「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)

目次

  1. 「住みたい田舎ベストランキング」で全国1位に選ばれたこともある宮田村で、既存の高齢者施設に疑問
  2. 自分の両親が入居してもよいと思える施設をつくりたい。介護保険法施行を機に宅幼老所事業に参入
  3. 一人の高齢者と向き合い、その人のために住宅型有料老人ホーム事業に乗り出す
  4. 地域の要望もあり、廃業したスーパーを買い取り、福祉施設を併設した複合型商業施設に。地域住民の交流の場にも
  5. 介護ソフトで介護報酬請求の作業を効率化。介護記録の入力はタブレットを活用
  6. クラウドストレージで情報共有、UTMでセキュリティ対策と進化した
  7. 各施設にAEDを1台ずつ設置。地域住民の万一のニーズにも備える
  8. 新規事業として訪問看護ステーション開設も視野。理想を追う姿勢は衰えず
制作協力
産経ニュース エディトリアルチーム
産経新聞公式サイト「産経ニュース」のエディトリアルチームが制作協力。経営者やビジネスパーソンの皆様に、ビジネスの成長に役立つ情報やヒントをお伝えしてまいります。

長野県上伊那郡宮田村で宅幼老所などの福祉事業を営む有限会社わが家は、既存の高齢者施設のあり方に疑問を抱いていた一人の女性が創業した。彼女(わが家の大石ひとみ代表)は、「困っている人を見捨てない」を原点に据え、通所・訪問介護事業や託児事業から住宅型有料老人ホーム、さらには飲食店などの複合型商業施設へと事業を順次拡大。

今では、村の人たちに「福祉のよろずや」として頼られる存在になった。そこまでサービスを拡大できた背景には、大石ひとみ代表の「地域に根差した利用者本位のサービスの提供」の追求とデジタル機器の先駆的な活用があった。(TOP写真:「宅幼老所あずま家」の前に立つ大石ひとみ代表)

「住みたい田舎ベストランキング」で全国1位に選ばれたこともある宮田村で、既存の高齢者施設に疑問

中央アルプスの主峰、駒ヶ岳を仰ぐ豊かな自然と充実した子育て支援で知られる宮田村は、『田舎暮らしの本』(宝島社)の「住みたい田舎ベストランキング」で全国1位に選ばれたこともある。その宮田村にある有限会社わが家の施設の一つ「宅幼老所あずま家」の事務室で、大石ひとみ代表取締役は起業のきっかけを語る。

「私は公務員として老人ホームの仕事に携わっていたのですが、その施設はあまり人権に対して志が高いといえるところではありませんでした。自分の父親や母親を果たしてこの施設に入居させられるだろうかと自問自答してみた結果、無理だなと思ったのです」

「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
既存施設に疑問を感じたのが起業のきっかけと話す大石代表

まだ老人ホームなどが行政庁の措置事業として運営されていた時代で、「高齢者の方たちが自分で行きたいと考えて入居するわけではなく、(行政庁の決定によって)送られてくるという形でした」。

自分の両親が入居してもよいと思える施設をつくりたい。介護保険法施行を機に宅幼老所事業に参入

大石代表が既存の施設に疑問を抱いたのと相前後して、世の中が変わり始める。2000年の介護保険法施行と社会福祉法の成立に伴い、高齢者施設などのサービスの利用の仕組みが措置から契約へと転換したのだ。社会福祉法人、NPO法人、営利企業など、さまざまな供給主体を福祉事業に参入させることにより、利用者の選択の幅を広げるとともにサービスの質の向上と量の拡大を図るのが狙いだった。

「個人の意思で施設やサービスが選べる時代がいよいよ来るんだ。私に何かできることがあれば挑戦してみたい」。そう考えた大石代表は、自分と同じ主婦で、介護福祉士や保育士の資格を持つ先輩を仲間に引き込み、2004年1月に有限会社わが家を設立。同年9月に「宅幼老所わが家」を開所し、翌2005年には訪問介護も始めた。宅幼老所は小規模で家庭的な雰囲気の中、高齢者や障がい者、子どもたちの一人ひとりの生活リズムに合わせて、デイサービス、ショートステイ、ホームヘルプなど柔軟なサービスを行う施設だ。「とにかく目の前の困っている人たちを見捨てないというのが宅幼老所の原点」(大石代表)なので、トップダウンで迅速に意思決定できる有限会社という組織形態を選んだ。ちなみに設立メンバーの先輩女性は現在、わが家の副代表として活躍している。

大石代表がもともと地元の人間ではなく、病気の父親と父親を介護する母親と同居するため、二世帯住宅を建てる土地を求めて隣の市から移転してきたということもあり、宅幼老所を開所するにあたり、当初は反対運動もあったそうだ。そうしたことを乗り越えて、父親は娘が運営する宅幼老所を利用するようになると、病状が落ち着いたという。その後、大石代表は同宅幼老所で父親を看取ることができ、「父は本望だったと思う」と振り返る。

一人の高齢者と向き合い、その人のために住宅型有料老人ホーム事業に乗り出す

6年後の2010年11月に2つ目の宅幼老所となる「宅幼老所あずま家」と住宅型有料老人ホーム「住まい処よろず家」を併設した施設を開所した。同社としては初の有料老人ホーム事業に乗り出したのは、「一人のおばあちゃんに対して、この人のために何ができるかと向き合った」(大石代表)結果だ。高齢の母親と二人暮らしで介護に悩む娘からの相談を受けて、娘が毎日通える距離で、なおかつ、それまでの住まいとほぼ同じ景色が見られる場所を探して建設した。完成すると、8つの部屋はすぐに埋まり、大石代表は潜在ニーズの多さを改めて知った。

