この記事は2023年11月23日に「テレ東BIZ」で公開された「シャウエッセンを超えろ!~巨大食肉メーカーの大改革:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
平成No.1ヒット商品~意外すぎる隠し味とは?
平成の30年間にスーパーで一番売れた商品(「日経メディアマーケティング」/2019年当時の集計)のベスト3は、第3位「マルちゃん焼そば」、第2位「アサヒスーパードライ」、そして第1位に輝いたのがウインナーの「シャウエッセン」だった。
それまで赤いウインナーが主流だった日本に日本ハムのシャウエッセンが登場したのは1985年のこと。人気に火をつけたのは弾ける食感と溢れ出る肉汁。商品名はドイツ語の「観る(シャウ)」と「食べ物(エッセン)」を組み合わせた。味わうだけではなく、見た目も楽しめる本場ドイツのウインナーとして食卓の定番になった。
▽日本ハムのシャウエッセンの人気に火をつけたのは弾ける食感と溢れ出る肉汁
シャウエッセンを作っている日本ハム北海道ファクトリーを訪ねてみると、小学生でいっぱい。子どもたちに人気の工場見学は2カ月先まで予約が埋まっている。
その製造方法は従来のウインナーとは大きく異なっていた。
まず、従来の家庭用ウインナーには鶏肉や魚肉なども使われていたが、粗挽きの豚肉のみを使用。その粗挽き肉に投入されるのは粉末状の水飴だ。「水飴を使用することによって日本人が好みとする甘味とうまみを際立たせます」と言う。本場ドイツのソーセージはビールのつまみとして食べるため、塩気が強いのが特徴。だがシャウエッセンは、ご飯のおかずに合うよううまみを引き出す水飴を加えたのだ。
▽粗挽き肉に投入されるのは粉末状の水飴
次は挽肉を詰める皮。従来のウインナーはコラーゲンなどで作った人工の皮を使っていたが、シャウエッセンは本場と同じ羊の腸を使った。そしてじっくりと加熱・燻製すれば完成だ。
午後2時、工場のスタッフが集まってきた。その日に作ったものを試食し、味と食感を確認する「官能検査」。30年以上、毎日続けられている。「味や『パリッと感』が出ているかという部分を、官能検査として食べながら検査しています」と言う。
調理法も変えた。従来のウインナーは炒めるのが当たり前だったが、皮が焦げたり、破れて肉汁が逃げてしまう。そこでシャウエッセンはボイルを提案した。
▽シャウエッセンは本場と同じ羊の腸を使いボイルを提案した
スーパーでの試食販売を広めたのもシャウエッセンだと言われている。実は発売当時、羊の腸に包まれたウインナーを敬遠する客が多かった。そこで実際に食べてもらい、味や食感、パリッとした音を知ってもらおうとしたのだ。
すると発売翌年には売り上げ250億円を突破。日本ハムの看板商品となった。
シャウエッセン以外の商品は?~驚き!日本ハムの肉ビジネス
シャウエッセンが有名だが、それ以外にもスーパーの精肉売り場には日本ハムの商品が並んでいる。パッケージに社名の表記がないために知られていないが、国内で流通する牛・豚・鶏の食肉のうち、約2割が日本ハムの商品だ。
▽スーパーの精肉売り場には日本ハムの商品が並んでいる
「日本ハムさんの商品にはいろいろな種類がありまして、何でも揃い、なおかつ品質が高い。バイヤーとして非常に助かっている存在です」(「オリンピック」佐々木智史さん)
日本ハムは多くの外食チェーンにも肉を卸している。「焼肉きんぐ」もそのひとつ。「餃子の王将」でも、全国の多くの店舗で、餃子の餡に日本ハムの肉が使われている。
日本ハムの本社は大阪にある。従業員はグループ全体で約2万7,000人。連結売上高約1兆2,600億円を誇る食肉業界の最大手だ。
肉だけではない。野菜を加えるだけで本格中華が作れる「中華名菜」シリーズは1994年に発売されたチルド惣菜のロングセラー。乳製品にも力を入れており、1980年には日本で初めて「飲むヨーグルト」と銘打った商品を発売。さらにはサバの缶詰まであって、食品メーカーとしても売上高が味の素に次いで国内第2位だ(2022年度、飲料を除く)。
▽日本ハムは食肉業界の最大手、肉だけではなくサバの缶詰まである
日本ハムは1942年、徳島の養豚業者たちによる小さな加工工場から始まった。戦後、ハムやソーセージの需要が高まるにつれ、牛や鶏なども扱い、事業を拡大していく。
1963年には本社を大阪に移転。1973年にはプロ野球球団を買収し、日本ハムファイターズが誕生する。それを機に会社の知名度は全国区となった。
そんな日本ハムが50年以上も前から続けている取り組みがある。1969年に始まった「奥様重役会」という会議がルーツの「食の未来委員会」。社外モニターが1年間、日本ハムの商品を試食して評価する。
