M&Aコラム
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こんにちは、ジャカルタの安丸です。インドネシアでは一か月間のラマダン(断食)が間もなく終了し、レバラン(断食明けの祝日)がまもなく開始となります。今年は政府の意向もあり、有給休暇取得奨励と合わせ、何と10連休となる見込みです。ジャカルタからはコロナ禍に移動を自粛されていた多数の方が、今年こそはとご家族の待つ故郷へ帰省される光景が見られます。

4月初旬よりコロナ禍以前のように、ビザなし渡航が解禁され、出張者や旅行者合わせ日本からの渡航者がかなり増えてきています。ホテル・レストラン等も活気が戻ってきました。またメイン道路では交通渋滞も顕在化し、ジャカルタの日常が戻ってきた印象です。
※本記事は2022年4月に執筆されました。

決算書が2種類ある!?

ASEANの他国と比較してもインドネシアのM&Aの難易度は比較的高いと言われています。そもそも財務諸表の透明性が低いこと及び法務手続きが煩雑であることがその理由です。
インドネシアのM&A上でまず留意すべき点は、未上場企業の場合、当然のようにIn-House決算書(実際の利益が出ているベース)と対税務局&銀行用の節税ベースの決算書(一定の規模の会社は監査済のものもあり)の通常2種類が作成されている点があげられます。

実務上は両方の決算書を譲渡企業には提出いただくのですが、M&Aの交渉上は譲受企業にはIn-Houseの決算書で実際の収益力等をまずご確認いただき、その数字を考慮のうえ株価交渉にあたっていただくことになります。通常譲渡企業もこの実態数値ベースでの交渉を要請してくるからです。投資後は税務署等へ提出していた節税ベースの決算書を徐々に実態ベースに変更していき申告できるよう会計事務所と相談し、外資企業(PMA)企業として決算書を作成していくことになります。ご承知の通り、外資企業(PMA)企業となった場合、会計監査は必須となります。

なお過去の税務リスクについては、譲渡企業側で何か税務当局から指摘があれば責任をとっていただくことを契約書に明記する表明保証の形で通常は対応します。ただこのリスクが非常に高いと判断される場合には、譲渡対価の一部につきエスクロースキームを活用し、譲渡企業株主側に一定のリスクを担保させる形を取る場合も実務的にはあります。
なお大手監査法人以外の会計事務所が監査を実施の場合(個人で監査を実施しているようなケース)監査自体のレベルの問題もあり、監査報告書自体の信憑性も疑ってかからねばならないこともあります。

その他製造業では、移転価格税制や付加価値税(VAT)についても、その税務リスクにつき譲受企業側は注意を払う必要があります。
ただ前回のブログでも指摘しましたが、2016年のタックスアムネスティ(税務恩赦)制度により、多くの企業が海外の隠れ資産を開示し、その資産開示に伴う簿外税務負債の支払い実行により、インドネシアでのM&A上での税務リスクは以前に比べ減少したかと思います。

法務面(土地の取り扱い・従業員との雇用契約等)

次にインドネシアのM&Aでポイントとなる土地の取り扱いについて述べます。

インドネシアでは、土地は国の財産であり、インドネシア人個人しか取得できません。インドネシアへ投資している日本企業の場合は、その投資先企業自体が土地の所有者であるインドネシア人個人から、土地の使用権(建設権)を取得します。インドネシア語では、HGB(Hak Guna Bagunan)と呼ばれ、通常30年の賃借の権利を取得し(更に20年延長可能。一定の要件を満たせば更に延長可能)、これを利用して営業活動を実施しているケースが多いです。

ただしインドネシアローカル企業の場合は、決算書をみてもこの建設権(HGB)が設定されていないケースが非常に多いです。土地を個人の資産として所有しているので、個人⇔法人間の権利関係が曖昧で、決算書の資産には土地が記載されているものの、実際はまだ個人の資産であるケースもあります。この土地の取り扱いがM&A実務上重要なポイントとなります。

通常工場の土地として利用している個人の土地を担保に、法人の借入を実施しているケースが多数あり、この場合M&A上の手続きとしては、HGBの設定のためにまずはM&Aの投資額にて借入を返済、土地権利書にて担保抹消(インドネシア語でRoyaと呼ばれる。上記図参照)手続きを実施します。ただ銀行によっては、借入の期限事前返済を担当者が嫌がるケースもあり、銀行の協力がなければ進まないケースもあります。

その後、必要書類を取りまとめ、公証人によりBPN(Badan Pertanahan Nasional)土地管理局へHGB手続きを実施することになります。この手続きは約3ヵ月から半年かかります。いずれにしてもこの土地の取り扱いは、M&A上肝になるかと思います。

その他従業員の取り扱いにも留意が必要です。インドネシアの労働法では、正社員(期間の定めのない雇用)と契約社員(期間の定めのある雇用)の2種類の雇用形態が認められています。正社員との契約は、書面または口頭で雇用契約が締結されます。一方契約社員はインドネシア語で記載された書面による雇用契約が必須です。こちらを口頭で締結する場合は、正社員としての雇用契約とみなされます。M&A上では、契約社員と書面の契約を締結していない場合が見られ、その場合改めて書面の契約を締結させる必要があります。

またそもそも政府で決定されている地域毎の最低賃金の支払いがなされてないケースもあり、M&A上、PMA企業となった後は最低賃金を支払う必要があり(労働争議に巻き込まれる可能性もある)、この賃金のアップ額は買収監査の時点で簿外負債として認識しておく必要があります。

最後に

インドネシアのM&Aはまだ限られたプレーヤーしか参入しておらず(この理由は、上記のようなインドネシアのM&Aの難易度に起因しているものかと思います)、私もこの分野のパイオニアとなるべく日々研鑚に励んでおります。
よってインドネシアのM&Aは、他のASEAN諸国からの出張ベースなどでとても対応できる話ではなく、インドネシアに根を張った法律事務所、会計事務所等と協力の上、信頼できる情報(案件)をいかに集められるか? そして、そのネットワークをいかに構築できるか?、にかかっているものかと考えています。

インドネシアのM&Aは大型の案件が多い印象だと思いますが、日本M&Aセンターは日本の企業が検討しやすい中規模の案件を、出来るだけ手間を省いた形で検討いただけるよう精度の高い情報の仕入れに取り組んでおります。是非インドネシアの成長性を日本企業がM&Aにて取り入れ、ともに成長できるお手伝いが出来ればと考えております。引き続きご支援をよろしくお願い致します。

著者

M&Aコラム
安丸 良広(やすまる・よしひろ)
日本M&Aセンター
海外事業部 ASEAN推進課 インドネシア駐在員事務所長
総合商社、監査法人を経て2002年日本M&Aセンターに入社。2013年に前身である海外支援室の設立に参画。これまでの成約案件は100件を超える。2019年インドネシアオフィスの設立に携わる。インドネシア駐在歴は、前職の商社時代を含め約9年となる。
米国公認会計士(USCPA)。
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