近年、企業の事業ポートフォリオの見直しに伴い、グループ会社や事業の切り離し、つまりカーブアウトの動きが加速しています。不採算部門の切り離しだけでなく、成長の加速を目的に有力事業が対象となるケースも見られます。
本記事ではカーブアウトの概要、メリット・デメリット、実施の流れについて詳しく見ていきます。
カーブアウトとは
カーブアウト(carveout)とは、企業が子会社や事業の一部を切り出し、他の企業に売却、譲渡することで、別組織として独立させる経営手法です。
カーブアウトを通じて、企業は特定の事業活動に集中し、その部門の効率や収益性を向上させることができます。成長性が見込める事業が切り離された場合、新しい経営陣や戦略のもとで、以前よりも高い成長を実現する可能性が高まります。
反対に、特定の事業活動が高リスクである場合、主要な事業から分離することで、リスクを管理・分散させることができます。
カーブアウトが活発に行われている背景
長らく日本の上場企業は、買収する側として投資を行ってきました。しかし2020年以降、上場企業グループにおけるグループ会社やグループ事業の切り離しが一気に加速しています。その背景には、事業ポートフォリオ見直しの機運の高まりが挙げられます。
スピンオフ、スピンアウトとは
いずれもカーブアウトと同様に、自社の事業を切り離して独立させる方法ですが、それぞれ親会社との資本関係の有無が異なります。
スピンオフは、親会社との資本関係を維持したまま、既存の事業部を独立させて、新企業を設立することを指します。親会社のブランド力やリソースを活用することができますが、完全な独立ではないため、事業展開において親会社の影響力が残ります。
一方、スピンアウトは、親会社との資本関係を解消して、完全に独立させる場合を指します。例えば、専門性を有する技術者が独立して新会社を立ち上げるケースが該当します。元の親会社のリソースが活用できないため、自力で成長を目指す必要があります。
カーブアウトのメリット
カーブアウトで得られるメリットは、以下の通りです。
コア事業に経営資源を集中できる
不採算事業を切り離す場合、資金や人材などの経営資源を中核事業に集中させることができ、効率的に経営資源を配分できます。
自社事業の一部門にとどめるより大きな成長を見込める
自社内の将来的に有望な事業を切り離す場合、外部から出資者を募ることで、資金や人材などの経営資源の提供も受けられるようになります。
外部資金を調達することで、自社内の事業の一部門にとどめておくよりも大きな成長を期待できます。
親会社自身も、企業価値向上が見込める
独立させた新会社が成長を遂げていくことで、親会社のグループそのものの企業価値やブランド力向上が期待できます。
カーブアウトのデメリット
カーブアウトを行う際、注意しておきたいデメリットは、以下の通りです。
人的リソースの問題
切り離しに伴い、切り離された側や、受け入れる側共に、従業員の移動や再配置が必要となるケースがあり、これが組織内の摩擦を生む可能性も考えられます。
許認可の引き継ぎ
事業譲渡によってカーブアウトを行う場合、許認可や契約はそのまま引き継げないため、対象事業に許認可が必要な場合、新たに取得しなければなりません。
そのため、あらかじめ許認可取得に必要なステップを、企業間で確認して進める必要があります。
意思決定の複雑化
カーブアウトで第三者に出資を受ける場合、従来通り自社のみの意思決定ではなく、第三者の意見を確認する必要が出てきます。
組織が分散されることで、従来に比べて意思決定のプロセスが複雑化し、成長を阻害する要因にならないよう注意が必要です。
具体的な状況や事業の性質によって、メリット、デメリットは様々ですが、カーブアウトを検討する際には、これらの点を慎重に考慮する必要があります。
カーブアウトの主なスキーム
カーブアウトで主に用いられるスキームは、以下の通りです。
グループ子会社を第三者に売却する場合は、子会社の株式を譲渡する、株式譲渡が用いられます。子会社の株主である親会社が対価を受け取ります。
事業の一部門を譲渡する場合には、事業譲渡や会社分割が用いられます。
事業譲渡の場合、事業が保有しているリソース(事業用資産や事業運営に関する権利や人材など)を個別に承継する必要があります。
会社分割の場合、会社が有する権利・義務の一部あるいはすべてを別会社に承継するため、契約など従来通りの内容で引き継ぐことができます。
カーブアウトを行う際の留意点
そのほか、カーブアウトを行う際に留意しておきたいポイントは、以下の通りです。
適切なスキームの選択
カーブアウトを成功させるには、企業規模・財務状況・許認可の状況・知的財産・カーブアウトを行う目的、それぞれの要素を慎重に検討した上で、前述ご紹介した会社分割、事業譲渡などのスキームを選択することが求められます。
