日本М&Aセンター食品業界支援グループの岡田享久です。 当コラムは日本М&Aセンターの食品専門チームのメンバーが業界の最新情報を執筆しております。 今回は老舗外食・食品企業のM&Aを解説します。
老舗食品企業の2023年 M&A公表事例と傾向
2023年度の食品業界のM&Aにおいて業界全体の約4割が創業50年以上の企業です。背景として、長年日本の食卓を支えている醤油や海苔、味噌といった日本独自の食文化の担い手が人不足・原材料費の高騰、経営者や従業員の高齢化に伴う営業力の衰えなど様々な課題を抱えている現状があります。そんな2023年度のM&Aの代表的な老舗食品企業の事例を考察付きで紹介します。
2023年老舗企業のM&Aまとめ(公表日ベース、右が譲渡企業)
山本海苔店(創業1849年)×高岡屋(創業1890年)老舗海苔同士のM&A
厳しい環境だからこそ同業で手を取り合って次の100年を
山本海苔店は2021年に40歳の若さで社長に就任した山本社長が経営する海苔製造販売の会社です。 ここ数年の温暖化による海苔の品質の低下と不作により厳しい経営環境に置かれている海苔業界ですが、山本海苔店は高級海苔ギフト市場に強みを持ち、高岡屋は海外の販路に強みを持ちます。
販路のクロスセルだけでなく、物流面や人材面の交流を通してシナジーが見込めるものと想定されます。 海苔業界は、海外需要の伸びが2020年の141億ドルに対して、2028年には249億ドルに到達すると予測されます。
日本では生産環境の悪化も懸念されていますが、海苔の栄養価の高さや、ビーガンへの移行といったトレンドによりアジアだけでなく、北米市場でも需要が高まりつつあります。 そんな市況下で、国内のパイの争奪ではなく、海外のシェアを取れる企業同士のM&Aとなりました。 参考: Global: Seaweed Market: Major Drivers and Challenges
ベルーナ(総合通販会社)×谷櫻酒造(1848年創業の酒造メーカー)
総合通販会社による異業種参入
谷櫻酒造は業歴175年の4代目社長が運営する山梨の酒造メーカーです。 高度な技術を要する酒蔵は日本だけでなく、海外の企業も注目されています。
そんな中、日本酒の輸出額は2022年時点で、2013年の251億円から約5.5倍の1390億円まで伸びています。 谷櫻酒造は2022年6月期の売上は約1億円と酒蔵として高いマーケットシェアを持っている企業ではないですが、八ヶ岳南麗の豊かな自然と清らかな湧水を使用できるといった、酒造に適した地の利が評価されたと想定されます。
買い手となった、ベルーナは衣食住領域のネット販売における強みを持つ総合通販会社であり、谷櫻酒造の良質な日本酒をより広い消費者に届けることが実現できると想定されます。 参考:国税庁 最近の日本産酒類の輸出動向について
エバラ食品工業×丸二(1967年創業広島の調味料メーカー)
大手企業によるM&A
丸二は焼きそばソースやうどんスープなどの粉末製品、お茶漬けやふりかけの原料となる顆粒(かりゅう)製品、液体スープなどのOEM(相手先ブランドによる生産)を主事業としています。 黄金の味が主力商品のエバラは小容量商品の生産能力の向上を目指すことを目標としており、丸二として資本提携を行うことで、東日本と西日本の地域性による製造ノウハウの取得、両社の製造商品の類似性という意味でもシナジーが見込めます。
いなば食品×三共食品(1952年創業、レトルト食品製造業)
社長35歳!成長戦略型M&A
三共食品はいなば食品のOEMも行う会社です。 社長の森琢史氏は1988年生まれの35歳であり、一族経営に執着せず、会社を伸ばすために~地元の有名食品メーカーに譲り渡すことで取引基盤、経営の安定化を図ったものと思われます。
物価高騰で新規での工場の設備投資費用がかさむ中、食品製造工場のM&Aは今後さらに増えると想定されます
PEAKS×山本味噌醸造場(1916年創業味噌メーカー)
インターネットマッチングを使ったベンチャー企業のM&A
こちらのМ&Aは、インターネットマッチングサイトのバトンズを活用した事例となります。 PEAKSは次世代の発酵食品メーカーを目指し京都で設立されたバイオ系スタートアップ企業です。
代表の金崎氏は生物学や分子生物学、免疫学の知見を持ちます。 山本味噌は1916年創業で、現在直江津地区に唯一残る味噌製造業です。
後継者がおらず、「自分が元気なうちに『山本味噌』のみそ作りが続く形にしたい」と会社の譲渡を50歳の社長が決断しました。 既存の生産設備と販売網は維持しつつ、金崎氏は製品開発と経営を行うという形で後継者不在の解決に至りました。