高齢化が進む日本の中で、企業における後継ぎ社長の役割が重要視されている。本企画では、これからの日本経済を支えていく後継社長に、どのように変革を起こし、成長を遂げていくのかを伺い、未来の経済発展へのヒントを探っていく。
創業からこれまでの事業変遷
ーーそれでは、まず精和工業所の創業から現在までの事業変遷についてお伺いしたいのですが、どのような経緯で現在の事業内容に至ったのでしょうか?
株式会社精和工業所 代表取締役社長・原 克彦氏(以下、社名・氏名略): 弊社の設立は1965年で、創業は1962年です。創業者は私の母方の祖父で、当初は厨房機器を中心とした溶接を請け負う会社として立ち上げました。そこから、1970年代に大手家電メーカーから電気温水器の制作の依頼を受け、住宅設備機器の溶接製品分野にシフトしました。また、ステンレスの溶接技術に特化していくことになり、特に温水器など錆びやすい環境で使用される製品に力を入れていきました。
弊社の強みは、特殊な溶接しにくい材料を確実に溶接できることです。また、薄い材料を加工して製品にしていく際に、寸法精度や耐久性などを実現することに特化しています。現在は、住宅設備機器、環境試験機、二次電池、そして自社商品という4つの軸で事業を展開しています。
ーー自社商品開発に力を入れているとのことですが、これまで受託で行っていた仕事から自社商品を開発・販売することになると、新たな課題があると思います。その点についてはいかがでしょうか?
原:おっしゃる通り、自社商品を開発・販売することには大変な部分があります。特に、これまでの弊社の仕事は特殊な溶接技術が中心で、新規のお客様開拓や営業活動を積極的に行ってこなかったので、自社商品の販売に関しては経験がありませんでした。
最初の頃は、価格設定や流通のバランスを取ることに苦労しましたが、徐々に感覚をつかんでいくことができました。現在は、その経験を活かしながら日々事業を展開しています。
代替わりの経緯・背景
ーー続いて事業承継の際のご状況についてお話しいただけますか。
原:先代である2代目は私の叔父にあたります。本来であれば、叔父の子どもが事業を承継するべきで、叔父には娘が二人おりましたが、その娘たちやその配偶者が他にやりたいことがあり、6年前に私が事業を継ぐことになりました。
ーーその当時の会社のご状況はいかがでしたか?
原:当時の売上高は約44億円で、従業員は約230人いました。ただ、50代の従業員がほとんどおらず、40代が中心に仕事をしていました。先代が私へ引き継ぐ前に、部長クラスの人たちを40代にしてくれていましたが、横のつながりがなく、会社全体で一つの目標に向かっていくような形が作りづらい組織でした。
ーー事業承継後、どのような苦労がありましたか?
原:一番苦労したのは、従業員が指示待ちの人間が多く、自発的に会社がどうあるべきかを考える人が少なかったことです。また、部門間の協力がなく、会社全体が一つの目標に向かっていくような組織を作りたかったのですが、それが難しかったです。
ーそれをどのように改善していったのですか?
原:私自身が思っていたのは、会社をさらに大きくしていこうと思った時に、一人の人間がすべてのことを理解できないだろうということでした。そこで、会社をフラットな組織に作り変え、部門間の協力を促すようにしました。また、権限を与えていくことで、従業員が会社全体の利益を考えられるような組織を作ろうとしました。
ーーその過程で、先代の経営者との対立はありましたか?
原:はい、先代のブレインだった人たちからすると、権限を剥奪されるような話になってしまい、先代の経営者との対立がありました。そのため、彼らとの理解を深めるために日々対話をしていました。
組織拡大について
ーー精和工業所の組織拡大フェーズに伴って権限移譲が重要になると思いますが、それと同じぐらい重要なのが社長のビジョンの落とし込みだと思います。そのあたりで特に注力されたことはありますか?
原:落とし込みに関しては特に注力している部分で、基本的に私は会社の中での仕事の半分ぐらいを人と話すことに充てています。自分の考えていることを伝えるために、基本部長クラスや課長クラスと話すことが大切だと思っていますし、時間を見つけて現場の人たちとも話をしています。
会社の中でほとんどの部門を経験させてもらったので、製造現場の人間ともコミュニケーションが取りやすかったです。また、承継した当初は年に五回以上従業員総会を開催して、自分の考えていることを発信していました。
ーー組織面において、先代から事業を引き継いだ際に、何かありがたいと感じたことはありますか?
