守れるようにすることが必要になってくるかなと思います」(石附理事長)

限られた人員で効率的に業務に対処していくためにも、今後もICTの運用は欠かせないソリューションとなっている

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
訪問介護の記録はタブレットでも事務所のパソコンからでもデータの共有ができる。今やICTは介護業務に欠かせないソリューションとなった

「とにかく職員が働きやすい環境づくりをしたいと思ってきました」と話す石附理事長は、ICTのツールに敬遠しがちな世代も多い介護業界において、情報収集に熱心に取り組み、早い時期からICTのソリューションを活用してきた。そのため、同園の職員はICTへの抵抗感は少ないという。そして、石附理事長は今以上に効率的なICTの使い方を目指して模索を続けている。今は全員が使いこなしていないタブレットの活用に意欲を示す一方、インカムの導入も懸案事項だという。

「うちではまだ試したことがありませんが、『介助中にインカムは邪魔』だという他施設の介護従事者の声を聞いて抵抗感を示す職員もいます。これも使いようで、運用のルールをきちんと整備しないとうまくいかない場合もありえるでしょうね」と冷静に見据えている。どんなに便利な道具を導入しても、使いこなせなければ意味がない。長年ICTを活用してきた実績からくる実感なのだと想像される。

今後ぜひ取り入れたいのが、煩雑で属人化しやすいシフト表作成を自動化できるソフトの導入だという。

ソリューションの選定にあたっては、体力のある会社を選び、外部に継続的に相談できる窓口を持つことが重要

75台の見守りセンサーで体調をリアルタイム把握 感謝・和合・奉仕の精神で利用者に寄り添う 社会福祉法人春日園(群馬県)
周囲の自然環境に調和する社会福祉法人春日園の外観。社会状況の変化に応じて増改築を重ねてきた

これからICTをもっと使いこなしていくために助言を求めると、「まずは体力のあるメーカーであることが必須でしょう」と話す石附理事長。

「介護保険制度の創始時期は、事業規模の小さいメーカーが作った介護ソフトが色々登場して、使いやすそうなものもありました。けれど、そうしたメーカーが潰れてしまったら、こちらの業務が大変ですから」と慎重な姿勢を示す。さらに「ICTに精通した職員が法人内にいたとしても、その職員中心で進めてしまうと、退職してしまった場合に仕事の継続が難しくなってしまいます。だからこそ、社外に相談できる支援会社を持った方がいいと思います」と指摘する。社会福祉事業は安定的に継続することが大前提だ。万が一のリスクにも備えること、そして、ソリューションをいかに運用するかを練り上げていくプロセスが重要である。石附理事長のエンジニア的な視点と手腕は、今後もいかんなく発揮されることだろう。

そして、その礎に「感謝、和合、奉仕」の精神があるからこそ、職員の働きやすい環境と心安らぐケアが実現できている、そう思わずにいられなかった。

企業概要

会社名社会福祉法人春日園
住所群馬県渋川市中郷2399-7
HPhttps://www.kasugaen.com
電話0279-53-2506
設立1956年3月30日
従業員数90人
事業内容  養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、デイサービスセンター、訪問介護、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、福祉有償運送事業