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産経ニュース エディトリアルチーム
長年営んでいる種苗の卸売とともに農業に新規参入した香川県高松市の常谷種苗園芸株式会社が、農業ハウスでクラウド式の自動制御システムを導入するなどICTを活用した未来の農業を推進している。(TOP写真:自動制御システムで収集したデータを分析する様子)
種苗の卸売と農業を両輪で展開
香川県高松市郊外の緑豊かな三谷町に本社を構える常谷種苗園芸株式会社は、同市内で75年近くにわたって、種や苗を農業者に届ける卸売会社として地域の農業を支えてきた。取り扱っている種苗は数千種類以上にのぼり、県内トップクラスの規模。農作物の特性や生産する上での要点を把握するため、種苗会社と連携して市場投入する前の商品を自社農場で試験栽培する取り組みも長年行ってきた。2018年からは農業に本格参入した。新たに人材を採用し、露地栽培とハウス栽培を通じてきゅうり、ブロッコリー、レタス、ほうれん草、小松菜、にんにく、なす、かぼちゃ、アスパラガスなどを生産している。
「種や苗を扱う企業として生育不良などのトラブルが発生した時には迅速に対応することを心掛けています。実際に農作物の生産を行って、農業者と同じ目線で困りごとや課題を共有することで、更なる貢献をしていきたいと考え、農業に進出することにしました」。新規事業として農業を始めた背景について、常谷種苗園芸の常谷茂之常務取締役はこのように説明した。
ICTを活用して栽培育成をコントロールするスマート農業を重視
農業に参入して以来重視しているのが、農作物の栽培・育成にICTを活用するスマート農業の推進だ。
「農作物は工業製品と異なり、自然環境の影響を直接受けるため、品質や供給量の安定が難しい商品です。生産がコントロールしにくいことは農業者が抱える大きな課題です。しかし、ICTを活用してコントロールできる要素を増やしていけば、農業の産業としてのポテンシャルは大きく高まるはずです。新しい可能性を切り開くためスマート農業に力を入れていきたいと考えています」と常谷常務は話す。
農業ハウス内の状態をモニタリングして遠隔で環境をコントロール
常谷種苗園芸は、自社の農業ハウスにクラウド式の自動制御システムを導入している。最低限の機能から始めてオプションで機能を追加することができるという。太陽光パネルを使った再生可能エネルギーも活用している。栽培に関連したデータを蓄積し分析することで、顧客の要望に合わせたスマート農業を個別にアドバイスできるようにしていきたいという。
自動制御システムは農業ハウス内の温度や湿度、日射、二酸化炭素濃度、気象、土壌などをモニタリングする機能や環境をコントロールする機能を備えている。収集したデータはパソコンやスマートフォンで、いつでもどこからでも確認することができる。異常が発生した時はメールなどで通知を受け取ることも可能だ。ハウス内の機器を遠隔操作することで窓の開閉や灌水(かんすい)なども自在に行えるという。
システムにできることはシステムに任せて、人間は未来につながる創造的な仕事に時間を使うべき
「システムを活用すれば天候に合わせたハウスの窓の開閉や野菜への水やりといった仕事を、人間以上に正確に行うことができます。その分、人間は他の作業に時間と労力を振り向けることが可能になり、生産性が向上します。システムにできることはシステムに任せて、人間は未来につながる創造的な仕事に時間を使うべきだと考えています。今後の人口減少による働き手不足に対応する上で、スマート化は農業にとって必須のテーマと思っています」と常谷常務。経験ではなくデータに基づいて農作物の栽培ができるようになれば、大きな効果が期待できる。
卸売業でもICTを積極活用 紙であふれかえっていたオフィスが変わった
常谷種苗園芸は農業だけでなく卸売業でもICTを積極的に活用している。ICT活用の中心になっているのが常谷常務だ。
常谷常務は、大学院を修了後、大手家電メーカーで半導体の研究開発に取り組んだ後、父親が経営していた常谷種苗園芸に12年前に入社した。入社当初、業界の慣例で受発注がFAXで行われるため仕事がすべて紙文書中心で動いていたことにカルチャーショックを受けたという。常谷種苗園芸が仕入先の種苗会社や販売先のJA、農家などとやり取りするFAXは、毎日数十件にのぼる。受発注の記録もノートに手書きしていたこともあり、オフィスは紙文書であふれかえっていた。発注もれなどのミスも度々起こっていたという。
