高齢化が進む日本の中で、企業における後継ぎ社長の役割が重要視されている。本企画では、これからの日本経済を支えていく後継ぎ社長に、どのように変革を起こし、成長を遂げていくのかを伺い、未来の経済発展へのヒントを探っていく。
1971年4月20日福井県生まれ。石川県出身。1995年学習院大学経済学部経営学科卒業。住友銀行にて5年間勤務した後、1999年11月アパホテル株式会社常務取締役として入社。 2004年に専務取締役に就任した後、2012年5月にアパグループ株式会社代表取締役社長に就任し、グループ専務取締役最高財務責任者、グローバル事業本部長を歴任。 2022年4月アパグループ社長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、現在に至る。
創業からこれまでの事業変遷
ーー創業からこれまでの事業の変遷について、ご紹介いただけますでしょうか。
アパグループ社長兼CEO・元谷 一志氏(以下、社名・氏名略):弊社は信金開発株式会社として1971年5月10日に創業し、もともと不動産仲介業からスタートしました。ホテル運営は1984年12月12日に始まり、金沢片町の近くの池田町というところで第1号ホテルをオープンしました。今年の12月で40周年を迎えることになります。現在は直営とフランチャイズ、アパ直参画ホテルを合わせて全821ホテル・全114,085室(2024年8月15日現在)の規模となっております。
会社としてのターニングポイントとしては、ホテル業に参入した時だと思います。1980年にエム・シー・エス・ジャパン株式会社という会社を立ち上げ、約4年間かけて第1号ホテルのコンセプトを煮詰めました。0から1にするのは非常に大変でしたが、現在は1ヶ月あたり約2ホテルずつオープンしています。
創業者であるオーナー(父でありアパグループ現会長の元谷外志雄)は当時から単体のホテルではなく、ホテルチェーンを作ろうという発想から始めました。単体ホテルはブランド力もなく、調達力もないため、最初からチェーンを作るために会員を集め、組織を構成していくことにしました。第1号会員はオーナー自身でした。
当時、通常のいわゆるグランドホテルでは料飲や婚礼など、宿泊以外の売上が過半を占めていましたが、それら宿泊以外が生む利益率は決して高くありませんでした。そこで弊社では、宿泊部門が売上の主体となるホテルを作ることにしました。その際に高品質、高機能、環境対応型という要素を取り入れました。特に操作性の高いリモコンやスイッチ類を配置し、お客様に煩わしさを感じさせないようにしました。創業から最新のものをトライアンドエラーしてきた精神があったと思います。現在では、北米でアパホテルとはコンセプトの異なる「Coast Hotels」ブランドを展開しており、モダンで効率的なホテルとして進化を続けています。
ーーブレイクスルーとなったポイントがあればお聞かせいただけますか?
元谷:ホテルチェーンを作るために、宿泊主体型のホテルを作ろうとしたことが大きな転換点でした。快適性を追求したホテルを作り、これが40年間ブラッシュアップされて現在の形になっています。第1号ホテルから、使い勝手が良いホテルを作りたかったという思いがあったと思います。
代替わりの経緯・背景
ーーアパグループのホテル業への参入や、最近の代替わりは、御社の中で大きな転換点だったと思います。代替わりの経緯や背景について教えていただけますか?
元谷:まず2022年3月15日の朝に、オーナーから突然電話がかかってきて、家に来るよう言われました。その朝に、オーナーから丸50年連続黒字を区切りに新しい体制にすると言われ、4月1日から私が社長兼CEOに就任することや、5月10日が創業記念日で中期5ヶ年計画を出すよう指示されました。さらに6月2日には就任記念パーティーを開くことも言われました。
その後すぐに緊急役員会を開いて、今後の方針について決定しました。翌日には金融機関や取引先に挨拶をしました。3月15日から4月1日までの間が非常に慌ただしい時期でした。
私は事業承継というと、創業経営者の方がバトンを握りしめたまま倒れ、後継ぎがその手からバトンを奪い取っていくイメージがあったのですが、当社は非常にスムーズなバトンリレーでした。3月14日がオーナーの結婚記念日だったこともあり、そのタイミングで50年連続黒字が確定し、区切りをつけたのだと思います。
私自身は気負わず、いつバトンが来ても新体制のもとで中期5ヶ年計画を立ち上げていくつもりでしたが、これほどスムーズに進むとは思っていませんでした。
ーー中期5ヶ年計画の立ち上げについて、どのような狙いがありますか?
元谷:中期5ヶ年計画の狙いは、100年企業を目指すために、組織が永らえて活力ある状態で次世代に続いていけるようにすることです。時代の変遷や市場、お客様の変化に対応しながら、世の中に受け入れられるものを常に考えてスタートしました。
ぶつかった壁と乗り越え方
ーーアパグループの経営を引き継いで2年ほど経ちますが、これまでのCEOとしての苦労や課題、そしてそれらにどのように対処されているのかお伺いしたいです。
元谷:まず、私が経営を引き継いだ当初から、過去の成功体験にとらわれず、変化するマーケットに対応できるよう心掛けました。過去の成功体験は、変化する中で邪魔になってくることがあるので、できるだけマーケットの変容に合わせて考えていくことを大切にしました。
新しい取り組みの一環として、2023年には日本サッカー協会とのナショナルチームパートナー契約がスタートしました。創業者であるカリスマ経営者からバトンを受け継いで、2代目経営者として会社を牽引していくこととなったため、何かしらフラッグシップ的なものが必要だと感じました。そこで、サッカー日本代表をサポートし、日本代表とともにワールドカップ優勝を目指すことを決めました。
その結果、社員や取引先、フランチャイズオーナーにもサッカーへの興味が広がり、新入社員の中にもサッカー部やフットサル部出身の方が増えました。また、私たちの企業文化も変わり、TVCM等のプロモーションイメージも変わりました。そして、ビジネスチャットツールのSlackを導入し、約1,100人と直接メッセージのやり取りが可能になったことで、企業規模が大きくなっても、スムーズにコミュニケーションが取れる環境が整いました。
ーー CEOの中で成功に引っ張られないように意識されていることはございますか?