この日は10人の社外モニターが集まり、エビをウリにした加工食品を評価。「エビの量が全体的に少ないと思いました。商品名にエビって大きく出ているので、たくさんエビが入っていると期待して開けたんですけど」「最初はおいしいと思って、ずっと食べ続けたら、なんかちょっと味が単調」など、手厳しい意見が次々と。こうした消費者の声をもとに商品を改良していくのだ。
約40年受け継がれてきた~「シャウエッセンの掟」とは
▽北海道・北広島市の「エスコンフィールドHOKKAIDO」
日本ハムには今年オープンした人気スポットがある。日本ハムファイターズの本拠地、北海道・北広島市の「エスコンフィールドHOKKAIDO」だ。
日本ハムグループが運営しているだけあってスタジアムグルメも充実。中でも一番人気は長いシャウエッセンをパンに挟んだ「シャウエッセンホットドッグ」(650円)だ。
試合前、新庄剛志監督と親しげに話していたのは社長・井川伸久(62)。対戦相手のファンとも気さくに交流するノリの良い人物だが、実は社内で40年間受け継がれてきたシャウエッセンの掟を破った男である。
「伝統と呼ばれているものに制限されていると。このままじゃダメだ、と」(井川)
次から次へと掟破りの商品を連発。さらに新たなヒットを生み出そうと、全社をあげてのプロジェクトを立ち上げた。
▽「伝統と呼ばれているものに制限されている。このままじゃダメだ。」と語る井川さん
2023年4月、日本ハムの社長に就任した井川。きっかけとなったのが、発売から40年近く経ったシャウエッセンの改革だった。
「シャウエッセンを調べてみると、ヘビーユーザーが非常に高齢化している。若い方に十分アプローチできていない。これが改革の発端です」(井川)
実際、シャウエッセンの購入客を見てみると50代以上がおよそ6割を占めていた。
5年前、加工食品事業の担当役員だった井川。部下の小村勝とともにシャウエッセンの改革に乗り出した。しかし、そこには大きな壁が立ちはだかる。
「切ってはいけない、焼いてはいけない、違う味を出してはいけない。やはり看板商品ですので、それをキープするためにいろいろな社内のルールがありました」(小村)
それは「シャウエッセンの掟」として、決して破ってはならないものとされてきた。
開発当時に作られた資料は「大事なものが記されていますので、全員が見られるわけではない」と言う。そこに記されている内容が40年近くも頑なに守られてきたのだ。そこには「どうしたら良い音がするか」という、食感へのこだわりや、「炒めるのではなくボイル」という客の調理の仕方まで、厳密に規定されていた。
▽「開発当時に作られた資料」記されている内容が40年近くも頑なに守られてきた
「(客から)『電子レンジで何秒でいけるんですか?』という問い合わせがたくさんありました。我々は大変失礼ながら、『電子レンジはできません、ボイルしてください』とお答えを返していたんです」(小村)
ピザから始まった「掟破り」~若者が反応して再び売り上げ増へ
しかし、発売当時とは時代は変わっていた。共働きの増加や電子レンジの普及によって、手間のかかるボイルは避けられるようになった。一方でライバルも本格的なウインナーを発売。長年、一強だったシャウエッセンの売り上げは伸び悩んでいた。
「低迷している大きな要因として、チャレンジ意識が非常に薄れているんではないかと感じました。このままじゃダメだと」(井川)
井川は「掟破り」に打って出た。最初が2018年発売の「シャウエッセンピザ」。「切ってはいけない」という掟を破り、シャウエッセンをスライスして乗せたのだ。
▽「切ってはいけない」という掟を破った「シャウエッセンピザ」
ところが5年前、「シャウエッセンピザ」を発表した展示会では、居合わせたOBたちから猛反発を受けた。「食感が変わってしまうだろう」「肉汁が逃げてしまう」「お前たちはシャウエッセンを潰す気か」というわけだ。
「今までシャウエッセンを作ってきた方々に囲まれまして(笑)、『何してくれるんや』と。これで『シャウエッセンは終わりだ』くらいの勢いで、きついことを言われました」(小村)
井川たちは足繁くOBの元を回り、新しい商品への理解を求めた。
「シャウエッセンを開発したメンバーは少なくとも10人以上いる。キーになる方に仁義を切りに行きました」(井川)
ようやくOKをもらうと、今度は「味の掟」を破った。プレーンだけだったシャウエッセンのチーズとホットチリを発売。そして「手のひらを返します」という広告まで打ち出した。そこには「……これまでシャウエッセンのレンジ調理を禁止しておりました。しかし、ついに解禁することになりました……」とある。長年タブーにしてきたレンジ調理を解禁したのだ。
