ファミリービジネスが日本の経済を底上げしていける深い理由

日本企業の大半はファミリービジネスだと言っても過言ではない。そして、世界がVUCAの時代に突入した今、ファミリービジネスの強さはそのまま日本の強さに寄与する可能性を秘めている。今、ファミリービジネス大国ニッポンに、大きな転機が訪れているのだ。

米田隆
監修:早稲田大学商学学術院ビジネス・ファイナンスセンター上級研究員(研究院教授)米田隆
早稲田大学法学部卒業後、旧日本興業銀行入行。同行の公費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業。同行退職後は、ベンチャーキャピタルや証券会社の経営を経て、2012年より証券アナリスト協会プライベートバンキング教育委員会委員長に就任(現職)。2013年より早稲田大学大学院商学部(MBA)客員教授に就任し、2017年には同ビジネス・ファイナンス研究センター上級研究員(研究院教授)に常勤職として就任(現職)。2021年、青山ファミリーオフィスサービスの設立に携わり、同社取締役に就任(現職)。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。

目次

  1. 失われた30年
  2. 世界に遅れをとった日本
  3. 仕事の個別性と専門性
  4. 大淘汰時代の夜明け
  5. Win Winな市場再編
  6. 変革の旗手はローカル企業
  7. ファミリービジネスの強みを最大限に活かす
  8. ファミリービジネスの永続化が生み出す価値

失われた30年

日本の経済成長率はバブル崩壊後の2000年代から横ばいのまま。そして、人口は減少してきたのにも関わらず、1人当たりの国民所得は低水準のままだ。厚生労働省が発表している毎月勤労統計調査をみれば、物価上昇に対して賃金上昇が追いついていないのは明らかである。

このまま物価高に賃金の伸びが追いつかない状況が続けば、日本国民の暮らしは相対的に貧しくなる一方だ。なぜこんな日本になってしまったのだろうか。

世界に遅れをとった日本

平均賃金が上がらなかった理由の一つは、第1回の記事にも書いたとおり、国の予算のついた保証融資制度を使って、生産性の高い低いに関わらず、雇用すべてを守ってきてしまったことだ。

これまでの30年間、日本人は会社が潰れないように融資で繋ぎ止め、賃金が低くても我慢し続けてきた。そのおかげで、倒産件数こそは少なかったかもしれない。しかし、生産性の低い企業も残した結果、日本の産業構造の高度化は世界に遅れをとってしまった。

1980年代後半には世界の5位以内にランクインしていた日本の1人当たりのGDPは、現在26位にまでその地位を下げた。ここで注意を喚起したい。日本人の1人当たりGDPが絶対値として下がったわけではない。先進国のGDPがいずれもこの間着実に伸び、日本だけが取り残されたというのが実態だ。ちなみに、先進国の中で最も1人当たりの GDP の高い国は、ルクセンブルグだ。その理由は産業構造にある。

仕事の個別性と専門性

平均賃金は、その国の産業構造によって決まってくる。なぜなら付加価値の高い産業を多く有する社会では、給料が高くなる傾向にあるからだ。1人当たりGDP首位のルクセンブルグの場合、産業構造の3割以上は金融業、特に資産運用に特化した金融業が占めている。その比率は、金融大国と言われるスイスよりもはるかに高い。

付加価値の高い産業、と言われてもいまいちピンとこないかもしれないが、仕事を専門性と個別性の2つの軸で捉えるとわかりやすい。専門性こそが付加価値の高さであり、高ければ高いほど賃金水準も上がる。個別性とはすなわち顧客側のニーズの多様性である。個別性が高ければ高いほど、サービスをする側の提供コストも高くなる。

この観点で言うと、例えば介護ビジネスはコスト(=個別性)が高い。しかし専門性は必ずしも高くないので、賃金はそれほど高くない場合が多い。一方で、個別性が高く、専門性も高いゾーンにはマネジメントコンサルティングやプライベートバンキングの仕事がある。ルクセンブルグにおいては、産業構造の3割以上をこのような付加価値が高く、1人のプロフェッショナルが多額の資金を動かすことができる資産運用業が占めている。

マネジメントコンサルティング業は、顧客一人ひとりに個別対応しているためコストは高いが、同時に支払われる料金も非常に高い。それより個別性をもう一段階下げることでもっと幅広い顧客のニーズに対応しているのが、例えばインターネット上でも加入できるマス向けの資産運用サービスだ。

「だいたいこれほどの資産を持っていて、こういうライフスタイルを選択している人であれば、このような資産運用法とライフスタイルサポートサービスをお勧めしますよ」

というようなソリューションのパッケージ化を行うことにより、本来高かった顧客の個別ニーズへ対応するための労力を減らす、つまり、その対応コストを下げることが可能となる。一方、専門性の高さは依然担保されているので、サービスの付加価値の高さがあるため、結果として適正利益を生むことになる。

あなたはどのゾーンで仕事をしているだろうか? 個人が今後のキャリアをデザインする上でも有効な考え方だ。

大淘汰時代の夜明け

さて、産業構造の高度化が遅れ、賃金が上がらなかった日本の話を続けよう。問題は、生産性の低い企業がたくさん残ってしまったことだ。このような状況に置かれている日本でこれから起こるのは、第1回の記事でも述べたとおり、ローカル企業の二極化である。

より生産性の高いローカル企業がより生産性の低いローカル企業を買収することで、地域ごと業界ごとの再編が進む可能性がある。きっかけとなるのは銀行による不良債権処理だ。

金融は産業の血液であるからして、国の産業構造を高度化するためにお金を回さなければいけないし、そのために貸し出し先を柔軟に検討し、選別していかなければならない。そして選別する上で重要な手法が、事業性評価だ。