元谷:日本の人口動態として今、どんどん死亡者総数が増えて出生者数が減っていることから、昨年1年間でも数十万人の人口が減少しています。また、国内の経済成長は横ばいで、為替レート等を踏まえた国際競争力は低減していると言っても過言ではありません。
弊社の訪日客比率は昨年も30.3%で、1年前よりも5%伸びています。今後、40%、50%と訪日客比率が上昇していくことが予見されています。ならば、その訪日客向けにどのような客室作りをするのか、どのようなマーケットに対して広告を打つのか、どういったOJTが必要なのか、いろんな面でマーケットが変われば、受け入れ体制も含めて変容していかなきゃいけないと考えています。
ーーこれからのホテル業界において、どのように進化していくべきだと思いますか?
元谷:私は、ホテル業は体験型ビジネスのど真ん中に位置し、ニーズはなくならないと思っています。そのため、皆さんの貴重な体験の1ページをしっかり支えるという点においては、世界中のあらゆる人がマーケットの対象であると考えています。これに対して、どういうふうにソフト面を磨いていくかということが大事だと思っています。今までの成功体験に縛られていると、だんだんリピーターが減ってきて、結果として誰も寄り付かなくなってしまうことになりかねないと思っています。
私自身もそういった常に新しいサービスを付加した形でキャッチアップをしながら、ハード面、ソフト面をしっかり磨いていくことが大切だと考えています。
今後の経営・事業の展望
ーー今後の展望についてもう少しお話を伺いたいと思っています。2027年までに15万室を目指していらっしゃると書かれています。それを実現していくために資金調達の重要性や新しい資金調達スキームの研究について、どのような考え方をされているのか教えていただけますか?
元谷:昨年の12月19日にリート投資法人の資産運用会社を取得しました。フランチャイズオーナーが資金調達しやすくなるように、リートを活用してフランチャイズに取り組みやすい環境を整えたいと考えています。この15万室構想は、直営とフランチャイズ、アパ直参画ホテルの室数を合わせたものですが、リートを活用した店舗展開は、ホテルの所有・運営・ブランドという3つの収益構造を一手に担ってきた当社が、展開スピードを加速させるために導入した新たな手法です。
フランチャイズでは、所有と運営を両方行っているオーナーもいれば、運営のみのオーナーもいます。そこでリートを通じて、フランチャイズオーナーが所有しているホテルをオフバランス化することも検討しています。バランスシート上でどのようにポートフォリオを持つのが良いかを考慮しながら進めていくつもりです。
私たちはホテル業というよりも、ホテル投資業に近い存在だと考えています。その中で、償却をしっかり取りながら収益を出すことを重視して運営しています。特に、昼間人口にフォーカスして展開していきたいと考えています。
ーー昼間人口にフォーカスするとは、どのような戦略なのでしょうか?
元谷:昼間人口とは、定住人口の数から昼間に通勤通学する人数を増減した人口を指します。多くの経営者が定住人口に着目していますが、ホテル業は目的地の近くに泊まりたいお客様が多いため、昼間人口が多いところが適していると考えています。実際、昼間人口と夜間人口の分布を見ると、定住人口が多いベッドタウンよりも都心部や繁華街の方が昼間人口が多い傾向にあります。
そのため、昼間人口の多いエリアに出店することが理にかなった出店戦略だと考えています。そして、ハードルを低くして出店するために、直営の出店についてもリートを活用した出店を検討しています。
全国の経営者へ
ーーTHE OWNERの読者の皆様へ、アパグループの元谷氏が注目してほしい点やメッセージをお伺いできればと思います。
元谷 :2代目、3代目の経営者の方々に向けて、私自身が事業承継の経験者として1つアドバイスをさせていただくとすれば、事業承継の前の段階で創業者の意見を尊重し、ベクトルを合わせる努力をすることが大切だと思います。これは、自分の意見とは異なる場合もあるでしょうが、ベクトルを合わせることで、事業承継がスムーズに進み、受け継いだ時に有利な立場で物事を進めることができると考えています。
私自身は、大学4年生の時に家業に戻るかどうかを決めるために、家業を継がない場合は、法定相続権を含めた財産すべて放棄するという文言にサインすることを求められました。その経験は、後継者として覚悟を決めることが、その後の躍進につながることを教えてくれました。覚悟を決められずに事業を継承してしまうと、最終的には事業が分散してしまうリスクがあります。
私は、起業家になるか家業を承継するかの2択で考えていましたが、家業を承継することで将来的に1兆円規模の事業を手がけることができると考えました。そして、実際に、世界で19番目のホテルチェーンとしての規模を持つアパグループを率いることができました。これは、ベクトルを合わせて事業継承を進めることで、大きな成果を上げることができたからだと思います。
これからのアパグループの躍進は、私の器1つで変わってきます。自分の器に期待し、さらなる成長を目指したいと思っています。
ーーありがとうございます。今後のアパグループの更なる躍進に期待しております。
- 氏名
- 元谷 一志(もとや いっし)
- 社名
- アパグループ
- 役職
- 社長 兼 CEO