先が見えない時代だからこそ今すぐ中小企業オーナーが取るべき行動

日本の経済成長率はバブル崩壊後の2000年代から横ばいのままだ。そして今、もともと経済が低迷しているところにコロナ禍が追い打ちをかけ、事業再編を加速させている。事業を継いでくれる人がおらず、合併・買収(M&A)か廃業か、厳しい選択を迫られている経営者も多い。現在380万社ある日本の中小企業は、2025年にはそのうち127万社が後継者不在になり、60万社が黒字廃業してしまうのではないかとも言われている。

このような中小企業オーナーの悩みについて幅広く研究し、新しい選択肢を提示しているのが、早稲田大学商学学術院ビジネス・ファイナンスセンター上級研究員(研究院教授)の米田隆氏だ。気鋭のアナリストがひもとく日本の近未来像を、全5回にわたって詳細にお伝えしていく。先行きの見えない時代の灯火として、お役に立てれば幸いである。

米田隆
監修:早稲田大学商学学術院ビジネス・ファイナンスセンター上級研究員(研究院教授)米田隆
早稲田大学法学部卒業後、旧日本興業銀行入行。同行の公費留学生として、米国フレッチャー法律外交大学院卒業。同行退職後は、ベンチャーキャピタルや証券会社の経営を経て、2012年より証券アナリスト協会プライベートバンキング教育委員会委員長に就任(現職)。2013年より早稲田大学大学院商学部(MBA)客員教授に就任し、2017年には同ビジネス・ファイナンス研究センター上級研究員(研究院教授)に常勤職として就任(現職)。2021年、青山ファミリーオフィスサービスの設立に携わり、同社取締役に就任(現職)。金融全般、特にプライベートバンキング、同族系企業経営、新規事業創造、個人のファイナンシャルプランニングと金融機関のリテール戦略等を専門とする。

目次

  1. 「VUCAの時代」に日本人を待ち受けるリスク
  2. 公助の限界が訪れる
  3. 公助から自助へ
  4. 学び続け、引き出しを増やす
  5. 機敏に対応する能力
  6. リスクを取った人が報われる資本市場への転換
  7. インベストメントチェーン改革による投資をしないリスク
  8. インベストメントチェーン改革が同族企業にもたらす課題
  9. 日本人の夢を守り続けたツケがのし掛かる今
  10. ローカル企業の再編と高度化が起こる
  11. 日本文化の源泉を重んじたバランスの取れた国土開発の実現
  12. 今こそ問われるファミリービジネスの価値

「VUCAの時代」に日本人を待ち受けるリスク

VUCA
(画像=ribitts/stock.adobe.com)

世界は今「VUCAの時代」に突入している。はっきり言って、先が見えない。

もともとは軍事用語としてアメリカで使われはじめた「VUCA」は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の意味を併せ持つ。コロナ禍もVUCAの時代においてのひとつの現象だ。

同時に、日本社会はもはや高度経済成長と人口増大が前提に置かれた仕組みではない、新しい「長寿社会」というリアリティの中にいる。VUCAと長寿社会──この2つの新しいリアリティを、我々日本人はまず認識する必要がある。その上で、この新しいリアリティがどのようなリスクを孕んでいるのかを見極める必要がある。

これからの日本人を待ち受けているのは、公助の劣化だ。さらに、銀行による不良債権処理を発端にローカル企業の再編が加速化し、合併する側とされる側との二極化が鮮明になり、就業の流れがより生産性の高いところに移動する。

これらのリスクに備えるために我々が今すぐできるのは、健康管理を怠らずに長く働くこと、生活を維持する固定性支出を抑えること、そしてその結果得た余剰資金を確実に運用し続け、より強靭な財務基盤の構築に努めてていくことが求められている。

公助の限界が訪れる

日本の就業人口はもう20年以上減少し続けている。1940年代には1年間に平均270万人の出生数だったが、2022年は80万人を割ってしまった。実にピーク時の3割程度にまで減少したことになる。

この現実が今、ボディブローのように人手不足という状況を作り出している。実際、コロナ禍以前の2019年には有効求人倍率が1を超えていた。これは、仕事を提供したい人の割合が仕事を探している人の割合を超えている、つまり労働市場で働き手が足りないという状況が起きていることを示しているわけだ。

