新規サービス・ビジネスの立ち上げの際には「こんなものを創りたい」、「こういう課題を解決したい」といった理念がとても重要になりますよね。また、組織において、「Mission/Visionはなんとなくあるけど、持続的な成長に向けて『羅針盤』が必要」という状況にあることも多いです。航海に例えると、当初は船体が小さく乗組員も少なかったため、行先がぼんやりしていても航海できていました。プロジェクトが進行すると船体が大きくなり乗組員が増えます。また航海の範囲が広くなり、海の様子も穏やかではなく、競争相手が出てくるなど外部環境も複雑になります。羅針盤をうまく使わないと行先がはっきりせず、遭難・転覆してしまう恐れが出てくるといったイメージですね。 今回は、NTTデータのデジタルサプライチェーンプラットフォーム「iQuattro®(アイクアトロ)」に取り組むチームで実施したMVV(Mission/Vision/Values)策定の事例をもとに、組織のビジョン策定や意識共有の重要性について、実際にご活躍されたNTTデータの横山さんと田村さんにインタビューしました!
目次
「iQuattro®」とは?サービス内容やローンチ後の課題を聞いてみた
── iQuattro®(アイクアトロ)はNTTデータが提供するデジタルサプライチェーンプラットフォームであり、サプライチェーンマネジメントやIoTといった領域で活用されているとのことですが、具体的にお聞かせください。
田村さん 企業間でのDXを加速するデジタルサプライチェーンプラットフォームと言えます。これまで繋がらなかったあらゆるものを繋ぎ、新たな価値を創出することがコンセプトです。各社ごとに重複して保有したり手作業で管理・連携しているようなデータを、効率的に集約したり連携することができます。データ可視化・分析に活用していくことができますね。
例えば、iQuattro®がオファリングとして掲げているSmart Supply Chainにおいては、サプライチェーンを構成する企業横断でデータをつなぐことで、迅速な意思決定を実現させることを目的としています。
── 例えば、金融の分野ではどんな活用方法が考えられるのでしょうか。
田村さん 金融機関のビジネス変革という観点では、融資先の業績評価などへの活用が考えられます。会社の信用度を判断する際には、財務諸表などの文書といった静的な情報をもとにすることが多いと思います。iQuattro®により、例えば商流情報(受発注、請求支払)や物流情報(在庫や仕掛品の状況など)といった動的な情報を上手く活用してファイナンスに繋げるユースケースが考えられますね。
── iQuattro®は2015年に誕生し、その当初はスモールスタートで始められたとのことですが、当時の感想や、難しかったことなどがあればお聞かせください。
田村さん 前例のないことに取り組むという点が一番のポイントだったと思います。お客様にご納得・ご理解いただくことが重要ですし、当社側のメンバーも「こんな世界を創っていく」という強い意志を持つ必要があります。
某製造業の企業との取組みでは、理念や目指すゴールについて意思疎通を図るためにさまざまな工夫をしました。業界の仕組みとして、完成品メーカー、サプライヤーTier1、サプライヤーTier2、といったピラミッド構造があり、サプライヤー側からすると、手間暇かけて完成品メーカーに受発注等の情報を共有する理由を見出せないという背景があります。そんな中で、多くの関係企業を巻き込みつつ、しっかりと理念やメリットを訴求しつつ進める必要がありました。現場から経営層含めて、お客様の企業にも積極性を持ってもらうことが大事であり、たいへん苦労しました。
── サービス開始以降、サービスの拡充やビジネス環境の変化のほか、メンバーの増強など組織変化もあったかと思います。時間が経つにつれて感じた課題などはあったのでしょうか。
田村さん 組織に人が増えれば増えるほど、組織の理念や世界観の浸透が弱まってきてしまう印象を持ちました。組織が拡大すればするほど、足許の業務優先にならざるを得ず、組織のマインドの理解が後回しになってしまうケースもあると思います。チームに新たに参画するメンバーには、初期メンバーが阿吽の呼吸で持っていた共通認識などもよくわからないですよね。
── このような状況下で、iQuattro®チームは金融デザインセンター(※1)にMVV(※2)策定についてご相談されたとのことですが、当時金融デザインセンターはどのように受け止めていたのでしょうか。
※1 金融デザインセンターは、NTTデータのデザイナー集団「Tangity」の中で、特に金融領域に強みを持つメンバーの総称です。ヒト・社会の視点でビジネスアイディアを深化させ、ITシステムへの具体化まで伴走します。
※2 MVVは、Mission(ミッション)とVision(ビジョン)、Values(バリュー)のことで、経営学者のピーター・F・ドラッカーが提唱したことが由来。Missonは企業が社会に対して「なすべきこと」、Visonは企業・組織が目指す「あるべき姿」、Valuesは企業・組織の構成員が具体的に「やるべきこと」。