銀行は、営業活動に伴うキャッシュフロー(=税引後当期利益+減価償却費-運転資本の純増)がマイナスの領域にある企業にはお金を貸さない。すでに融資を受けている企業に関しても、キャッシュフローがズルズルと下がりっぱなしで、3 期連続で改善の余地がない状態が続いてしまったとしたら、銀行の立場では融資取引先として断念せざるを得なくなるだろう。この先、そういった企業は生き残れないかもしれない。

Win Winな市場再編

ローカル企業の二極化によって市場が再編されていく中で、日本の産業構造は高度化していくはずだ。実は、市場の再編は、就業人口が減少している日本においては労働移動がしやすく、失業が少ないため、むしろやりやすいことでもある。ただし、ITなど高度分野へのキャリアアップにはリスキリングが求められるため、政府も舵を取り始めている。

日本の有効求人倍率は、コロナ以前から全都道府県で 1 倍を超えていた。この数字が意味するものは、恒常的な人手不足だ。これから市場が再編され、生産性の高い企業に人材が回れば、今まで大勢でやっていた仕事をより少ない人数でこなせるようになる。さらに、解放された労働力を、その地域で人手が足りていない仕事──例えば介護──などに回すことができる。

コスト面から言うと、生産性の高い企業はより少ない人数で仕事をこなせるようになるので、コストが削減され、利益が増える。その利益を従業員の賃金に上乗せすれば、事実上の賃金アップである。

今の日本には、このようなWinWinな市場再編が必要なのではないだろうか。

変革の旗手はローカル企業

ここで真剣に考えなければいけないのが「地域性」だ。上記で構想したような事業性評価を発端とした市場再編が、仮にメガバンクと総合商社の連合体が担うとしたら、どうなるだろうか?

上場企業は、その利益を分配するにあたってまず株主を優先してしまう。R O E(自己資本利益率)というものが、上場企業に関わっている利害関係者に対してそのしわ寄せを強烈に強いる仕組みになっているのだ。そのことが、例えば、賃金の引き下げは正規就業率を引き下げることによって、また、原価は下請けいじめで、さらには地域で行われている伝統的なお祭りに対する支出を減らしていくことなどにより、株主至上利益の追求が企業を取り巻く利害関係者への負の連鎖を生むことにもなり得る。

従って、「地域に利益を分配する」という固有の哲学を共有しない上場した大企業が業界再編を集中的に担ってしまえば、切り捨てられる地域も出てくるだろう。そうすると、バランスの取れた国土開発は難しくなってくるし、地域の固有性が失われた末に、日本は面白くない国になってしまうかもしれない。

「ローカル」とは、一定の地理的範囲内で、一定の商品やサービスの供給と需要が同時に生じているということだ。消費者と生産者の距離が近い、ということもできるだろう。

日本の多くのローカル企業はファミリービジネスである。すなわち、有力ファミリービジネスが地域ごと業種ごとに業界再編を積極的に担うことが、今切望されている。それと同時に、ファミリービジネスをよく知り、支えてくれる地域金融機関との共生関係を生み出し、こうした地域への利益還元をする業界再編を後押ししていくことは、結果として地域の産業構造の高度化やバランスの取れた国土開発、そして地域の文化発展にもつながるのではないだろうか。

ファミリービジネスの強みを最大限に活かす

息の長いファミリービジネスは、一族が代々蓄積してきたさまざまなノウハウやスキル、人脈、その業界で仕事をしていくための深い知識などを持っている。一族が集団として持っているこれらの「無形資産(=一族の社会関係資本)」は、地域と密接な関係を持っていることが多い。

地域に根ざしたファミリービジネスを育んできた環境、経済、そして人とのつながり。地域の非上場の優良企業は、お互いに生き延びるための利益の分配哲学を持っている。このように一貫した哲学に基づく経営と、一貫した利益分配の哲学を持っているファミリービジネスは、地域において尊敬される。

これから起こる地域の業界再編は、地元の人々から尊敬されている優良企業にこそ担ってほしいものだ。だからこそ、業界再編が日本経済を底上げできるかどうかは、ファミリービジネスの永続化にかかっていると言っても良いだろう。

ファミリービジネスの永続化が生み出す価値

ローカル企業の二極化という避けがたい状況の中で、地域のファミリービジネスと地域金融機関との共生関係が固有の役割を担い、中央集権的ではない、分散的な形での業界再編を実現していく。

このような時、ファミリービジネスに問われるのは、「どのようなバリューを重んじ、どのようなミッションをやり遂げ、どのようなビジョンを実現しようとしているのか」である。単に後継世代に一族の事業を承継していくだけでなく、「スチュワードシップ(=未来により良くして資産を承継する受託者責任の考え方)」の概念を持ってそれを成し遂げようとしているのかが、今後問われてくるだろう。

個人のレベルでは能力や寿命の限界というものがある。それらの限界を拡張するのが、多世代にわたって承継されていく「一族」という概念ではないのかと思う。

個々人の能力や寿命を拡張する一族の一体性、そしてそれを株主として支える仕組みと、その事業に関与していく仕組みを構築していくことが、ファミリービジネスの永続化に望まれている。これまでは人頼みだったガバナンスの仕組みを変えていかなければいけないのだ。

我々は、決して1人では生きていけない。そして、その人の価値が大きければ大きいほど、手を繋ぐことは大事だ。

地域の中で仲間と手を繋ぎながら、さまざまな事に時間をかけていく上で、荷が重ければ手伝ってもらったり、今度はこちらが手伝ったりと、地域のネットワークを育んでいく。これこそが、ファミリービジネスが地域で代々やってきたことであり、永続化させたい価値の1つである。

文・山田ちとら

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