人口減少と同時に高齢化も進んでいる。介護保険制度の充実で以前よりは介護のインフラは改善しつつあるとは思うが、今後は年金の実質目減り感が強まったり、生活費不足を補うために働く高齢者の環境整備が不十分であったりと、色々な問題も出てくるだろう。

そして、この長寿社会においての最大のリスクは社会福祉制度という公助の限界だ。厳しい財政赤字の下、公助のみに頼って長寿社会を生き延びるのは今後ますます難しくなってくる。

公助から自助へ

公助の限界がくれば、自助でなんとかしなければならなくなる。公的年金や企業年金に頼れないのであれば、自分で自分の資産を運用し、どうにか増やしていかなければならないからだ。

「資産運用」というと、まるで一部の富裕層のみに相応しいことかのように聞こえるかもしれないが、それは違う。退職しても元気な高齢者として、あなたが本当にやりたいことをするには経済的な自由が益々重要となる。そのためには長く働いて稼ぎ続けることも重要だし、長く働くベースとしての健康管理も重要になってくる。

健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のことを「健康寿命」というが、日本人の男性の場合、健康寿命と平均寿命には9年の差がある。女性の場合は12年だ。つまり、平均寿命と健康寿命の差は日常生活に制限のある「不健康な期間」を意味しているのだが、その差をなるべく0に近づける努力というのは、我々の人生の中で平均寿命自身の延長よりもはるかにコントロールできる人生の要素だと考えるべきではないだろうか。

健康寿命を平均寿命に近づける努力をしていれば、生きることに前向きにもなれるだろう。そうやって意識して生きてはきたけれど、運命から外れてしまったなという時もあるだろうし、その時は受け入れるしかない。我々はいくら努力しても、運命に手伝ってもらわないと大きな飛躍はできない。だが、運命を引き寄せる努力はできると信じなければ、生きることに意味がなくなってしまうかもしれないのだ。

学び続け、引き出しを増やす

健康寿命を平均寿命に近づけるための生き方の要素の1つとして、過酷すぎる働き方をしないことも重要だ。

自分が得意で高い社会的・経済的な価値を感じている分野に身を置き、自分にとって世の中との意味ある接点を保ちながら、自らが選択した仕事を通じて学び続ける。そういう働き方をすることで、結果として長く幸せに生きられるのではないだろうか。

学び続ける、という点も重要である。1つの専門分野に頼るのではなく、関連する複数の専門分野で学びを拡げることで、時代の急速な変化による知識の陳腐化リスクに耐え、市場において常に「なくてはならない人材」として生き残ることも可能となるからだ。

そのためには、こういうことが必要なんじゃないかと思う領域に布石を置くような感じで、まったく違う業界の人と交流するのも有効だ(ただし、異業種交流会に積極的に参加すべきだと言っているわけではないことに留意いただきたい)。異分野の情報に触れ、それらを知識として自らの頭の中に定着させることで頭の引き出しを増やしていく習慣が、ビジネスチャンスを拓いていく。

機敏に対応する能力

予測不可能なVUCAの時代を生き残るためには、アジャイル(機敏)に対応することも必要になってくる。なにせ予測がつかないのだから、事前に対策を練っていてもどんどん外れてしまう。だからこそ事後的に、アジャイルに対応する能力が問われている。

事業を持つものとして特に意識したいのは、固定費を小さくし、事業戦略を単純化し、複数の事業を育て収益を分散しておくことだ。たとえばコロナ禍において主力製品がさっぱり売れなくなってしまったとしても、土地や建物などの有形固定資産を運用して副収入を確保したり、新商品開発に力を入れて新たな販路を開拓したりすることなどが求められている。

リスクを取った人が報われる資本市場への転換

公助の限界とともに訪れる自助の時代においては、事業オーナーとしてはもちろんのこと、個人としても資産運用して増やしていかなければならないし、必然と株を売買する人口が増えてくる。