横山さん チームの目標と個人の思いを両立できる組織を作っていきたいという気持ちを感じました。誰か一人が方針を決めてメンバーがそれに従って推し進めるだけではなく、チームとして目指したい方向がありつつもメンバー一人一人の考え方や実現したいことも大事にするような運営を目指している点に、とても共感できました。
組織のビジョン策定に向けMVVを策定!そのポイントやハードルは
── ありがとうございます。MVV策定のプロジェクトについてお伺いしますが、まずは、お客様におけるビジョン策定などをサポートする際に、金融デザインセンターで意識していることをお聞かせください。
横山さん MVV策定に限らず、プロジェクトの目的やゴールを明確にすることは当然に必要と意識しています。そのうえで、色々な方法論や過去事例等のノウハウを活用して、目的やゴールの達成に向けた最適なアプローチをデザインし、伴走するのが私たちの強みです。また、新規ビジネス・サービス創発に伴走する時には、そのビジネス・サービスを通じてどうなりたいか?というビジョン策定を大切にしています。
── そのような取組みは、チームメンバー間での意思疎通にも効果的だと感じますね。
横山さん 一人一人が考えていることや頭の中にあるものを、テーブルの上に出していきつつ、合意形成しながら一つにまとめていくことが必要です。このプロセス自体とても重要で、文章としてビジョンがきちんと言語化されることに加えて、人間関係の構築やチームビルドなども進みます。
── 今回のiQuattro®チームとの取組みで特に工夫されたポイントはありますか。
横山さん 組織のビジョンを明確にすることが重要ですが、実際にサービスやビジネスが一旦開始した後は、どうしても目先の課題の対応に追われてしまうことが多くなりますし、改めてビジョンや目指す姿について考えるのは難しくなっていきます。組織・チームの改編やメンバーの出入り等を通じて、例えば効率化の観点で役割分担を厳密にした結果、組織が縦割りや階層構造になったりもしますよね。iQuattro®チームは、そこに問題意識を持っていました。
金融デザインセンターが参画した当時、iQuattro®チームは40人程度と比較的大規模であったため、検討コアメンバー中心にビジョンの言語化作業を進めていく工夫をしました。一方で、チーム内で「一部の人が勝手に進めている」と思われるのは避けたいことでした。チームメンバーへの検討状況の共有や、アンケートによる意見募集をし、ブラッシュアップしていきました。コアメンバーでスピード感をもって検討しつつメンバー全員を巻き込んだということです。
また、ビジョンを文章として策定すれば終わりなのではなく、いかにその先の組織の行動に結びつくが重要で、今回は、その先のアクションプラン組み立てまで行いました。その過程では、レゴブロックを使ったワークショップも実施しました。
── レゴブロックも活用するのですね。詳しくお聞かせいただけますか。
横山さん 「レゴ®シリアスプレイ®」はレゴを使ってチームのコミュニケーション・対話を促進する手法です。ファシリテーターからの問いかけに対して、自分の想いや考えをレゴの作品として表現していただき、作品を通じて語ってもらいます。例えば、特定のブロックセットを用意し「あなたが考えるアヒルを作ってください」という問いを参加者に投げかけると、完成するアヒルの姿は参加者それぞれで全く異なります。
各々の頭の中の言葉にしづらいイメージを、表現・言語化しやすくなる効果があるので採用しました。実際に参加されていた方は、やり取りを通じて、新しい気づきや意味付けを得ていました。
── ありがとうございます。メンバー間のコミュニケーションの円滑化にも繋がりそうですね。
横山さん プロジェクトを進めていくうえで、思ったことをフラットに伝えるのが難しい場面も多いです。若手が上司の前で緊張してしまうこともありますよね。特に当社には真面目な社員が多く、正しいことを言わなくてはいけないと感じてしまう人も多いです。レゴを通じてこうしたハードルをなくして、自然な本音が引き出せるのも採用した理由の一つです。
田村さん 実際に私は、自分が作ったブロックをもとに「あなたが考える最高のチームとはどんなチームですか?」という問いに答えるグループワークを体験しました。テーマを元にとにもかくにも手を動かして作ってみる。出来上がった作品を見ながらだと、思ったよりスムーズに説明できましたし、ほかの参加者への質問や意見もしやすかったです。作品を通じてみんなで共有することで、うまく自己が引き出されてしまった。とても良い仕組みだと思いました。
── とても画期的な手法だと感じました。MVV策定プロジェクトにおけるiQuattro®チーム側の感想や、プロセスの中で難しいと感じた点などをお聞かせください。
田村さん 「MVVは自分たちのために策定する」ということをどのように意識してもらうか、が難しかったです。そんな中で、メンバーの考えやアイデアを知るためにアンケートを実施したところ、積極的に意見や改善提案してくれました。コロナ禍もあり普段あまり接していなかったメンバー含め全員の考えを知ることができ、貴重な機会でした。幅広い年代の人がフラットに意見を出してくれましたね。
MVV策定の結果、どんな影響がチームにもたらされたのか?
