「メタバース」「NFT」に参入する前に覚えておきたい法的問題
(画像=denisismagilov/stock.adobe.com)

(本記事は、斎藤創氏、佐野典秀氏、酒井麻里子氏の著書『先読み!IT×ビジネス講座 メタバース&NFT』=インプレス、2022年12月6日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

メタバース・NFTで起こりうる法的な問題は?

メタバースやNFTをビジネスで利用する場合、起こりうるトラブルや法的な問題についても事前に考えておく必要があります。まずは、どんな問題が考えられるかについて斎藤弁護士に教えてもらいました。

参入にあたって注意すべき問題は?

聞き手・酒井麻里子氏(以下、酒井氏):メタバースやNFTは新しいものだけに、参入することで起こりうるリスクがあまり想像できません。どんなことに注意する必要がありますか?

斎藤創先生(以下、斎藤先生):メタバースやNFTだから大きなトラブルが起きるとか、特別なリスクを背負うという心配は必要ないかもしれません。ただし、知らないうちに権利を侵害しないように、知的財産権については理解しておく必要がありますね。

酒井氏:そうなんですね。もっといろいろ心配しないといけないのかと思っていました。ところで知的財産権というのはどんなものですか? 耳慣れない言葉ですが……?

斎藤先生:具体的には、著作権や意匠権、商標権、商品等表示(不正競争防止法)などですね。これらはメタバース空間内に実際の街などを再現する場合に考える必要があります。著作権については、NFTアートを制作・販売するにあたっても、大きく影響してくる法律です。

酒井氏:たくさんありますね。すべてをちゃんと把握できるか自信がありません。

斎藤先生:この後で具体例を挙げながらしっかり説明していきますよ。

酒井氏:あと、メタバース空間に人が集まることでトラブルが起きるのではないかというのも心配です。

斎藤先生:今のところ、そこまで大きなトラブルになったという話は聞きませんが、嫌がらせなどの不法行為や、なりすましのような権利の侵害への対処方法については考えておく必要があるかもしれませんね。

酒井氏:どんな問題が起こる可能性があるのかをひとつずつ見ていけば、過剰に心配する必要はないということですね。次項からは具体的なシチュエーションを想定して、その対応方法について教えてください。

メタバース&NFT
5-1-1 「Web2 メタバース」「Web3 メタバース」「NFTのみの販売」のうち、どの方法を選ぶかでできることは異なる

もし、なりすましが現れたら?

メタバース内でもし、自分のなりすましのアバターが現れた場合にはどう対応すればいいのでしょうか?また、NFTの偽物が売られてしまったときの対応についても聞いています。

アバターのなりすましにはどう対応する?

酒井氏:メタバース内で起こるかもしれないトラブルの対処方法について教えてください。企業が自社のメタバース空間を用意して、そこで社長自らが情報発信を行っていたとします。

斎藤先生:今SNSで行われていることが、メタバースに移ったような感じですね。

酒井氏:そこに社長のアカウントと1文字違いのアカウント名で、そっくりのアバターを使った偽物が現れた場合、どう対処すればいいんですか? そのまま放置していたら、誤った情報が拡散されて、大きな混乱が起きるかもしれません。

斎藤先生:基本的には、現在のSNSでなりすましの問題が起きた場合の対応と変わらないと思いますよ。まずは相手に警告をすることや、偽物のアカウントが現れたことを周知するといった対応が必要になるでしょうね。

酒井氏:プラットフォームの管理元で、その偽物をどうにかしてもらうことはできないのでしょうか……?

斎藤先生:Web2メタバースの場合、運営会社に連絡して対処してもらうこともできるかもしれませんね。Web3メタバースの場合もプラットフォームの管理元はあるので、そこに連絡してみるのはひとつの方法だと思います。

NFTの偽物が作られた場合は?

酒井氏:NFTを販売していて、そっくりの偽物がいつの間にか売られていたような状況では、どうしたらいいんでしょうか?

斎藤先生:その場合も相手に警告する、間違って買う人が出ないように偽アカウントの情報を周知する、販売プラットフォームに連絡するといった対応が考えられます。

酒井氏:それで偽物を排除することは可能なんでしょうか?

斎藤先生:決定的に「こうすれば止められる」というのはないでしょうね。特にNFTの場合、一度ブロックチェーン上に記録されてしまうと、強制的にすべての販売所で販売を止めるといった措置は難しいかもしれません。

酒井氏:それはちょっと不安ですね……。

斎藤先生:現状のSNSのなりすましもそうですし、スパムメールなどもそうですが、インターネット上での迷惑な行為を完全に止めるのは難しいんですよね。

酒井氏:SNS運用の場合と同様に、普段から発信力を高めておくことで、トラブル時に正しい情報を発信しやすくなる面もあるかもしれないですね。

メタバース内に実在の建物を再現できる?

メタバース空間に実在の街を再現する場合、どのような権利問題に注意すればいいのでしょうか? ここでは、上野駅の駅舎やその構内を再現するケースを例に、具体的な注意点を教わりました。

仮想の「上野駅」を作ってもいいの?