「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
「宅幼老所あずま家」と「住まい処よろず家」が入る建物
「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
「宅幼老所あずま家」の内部

地域の要望もあり、廃業したスーパーを買い取り、福祉施設を併設した複合型商業施設に。地域住民の交流の場にも

3つ目の宅幼老所「宅幼老所あずま家 河原町」と2つ目の住宅型有料老人ホーム「メゾン河原町」(6部屋)を併設した施設は、もともとスーパーマーケットがあった場所にある。「地域のみんなが頼りにしていたスーパーが、ある日突然廃業してしまったんです。利用者を送迎する際に、認知症が始まっているおじいちゃんやおばあちゃんが買い物に行ってはシャッターが閉まっているのを見て帰ってくる姿を何度も見ました」(大石代表)。そうこうするうちに、地域の人たちや取引銀行からわが家に「何とかしてほしい」という要望が寄せられ、スーパーの入っていた建物をわが家が買い取り、再利用することになった。わが家設立から9年目の2013年のことだ。わが家は目標としていた「福祉のよろずや」として、すっかり地域住民に頼られる存在になっていた。

スーパーだった建物には、1階の宅幼老所と2階の老人ホームのほかに、わが家が運営するカフェと手作り惣菜や菓子販売、配食を行う店「チェレステ」と生活雑貨の店などのテナント4店舗が入居。「オヒサマの森」という名称の複合商業施設として、広い駐車場を利用してさまざまなイベントが催されるなど、地域の人たちの交流の場としても機能している。

「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
「宅幼老所あずま家 河原町」が入る建物。2階は「メゾン 河原町」
「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
カフェや総菜・菓子販売、配食を手掛ける「チェレステ」
「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
「チェレステ」の内部

2020年には宅幼老所わが家を別の場所に移転・新築。元の建物は訪問介護の拠点のほか、海外から来ている技能実習生らが住む社員寮になった。

「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
2020年に移転・新築した「宅幼老所わが家」

介護ソフトで介護報酬請求の作業を効率化。介護記録の入力はタブレットを活用

ICTは早い段階から活用している。宅幼老所わが家を開所して1、2年後には自社サーバーを導入し、介護報酬請求に必要な書類を作成するために介護ソフトを使い始めた。これにより、「ひと晩かけて手書きでやっていた作業が2、3時間でできるようになった」(大石代表)。

その後、4、5年前頃からは介護記録も同じ介護ソフトを使ってデジタル化。スタッフが何か作業をする時も、高齢者ら利用者の隣に座ってその作業をするというのが同社の方針のため、介護記録の入力には主としてタブレット端末を利用する。「60歳超の高齢のスタッフや外国人スタッフもいますが、音声入力ができるので、ものすごく助かっています」と大石代表は話す。

クラウドストレージで情報共有、UTMでセキュリティ対策と進化した

拠点が増えるのに従い、データ保管場所は自社サーバーからクラウドに変更。クラウドストレージを活用することで、「すべての事業所で情報共有できるので、誰がどこの事業所に行ってもきちんとわかる」(大石代表)ようになった。

同時にUTM(統合型脅威管理)機器の導入・設置から24時間365日の保守までをワンストップで提供するサービスを契約、セキュリティ対策にも抜かりのない体制を構築した。ネットワーク環境の運用・保守についても、同じ業者に委託しているので、万一、日々のパソコンやタブレットを使った業務に支障が出ても、すぐにサポートしてもらえる仕組みだ。

「福祉のよろずや」として、地域の人に頼られる宅幼老所他を複合運営。利用者本位のサービスとICTで先駆的存在 わが家(長野県)
介護ソフトで介護報酬請求の作業を行う

各施設にAEDを1台ずつ設置。地域住民の万一のニーズにも備える

2021年頃までには、全施設にAED(自動体外式除細動器)を1台ずつ設置した。「当社の事業所は24時間365日開いていて、必ず人がいるので、急にAEDが必要になった時でもここに来ればすぐに使えます」(大石代表)と、利用者だけでなく地域全体のためのことを考えてのことだ。

新規事業として訪問看護ステーション開設も視野。理想を追う姿勢は衰えず

創業20周年の節目を2024年に控え、すっかり地域に欠かせない存在となったわが家。大石代表は、村に対しては、新しい施設を建設するのに必要な国の補助金を申請する際などに「非常に協力的でありがたい」と話す一方、国の福祉行政には現場の第一線で事業を営む者としての不満もあるという。言うまでもなく、介護報酬の低さだ。介護報酬が低い故に介護士の収入も他の業種に比べて見劣りすることになる。「介護士というのは新規学卒者に選ばれない職業なんです。何とか選ばれる職種にしてほしいと思うし、せめて優良事業所にはインセンティブをつけてほしい」と訴える。

一方、今後の事業展開としては、新たに訪問看護ステーション事業に乗り出すことも考えている。高齢者らが住み慣れた自宅で療養生活を送れるように、医師やケアマネージャーなどと連携して訪問看護サービスを提供する事業だ。「宮田村は医療面が手薄なので本当は診療所にお医者さんを呼びたいのですが、それだけの人脈も財力もないので、訪問看護ステーションを自分たちで立ち上げることができれば、介護の現場も守っていけるかなという思いがあるのです」。大石代表の「福祉のよろずや」という理想を追求する姿勢はまだまだ衰えそうにない。

企業概要

会社名有限会社わが家
本社長野県上伊那郡宮田村7577-5
HPhttp://www.wagaya-miyada.com/
設立2004年1月
従業員数48人(パート、アルバイト含む、2021年7月現在)
事業内容 宅幼老所、住宅型有料老人ホーム、訪問介護などの福祉施設の運営と飲食店など商業施設の運営、不動産賃貸・管理業など