会社分割では、個別契約や許認可などを改めて締結する必要はなく、自動的に引き継がれます。一方、事業譲渡では個別の契約を新たに締結すること、許認可の再取得が必要になります。
従業員への配慮
従業員との関係性もカーブアウトを成功に導くために重要なポイントです。親会社、新会社それぞれのバランスを見ながら組織体制構築のスキームを工夫する必要があります。
組織の変更により人の異動が伴うため、従業員のモチベーションを損なわないような配慮、人員配置が不可欠です。
知的財産の取り扱い
知的財産の取り扱いも重要なポイントです。親会社とカーブアウトした新会社が知的財産(特許など)を共有して利用したい場合は、
①会社分割で特許を共有する方法
②事業譲渡で親会社に知的財産権の権利を残した状態で新設会社にライセンスのみを付与する方法
が考えられます。どちらの方法が自社の事業運営に適しているのかを慎重に検討することが重要です。
株主総会での決議手続き
一般的に、カーブアウトの実行には、通常株主総会の開催が必要です。想定しているスケジュールに沿ってカーブアウトを推進・遂行するには、株主総会を適切なタイミングで開催して決議を得る必要があります。
ただし、出資状況によっては株主総会の開催が不要なケースもあるため、自社の運営状況を踏まえて株主総会の開催を検討しましょう。
カーブアウト実行の主な流れ
カーブアウトを行う主な流れは、以下の通りです。
①実行スキームの検討・選択
前述のとおり、まず会社分割あるいは事業譲渡のどちらのスキームを用いるか検討する必要があります。それぞれの手法の特徴やメリット・デメリットなどを踏まえて、慎重に検討・選択することが重要です。
②必要事項の検討・決定
スキームが決まったら、次に必要事項を検討・決定します。
必要事項は、事業部門を構成している資金や負債、取引先や販売先との契約関係、従業員の雇用関係、カーブアウト実施後の社員の処遇・役職や待遇、知的財産の継承などが挙げられます。必要事項の検討・決定をするには、カーブアウトした新設会社に引き継ぐものと引き継がないものを明確に分けることが重要です。
③適時開示の検討
上場企業がカーブアウトを実施する場合は、その旨を公表する必要があります。一般的には、カーブアウトの契約を締結した時点(株式譲渡あるいは事業譲渡の契約を結んだタイミング)で公表するのが通例です。
④会計データの調整・カーブアウト財務諸表の作成
特定の事業部門の会計データ(特に貸借対照表)を整備している企業は少ないので、親会社と新設会社の会計データを調整して、カーブアウト財務諸表を作成します。
カーブアウト財務諸表とは、カーブアウトの対象事業が切り離される際に単独で事業を運営したケースを想定して疑似的に作成される財務諸表です。プロフォーマ(仮定の)財務諸表とも呼ばれます。
カーブアウトを行った企業事例
最後に、事業部門や子会社のカーブアウトを行った企業事例をご紹介します。
日立製作所による日立物流のカーブアウト
2022年4月、日立製作所は持分法適用会社である日立物流の株式を、米国の大手投資ファンドであるKKRに売却することを公表しました。
かつて日立製作所は多くの上場子会社を保有していましたが、効率的な経営資本の投下や経営リソースの最適な配分の観点から批判が多かったため、上場子会社を徐々に整理してきた経緯があります。
今回の日立物流の売却はグループ企業整理の仕上げ段階と言える取引であり、経営効率・投資効率の向上を目的とするディールとも言えます。
日本ハムによるマリンフーズのカーブアウト
2022年9発に日本ハムは子会社であるマリンフーズのすべての株式を総合商社である双日に譲渡すると公表しました。
マリンフーズは水産食品加工会社であり売上高は約840億円(2021年3月期)と規模の大きな子会社です。この取引は、選択と集中の典型的な例と言えます。
日本ハムは自社の中核事業に経営リソースを集中させるとともに、マリンフーズは新たな親会社(双日)のもとで成長を図る狙いがあります。
終わりに
カーブアウトは、特定の事業を本体から切り離して新たな会社を設立する経営手法の一つです。また、経営資源を適切に配分して選択と集中を実践するために有用な手段とも言われています。
不採算事業を切り離してコア事業の経営に集中できるようになり、不採算事業だったビジネスも新たな親会社のもとで成長を期待できるなどのメリットがあります。
カーブアウトには意思決定の複雑化や間接部門の不在などのデメリットもあります。しかし、企業規模・財務状況・許認可の状況・知的財産などの要素をしっかり検討して適切にスキームを選択・実行すれば、デメリットによるリスクを極力減らせるしょう。
カーブアウトを成功させるには、メリットとデメリットを十分に考えて入念に下準備を行う必要があります。
著者
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