酒井氏:実在の街を再現したメタバース空間を作る場合のことを教えてください。

斎藤先生:具体的な街を想定して考えていったほうがわかりやすいかもしれませんね。どこの街を再現したいんでしょう?

酒井氏:上野駅周辺を再現したいと思っています。この場合、JR上野駅の駅舎そっくりの建物をメタバース内に作ることは問題ないんでしょうか?

斎藤先生:駅舎を再現するときに考慮する必要がある権利は、「意匠権」「著作権」です。JR東日本上野駅の公園口駅舎は意匠登録がされているので、意匠権が発生しますね。

酒井氏:ということは、メタバース内に作ったらアウトですか?

斎藤先生:いえいえ。意匠権の効力が及ぶのは、「同一または類似する意匠」とされています。つまり、メタバース上での再現に対して意匠権の問題は発生しないと考えられます。

メタバース&NFT
6-3-1 意匠登録された建築物には意匠権が発生するが、メタバース内での再現は複製にはあたらない

実在の建物の色を変えて再現するのは問題?

酒井氏:なるほど。駅舎の再現は問題ないんですね。では、駅舎のデザインそのままに、色を変えるのは問題ないですか?たとえば、黄金色に輝く上野駅を作りたいといった場合は?

メタバース&NFT
6-3-2 JR東日本上野駅の公園口駅舎は、「建築物の意匠」として意匠登録されている

斎藤先生:上野駅舎は建築の意匠、つまりデザインとしての登録がされているので、もし現実世界に上野駅舎の複製を建築した場合、色が異なっていても意匠権の侵害となります。

酒井氏:なるほど。でもそれは現実世界の話ですよね?仮想空間の場合はどうなりますか?

斎藤先生:上野駅舎は「建物の著作物」として認められる可能性が高いですが、著作権法では建築の著作物や「屋外に恒常的に設置されている美術の著作物は、いずれの方法によるかを問わずに利用することができる(例外規定有)」としています。つまり、例外を除いて基本的に自由に使うことができるんです。

酒井氏:建築物や屋外にある美術の著作物は自由に使っていいんですね!?ちょっと意外です。

斎藤先生:ただし、たとえば「建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」は例外となります。

酒井氏:うーん。この場合は、どうなるんでしょう?

斎藤先生:メタバース内での再現は「建築により複製」には当てはまらないので、メタバース上にて景観の一部として再現する場合には権利侵害とはならないと考えられますね。

酒井氏:つまり、結論としては、上野駅の駅舎を再現することは、そのままでも、色を変えた場合も問題ないということですね。

駅構内を勝手に再現するのはOK?

酒井氏:では、上野駅の駅舎ではなく、駅構内を再現するようなケースはどうなんでしょうか?

斎藤先生:この場合も、意匠権と著作権が関係してきますね。上野駅舎は「建築物の意匠」として登録されているため、建物全体の構造が保護されています。

酒井氏:駅舎の外側の場合、それでもメタバース内での再現は問題ないとのことでしたが、この場合はどうですか?

斎藤先生:先ほどの話と同じで、意匠権登録がされていても、メタバース上での景観の一部として再現することは問題ありませんね。

酒井氏:駅構内のお店などはどうでしょうか?

斎藤先生:それもですね。ただ、店舗の看板やポスターなどの権利については、別に考える必要があります。あと、駅構内は「屋外」ではないため、「美術の著作物」についても別途検討が必要です。

酒井氏:お店の看板と美術作品については、後で聞きたいと思っていました。そのときに詳しく教えてください。

メタバース&NFT
6-3-3 意匠登録された建築物の内観を再現すること自体は問題ないが、内部の看板や美術品については別に考える必要がある

「資料のための写真撮影」にも注意が必要

斎藤先生:あと、もうひとつ注意したいことがあります。上野駅をメタバースで再現したいと考えた場合、制作のもととなる資料画像はどうやって確保しますか?

酒井氏:え?上野駅に行って写真を撮ると思います。

斎藤先生:じつは、上野駅をメタバースで再現してもいいかという問題と、駅の構内に撮影目的で入ってもいいか、というのは別途の問題なんです。

酒井氏:撮影してはダメということですか!?

斎藤先生:すべての場所がダメというわけではないですが、駅構内は鉄道会社の所有地なので、管理者による「施設管理権」があります。つまり、施設管理権の一環として撮影を禁止することは可能なんです。

酒井氏:ここはダメ! と決める権利が所有者であるJR東日本側にあるということですね。

斎藤先生:そうです。「撮影禁止」と明記されている場所で写真撮影をすれば施設管理権の侵害になりますし、「立入禁止」と明記されている場所に無断で侵入した場合には、「建造物侵入罪」にあたる可能性も考えられます。

酒井氏:それは知らずにやってしまうと怖いですね。撮影時には、そこが撮影しても問題ない場所なのかを確認して、立ち入り禁止の場所には当然入らないことが大切ですね。

メタバース&NFT
6-3-4 建物の再現が可能かどうかと、そのための写真撮影に関する権利問題は別に考える必要がある
book
著者:斎藤創、佐野典秀、酒井麻里子


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