企業の実力はトイレに表れる? あらゆる会社が意識すべき「ブランド環境保護」
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(本記事は、スコット・ベドベリ氏(著)、スティーヴン・フェニケル氏(著)、 関野 吉記氏(監修)、 土屋 京子氏(翻訳)の『ザ・ブランド・マーケティング  「なぜみんなあのブランドが好きなのか」をロジカルする』=実業之日本社、2022年12月19日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

ブランド環境保護のケース・スタディ

小売が強かろうと弱かろうと、すべてのブランドにとって、環境は市場における成功を決定的に左右する要素だ。たとえば、法律事務所、会計事務所、コンサルティング会社などの環境としては、オフィスが決定的に重要だ。さらに、レターヘッド、ロゴ、服装規定、受付係の声や話し方なども重要だ。店頭で目を引くものだけでなく、デイブ・オルセンが言ったように「どれも、だいじ」なのだ。店頭で見える部分は、むしろ簡単だ。むずかしいのは、広義の「環境」、つまりブランドを見せる上で企業にコントロール可能なあらゆる要素にかかわる部分だ。これまでブランド設計者として、ブランド環境保護のキーポイントを数多く見てきた経験から、いくつかのケースを紹介しよう。

シェル石油とスターバックス―― 実力はトイレに出る

シェル石油のシンクタンクの会議で、CEOから、「リットルいくらで石油を売るだけの会社から、一段向上するための方法を考えてほしい」という要請があった。

いろいろな意見が出たが、わたしは、全国にあるシェルのガソリンスタンドのトイレを清潔にし、質を向上させることを提案した。一般のドライバーには、ガソリンの質を見分けることはできないが、ガソリンスタンドのトイレの質ならわかる。簡単に手早く改善できるポイントだ。小さい子どもがいる家族ならば、トイレが清潔かどうかは、ガソリンスタンドを選ぶ際の重要な基準になる。

残念ながらガソリン業界の現状やスタンドのさまざまな経営形態を考えると、ペーパータオルやティッシュペーパーがきちんと備えつけてあって、息を止めずに用が足せるトイレを全国津々浦々のガソリンスタンドで実現するのは容易ではない。それでも、わたしの経験からすると、シェルはほかの企業よりもこの方面に注意を払っているように思われた。

コスト削減を考える過程で、意識的あるいは無意識的にブランドの整合性が犠牲にされる場合がある。スターバックスが輝かしい成功をおさめた原因の一つに、ブランドの整合性を傷つけることなく経費を抑制・削減してきたことがあげられる。もちろんスターバックスとて完璧ではないが(だれも完璧ではない)、最高の部類にはいることは間違いない。ほかの企業と同じく、スターバックスでも定期的に利益増進のための会議が開かれ、各方面の担当者が出席する。そうした会議の席で、ある日、経理部門の若手役員が入念に練り上げた提案をおこなった。スターバックスの全直営店で使っている二枚重ねのトイレットペーパーをシングルに替えたらどうか、というのだ。かなりの経費削減になる、と、その若者は主張した。

わたしが口を開くより早く、ほかの役員から大まじめな質問が飛んだ。

「シングルにしたら、使う長さがかえって長くなるんじゃないか?」
「それも計算に入れてあります」

同じく大まじめな声で返答があった。

「資料にもあるとおり、長さ的には31パーセント増ですが、シングルなので、それでもかなりのコスト削減になります」

こういう会議に初めて出席したわたしは、飛びかう話をあっけにとられて聞いていた。提案者が数字だの予測だのを説明しているあいだ、わたしは隣に座っている役員に話しかけた。進行中の議論に違和感を覚えているのは、わたしだけだろうか?

「なんか、へんですよね。店の改装や何かにあれだけの金をかけておいて、トイレットペーパーだけガソリンの安売りスタンドみたいな質に落とすのは……。本気なのかな?」

さいわい、わたしが自問しているあいだに経営陣も正気を取り戻し、わたしが口を出す前にトイレットペーパーの案件は否決された。

この種の問題に関して、わたしのアドバイスは簡単だ。

コスト削減策を考えるときは、顧客の視覚、触覚、嗅覚、聴覚に触れにくい部分から手をつけること。そして何よりも、顧客との接点すべてにおいて同一レベルを保つこと。最も弱い部分(トイレ)がすなわち企業の実力なのだ。

長距離運送業者を替えるほうが、トイレットペーパーを替えるより安全だと思ったほうがよい。清掃用品の仕入先を整理統合して納入業者の数を絞るのもよい。照明の質を落とさないという前提で照明器具を見直すのも、選択肢の一つだろう。小売店の場合は、顧客の身になって、店のどの部分が重要かを見直すとよい。