そのためには、リスクを取った人が報われるように、まず国が資本市場をあらかじめ整備しておく必要がある。つまり、運用者や運用する先の企業(主に上場企業)、そしてその株の売買に関わっている証券会社も含めて、全体を変えていく必要がある。これこそが今日本で進められつつあるインベストメントチェーン(投資の連鎖)改革だ。

インベストメントチェーン改革による投資をしないリスク

インベストメントチェーンの原点はアセットオーナー、つまり年金受給者などプロに余剰資金の運用を任せている人だ。そのアセットオーナーのお金を預かっている運用会社は、四半期ごとの損益だけ見て短期的に有価証券等を売買するのではなく、投資対象となっている上場企業の経営者からその戦略をじっくりと聞き、経営者と対話しながら、中長期的に企業価値を持続的に高めていけるパートナーになることを義務付けられるようになってきている。これが、スチュワードシップ・コードだ。

それを受けて、投資対象先の上場企業は、経営やガバナンスの透明性を資本市場全体に開示する義務がある。これがコーポレートガバナンス・コードだ。もしもこのコードを満たしていなければ、ちゃんと資本市場に開示して、なぜ自社は現時点でコーポレートガバナンス・コードが求める内容を満たしていなくても問題はないか、明確に説明する義務も発生する。

さらに、個人年金の運用を任されている証券会社や銀行などは、受託者責任をちゃんと果たしているかどうかを共通のKPI(キー・パフォーマンス・インディケーター)を以て開示するよう求められるようになった。アセットオーナーの新規口座を開設してから1年目、2年目、3年目で、損益がどれほどプラスになっているのか、またはマイナスになっていないかを、すべての証券会社が評価可能な共通KPIで市場に対して開示することが義務付けられているのだ。つまり、市場で顧客の運用の支援ができる金融機関はどうか、ガラス張りの状態で比較される時代に入っているということだ。

投資信託の口座を開いた初年度は、手数料も発生するのでマイナスになりがちだ。だが、5年間継続している口座がまだ赤字を出していたとしたら、証券会社の運用の仕方が悪いのではないですか? ということになるだろう。そうすると、例えばX証券会社の顧客になると5年経っても黒字化する確率は3割しかないのに対し、Y証券会社なら8割だと聞いたら、あなたはどちらへ行くだろうか? もちろん8割のほうだろう。

インベストメントチェーン改革が進めば、上場企業に息の長い投資が集まるようになり、企業が中長期的に価値を高めていけると同時に投資した個人の損益もプラスに転じやすくなる。これは公助の限界に対する国のとった行動であるため不可逆的な動きであり、だからこそこれからの資産運用をしないということの機会費用が重くなってきているのも事実だ。そして、この機会費用は人生が長くなるほど、大きな経済格差要因となることを忘れてはならない。

インベストメントチェーン改革が同族企業にもたらす課題

もう1つ、重要だがあまり認識されていないインベストメントチェーン改革の影響がある。非上場のファミリービジネスが、相対的にチャレンジを受けているのだ。

本来なら、安定した一族株主構造の下、一貫した戦略で忍耐力のある投資を行い、息の長い経営をしていけるのはファミリービジネス(特に、非上場)の固有の強みだった。ところが、インベストメントチェーン改革が推進されつつある今、ファミリービジネスよりもずっと規模が大きく、資本市場から資金を調達できるような上場企業が鳴り物入りで中長期的な視点で自らの企業価値を高める事業経営を目指すようになってきている。既に、ファミリービジネスの相対的優位性が上場企業の資本市場改革で大いに挑戦を受けていると言っても良い。

日本人の夢を守り続けたツケがのし掛かる今

一部の地域で活動している企業、いわゆるローカル企業にも、大きな試練が待ちうけている。ローカル企業の二極化だ。どういうことかというと、より生産性の高いローカル企業がより生産性の低いローカル企業を買収することで、地域ごと、業界ごとの再編が進む可能性がある。きっかけとなるのは銀行による不良債権処理だ。

日本の人口は減少してきたのに、1人当たりの国民所得が低水準のまま上がっていない。上がらなかった最大の理由は、国の予算のついた保証融資制度を使って、生産性の高い低いに関わらず、結果として、全ての企業が雇用を守ってしまう政策を取ってしまったからだ。