▽「味の掟」を破りプレーンだけだったシャウエッセンのチーズとホットチリを発売
さらにチーズが入ったシャウエッセンでは、社内の混乱の様子をドラマ仕立てで描いたCMまで流した。
そんなシャウエッセンの変化に反応したのは若者たち。シャウエッセンのASMR(咀嚼音)を聞かせる動画がネット上で大バズリしたのだ。
こうして勢いを取り戻したシャウエッセンは売り上げも再び伸び始めた。
熱闘!甲子園~ユニークな商品が次々誕生
7月、日本ハム東京支社で年に一度のイベント「開発甲子園」が開かれた。
「メーカーとしてヒット商品を作っていくことが必要不可欠です。今までにない商品をつくるという気概を持ってこの現状を打破してほしい」と訴える井川。全国の工場などから、予選を勝ち抜いた若手開発者たちが新商品のアイデアをプレゼンする。井川が中心となり、2018年に始めた。
▽「今までにない商品をつくるという気概を持ってこの現状を打破してほしい」と訴える井川さん
「まろやかミルク味噌ラーメンを提案します。牛乳を活用した新たな製品の市場への投入」とある若手社員がプレゼンしたのは、牛乳と味噌を合わせてスープを作った「ミルク味噌ラーメン」。
社員たちも試食し、「商品的に日本ハムグループでやる理由は?」などと疑問をぶつける。
提案した若手社員は「酪農業界は危機的な状況となっています。需要が落ち込み生乳が余っている。この課題解決を目指してやっていく意義があると考えております」と答えた。
続いては「大流行のサウナへのアプローチを行い、ユールシンカという食べ物を販売します」という提案。ユールシンカは北欧生まれの豚肉料理。それを全国のサウナで売り出すというアイデアだ。
試食した井川は「ぜひ(サウナがある)ボールパークでやってみたらどうですか。そこで発信をしながら、商品化につなげていった方がいいんじゃないかなと」。その場でボールパークでのテスト販売が決定した。
開発甲子園からはこれまで「つけ麺の素」など17品が商品化されている。
そのうちのひとつが、今年3月に発売された「グラフォア」。ガチョウやアヒルの肝臓「フォアグラ」の代替食品だ。
▽「フォアグラ」の代替食品「グラフォア」
原料は鶏のレバー。それをラードなどと混ぜ合わせペースト状にする。形を整え、加熱して冷ませば完成だ。本物のフォアグラと比べても見た目は瓜ふたつ。調理法もフォアグラと同様、フライパンで炒めると、外はカリカリ、中は滑らかな口溶けのソテーになる。
このグラフォアは2022年の開発甲子園で準優勝した商品。考案した社員は、フォアグラは「飼育方法が残酷」という批判から、生産量が減っていることに目をつけた。「フォアグラが食べられなくなり、食文化がなくなってしまうことにならないように、何かできないかと考え始めたのがきっかけです」と言う。
新たなアイデアから生まれた商品は他にもある。
肉の楽しみ方が変わるのは、2022年にスタートした通販の新商品「ミートフル ソーセージキット」(5,280円)。中にはソーセージ作りを体験できるキットが入っている。付属のソーセージメーカーを使い、羊の腸にミンチ肉を注入していく。ボイルすれば完成だ。他に専用のグリルまでついた「バラエティ串焼きキット」や、ハンバーガーを作れる「ハンバーガーキット」もある。
▽ソーセージ作りを体験できる「ミートフル ソーセージキット」
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
牛7万頭、豚60万頭、鶏7千万羽を日本ハムは飼育している。シャウエッセンは長いこと唯一無二のブランドだった。甘みを感じてもらうため挽肉に水飴を混ぜた。いくつの甘い味のものを、どれだけの量、入れてみたのか、想像できない。
工場長が集まる会議で「新しい味を出したい」と言ったら、その場は凍った。シャウエッセンはそのくらい大切なものだったのだ。33年後、やっと派生商品が生まれた。
新商品開発「失敗しても大したコストではない、現場がやる気になることのほうが重要」。井川さんはそう言う。
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<出演者略歴>
井川伸久(いかわ・のぶひさ)
1961年、大阪府生まれ。1985年、関西大学法学部卒業後、日本ハム入社。2018年、加工事業本部長就任。2023年、代表取締役社長就任。
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