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産経ニュース エディトリアルチーム
玄関の横にドアがある。開けて入ると透明なパーティションが立てられていて部屋を二つに仕切っている。「新型コロナウィルス感染症が流行し始めた時に、助成金を活用して設置した面会室です」と話すのは、有料老人ホームやデイサービス、訪問看護ステーションといった高齢者のためのサービスを提供する「ナーシングホームあいFC紡」を、群馬県太田市で運営している株式会社Fan Field代表取締役の扇田孝行氏。入居者の家族が、玄関を通り抜けて施設の中まで入るリスクをおかさなくても、入居者と非接触で面会できる場所として整備した。(トップ写真:扇田孝行代表取締役。後ろの玄関の左側に面会室の入口がある)
非接触の面会室を整備して利用者の満足度を上げる
スマートフォンやタブレットのような端末を使えば、ネットワーク越しに入居者と家族がいつでも会話できる時代。「そうしたリモートでの会話を楽しまれる方もおられました。ただ、やはりネットワーク越しで話すのと直接会うのとでは、入居している方もご家族の方も満足度が違います」(扇田社長)。そのため同社では、リモート会議用のハードやソフトの強化ではなく、面会室の改修を優先させたという。
DXが流行っているからといって、あらゆるサービスをデジタルに置き換えるのではなく、利用者にとっての重要度が高ければアナログのサービスの方を充実させる。同業者の動向や世の中の雰囲気に流されることなく、優先順位をつけて段階を踏んで進んでいくのが同社のスタンスだ。それは、他の部分でもいろいろと発揮されている。
ベッドに横になっている入居者の動きやバイタルデータをセンサーで感知して、異常があれば駆けつけるような仕組みが、高齢者が入居している施設で用いられるようになっている。「うちでも以前に試してみたことがありましたが、誤作動が出たため今は利用を控えています」。誤作動にも厳密に対応すれば、入居者にも職員にも負担が生じる。だからといってチェックを緩めれば、本当に対応が必要な異常を見落としてしまう。「より正確に異常を感知できる仕組みが見つかれば導入を検討しますが、今はしっかりとコミュニケーションをとって、入居者の方のお世話に当たるようにしています」
利用者のバイタルデータを記録し一元管理
そんな同社が真っ先に必要としたICT化が、利用者のデータを一元的に管理できるようにするシステムだった。「老人ホームやデイサービス、訪問看護といったサービスを提供していると、同じ方がそれぞれのサービスを利用されることがあります。その際に、以前はそれぞれのサービスごとに利用者様のバイタルデータをチェックして、記録していました」。利用者の側からすれば、何度も同じようなチェックをされるのは面倒が多い。チェックする人や機材の違いで結果にもブレが出て、本当の状況が逆にわかりづらくなってしまう。
施設にとっても、同じ利用者について幾つものデータが存在することになって、実態を把握しづらくなっていた。そこで同社では、スプレッドシートを使い利用者一人ひとりについてカルテを作り、そこに計測したバイタルデータを記録してNASにアップロード。職員が施設内にあるパソコンで、そうしたデータを共有・閲覧できるようにした。
「あるサービスで1回入力すれば、その時点での利用者の状態がしっかりと記録に残ります。それを見ることで、他のサービスでも職員が適切な対応を取るようになりました」。手間が減ればミスも減る。目の前の利用者のことだけを考えて、サービスに努められるようになる。
1ヶ所で様々なサービスを運営している体制に合わせたICT化
施設が大きくて利用者が多かったり、サービス内容によって施設が分かれていたりするような場合では、それぞれの場所にいる職員がタブレット端末を持って利用者のデータを呼び出すような対応も有効的だろう。だが、「こちらの施設は、同じ場所でそれぞれのサービスを提供しているため、担当者が各所に設置しているパソコンでデータをチェックして対応しています」。1ヶ所ですべてのサービスができるので無駄なICT投資は必要ない。必要とされる部分に投資するスタンスがここでも発揮されている。
