矢野経済研究所
(画像=Zsolnai Gergely/stock.adobe.com)

2023年5月
マーケティング本部 国際ビジネス推進グループ 部長 瀬戸 鋼一

現代のプロ格闘技は、①ボクシング、②キックボクシング・ムエタイ等の立ち技打撃系格闘技、③MMA(Mixed Martial Arts)= (打撃も投げ技も寝技(締め技・関節技)もありの)総合格闘技、の三つに大別される。また、プロレスは、エンターテインメント性の観点からするとこれらの三つのカテゴリーと大きく異なる特徴を持つので異色の存在であるが、プロレスが今のプロ格闘技、特にMMAの成り立ちに大きく関与した点は重要だ。

何度かあった格闘技ブーム

これまで、日本における格闘技ブームは何度かあった。街頭テレビで庶民が熱狂した昭和30年代の力道山(百田光浩氏)を中心としたプロレスブーム、昭和40年代、キックの鬼と呼ばれた沢村忠氏がスター選手として毎週のように試合を行ったキックボクシングブーム等があり、その後プロレスは力道山の弟子であるジャイアント馬場(馬場正平氏)、アントニオ猪木(猪木寛至氏)の活躍で安定した人気を保ち、歴史も古く、プロスポーツとしてシステムが確立されているボクシングという競技も同様であった。
その後も1976年のプロレスとボクシングのヘビー級チャンピオン同士で世界最強を決める猪木・アリ戦を代表とする異種格闘技戦など話題は豊富にあったが、次のブームと言えるのは1993年に突如として現れた、ヘビー級の大型選手を中心とするキックボクシングの団体、K-1の登場と言える。更に1997年に始まった、K-1の総合格闘技版とも言えるPRIDEも2000年代前半には絶大な人気を博し、大みそかのゴールデンタイムに毎年のように地上波テレビ放送をされていた時期があった。

何故ブームで終わるのか

その後、PRIDEは2007年、K-1は2012年に運営上のトラブル、経営難などの事情で実質的に消滅する。こうなると多くの選手が活動の場を少なくとも一時的に失う。(現在K-1は、新生K-1として以前より地に足の着いたシステマチックな運営を行っている。)もちろん競技や市場自体が無くなるわけではなく、キックボクシングも総合格闘技も堅実に活動を続ける企業、団体はあるが、人気スポーツとしてはサステナブルではない印象はある。その格闘技団体のブームが去り、人気がなくなると選手のファイトマネーも減り、才能ある選手が集まらなくなり、負のサイクルに陥る可能性がある。
ブームで終わりがちな理由には、まず格闘技興行自体の難しさがある。過酷な競技でもあるため頻繁に興行を行うことが難しく、入場料収入には限界がある。更に、選手の引き抜き、反社会勢力の介入、企業経営のノウハウ不足などもあると思われる。またスター選手が団体から去ると、団体自体の人気に大きく影響するだろう。
ボクシングと比較した場合、キックボクシングや総合格闘技においては、世界的に権威のある協会の不在、それに付随したタイトルやランキング制度の未整備、個々の興行団体(企業)の活動や人気に依存しがちな構造なども競技としての人気が安定してこなかった要因の一部であろう。 従来からテレビなどの放映権収入、物販などのマネタイズの方法はあったものの、トップ選手の多くが数千万円以上の夢のあるファイトマネーを稼ぐには十分ではなかったと思われるし、地上波テレビ放送されること自体非常にハードルが高かった。