── 色々な試行錯誤をされたのですね。MVV策定後、チームにはどのような変化が起きていると感じますか。
田村さん MVV策定のプロセスの中で、メンバー間で深くコミュニケーションできたため、互いをよく知ることができ、仕事が進めやすくなったと感じています。また、MVVはまだ浸透途上であり、継続して浸透させるための行動・計画立案をしています。例えば、管理職との定期的な面談の中では、「MVVに沿った行動をしているか」といった点も話し合うようにしていますし、理解を深めることを目的としたワークショップの企画も検討しています。
── やはり深くコミュニケーションしてメンバー間の理解を深められたというのは大きいですね。金融デザインセンターの視点ではいかがですか。
横山さん 金融デザインセンターとしても、策定プロセスの中でメンバー一人一人が得た気づきや、仲間の考えを知ることができたことが特に有益だと感じます。サービスを自分ごととして捉え、主体的に考えるためのお手伝いができたということであれば嬉しいです。とはいえ、MVVを策定するだけで組織が上手く回るわけではありません。日々業務を進めるに当たっては、事業戦略やそれに紐づくチームないし個人の目標も重要です。そういった色々な目標やゴール、指針なども結びつけることができれば、MVVも上手く活用でき、自然に日々の業務にも浸透していくようになるのではないでしょうか。
── 色々なゴールを結び付けて日々の業務に取り組むことが大切ということですね。MVVのメンテナンスなどは必要なのでしょうか。
横山さん 定期的に見直しできれば望ましいものの、組織の規模次第ですが、短期間で作り変えるようなことは必ずしも必要ではないと思っています。それ以上に大事なのは、組織のビジョンと、自分の目標や大事にしたいと思っていることと整合性を取っていくことです。それが「自分ごととして捉える」ということだと思いますし、さらに日々の行動に繋げることができるとより望ましいですね。
組織におけるビジョン策定の方法の大切さなど
── 組織におけるビジョンの重要性などをお聞きできました。メンバーそれぞれの考えや意識を皆で共有しつつビジョン策定に繋げていくことが重要なのかなと思いましたが、この点、お考えをお聞かせください。
横山さん 一人一人が考えて行動できるチームを目指すことが大事です。例えば金融デザインセンターでは、チャットツールなどを使う際にも、気楽に気兼ねなくコミュニケーションができる環境を意識的に作ることを心がけています。会議では、出席者にもよりますが、なかなか発言しづらいこともあるのでワークショップなどの手法を使用することもあります。
サービス創発も含め、何か新たに行動を起こす際には、一人一人が持った違和感や感想のようなものが出発点となることも多いです。「新しいサービスを考えるぞ」と意気込んだからといってすぐにできるものではありません。日々の興味や関心の蓄積が良い発想には必要です。そういった意味でも、日々の業務や生活で思ったことや感じたことを安心して言える場を作ることは大事です。
── 最後に、本日の対談内容なども踏まえまして、新規サービスに取り組む組織やサービスのその後の成長を目指している組織において重要なことをお聞かせください。
田村さん iQuattro®チームも、新しいことをやること自体に意味がある、という空気を大事にしています。MVVの策定のプロセスの中でも、失敗を怖がらずに新しいことに挑戦する、という感覚が現れていた気がします。そういう意識がメンバーに浸透していけば、メンバーそれぞれが自律的に新しいことに取り組める環境が醸成できると思っています。
横山さん 昨今、目まぐるしく外部環境は変化しています。新規サービス・ビジネスの創発には特に当てはまりますが、マーケットや技術トレンドのみを見て、正解を外部に求めてしまうケースもあると思います。しかしそれでは、環境にさらなる変化が生じたりした際に、方向性がぶれてしまったり、目指す姿に迷いが出てしまいます。
そのため、外部環境も踏まえつつも、「自分たちはどうしたいのか」という軸や、「組織としてこういうミッションのもと取り組んでいる」という理念をしっかりと持つことが大事になります。そういう時に立ち戻って分析・判断できるような指標を持っている組織は、状況が変化したりトラブルが起きたりしても最後まで走り切れる非常に強いものだと感じています。
<プロフィール>
NTTデータ 金融イノベーション本部 テクノロジー&イノベーション室 課長代理
LEGO® Serious Play® メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター
NTTデータ 法人C&M事業本部 法人コンサルティング&マーケティング事業部 主任
※本記事の内容は、執筆者および協力いただいた方が所属する会社・団体の意見を代表するものではありません。
※記事中の所属・役職名は取材当時のものです。
※感染防止対策を講じた上で取材を行っています。