ランチェスター戦略 〈圧倒的に勝つ〉経営
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(本記事は、福永 雅文氏の著書『ランチェスター戦略 〈圧倒的に勝つ〉経営』=日本実業出版社、2022年9月16日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

■ 後発5番目の楽待の差別化戦略

楽待を運営するファーストロジックは坂口直大さんが個人で創業した会社です。坂口さんはサラリーマンとしてシステムエンジニアの仕事をしていましたが、将来不安で大家さんになりたいと投資用不動産を探しました。当時は不動産投資のポータルサイトはありません。限られた不動産会社の限られた不動産物件しか見ることができませんでした。投資用不動産の販売ニーズも購入ニーズもあるのに情報が行き届いていない。このギャップにビジネスチャンスを見出します。

ただし、坂口さんには創業資金がありませんでした。坂口さんはサラリーマン大家さんを目指す人を集めたセミナーを副業で開催します。給料と副業で貯めた資金を元手に2005年に起業し、翌06年に楽待をリリースしました。

思いついてから数年が経過していました。このときすでに同様のサイトは4つあり、5番目の参入となりました。先発と同じことをやってもかないません。坂口さんにはセミナーで集めた約1000名の大家さん志望者のリストがありました。

このリストに対して非公開の物件情報を個別にメールで提供するサービスを思いつきます。不動産の売買は非公開で取引するのが理想とされます。売主は自分の物件に値段がついて広告されるのは避けたい心理があります。買主は公開前の物件に希少価値を感じます。実際、人気物件は広告されることなく売買されるものです。広告される物件は人気がないか、割高とのイメージがあります。

一方で、ポータルサイトというメディアはいち早く、幅広く情報を公開することが存在意義です。先発4社に非公開情報という発想はありませんでした。坂口さんは非公開物件のメール提供サービスの特許を取得。この独自性のある強力な差別化で急成長していきます。市場が成長期であったことも追い風となり、ベンチャーキャピタルがつき、株式公開を目指すことになります。

■ 巨大市場に進出して失敗

ファーストロジックは06年にリリースした投資用不動産サイトに加えて、08年に住居用の分譲不動産、10年に住居用の賃貸不動産のポータルサイトを立ち上げます。リーマンショックで不動産がだぶつき、坂口さんに業界各社から要請がありました。ベンチャーキャピタルからも早く売上を上げて上場してほしいと後押しされました。

ところが、これが失敗します。要因は第一に自社の差別化が効かなかったからです。自社の武器は特許を取得した非公開物件のメール提供サービスです。これは投資用不動産に興味がある人のリストです。住居用の分譲や賃貸には興味がありません。新たに集めるにしても住居用は最寄り駅単位の市場です。物件当たりのメール登録会員の分母を増やすことは困難です。

第二に住居用の分譲や賃貸の市場は成熟した巨大市場です。リクルートなどの大手競合がしのぎを削っています。そんな市場に差別化の武器の効かないベンチャーが太刀打ちできるはずがありません。坂口さんは後に筆者にこう語りました。

「同じ不動産で、大きな市場なので売上が増えると思った私が浅はかでした。大きな赤字を出し、11年には撤退しました。企業の利益は特定分野での市場シェアによって決まるということが痛いほどわかりました。本業の投資用不動産サイトに集中し、ナンバー1を目指すことにしました」

■ ポータルサイト事業の力関係を示す指標

住居用の分譲と賃貸の不動産ポータル事業から撤退し、投資用不動産ポータルサイトに集中した11年時点で、楽待のページビューは業界1位の会社の半分以下の4位でした。ランチェスター戦略で定義している「圏外弱者」です。ページビューとはインターネットのホームページが表示された閲覧数です。新聞や雑誌の発行部数、テレビの視聴率に該当するメディア事業の力関係を示す重要指標です。

そのページビューを増やすには掲載物件の量と質を向上させることが最も有効です。楽待はメール提供サービスで伸びてきたので掲載物件数やページビューのことを後回しにしてきました。弱者の戦略としては正しいです。しかし、強者を目指す、さらにはダントツのナンバー1を目指すのであれば、掲載物件数を増やし、ページビューを増やす戦略に転換する必要があります。

■ 差別化×接近戦×集中=ナンバー1

坂口さんは筆者の著書『ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則』を読み、その戦略を立てたと後に聞きました。各サイトは掲載物件数をアピールしていますが、実は同じ物件が各サイトに掲載されています。だぶりが多いのです。楽待は他のサイトに掲載されていない、手垢のついていない新鮮な物件を増やすことに取り組みます。それは地方の物件です。

各サイトともインターネットベンチャーです。メールで営業していました。しかし、不動産業界のIT化は遅れており、未だに物件情報をFAXでやりとりする会社が珍しくない業界です。特に地方の個人経営の不動産会社はその傾向が強いです。

そのミスマッチに着目した坂口さんは自らが営業の先頭に立ち、地方都市の不動産会社に営業をかけます。先発強者がメール営業なら、後発弱者の楽待はアナログの接近戦に活路を見出しました。地方都市を狙っての局地戦です。これにより他サイトには掲載されていない新鮮な情報などで掲載物件の質が上がり、量も増え、ページビューが増えます。

12年には物件掲載数、ページビュー、検索エンジンの掲載順位ともに1位となります。経常利益率も10%となり高収益会社になりました。ただし、ランチェスター戦略を学んでいた坂口さんは、販売目標は1位ではなくダントツのナンバー1であることを知っていました。筆者に相談があり、ナンバー1を目指すコンサルティングを行ないました。その結果、14年にナンバー1を実現。15年にマザーズ上場、翌16年に東証一部に上場しました。

ランチェスター戦略 〈圧倒的に勝つ〉経営
福永 雅文
ランチェスター戦略コンサルタント。戦国マーケティング株式会社代表取締役。1963年広島県呉市生まれ、86年関西大学社会学部卒。マーケティング関係の仕事を経て99年にコンサルタントとして独立。小が大に勝つ「弱者逆転」を使命とする。「特定市場(地域、顧客層、商品)でナンバー1になることが企業の永続的な繁栄のために最も有効である」との考えのもと、企業の戦略づくりの方法を指導する。
営業部門・拠点ごとに市場占有率を把握し、シェアと売上・利益を向上させる目標・戦略・行動計画を策定してPDCAを回す仕組みを導入。集客・営業の「武器」づくりのノウハウを提供する。

2005年よりNPOランチェスター協会で講座の内容とテキストの責任者を務め、後進のインストラクターの養成を行なう。同会常務理事。HIS創業者の澤田秀雄氏が立ち上げた起業家や政治家を育成する澤田経営道場の運営母体で理事を務めるほか、さいたま市の外郭団体や南アルプス市商工会などで若手社長の育成機関で講師を務める。歴史に学ぶリーダーシップ(戦略的思考と人間的魅力)についても著述や研修を行なう。
『小が大に勝つ逆転経営 社長のランチェスター戦略』(日本経営合理化協会)、『新版ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則』『ランチェスター戦略「営業」大全』(以上、日本実業出版社)ほか著書多数。

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