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産経ニュース エディトリアルチーム
瀬戸内海で淡路島に次ぐ大きさの小豆島。オリーブの島として知られるが、もう一つの顔が〝石の島〟だ。江戸時代初期の1620年頃、大坂の陣(冬の陣、夏の陣)で焼失・破砕した大坂城の再建にあたり、築城を請け負った西日本各藩が小豆島から石垣の石を切り出した。石垣用に切られたものの使われなかった残石は今も山中や海岸に多く残り、石丁場などの「石の文化」が2019年、近隣諸島とあわせて日本遺産に認定された。(TOP写真:小豆島を中心に採石・土木建設・海運・太陽光発電事業を展開する田村石材株式会社。本社玄関に立つのは田村樹雄代表取締役社長(右))
小豆島を基地に採石・海運や土木建設などを展開し、法人化から50年
そんな小豆島を基地に、採石・土木建設・海運・太陽光発電の4本柱で事業展開する田村石材株式会社は、創業77年、法人化50年を迎えた。創業者の田村喜三雄氏が1946年に個人事業として立ち上げた採石業が原点。2代目の現代表取締役社長、田村樹雄氏は小豆島生まれで、「島外へ働きに出たことがない」という生粋の〝島っ子〟だ。その田村社長が語る。「採石も、今の小豆島の産業の柱であるしょうゆ、そうめんなども約400年前に島で始まった。これらが相まって島の発展を支えました」
「まるでやる前から現場ができている感覚」。ICT機器の威力を実感
大きな石を切るには、〝石の目〟を読む高度な技術とそのための道具が必要で、見上げるような石を切る石工の姿に島民たちは目を見張ったに違いない。そんな石工たちの誇りを胸に、田村社長が今、一つの覚悟を持って取り組もうとしているのが事業の「ICT化」だ。
2022年4月、土木建設分野でICT機器を導入し、本格活用を始めた。ICT化で中心となって取り組むのは、田村社長の甥にあたる田村収太土木部主任。現場監督でもある。「使ってみたら、まるでやる前から現場ができている、といった感覚。しかも簡便で習熟するまでもなく誰でも操作できる。驚きでした」。田村主任はこう手ごたえを語る。
使っているのは、3D設計データ作成ソフトと、そのデータをもとに設計図の建造物の高さや位置を現場に反映させる「墨出し」などを行う自動追尾計測機器、それと連動するICT施工現場端末アプリだ。導入して約1ヶ月でどうにか使えるようになった。わからないことをソフトメーカーのサポートスタッフに問い合わせると、リモートでこちらのパソコン画面上で操作を教えてくれたし、あとはYouTubeにアップされているマニュアル動画で勉強したという。
発注図面をもとに、ほぼ手仕事だった現場の地形の測量
土木建設の作業はまず、発注者から受け取った発注図面のデータを見ながら施工計画書や工程表を作成し、実際の現場を測量して整合性をチェックする。発注図面は平面図、横断図、縦断図の2Dデータで成り立っていて、現地の複雑な地形の上で立体的に測定してみると、高さや傾斜、位置などにしばしば食い違いが出てくる。食い違いは、土砂、重機などの資材の量や、工期、工費の変更などに関わってくるため、その都度発注者と協議し、了解を得なければならない。気の抜けない作業だ。
従来は、一人が光波測距儀を使い、もう一人がミラーマンとなり、プリズムを持って移動して距離と高さを測定し、エクセルで計算しながらCADにデータを落としていた。測量、計算、作図の大部分は手仕事だった。
熟練いらず、一人で作業可能に。すべてが劇的に変わった
あらかじめ発注図面のデータを3D設計データ作成ソフトに入れると、自動で3D図面に変換、データラウド上に保存される。ICT施工現場端末アプリがそのデータを読み込む。そのアプリと連動した自動追尾計測機器を現場に設置すると、作業員一人がタブレットを持って現場の各地点に立てば、設計図が描く位置との違いを教えてくれる。測量作業は、従来は逐一2人で行う必要があったが、今は自動追尾計測機器がタブレットの動きを自動で追尾して正しい位置を教え、誘導もしてくれるので1人いれば作業が可能で、熟練の必要もなくなった。
あ田村主任がメリットとして挙げたのは①現場で構造物の位置を確認する測量作業が従来の半分以下の時間で可能になった②測量作業が1人ででき、省力化が図れる③操作が簡単なので熟練の必要がなくなった④作業のストレスが大幅に軽減された―の4点だ。
現場作業後のデータ修正作業から解放され、ストレス軽減、残業も減った