「取引先の慣例に対応しながらも、社内で変えることが可能な仕事の進め方については変えなければならないと思いました。二度手間をなくし、ミスが起きにくい体制を作る上でデジタル技術を積極的に活用するようにしました」と常谷常務は振り返った。
文書管理システムを活用してペーパーレス化を推進。FAXの送受信もパソコンで行う
常谷常務は自ら先頭に立ってペーパーレス化に取り組み、複合機の文書管理システムを活用して、FAX送受信の作業をパソコンで行えるよう社内のシステムを整えた。受信した文書データはNAS(ネットワーク接続型ストレージ)に収納し、受注、発注の確認も確実に行えるようにした。データで送っても、受け取り側の複合機からは紙でプリントアウトされるので、紙文書中心で業務を行っている取引先に負担をかけることも回避できた。
FAX受信時の自動振り分け機能の導入で時間を捻出
しかし当初は、受信したFAX文書を取引先別の約100個のフォルダに振り分ける作業は常谷常務が手作業で行っており、毎日1時間程度FAXへの対応に時間をとられていたという。2018年以降、農業事業の拡大に伴って仕事量は増えていた。FAX対応に使っている時間を経営戦略の策定などほかの業務に振り向けたいと思い、受信したFAXの自動振り分け機能を備えたクラウド型のFAX文書管理システムを2020年8月に導入した。
「最初に設定しておけばFAXを受信した時点で自動的に振り分けてくれるので、FAXに関連した業務が楽になり、一週間あたり6時間程度確保できるようになりました。気にしなければならないことが減った分、他の業務により一層集中できるようになりました」と常谷常務はうれしそうに話した。
社外から対応できるクラウドサービスがコロナ禍で効果を発揮
クラウドサービスはコロナ禍において、感染防止対策として実施したテレワークに効果を発揮した。子育て中の従業員が自宅に持ち帰ったパソコンからFAXを確認して、会社にいるのと同じように仕事をすることができた。営業で外に出ることも多い常谷常務も出先から受信したFAXを確認できるようになるなど、さまざまなプラス効果を得ることができたという。受信したFAXの内容は社員全員が確認できるので、複数人でのチェックも簡単にできるようになった。
システムには注文を受けた際に、発注者に注文を承諾したことを伝える自動返信機能もついている。取引先から受信を確認する電話がかかってこなくなったこともあって、電話で応対する時間も削減できたという。
ホームページで種苗をオンライン販売
今年3月からは農業者だけでなく個人消費者にもアプローチしていこうと、ホームページで種苗のオンライン販売を開始した。ホームページはスマート農業の取り組みなどを広く知ってもらうための情報発信ツールとしても活用していく方針だ。
ICTを活用した未来の農業を見据えて事業に取り組む
「種苗の販売に加え、農業者の生産計画から出荷までをトータルでサポートできるようにしていきたい。農業者を対象にしたICT活用のコンサルティングをできるようにしていきたいとも思っています。デジタル技術を活用して一人でも多くの農業者を幸せにできるよう頑張ります」と常谷常務は意欲的に語った。
未来の農業を見据えて事業に取り組む常谷種苗園芸。ICTを活用した社内の体制の強化を通じて、農業への新規参入を目指す若い世代から農業の継続に悩む高齢者まで幅広い層の農業者をこれまで以上に支えていくに違いない。
企業概要
会社名 | 常谷種苗園芸株式会社 |
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本社 | 香川県高松市三谷町4367-10 |
HP | https://tsunetani.com |
電話 | 087-889-6666 |
設立 | 1949年12月 |
従業員数 | 20人 |
事業内容 | 種苗・園芸資材の卸・小売、自社農場における生産出、アグリビジネス全般のコンサルティング |