課題があるとすれば、共有データを手作りしているため、改良やバージョンの更新時の対応も開発を手掛けた個人に依存しがちになることだ。「できるなら専用の介護ソフトを導入して、誰でもどこからでもデータを入力、閲覧できるようにしたいと考えています」。実際に試してみたこともあったが、「提供されるままでは使いづらいところがあります。だからといってカスタマイズも難しく、もてあましています」。ソフトに合わせるよう職員に強制しても、「それで利用者様へのサービスがおろそかになったら本末転倒です」。
何をおいても高齢者のケアをしたいと思っている職員の熱意を、効率的だからといって削ぐようなことをしてはかえって逆効果だ。使える部分を使いつつ、徐々に慣れていくようなICTの活用方法が、同社を含めた多くの中小企業にとってはまだまだ本流と言えるのかもしれない。ただし、すべてを後回しにするのではなく、できるところから始める前向きさも不可欠だ。スプレッドシートを活用したデータの一元化しかり、複合機を利用した紙の削減しかり。そうしたところで効果を出すことによって、次のステップへと進んでいける。
複合機の機能の活用とスプレッドシートで紙の利用を半分にした
これまでは受信したFAXをすべて印刷していたが、複合機を新たに導入して、複合機のモニターやパソコン上で確認し必要なものだけ印刷するようにして印刷枚数を減らした。また、利用者の看護データを毎回1人につき1枚ずつプリントして持ち歩いていたものを、スプレッドシートに入力して共有化したこともあり、「月に7,000枚とか8,000枚は使っていた紙の利用を半分にできました」。今はまだ、介護の記録をプリントしてファイルに残し、いつでも見せられるようにしなければならないが、これが電子的な記録でも大丈夫になれば、さらに紙の利用を減らすことができるという。
行政の側でも、環境への配慮が叫ばれる中、書類等の電子化対応を進めている。各種申請についても、ものによっては書類をオンラインで提出できるようになっている。だんだんと稼働が減っていく複合機は、施設内で貼り出す案内などをプリントする機器に変わっていくのかもしれない。「それなら、3Dプリンターもセットになったマシンがあればうれしいですね」。施設内で使うちょっとした器具を3Dプリンターで自作できれば、もっと便利で楽しいサービスを提供できるようになるからだ。今はまだ夢に近い構想だが、そうなった時に備えていろいろと考えておくことは、どの業種に限らず必要なことだと言えるだろう。
活躍している人に末広がりのサービスを提供
地方だからといって、子や孫が生家に住み続けて、両親や祖父母の面倒を見る時代でもなくなっている。「太田市は自動車産業を中心とした工業の街で戦後発展してきましたが、世代が変わり、その子や孫の世代が都心部へと働きに出て行く等状況は否めません。つまり高齢となった夫婦そして高齢者の単世帯が増えていくと考えます。住み慣れた土地で最後までその人らしく暮らせる場所を提供したいという思いから、扇田社長は2017年6月に会社を立ち上げ、高齢者向け施設のフランチャイズとなり、翌年5月に「ナーシングホームあいFC紡」の運営をスタートさせた。
少子高齢化がますます進んでいくこれからの時代に向けて、可能なら施設の拡大も検討していきたいが、今は「ナーシングホームあいFC紡」を守り育てることが扇田社長の大きな目標。社名に込めた「各々のフィールド(Field)で活躍している方々が、末広がり(Fan)で豊かな社会になるために貢献していきたい」という思いを実現させるために、取捨選択をしながら着実にDX化に取り組み、サービスの向上に取り組んでいく。
企業概要
会社名 | 株式会社Fan Field |
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住所 | 群馬県太田市東金井町939 |
HP | https://www.fc-tsumugi.jp |
電話 | 0276-52-8326 |
設立 | 2017年6月26日 |
従業員数 | 46人 |
事業内容 | 住宅型有料老人ホーム ナーシングホームあい/ケアプランセンター紡/訪問看護ステーション紡/デイサービスセンター紡 |