人気が持続する業界にするには

では格闘技界を盛り上げ、格闘技をサステナブルなビジネスにするには何が必要だろうか?
まず、ビジネスモデル、マネタイズ手法の多様化である。これに関しては、従来は入場料収入、スポンサー収入、物販、放映権収入などが主な収入源であったが、近年は動画配信のPPV(ペイパービュー)など、収入源は増えつつある。オンライン販売も一般化しているので、物販における販路の拡大、特定の大会限定のグッズ販売など、商品開発を多様化しても良いし、格闘技用品メーカーとブランド力のある団体や選手個人とのコラボももっとあってもよいかも知れない。
プロスポーツは、所謂「人気商売」でもある。興行はもちろん、人気選手による格闘技教室を地方で開くなど、すそ野を広げるプロモーション活動を増やしてもいい。SNSが普及していても、生の選手と触れ合う機会は重要である。選手自身も、「試合に勝利すること」以上に「観たいと思って貰う事」が重要であるという認識をより強く持つべきであろう。新たな話題を提供し続けることも必要だ。
一方、世界に通じる選手の育成も重要だ。選手を含め多くの関係者がそれを目指して血のにじむ努力を続けていると思うが、現在世界トップの団体、総合格闘技であればアメリカのUFCやシンガポールのONE Championship、キックボクシングではヨーロッパを拠点とする世界最大の団体のGLORYなどで日本人選手が活躍するチャンスを広げることも重要だ。但し、これらの団体の知名度を日本で上げる必要はある。道のりは遠いが、これらの世界主要団体共通のタイトルなどが創出できればそのベルトの価値は高まり、世界を獲りたい選手、彼らの試合を観たいファンが増えると期待できる。野球のWBC、サッカーのワールドカップで日本が活躍すれば間違いなく競技の人気は上がるのと同様だ。
加えて、より大事と思われる要素が二つある。一つは、格闘技という競技のステータスを更に上げるという強い意志と、前例にとらわれず行動するという確固とした信念と覚悟、更に選手の才能を見極める眼とビジネスセンスと行動力を兼ね備えた人物の存在である。人物でなくグループでも良い。先のアントニオ猪木氏はその代表的な人物だったと思う。1970年代当時、プロレスラーがボクシングの世界ヘビー級チャンピオン、しかもモハメド・アリ氏と試合をすることなど、現実にあり得るとはだれも思わなかった。しかし、結果としてはこれが現代の日本における総合格闘技の原点となっている。この頃から、猪木氏は今の総合格闘技のような存在が求められるようになると考えていたようである。その意思を受け継いだのが、かつて格闘王と呼ばれた、猪木氏の弟子の前田日明氏である。同氏は、猪木氏の新日本プロレスから離れ、UWFや自ら立ち上げたリングスという、現代の総合格闘技に繋がる新たなルールの団体の活動を通じ格闘技の進化に貢献した。更に、The Outsiderというアマチュアを中心とした総合格闘技の大会を立ち上げ運営した。「不良達ヨ、覚醒セヨ!!」というスローガンのもと、所謂「不良」と呼ばれる若者が正しく世の中で活躍する場を作った。様々な障害もあったと聞くが、同氏の目的意識と覚悟、行動力には感服する。
最後に、世界市場を常に視野に入れた活動が最重要であることを強調したい。ハリウッド映画が数百億円の興行収入を生み出し、数十億円の出演料を出演者に支払えるのは、アメリカ人だけでなく世界中の人が観るからである。つまり、市場規模が国内のみの活動に比べて桁違いに大きいからである。かつてのPRIDEやK-1は、ロシア、オランダ、ブラジル、アメリカなど、格闘技が盛んな国から有力選手を招くことができ、PRIDEはアメリカ、K-1はヨーロッパなどでの興行も行い、市場を海外に広げた。これは、K-1創設者の空手家、石井和義氏や先の前田日明氏の競技者としての見識と行動力、ビジネスセンスによるところも大きいと認識している。(PRIDEで活躍したトップ選手の多くは、前田氏がリングス時代に発掘した選手と言われている。)

そして格闘技界の今後は?

これらのことを実行し実現するのは容易ではない。だが、全く新しい色の光も見え始めている。その一つが、Breaking Downという、1分1ラウンドで勝負を決めるフォーマットだ。「街中の喧嘩であれば、1分以内で勝負がつく」、「1分なら喧嘩自慢がプロに勝つこともあり得る」というアイディアに基づいて、日本中から出場者を募集し、オーディション形式で出場者を決める。乱闘も起こりそうな候補者同士の煽り合いが頻発するオーディション風景をYouTubeで配信し、1つの動画で500万回を優に超える再生数をたたき出す。直営サイトやAbemaTVでPPV視聴ができる。今や、K-1やUFCは知らなくても、Breaking Downは知っているという若者が急増している。出場者はYouTube等を通じて世に出る機会を得ることができ、そのためか応募者数も毎回数千名に上る。
来る5月21日(日)に行われる第8回大会では、日本人の人気選手と韓国人選手の対抗戦を行う。また市場が大きい中国を初めとした海外進出も計画していると聞く。「Breaking Downを世界一の格闘技団体にしたい。」という目標を掲げ、「推し」の選手に対して支払われる、投げ銭方式の課金も検討しているという。そうすると自然と選手の自己PR力、自己ブランディング力も磨かれ、格闘技の実力はともかく、人気選手が常に存在することに繋がるかも知れない。自分の努力と工夫で報酬をアップできるチャンスが生まれるという訳である。
発案者は、現在同団体のCEOを務める朝倉未来氏である。Rizinという、先に触れたPRIDEの後継と言っても良い総合格闘技団体のトップ選手の一人であり、登録者数300万人を超える人気YouTuberでもある。同氏は、「格闘技を更に広めたい」という明確な目的意識をもっている。ご存じの方も多いと思うが、同氏はThe Outsider の出身である。つまり、昨年惜しまれつつ他界した、「燃える闘魂」アントニオ猪木氏の弟子、「格闘王」と呼ばれた前田日明氏の活動がきっかけで格闘家として世に出た人物である。
思春期の頃、毎週金曜日の夜8時からは、新日本プロレスの地上波テレビ中継、「ワールドプロレスリング」を欠かさず見続け、何度も実際の試合を観戦に行き猪木氏の試合に興奮していた筆者にとっては、(大変勝手ながら)朝倉氏は猪木氏の孫弟子、或いは遺産のように思え、浪漫を感じている。
先人が撒いた種が芽を吹き、大樹になる期待がある。筆者などは一ビジネスマンに過ぎないが、自分でも、未来(みらい)の大樹が育つきっかけになることがひとつでも出来たらいいなとあらためて感じている。