※顧客が感じることを感じるべし
※顧客が見るものを見るべし
※顧客が聞くものを聞くべし
※顧客が嗅ぐにおいを嗅ぐべし

ドアの把手の質はどうか。ドアのガラスはきちんと磨いてあるか。入口からカウンターまでの動線は整理されているか。客が手を触れ、小切手を書き、現金やクレジットカードを置くカウンターはどうか。

トイレもお忘れなく。

人目に触れるすべての場面に気を配れ

ブランド環境保護とは、かならずしも実際の店舗だけを念頭に置くものではない。ブランド品が販売される、あらゆる場面が問題なのだ。直営店を持てる企業は数少ない。直営店を持たない企業は、流通のあらゆるポイントで積極的に自社ブランドを守らなくてはならない。

眼に有害な紫外線や青色光をカットする高級サングラスで有名なオークリーは、国外販売向けに出荷したわずかに欠陥のある商品をコストコがどこからか入手したという情報をつかむと、コストコの店すべてに従業員または代理の人間を派遣して商品をぜんぶ買い取り、ただちに廃棄した。たぶん、オークリーは欠陥商品がコストコの手に渡った経緯も調べあげたはずだ。

エスティローダーのようなブランドが長いあいだ力を維持してきたのは、少しも不思議ではない。何十年も前から、こうしたブランドはデパートでのブランド・プレゼンテーションに関する基準を設けてしっかりと管理を続けてきたのだ。こうしたブランドとノードストロームのような高級デパートとの関係は、いまや伝説となっている。

ヨーロッパの番組配信会社がヨーロッパにディズニー・チャンネルを作りたいと打診してきたとき、そのチャンネルがアメリカならばR指定になるような番組を流す事実を知ったディズニーのマイケル・アイズナーは、ためらわず交渉を打ち切った。

ブランドは、商品が流通網を通って末端消費者の手に届くまでのすべての段階に目配りしていなくてはならない。すべてのブランドが、そういう仕事をきちんとできているわけではない。

たとえば、フォードのディーラーは、なぜ、どれもこれもシボレーのディーラーみたいに見えるのか。そして、そのシボレーがトヨタのディーラーにそっくりなのは、どういうわけか。自動車業界は、最も肝腎な部分でブランドの差別化に無頓着なようだ。その結果、消費者はどこのディーラーヘ行っても、コンクリートパネルの壁をつなぎあわせた箱に安物のカーペットを敷きこんだようなショールームに足を踏み入れることになる。そのくせ、自動車メーカーは、競合相手に差をつけるキャンペーンを作れ、と広告代理店を締め上げるのだ。

ザ・ブランド・マーケティング  「なぜみんなあのブランドが好きなのか」をロジカルする
著 スコット・ベドベリ Scott Bedbury
1995 年から98 年まで、スターバックスのマーケティング担当副社長。それ以前は7 年にわたってナイキの広告部長をつとめ、「ボーは知っている」や「ジャスト・ドゥー・イット」の広告キャンペーンを指揮した。現在はフリーのブランド・コンサルタントで、「リー・ビューロー」のスピーカーもつとめる。
著 スティーヴン・フェニケル Stephen Fenichell
著書に「Plastic: The Making of A Synthetic Century」と「Other People's Money」。「ニュー・ヨーク」「メンズ・ジャーナル」「GQ」「リアーズ」「スパイ」「コナサー(目利き)」「コンデナスト・トラベラー」「ワイアード」などの雑誌にも寄稿している。
翻訳 土屋京子
翻訳家。訳書に『ワイルド・スワン』(ユン・チアン)、『EQ ~こころの知能指数』(ゴールマン)、『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』(トウェイン)、『ナルニア国物語 一~七巻』(ルイス)、『秘密の花園』『小公女』『小公子』(バーネット)、『あしながおじさん』(ウェブスター)、『部屋』(ドナヒュー)など多数。
監修 株式会社イマジナ 代表取締役社長 関野吉記
株式会社イマジナ代表取締役社長。London International School of Acting 卒業。卒業後はイマジネコミュニカツオネに入社し、サムソナイトなど多くのコマーシャル、映画製作を手がける。その後、投資部門出向、アジア統括マネージャーなどを歴任。経営において企業ブランディングの 必要性を痛感し、株式会社イマジナを設立。アウター・インナーを結びつけたブランドコンサルティングですでに2,700社以上の実績を挙げている。最近では活躍の場を地方自治体や伝統工芸にまで広げ、ジャパンブランドのグローバルブランド化を推し進めている。 

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