田村主任がとくに感じているのは4番目のストレス軽減のメリットだ。これまで使っていた土木用測量ソフトは、数値でしか表記されないので、現場での指示も数値を読み解きながら平易な言葉に言い換えていたが、今は端末を見れば3D図面上で一目瞭然となった。さらに、測量で得た修正数値を翌日までに設計図に反映させるため、従来は現場作業を終えた後、事務所に帰り疲れた体でデータの修正作業をする必要があったが、今は現場で変更すれば設計図も同時に修正でき、大幅に残業時間が軽減された。
「図面の線一本一本に責任がある」。そんな責任感を胸に秘めていた田村主任にとって、このストレス軽減の効果は大きかった。
ICT機器による計測は特定技能外国人が一人で担っている
操作の簡便さは、自動追尾計測機器を使っているのがベトナムからの特定技能(1号)作業員であることからもわかる。同社にはベトナムからの特定技能(1号)資格者が4人いて、現在施工中の砂防ダムの工事現場でこの計測機器を使っているのは、ファム・テー・アインさん、27歳。以前は型枠作業などを行っていたが、図面の読み方を勉強したうえで、今の測量作業についた。「図面を理解するのに3ヶ月ほどかかりましたが、計測機器は使いやすくて便利です」と感想を語った。
効果を目の当たりにして、他の現場監督も前向きな姿勢に変わった
田村石材の土木建設部門の現場監督は現在、田村主任を入れて4人。42歳の田村主任が最年少で、あとは40代後半と60代。田村主任以外は当初、ICT化に敬遠気味だったが、田村主任の作業スピードと正確さと省力化の様子を見て、「一度セミナーを受けてみたい」と前向きな姿勢に変わっている。田村主任は、いずれ現場ごとに自動追尾計測機器1台が必要になるかもしれないと思っている。
同社はすでにマシンガイダンス対応の油圧ショベルも1機導入しており、これも「自動追尾計測機器に慣れることで使えるようになってきている」といい、自動追尾計測機器と連動させながら少しずつ使い出している。
人材不足を補うICT機器。人間は、更に先の事に取り組める
「将来はICT化を実行できる会社だけが生き残れる時代になる」。田村社長はこう予測している。それは人材不足という面でも大きな意味を持つという。採石、土木建設などの企業は人材不足にあえいでいる。とくに人口約2万6000人で、島内に大学もなく、企業数も多くない小豆島は深刻だ。ある年、島内の企業が高校新卒者を3人募集したら5人の応募があった。他の企業は2人余る、と期待したが、最初の企業は5人全部を採ってしまった。他の会社には回ってこなかった。
「人材不足を考えると、いずれ事務所から現場の重機を遠隔オペレーティングする時代が来る」とみている。同社は、すでに採石現場や太陽光発電の現場でドローンによる測量支援や監視を行っており、今後もICT化に「できることから前向きに取り組んでいく」という。さらに「人間の役割は、機械ではできない事、例えばICTを活用した効果的な方法の提案等これからの事への取り組みだ」という。
地場産業との共存共栄で着実な経営を目指す
「関西国際空港や港の護岸、明石海峡大橋の橋脚の保護など、目に見えないところで日本のインフラを支えているのは石です」。自らの仕事が国の基盤を支えているとの自負を持つ田村社長だが、軸足はあくまでふるさと・小豆島。他の地場産業との共存共栄を目指している。
漁業への影響を抑え、土砂を運ぶダンプカーによる交通公害を防ぐため約16億円をかけて採石場から直接船に積み込める自社トンネル「中山翠海トンネル」(長さ265メートル)を開通させた。採石場の手前に小高い山を造り、木々で採石斜面の地肌が観光客らに見えないようにしている。
「ICT化も含め、20年先でも社員が安心して生活設計できる経営をしていく」。そのためのビジョンをすでに描いているという田村社長。「背伸びはしない」というその姿勢は地道、着実で、〝石の確かさ〟を感じさせた。
企業概要
会社名 | 田村石材株式会社 |
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本社 | 香川県小豆郡小豆島町当浜乙525番地27 |
HP | http://www.tamura-stone.co.jp/ |
電話 | 0879-84-2214 |
創業 | 1946年11月 |
従業員数 | 43人 |
事業内容 | 港湾工事用等石材採石・販売、土木建設、海運、太陽光発電 |