具体的に言うと、本来なら事業性評価(編集者注:金融機関が現時点での財務データや保証・担保にとらわれず、企業訪問や経営相談等を通じて情報を収集し、事業の内容や成長可能性などを適切に評価すること)から考えると、融資を引き上げるべき事業であっても、それを残してしまったのだ。

その根底には、より良い教育とより良い就業機会を子どもたちに提供したい親心があったのではないだろうか。こうした親の夢を実現しようと、戦後、大学教育が普及し、その供給を満たしてきたのが私立大学である。私立大学の学費はほぼすべてが日本人の家計によって支えられてきた。別の言い方をすれば、子どもを大学に送れるだけの給与を確保するという意味では、雇用を守るということは、すなわち日本人の夢を守ることであったように思う。

ローカル企業の再編と高度化が起こる

しかし、結果として生産性の低い企業も残ってしまった。その挙句、1人当たりの国民所得は、日本だけ低水準のままだ。このような状況に置かれている日本でこれから起こるのは、ローカル企業同士の買収による再編と、その結果もたらされる地域の産業構造の高度化だ。

地域の産業構造の高度化とは具体的にどういうことだろうか。ここに、事業収益から運転資本の純増の調達ができない、つまり利益率の低いビジネスBがあるとする。ビジネスBは、新たにお金を借りることができなくなり、同じ地域で活動しているより生産性の高いビジネスAに事業譲渡することになる。

同様にC社、D社も事業を譲渡した場合、生産性の最も高いA社にマーケットシェアが集まり、粗利ベースと販管費(販売費及び一般管理費)の効率性が上がるので営業利益率も高くなる。
こうした一連の動きによって、地域の産業構造の高度化が進むのである。

日本文化の源泉を重んじたバランスの取れた国土開発の実現

この時、地域の有力な企業と地域金融機関が共に手を携える共生的な形で産業構造の高度化を実現することが重要である。こうしてもたらされた利益は、その地域に落とされていくことになり、地域の発展、ひいては地域文化の維持につながるのではないかと私は考えている。これが全国的に進めば、バランスの取れた国土開発が実現できるのではないかとも考えている。

かつて江戸時代には、幕藩体制の下それぞれの地域社会が形成され、固有の文化が作り上げられた。それが、今の日本の多様な文化の源泉になっている。この多様性を未来に発展させていくことは、海外から旅行客を呼び込むことにもつながるし、都市部からのUターンやIターン移住の動機にもつながるのではないか。

今こそ問われるファミリービジネスの価値

そういう魅力的な地域開発のためにも、ぜひ立ち上がってほしいのがファミリービジネスである。そして、それを支えるべき地域金融機関の働きも求められている。

今日本の人口が減ってきているからこそ、産業構造の高度化によって1人当たりの賃金を上昇させ、国民の豊かさを手に入れられるようにしなければならない。その結果、日本の国力向上にも繋がるのだ。同時に、個人が投資のリスクを取ることによって中長期的にリターンが望める社会にしていかなければいけない。

分散的な形での業界再編が、地域の中核企業と地域金融機関との共生によって実現されていく。そんな構図が、今後の日本に新しい活力をもたらす源となるのではないだろうか。

文・山田ちとら

事業承継・M&Aをご検討中の経営者さまへ

THE OWNERでは、経営や事業承継・M&Aの相談も承っております。まずは経営の悩み相談からでも構いません。20万部突破の書籍『鬼速PDCA』のメソッドを持つZUUのコンサルタントが事業承継・M&Aも含めて、経営戦略設計のお手伝いをいたします。
M&Aも視野に入れることで経営戦略の幅も大きく広がります。まずはお気軽にお問い合わせください。

【経営相談にTHE OWNERが選ばれる理由】
・M&A相談だけでなく、資金調達や組織改善など、広く経営の相談だけでも可能!
・年間成約実績783件のギネス記録を持つ日本M&Aセンターの厳選担当者に会える!
・『鬼速PDCA』を用いて創業5年で上場を達成した経営戦略を知れる!

✉️経営、事業承継・M&Aの無料相談はこちらから

無料会員登録はこちら