矢野経済研究所
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24日、政府は新型コロナウイルス感染者の全数把握を見直すと発表した。重症化リスクの高い人を除き、各自治体の判断で届出内容を簡素化出来る。これに対して、軽症患者の病状急変や自宅療養者への行政サービス低下に対する懸念、更には自治体への責任転嫁との批判が噴出する。政府は直ちに「全国一律導入を原則とする」旨の声明を発表、火消しにかかるが、当初予定した31日の運用開始に向けて通知した期限までに “見直し”の受け入れを表明したのはわずかに4県、10都県はこれまで通り、33府県は判断を保留した。

事務作業の負担軽減を望む現場の声は理解できる。しかし、そもそも「データ」は科学的な政策判断を行うための基本統計として、医師や防疫の専門家自らが設計したものではなかったのか。飲食店の営業自粛、移動制限等の効果検証はもちろん、感染症の医学的、疫学的な研究や非常時の医療連携の在り方を考えるためにも“ビッグデータ”は有効だ。まずやるべきは入力インタフェースの改善、事務処理代行など現場支援の強化であって、未来の危機に備えるためにも科学的検証に耐え得るデータの取得体制は可能な限り維持すべきではないか。

一方、政府は陽性者の療養期間の短縮、無症状者の外出容認、水際対策の緩和へ舵を切る。これらは“第7波”が既に減少局面にあるとの認識にもとづくものだ。しかし、陽性者の外出が許可されて尚、感染症の区分は「2類」のままであるのか、いやいや、そもそも陽性者に対する措置が緩和される中にあって、なぜ全数把握の見直しなのか。同じデータにもとづいて政策決定がなされているとは俄かに信じ難い。医師会、知事会、経済界の要望を、声の大きい順に場当たり的に受け入れているのではないか、と勘繰りたくなる。

報道によれば、厚労省は全数把握の見直しに対応したシステムへの改修が完了するまでファックスやメールで代用させるとのことである。コロナ禍で露呈した構造問題の一つがデジタル化の遅れであったはずだ。少なくとも外部から見る限り、意思決定プロセスの不透明さを含め、行政のアナログ体質は一向に変わっていない。筆者は2021年1月29日付の本稿で「コロナ禍克服に向けて工程表を示せ」※と書いた。自身の立ち位置が不明のまま未知の敵とは戦えない。国内で感染者が確認されてから2年8カ月、この間の経験と最新の科学的知見を踏まえた、収束に向けての全体シナリオを早急に策定し、共有させていただきたい。

※コロナ禍を克服するために。社会の正常化に向けての工程表を示せ | 今週の"ひらめき"視点 | ニュース・トピックス | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所 (yano.co.jp)

今週の“ひらめき”視点 8.28 – 9.01
代表取締役社長 水越 孝