原:先代が一線を引いた後も、私の考えを聞いてくれる立場でいてくれて、本当に割り切ってアドバイスをくれるので、非常にありがたいです。他の会社ではお父様との関係で苦労している方もいる中、私は恵まれていると感じています。先代は良きアドバイザーとして支えてくれています。
今後の経営・事業の展望
ーーでは、これまでの過去の部分を中心にお伺いさせていただきましたが、今度は未来軸で精和工業所の今後の事業展開や戦略的な部分も含めてお伺いできればと思います。
原:まず、ファイナンス戦略という点では、M&AやIPOといったことは全く考えていません。これは私のポリシーの一部で、先ほどお話ししたように、同族間で9割程度の株式を保有しています。残りの外部の方も理解してくださっているので、株主利益を最優先に考える必要はありません。同族経営であるがゆえの強みを活かし、税金を払った後の利益をしっかり投資に回し、事業を成長させたいと考えています。
また、現在はOEMの仕事が中心でしたが、今後は自社商品の事業も広げていきたいと考えています。創業者から「全ての商売はサービス業だ」という言葉を受け継ぎ、お客様に役立つ商品を作り出すことに情熱を持って取り組んでいます。例えば、お湯をためるタンクを作る技術を活かし、独自の熱交換技術を開発するなど、世の中にないものを作り出すことが私たちのやりがいであり楽しみです。
ーー自社商品に関しては、どのようなものを開発・販売していますか?
原:一つの例として、ホットビールサーバーという商品があります。ビールを温めて飲むというのは、世の中にまだないと思われるので、それを日本で当たり前のように飲まれるように広めたいと考えています。また、出汁サーバーという、出来立ての味を再現できるサーバーも開発しています。これらの商品は、従業員からのアイデアがもとになっており、そういった風土を大切にしています。
ーー今後の事業展開については、どのような方針をお持ちですか?
原:今後の事業展開としては、OEMの仕事を強化しつつ、自社商品の二軸で成長していきたいと考えています。また、従業員のエンゲージメントを高めることも重要な課題と捉えており、健康経営や社会貢献活動を通じて、従業員が自分たちの商品を目にする機会を増やしたいと思っています。
例えば、コロナ禍の際には、弊社の消毒液ディスペンサーを市役所や市民病院に寄贈しました。従業員の家族が市役所で手続きをしたり、病院を訪れた際に弊社の商品を目にし、使ってもらえることで、従業員の自信や誇りにつながると考えています。
ーー最後に、経営における今後の展望についてお聞かせください。
原:経営においては、従業員のエンゲージメントを高めることが最重要課題だと考えています。私自身が一番認めてもらいたいのは、家族である両親、妻、子供や友人など、自分にとって大切な人たちです。そのため、彼らに認められるような仕組みを組み立てていきたいと思っています。それが社会貢献活動であったり、メディア露出であったり、従業員の所得向上のための取り組みであったりします。
全国の経営者へ
ーー全国の経営者様や、この記事をご覧いただいている方々へメッセージをお願いいたします。
原:私が常に考えていることは、全ての商売はサービス業であるということです。私自身は、社長業を究極のサービス業だと捉えています。自分自身がどう振る舞うかということは、社長業の中でも重要な要素です。得意先さんや協力会社さん、地域や社員、そして先代も含め、さまざまな人に対してどう喜んでもらうかを一番に考えて動くことが、社長の仕事だと思っています。
そのためには、利他の精神で経営をしていくことが大切だと感じています。また、今は変化が大きい時代ですので、十年後にどうありたいのか、何がお客様から求められているのかを考えながら、弊社のコアコンピタンスであるステンレス製品の溶接技術を極めていきたいと思っています。
ただくっつけるだけの溶接ではなく、付加価値のある溶接を軸にして、世の中にないものを自分たちでも作り出し、お客様と一緒に作り出していく形で事業を拡大していきたいです。これが、私自身が今考えていることです。
ーー本日はお時間いただきありがとうございました。
- 氏名
- 原 克彦(はら かつひこ)
- 社名
- 株式会社精和工業所
- 役職
- 代表取締役社長